
4月17日に実施されたフィンランドの総選挙において、欧州懐疑派である「真のフィンランド人」党が第3党に躍進した。同党は選挙期間中、EUによるギリシャ、ポルトガルなどへの金融支援に反対、さらにはEUによる欧州金融安定基金の拡充にも反対している。この結果、各国に対するEUの金融支援策が行き詰まることもあり得る情勢となってきた。
去る4月17日、フィンランドで総選挙が実施され、現与党である中央党は議席数を大きく減らし35議席を獲得するにとどまった(改選前は51議席)。さらに、連立与党を形成する国民連合も44議席(同50議席)へと議席数を減らした。逆に、欧州懐疑派であり、かつ極右政党とされる「真のフィンランド人(True Finns)」党が大幅に議席を増やし、39議席も獲得した(同6議席)。なお、欧州懐疑派とされる社会民主党は議席数を42に減らしたが、微減にとどまっている(同45議席)。その結果、親EUともいえる現政権が議席数を減らす一方、欧州懐疑派が大幅に議席を増やしたことになる。
こうしたフィンランドにおける総選挙の結果は、折からのポルトガルにおける金融危機にまで影響を及ぼし、為替市場におけるユーロ安の促進材料となっている。日本では十分に知られているとは言い難い北欧では、一体、何が起こっているのであろうか。
上の表は、欧州委員会によるフィンランドに関する経済見通し(発表時点は2010年11月)を要約したものである。これによると、リーマン・ショックが本格化した2009年こそ同国の経済成長率はマイナス8.0%という大幅な景気後退に見舞われたものの、その後は順調に回復を続けていることが分かる。なお、欧州委員会は、同国経済に対して「力強い内需に支えられた景気回復が実現」との評価を行っている。また、経常収支は黒字を持続する一方、財政赤字も2010年を除くと小幅な赤字にとどまり、公的債務残高もマーストリヒト収斂基準である対GDP比60%を大幅に下回っている。失業率が高いという問題点はあるものの、EUの平均9.6%(2010年)よりは低い水準にとどまっており、本年は低下が見込まれている。こうした点から、同国経済は「EUの優等生」と評価されることもあるほどである。
また、フィンランドは、しばしば「北欧モデル」とも称されるなど、IT教育などを中心に国際競争力の強化が図られており、かつ福祉が行き届いていることでも知られている。例えば、2009年にOECDが実施した国際学習到達度調査(PISA:Programme for International Student Assessment)によると、同国は全65カ国の中で数学的リテラシーで4位、読解力で1位、科学的リテラシーで3位と目覚ましい成果を挙げている。また、世界の研究者が計測した「幸福度」の国際比較(World Values Survey)によると、2005年時点で同国は57カ国中13位にランクされている(日本は24位)。何故に、同国民は現政権に対して不満を抱き、欧州懐疑派への支持を表明したのであろうか。
その際、注目すべき点は、今回の総選挙で第3党に躍進した「真のフィンランド人」党の主張である。同党は、フィンランドの伝統的な文化・価値観を擁護するとともに、金融危機に直面した諸国に対するEUの金融支援に明確な反対姿勢を表明している。こうした点を考慮すると、今回の総選挙の結果は、同国民がEUに対して「No」を突き付けたともいえるのである。
同国民が、このような投票行動をした背景として、次の3点が考えられる。まず第1は、EUへの拠出金が増大を続けている点である。フィンランドのEUへの拠出額はほぼ恒常的に受取額を上回っているため(上図参照)、同国はEUへの純拠出国(net contributor)となっている。しかも、その拠出額は増加傾向にある。なお、純受取国はギリシャをはじめとする南欧や中・東欧諸国など、一方、純拠出国はドイツなど域内先進国となっている。これらの構図は、今回の金融危機における支援国と被支援国と同一である。
