4.金融危機後のハンガリーにおける労働市場の変化について-田中宏

欧州連合(EU)新規加盟の10カ国(EU10)の経済(GDP)は、2011年初めになってようやく、世界金融危機以前の水準に回復したが、その回復の原動力は内需ではなく、輸出と欧州地域生産ネットワークへの統合に大きく依存するものである。本稿では、世界金融危機がEU労働市場に与えた影響について述べるとともに、ハンガリー労働市場の変化について見ていく。

欧州連合(EU)新規加盟の10カ国(EU10)の経済(GDP)は、2011年初めになってようやく、世界金融危機以前の水準に回復したが、その回復の原動力は内需ではなく、輸出と欧州地域生産ネットワークへの統合に大きく依存している。そのため回復の程度はEU10間でかなりのばらつきがある。ポーランドとスロバキアはすでに安定的な成長軌道に入ったが、チェコやハンガリーは成長軌道に乗り始めた段階である(世界銀行:EU10Regular Economic Report April 2011)。以下では、まず、世界金融危機がEU労働市場に与えた影響に触れて、その後にハンガリー労働市場について検討しよう。一般的に言って、経済変動は生産調整、雇用調整、賃金調整、失業、政府諸政策などを通じて労働市場にその影響が波及していく。全ての要因の関係を見ていくことができないので、EU27加盟国(EU27)の生産調整、雇用調整、失業の関係を取り出して見ていこう。図1で明らかであるように、3者の間にはかなりの強い相関関係があり、それを国別に分類すると、以下のような四つのタイプにグループ分けできるだろう。


ハンガリー資料1

第1のタイプは、図の左側から中央にかけて位置している国々で、生産低下、雇用低下、失業増加がほぼ同じ程度で発生している国である。最大の変動幅はバルト3国に代表され、EUの平均値もここに位置している。第2のタイプは、生産低下の程度はそれほどでもないが(あるいはそれをはるかに超えて)、雇用低下と失業増加が大きい国である。スペイン、アイルランド、スロバキア、ポルトガルがこれに当てはまる。第3のタイプはこれとは反対で、ドイツやオーストリアでは、生産低下の程度とは対照的に雇用と失業の水準はほとんど変化していない。最後に残った第4のタイプは、生産、雇用、失業のいずれも軽微なショックしか受けなかった国である。図の右側のポーランド、マルタがこれに当たる。

これらのタイプ間で相違が生まれるのは、労働生産性、労働市場制度、労働市場政策やその他の経済・財政政策の相違による。ここから分かることは2点である。一つ目は、生産と労働市場変動の傾向で観察すると、EU10は分散しており、一つのまとまった移行経済グループとして分類できないということである。二つ目は、以下で検討するハンガリーについてである。ハンガリーは、金融危機とIMF救済で世界の注目を浴びながらも、意外にも、第2のタイプではなく第1に属し、そのマイナスの程度はバルト3国よりかなり軽微で英国やイタリアを少し超える程度である。

(出典:Janine Leschke and Andrew Watt. Labour Market Impacts of the Global Economic Crisis and
Policy Responses in Europe. European Trade Union Institute. European Social Watch Report

さて、そのハンガリーでは世界金融危機の結果、労働市場がどのように変化したのか
について、その特徴をつかんでいこう。

(1)ハンガリーの就業率(employment rate)は、マルタと同様に、現在もEU加盟国で最も低い。危機前には57%だったものが、危機後(2010Q1)には54.5%まで低下した。これはEU平均値と比較して9%も低く、1998年の水準に戻ったことになる。もともと、ハンガリーの就業率の低さは、体制転換の中で離職者が失業者にならないで労働市場から抜け落ちた結果である。つまり、旧システムの社会福祉政策・制度の影響を受けて、早期退職、育児休暇などにより不活動(労働力)人口に編入されたためで、このような不活動人口の膨張は、2000年以降わずかだが減少し着実に改善されてきた。だが、今回の金融危機で就業人口率は再び低下した。その結果、ヴィシェグラード諸国(ポーランド、スロバキア、チェコ、ハンガリーの4カ国)の中で一番低くなったが、それにもかかわらず、2010年EUが制定した「欧州2020」(EUの2020年までの戦略)から見ると、深刻な問題である。2011年第 2四半期にはようやく56%まで回復している。

