進化する中東欧の自動車産業-細矢浩志

ユーラシア研究所レポート

中東欧の自動車産業は,世界経済・金融危機の影響が懸念されるなか西欧諸国より早く生産回復の兆しをみせるなど,欧州自動車生産システムの不可欠な環に成長した。
近年は,研究開発機能の拡充や新興国市場攻略拠点化が進展している。大手メーカーのグローバル戦略展開の要を占める中東欧は,今後も発展する蓋然性がきわめて大きいといえよう。

1.はじめに

中東欧では1990年代以降,欧米先進諸国からのFDIによって経済・産業構造の抜本的な再編が進展した。有力外資による製造拠点構築は中東欧を欧州有数の自動車生産基地に変貌させた。中東欧自動車産業は世界の大手自動車メーカーの生産分業体制の一翼を担う有力な製造拠点として整備され,その生産分業ネットワークに組み込まれることによって発展してきたのである )。リーマン・ショック後の世界経済・金融危機により深刻な不振に陥った欧州の自動車産業は,EU・主要国の自動車産業支援策の恩恵により窮状を脱したかに見えたが,現在,欧州では周辺諸国(PIIGS)の財政赤字拡大に起因する信用不安が広がり再び緊張が高まっている。いま中東欧自動車産業で何が起きているのだろうか?注目すべき動向を若干指摘してみたい。

2.世界経済・金融危機後の着実な生産回復

直近の統計によれば,2009年の乗用車生産は,西欧ではほぼ全ての国で前年を下回ったが,中東欧ではチェコ,ルーマニア,スロベニアが前年を上回った(表1)。中東欧6ヶ国全体でも8%減で,西欧11ヶ国の14%減と較べてその落ち込みは軽微である。2010年の速報値では西欧諸国も回復の兆しを示しているが,増産の勢いは中東欧諸国が上回っているように見える。

2009年の各国事情を指摘しよう。ポーランドでは最大の輸出品目である輸送用機器は前年比28.2%減少したものの,乗用車生産台数は3.6%減に止まった(同年のポーランド乗用車生産の98.0%が輸出向けである)。シュコダ・TPCA(仏PSAと日トヨタの現地合弁)・現代(韓国)の三大量産拠点が揃うチェコでは,輸送用機器の対西欧輸出が好調で,EU15 向け自動車輸出は前年比7.9%の増加,なかでもドイツ向けは4割増であった。ハンガリーでは,アウディによる新型ディーゼルエンジン製造等を目的とする追加投資(約400 万ユーロ,2009 年7月),部品大手Boschによるブダペストの研究開発センター拡張投資計画の発表(約3,500 万ユーロ,2010 年3 月)など,エンジン増強投資が堅調である。ルーマニアでは,輸出入ともに10年ぶりに落ち込むなかで,輸送用機器だけが前年比18.0%増となり,ダチア(ルノー傘下)の乗用車輸出は55%増の約27 万台を記録した )。

3.環境対応・新興国攻略の拠点として注目集める中東欧

自動車産業の競争環境がグローバルな規模で厳しさを増すなか,欧州では,①環境規制の強化,②新興国需要の増大という環境変化への適切かつ迅速な対応が求められている。「環境先進地域」を自負する欧州において自動車に関する競争環境の厳しさを象徴するのがCO2排出規制の導入である。業界団体主導による「自主規制」から削減義務化へと一歩踏み込んだ同規制は,その完全適用は2015年に延期されたものの2012年より漸次実施される見通しである。EU当局は昨年4月に「次世代環境車戦略」を発表するなど,EV標準規格策定とCO2規制強化に向けた準備を着実に進めている )。主要メーカーは,厳しい環境基準を満たす製品を投入しなければならない。しかも高品質・高性能を求める洗練された顧客を相手に厳しい競争が繰り広げられるEU市場に,である。小型車は環境規制をクリアするための切り札となる。価格競争力ある小型車の製造で優位に立つ中東欧が欧州主要国注目される理由である。

上記した競争環境の激変に対して,主要メーカーは中東欧をこれまで以上に活用する姿勢を鮮明にしつつある。第一に,製造拠点の東方シフトと小型車開発が加速している。EU東方拡大(中東欧諸国のEU加盟)を前後して拠点形成を進めた独フォルクスワーゲン(VW)や伊フィアット,仏ルノーなど小型車を得意とする量販メーカーに加え,近年では独ダイムラーのハンガリー工場建設(高級乗用車メルセデス・ベンツの小型車モデル製造予定),フォードのルーマニア新工場稼働(小型車製造)など,東方進出で後れをとったメーカーが中東欧拠点構築に乗り出している )。