しばしばフィンランドでは、EUへの拠出が論議の対象となってきた。もちろん、EU加盟によるメリットは、こうした拠出金のみによって判断されるわけではない。例えば、フィンランドはノキアなどIT関連企業を生み出したことでも知られているが、こうした企業はEU諸国への輸出、あるいはEU諸国での事業活動によって、大きな利益を得てきた。ただ、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルといった諸国が次々に巨額な支援をEUに要請していることから、どの程度までEUへの貢献を続ける必要があるかについて、国民の間には批判的な見方が強まってきたのである。
第2は、EUに対するイメージの悪化である。この点は、上記したことにも関連する。欧州委員会による世論調査「Eurobarometer」により、現時点で詳細な内容が入手可能な2009年秋と2010年春の調査を比較すると、次のようなことがいえる。すなわち、2010年春時点で「EUはフィンランドにとってプラスになっているか」という問い掛けに対して「Yes」と回答した国民は45%となったが、これは2009年秋の調査と比較して、6%も低下したのである。逆に、「マイナスになっている」と回答した人の割合は、同期間中に3%上昇し、23%となった。「不明」と回答した人の割合は32%であることから、少なくとも2010年春時点で、EUに対して否定的、あるいは不明とした人の割合は5割を超えたことになる。この調査後にギリシャ支援などが次々に決定されたことを考慮すると、総選挙時点で否定派が勢いを増していたと思われる。
第3は、フィンランド自身の経験である。同国は、かつて最大の貿易相手国であったソ連が崩壊した後、極めて深刻な経済・金融危機に陥った経験を持つ。例えば、1994年5月の失業率は19.9%にも達している(1990年の平均は2.1%であった)。こうした危機に際しても、同国は他国の支援に頼ることなく不良債権問題を解消し、経済の再建を実現した。従って、同国民がギリシャをはじめとする支援要請国に対して、「自助努力が不十分」と、批判的な姿勢をとるのも当然といえるかもしれない。
次に考えてみたい点は、フィンランドの総選挙の結果がEU経済、とりわけEUの経済危機に及ぼす影響である。これには二つの問題がある。第1点は、他の支援国へ波及する可能性があることである。ギリシャに始まり、アイルランド、ポルトガルなど、次々に金融支援を仰ぐ諸国が続出することに対して、支援国側にも「底なし」という懸念が定着するようになり、「支援疲れ」という現象が見えるようになったのかもしれない。そうなると、同国と同様、EUへの支援を続けているデンマーク、スウェーデン、さらにはドイツにも影響を及ぼす可能性は否定できない。事実、ドイツではメルケル政権の対EU政策について、国民からの反発が強まっている。
第2点は、ようやく合意が形成されつつあるかに見えた支援体制にあつれきが生じる可能性が存在することである。EUは、すでに金融危機に陥った諸国に対する金融支援の枠組み「欧州金融安定基金(EFSF:European Financial Stability Facility)」を発足させ、現在は総額4,400億ユーロに達する金融支援の機能を拡充することについて検討が進んでいる。実質的には貸出可能額は2,500億ユーロにすぎないが、これを名目上の貸出額である4,400億ユーロにまで拡充しようとする計画である。
ユーロ導入国に対する金融支援は、ユーロ圏17カ国の全会一致が必要である。従って、EFSFの機能強化も、全会一致の合意がなされなければならない。ただ、これらの17カ国のうち、フィンランドだけが国内法により同国議会の承認が義務付けられている。現時点では、どのような組閣が行われ、また、議会がEUの金融支援策について、どのような決議を行うか不明である。ただ、「真のフィンランド人」党のソイニ党首は、選挙期間中、繰り返しEFSF拡充とポルトガルに対する支援には反対である旨を表明し、得票率を伸ばしてきた。このため、総選挙後、フィンランド議会、さらにはフィンランド政府がEUに対して臨む姿勢次第では、いったん終局に向かうと見られたEU金融危機が再燃する可能性も否定できない状況となってきた。
[執筆者]久保 広正(神戸大学教授、日本EU学会理事長、ジャン・モネ・チェア)
(※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2011年5月18日付で掲載されたものです)
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205