(2)この就業率の低下は、不活動(労働力)人口への流入フローが拡大したというよりも、むしろ不活動(労働力)人口と失業人口から就業人口へ流出するフ ローがより細くなったことによって発生したとみるべきである。雇用の減少傾向は現在緩やかになってきているが、2010年段階で失業率の上昇傾向はまだ反転せず(2011年1月11.5%)、2011年7月現在ハンガリーの失業率はようやく9.5%まで減少した(EU27の平均9.5%、ユーロ加盟国 EA17の平均10.0%)。しかしバルト3国、EU加盟候補諸国と比べるとまだ低い状況である。

ハンガリー資料2

(3)雇用の減少は、ハンガリー西部・ 北西部地域、小企業よりも大企業、建設・工業(特に輸出依存の製造業の部門)、熟練労働者で女性よりむしろ男性、若年労働者(新規参入者)、低学歴労働者 に見られる。これまでと違って、男性熟練労働者が失業の打撃を強く受けた点が注目される。解雇された労働者の約半分は就業構造の中で高い比率を占める製造業であった。製造業の離職者は、ハンガリー全体の約3分の2を占めた。より詳しく見ると、実際の離職者数は従業員20名以上の企業が公表した解雇者数よりも多かった。解雇以外にパートタイムや非正規雇用に移行した部分もあったが、解雇された労働者の大部分は失業者になることを避けて、再雇用か年金生活の道を選んだ。ま た、登録求職者数は公表された離職者総数をオーバーしているが、これは小企業が解雇情報を公表しなかっただけでなく、企業による労働需要自体が縮小したためであった。つまり、この労働需要の縮小は、登録失業者の就職する出口をふさぐとともに、企業は定年などによる退職者の補充を意識的に行わなかったことが 要因として挙げられる。ところが、そのような企業でも、危機当初には、将来の好況期に期待して一時的余剰要員を解雇することも回避していた。

(4)ところで、民間企業と公共機関はこの大不況に対して異なる対応を行ったため、同じようには議論できないが、主として、民間企業は雇用調整を、公共機関は賃 金調整を行った。雇用調整を主要な手段とした民間企業は、パートタイマー雇用を補助的に利用したため、その割合は増加した(特に女性労働者)。

ハンガリー資料3

もともと、ハンガリーのパートタイマー雇用の比率は、他の東欧諸国と同様に、西欧諸国と比較して極めて低いが、それでも増加傾向にある。2010年以降、景 気の持ち直しの中で、民間企業ではパートタイマー雇用が減少傾向に転じたが、対して公共機関の方は増加傾向となった。また、この危機の中で全体の実質賃金 は低下しているが、中でも13カ月目のボーナスなどを廃止したことにより、公共機関が民間企業の賃金水準を引き上げてきたハンガリーの特徴が消滅した。この点は今回の影響の重大な特徴だが、2010年から公共機関の賃金水準は上昇に転じた気配がある。

(5)政府の労働市場政策の全体像は表1によると主として、危機前までの労働市場諸政策が活用されたことが分かる。しかし、そのための政府支出(GDP比)はEU27の旧加盟国の中で低く、最 低賃金抑制や雇用主の雇用における税負担(税のくさび:taxwedge)などの軽減で雇用の拡大を刺激したとされている。2010年6月時点だけを取り上げると、4万4,000人近くの離職者のうち約60%が求職者登録を行った。そのうち約96%が求職者手当を 受け取り、その求職者の半分(全体の31%)が何らかの形で再就職のサービスを享受している。そのうち、積極的労働力政策のプログラムに参加したのが13%である。補助金付きの職業訓練に参加したのは6%にすぎない。その成果としては、プログラム受講生のうち57%が再就職できたとされる。以上指摘した登録失業者以外の失業者を見ると、全体の44%は正規の手続きを取らない雇用や未登録失業者、不活動人口(学生、育児休暇中、年金生活者)となっている。

世界金融経済危機下のハンガリーの労働市場は、2011年前半になってようやく雇用増加なき回復の時期が終わりに近づいているように みえるが、政府の速報(2011年9月)によると、世界とEUの経済環境の悪化がハンガリーの経済成長に影を落としている。フィデス主導のオルバン政権 は、一方で社会労働省を解体して、他方では10年間で100万人の雇用創出プログラムという野心的な目標を掲げているが、うまく実施できるかどうかは未知 数である。投資と国内消費は停滞しており、外国の投資家は政府の財政改革への姿勢を評価しているが、その実現のリスクにあまり注意を向けていない。

[執筆者]田中宏(立命館大学経済学部教授)

(※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2011年10月12日付で掲載されたものです)

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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