第二に,中東欧はBRICS等新興国市場向け事業の開拓拠点に位置づけられようとしている。ルノーはルーマニア・ダチア社製の小型車ロガンを新興国戦略車と位置づけ,同市場をターゲットにした生産・販売戦略の展開を試みている。ロガンはルーマニアから新興国向けに輸出されるだけでなく,インドでは現地製造モデル開発のひな形として活用されている。新興国市場に適した廉価大量生産小型車は,世界戦略車GSCとも呼ばれるが,フォードもまた中東欧を小型車ベースのGSC生産拠点として発展させる構想を持つといわれる。新興国戦略車=GSCの開発・投入,その担い手として中東欧製造拠点はますます大きな期待を集めている。

4.中東欧拠点の高機能化

第三の特徴は,中東欧拠点で事業機能の高度化が進展していることである。それはとくに中欧(ポーランド,チェコ,ハンガリー,スロバキア4ヶ国)で著しい。中欧からの自動車部品輸出構造の変化を見ると,中欧全体では,高付加価値品に分類される自動車部品の輸出比率は14.1%(1996年)から32.3%(2006年)に上昇した(低付加価値品輸出は26.1%から23.9%に減少)(図1)。低付加価値品輸出はほぼ10倍に伸びた一方で,輸出された高付加価値品の価額は24倍に増伸したからである。2006年のEUのエンジン輸出全体の約3割は中欧諸国が仕出地であった。同時に,中欧はワイヤーハーネス輸出全体のほぼ半分を占めるように,労働集約的な低付加価値製品の重要性も高いことに留意したい。以上の現実は,欧州自動車産業の分業構造における中欧の役割が二重であることを示している。中欧には,小型廉価車両と低付加価値・労働集約的部品の生産地としての顔と,高付加価値構成部品を手がける資本集約的・技術集約的製造地としての顔がある。
また近年は,R&D機能を担う拠点が増えている(★図2)。2006年の調査では,中欧で自動車部品の設計・開発機能に特化したエンジニアリング技術拠点(テクニカルセンター,以下TC)は40を数え(チェコ16,ポーランド16,ハンガリー7,スロバキア1),うち26拠点は50名以上の研究開発員を擁する拠点であった。これらTCの半数以上は2004年以降に設立されたものである。R&D拠点の多くは米・独企業によって設立された。ポーランドでは米系企業が強く,チェコとハンガリーではドイツ企業が多い。大都市には100名以上の人員を擁するR&Dセンターがある(プラハにメルセデス・ベンツ,Valeoの拠点,ブダペストにBosch,ポーランド(クラクフ市)にデルファイ)。ただし,中欧における自動車関連R&D拠点の2/3は製造プラントに併設されたものであり,R&D成果の製品化が一定進展した領域のR&D,つまり実際の部品製造に関わりの深いR&D事業を展開していることが多いようである。中東欧の子会社は,それぞれ全社向けの特定部品の設計・製造を委託される傾向がある。基礎的かつ高度なR&D機能は通常,多国籍企業本社の位置する中核的R&Dセンターが担う傾向があるのに対して,ルーティン(定型)化されたR&D機能は中欧に配置される傾向を持つという多国籍企業の戦略を反映したものである。

5.小括と展望

以上,中東欧自動車産業の直近動向を若干指摘した。中東欧の自動車産業は,研究開発機能を拡充しつつ,欧米品質を確保した小型車の製造能力を高め,西欧市場だけでなく新興国市場向け輸出拠点として,また新興国攻略の拠点としての役割を鮮明にしつつある。これらは,中東欧が欧州自動車産業の重要かつ不可欠な生産地域に変貌しつつあることを物語る。中東欧自動車産業が今後も発展する蓋然性はきわめて高いといえよう。だが,中東欧自動車産業の展開は大手メーカーのグローバル戦略に規定される点にも留意すべきである。中東欧製造拠点はグローバル戦略展開の比較的新しい環として位置づけられており,多国籍企業の戦略如何で産業展開の方向性は大きく左右される可能性もある。

[執筆者](弘前大学人文学部教授)

(※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2011年6月9日付で掲載されたものです)


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