
概要
ロシアは、物流、整備サービス、流通網等のインフラが不完全な新興国である。ロシア市場に対して、日本のトヨタと韓国の現代自動車がどのようにビジネスを展開していったのか。
①ロシア市場参入プロセス
②マーケティング戦略
③両社のアプローチの違い
④ロシアの不完全なインフラへの対応について比較した。
はじめに
人口が年々減少しているロシアの自動車市場は、中国やインドほど大きな魅力があるわけではない。欧州では独仏伊の競争力のある国産メーカーが存在するが、ロシアでは国産メーカーに国際競争力があるとはいえない。また、Cセグ、SUVと、プレミアムクラスが増加傾向にあり、その意味で日韓自動車メーカーにとって重要な市場である。トヨタは富裕層にターゲットを絞り、高付加価値高価格の製品サービスの「自国モデル」をロシアで「再現」してきた。しかし、高級車は一台あたりの利益は大きいが、販売台数は多くなく、結果的にシェアを落としている(図1)。
トヨタは2007年に現地生産を開始しているのに対し、現代自動車は、2010年からようやく現地生産を開始した後発企業である。2010年から生産を開始した現代ソラリスが好調で、車種別では2011年に国産車ラーダに次いで第3位、外国車では第1位を占めている(図2)。ブランド力や技術力に劣る後発の現代グループがなぜシェアを伸ばしているのか。先進国メーカーのトヨタと後発国メーカー現代のロシア市場へのアプローチについて、①ロシア市場参入プロセス、②マーケティング戦略、③両社のアプローチの違い、④ロシアの不完全なインフラへの対応について比較検討してみよう。
1.参入プロセス
1-1.トヨタと現代の参入プロセス
トヨタのロシア市場参入プロセスは、旧ソ連時代に商社経由でロシアへ輸出する間接輸出を行うことから始まった。その後、2001年から自社の総輸入販売会社を設立し直接輸出を開始し、販売子会社、生産子会社を順番に設立し、現在に至る。
現代の参入プロセスは、トヨタと比べると、ローカル組立業者へライセンス生産を行ったこと、および製造開始がトヨタよりも3年遅いことが特徴である。
1-2.トヨタと現代自動車の参入プロセスの違い
両社の大きな違いは、参入初期に、現代自動車が、スピーディーな参入を行うために、ローカル組立業者にライセンシングでCKD生産を行ったことである。トヨタは高品質にこだわり、ローカル組立業者を活用しなかった。一方の現代は、新興国のボリュームゾーンに対しては高品質よりもスピードが重要であると考え、ローカル業者の能力を活用した。トヨタは自前主義に立脚しライセンス生産はこれまで無かったのに対し、現代はライセンス生産を含め新興国市場に合致した柔軟な参入方法を選択している。
後に、トヨタは2007年のリーマンショックを受けて、資本を注入し自前主義で25万台規模の大規模工場を作るやり方を見直すようになった。その結果、自社のCKD要員をロシアのウラジオストクへ派遣し、2012年4月からローカル企業で組立を開始する戦略を取ることになった。
1-3.トヨタと現代自動車のマーケティング戦略の違い
トヨタは、中高価格帯を中心に品質を優先した成長をめざし、高いブランドロイヤリティを背景に高収益ビジネスを展開した。投入車種は、トヨタ・ブランドのプレミアム・マスブランド(ランドクルーザー、プラド、RAV4、アベンシス、カローラ、カムリ等)とレクサス・ブランドのフルライン・プレミアム・ブランドなどD,E,SUVのセグメントに投入した。ターゲット顧客はハイエンドであり、流通チャネル政策は、高いサービスを提供できる3S店舗(整備工場付設のショールーム)で販売していった。
これに対し、現代は後発企業であり、プレミアムのセグメントは既に埋められていた。現代は、先発企業が優位なプレミアムのセグメントで勝負することを避け、ボリュームゾーンが購入するアクセント、エラントラ等B,Cセグメント車を中心に投入した。さらに、現代は、「異種な経営資源とビジネスモデルによる攻撃」を行った。「異質な経営資源」とは現代モービスの活用とローカル組立業者を活用したこと、「異質なビジネスモデル」とは、ローカル企業の流通チャネルも用いて、自社のチャネルと合わせ2チャネルで販売したこと、である。具体的には、次の通りである。①先発企業を上回る設備投資を行い、15万台生産可能な大規模工場を作り、総資本回転率を重視した大量生産大量販売を行った。②良い部品サプライヤーが少なかったため、現代モービスを活用した。③高価で日数がかかるロジスティクスの問題を、他社に先駆けてロシア鉄道と交渉し、シベリア鉄道を活用した。④絞り込んだ数の製品で市場別に集中的に生産・投入する「選択集中生産モデル」により、50万ルーブルで洗練されたデザインのCセグメント車現代ソラリスを投入した。
2.ロシアの不完全なインフラに対する対応
2-1.部品の現地調達問題―現代モービスの同伴進出–
ロシアでは日系の自動車メーカーの要求を満たす高いレベルのサプライヤーが存在しないことが現地生産開始前から問題となっていた。現代自動車は、この問題に対し、工場を設立した際に、シャーシモジュールなどを生産している現代モービスを中心とした現代系部品サプライヤーを同伴進出させ、現地調達率を約70%前後を達成させた。トヨタの現地調達率は約3%であった(富山/塩地 2010)。
2.2シベリア鉄道の活用
急成長し続けていたとき、タイムリーに顧客が欲しがる車を安く輸送するロジスティクスの問題は大きな課題だった。そこで、現代自動車はTSR(シベリア横断鉄道)と海上輸送を併用し競わせた。TSRの輸送では、ロシア側との交渉により、TSRブロックトレインでタガンログまで列車全体を一括通関させる便宜を図らせた。さらに、輸送料金は、一定量の積荷を保証し長期契約の特別割引を適用させた。こうして、現代自動車は、韓国からタガンログまでスピーディーで安いロジスティクスを可能にさせたのである(辻2007)。
3.ロシア市場への現代自動車とトヨタのアプローチの比較
現代自動車とトヨタの対ロシア市場へのアプローチをまとめると以下のようになる。
出所:ロシア現地調査、日本国内現地調査、中国自動車シンポジウム資料を基に作成。
出所:タルン・カナ、クリシュナ・Gパレプ(2012)286頁を基に筆者作成。
おわりに
トヨタは自国モデルの海外への「再現」を志向し、現代自動車はロシアのロジスティクス、未発達な流通網、困難な部品の現地調達等の不完全なインフラをチャンスととらえ、現地に適合したやり方を考えだして成功している。トヨタは先進国に拠点を置く多国籍企業で、世界水準の資本、リソース、技術、人材を基盤として新興国市場での戦略を築いている。しかし、インフラの不完備な現地市場に適応せずにこうした資源を発揮しようとし、ハイエンドというグローバルセグメントにだけしか接近できていない。そして、ロシアの「不完全なインフラ」に対して「自国モデル」の再現にこだわっている。そうしたアプローチは、確かに高い品質は維持できるが、販売台数が取れず市場占有率の低下へとつながる。中高級車は確かに利益率は高いが、バリューフォーマネーの大衆車で現代自動車にシェアを奪われ、ブランド力の低下につながる可能性がある。参入初期は、トヨタ・ブランドで富裕層にターゲットを絞り、世界水準のビジネスモデルの「再現」に成功したのであるから、次の段階として、ほかの市場セグメントに接近するためには、過度に「再現」に固執することなく、他の代替手段での代用など新興国戦略においては柔軟な対応を考えることが必要ではなかろうか。
※本稿執筆にあたり、平成21年度科学研究費補助金基盤研究C課題番号21530446の研究費補助金の助成を得た。
参考文献
金 顕哲(2010)『殿様経営の日本+皇帝経営の韓国=最強企業のつくり方』United Books。
塩地洋
塩地 洋(2009)「自動車メーカーの新興国への段階的参入戦略―ロシアへのトヨタ自動車の参入を事例として―」『産業学会研究年報』第24号。
塩地 洋/富山栄子(2011)「現代自動車の国際競争力を探る」『事業創造大学院大学紀要』事業創造大学院大学。
タルン・カナ、クリシュナ・G・パレプ(2012)『新興国マーケット進出戦略』日本経済新聞出版社。
辻 久子(2007)『シベリア・ランドブリッジー日ロビジネスの大動脈―』成山堂書店。
富山栄子/塩地 洋(2010)「現代自動車のグローバル展開におけるロシア市場参入の特徴―ライセンシングから子会社KD生産へ-」『ロシア・ユーラシア経済―研究と資料―』940号、ユーラシア研究所。
富山栄子/塩地 洋(2011)「ロシアにおける現代自動車のマーケティング戦略」『ERINA REPORT』Vol.98、2011年3月号、環日本海経済研究所。
富山栄子(2008)「外国大手自動車メーカーの対ロシア戦略―フォード、ルノー、GM、現代自動車を中心にー」No.913,2008年8月号、ユーラシア研究所。
富山栄子/塩地 洋(2012)「現代自動車の新興国戦略―インドとロシアのケースを中心にー」敬和学園大学紀要(近刊)。
資料
中国自動車シンポジウム「現代自動車から何を学ぶかー新興国における競争力要因―」2011年報告各資料(京都大学東アジア経済研究センター主催)。
[執筆者]富山栄子(事業創造大学院大学教授)
(※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2012年3月1日付で掲載されたものです)
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205