ロシアの原子力産業の現状- 一ノ渡 忠之

russia

概要
2011年3月の福島原発事故を受け、世界で脱原発の機運が高まった。だが、ロシアは原発推進の姿勢を崩さず国内の新規原発建設を進めている他、新 興国を中心に原子力プラントの輸出を積極化している。また、4月に予定されているキリエンコ総裁訪日の際には、日ロ原子力協定発効後の活動などについて討議することが予想されており、日本の原発メーカーとの協力が加速する可能性もある。

はじめに

声高に叫ばれてきた「原子力ルネサンス」が今、問われている。2011年3月11日の東日本大震災に伴い発生した福島原子力発電所の事故は世界に衝撃を与え、各国の原子力政策は再考を迫られた。欧州では、ドイツが原発8基の即時停止と2022年までの全廃を決定した他、イタリアでは原発再開の是非を問う国民投票を実施した結果、反対票が9割超を占め、原発の再開を断念した。この他、スイスも新規原発建設を停止する旨を発表し、2012年3月には一部稼働停止が決定した。ところが、こうした「脱原発」の動きを尻目に、ロシアは原発推進の姿勢を崩していない。メドヴェージェフ大統領は、福島原発事故後も国内外での原発推進の姿勢をあらためて示した。本稿ではロシアの原子力産業について、原子力プラントの輸出に焦点を当て概観する。

1.原発推進政策を進めるロシア

ロシアは国内10カ所に33基の原発を擁し、米国、フランス、日本に次ぐ世界第4位の原子力大国である(2010年現在)。国内総発電量に占める原発の比率は17%をわずかに上回る程度にすぎないものの、重要な発電源といえよう(図1)。ロシアにとって、世界の原子力市場が拡大すれば原発の建設、ウラン採掘・濃縮から核燃料加工・供給、使用済み核燃料の再処理に至る一連の民生用原子力発電サイクルを持つ優位性を十分に生かせる。そのため、プーチン大統領(当時)は2007年に原子力産業の大規模な再編を実施し、垂直統合型国営企業の国営公社*「ロスアトム (ROSATOM)」(図2)を創設し、世界市場でのシェア拡大を図っている。折しも、同社創設当時は資源価格高騰を受けて低コストの代替エネルギーの必 要性が高まっていた他、需給逼迫(ひっぱく)感の高まりを背景にエネルギー安全保障が重視されていたことから、原子力は石油、ガスに次ぐ第3のエネルギー としても注目された。

注)ロシア語(日本語訳)では「国家コーポレーション」と呼ばれ、国家戦略的に重要な部門の強化・再編を実施するため、ロシア連邦法に基づき政府により設立された非営利団体。ロスアトムの他、ロステクノロジー(ロシア最大の自動車メーカーであるアフトヴァズ社などを支配下に置く巨大持ち株会社)、オリンプスト ロイ(2014年開催予定のソチ五輪の施設建設を担当)、アフトドル(道路の建設・保守・運営)などがある。国家コーポレーションには設立法上、情報公開 義務がなく、会計検査院の監査下にも置かれないなど不透明性を問題視する見方もある。

総発電量に占める原子力発電量(2010年)

総発電量に占める原子力発電量(2010年)

ロスアトムの組織概要

ロスアトムの組織概要

目下、ロシアは2020年までに原発による発電量を2倍に拡大するため、9基の原発建設を進める他、新たに17基の原発建設を予定している。また、ロスアトムは2015年までに水上浮遊型の原発を建設する予定である。2011年3月に発生した東日本大震災に伴う福島原発事故発生以降も、こうした政策に変化はない。プーチン首相は事故直後「日本の出来事の教訓は学ぶものの、ロシアが進める原子力計画を止める予定はない」として、さらなる原子力ビジネス拡大の意向を示した。これに呼応し、ロスアトムのキリエンコ総裁も「古い原発の新規原発への置き換えを速める」と推進の立場を示した。

実際、2011年12月にはトゥヴェリ州のカリーニン原発第4号基の稼働が開始した他、2012年3月にはリトアニアとポーランドに挟まれた飛び地のカリーニングラード州において、バルチック原発の本格的な建設が開始された。キリエンコ総裁はカリーニン原発の操業式典において、今後20年間で国内38基、海外28基の新規原発建設を含む3,000億ドル相当の投資を行う他、2030年までにロスアトムの収益を現在の5倍に当たる750億ドルにすると発言しており、原発推進の流れは一層進むとみられる。

2.ロスアトムによる積極的な海外進出

ロシアは、経済成長の著しい新興国を原子力プラントの輸出先として注目している。新興国は急速な電力需要の拡大に伴う電力不足に直面しており、原子力の導入に積極的なためである(表1)。成長の速度、人口および国土の規模から見て、特に中国、インドを重視しているが、南米や中東、アフリカへも積極的関与を続けている。

例えばトルコでは、総額200億ドルに上るアックユ(Akkuyu)原発4基の建設が進められている。2011年5月には、アルゼンチンと原子力平和利用に関する協力覚書(MOU)に調印し、同国4基目の原発建設について、ロスアトムを有資格企業に認定した。同年11月には、ベトナム初の原発建設(2基)計画について、ロシア側からの融資契約など 複数の合意文書が調印され、2014年以降の着工を目指す大型の原子力プロジェクト実現に向け、必要な条件が徐々に整いつつある。伝統的な原発輸出相手国である中東欧諸国では、チェコのテメリン(Temelin)原発第3、4号基の建設契約について、ロシアとチェコの企業連合 が2010年2月に入札有資格メーカーに認定された。契約受注に向け、フランスのアレバ、東芝傘下の米国ウェスチングハウスと競合しており、2012年7 月2日までに詳細事項をまとめた入札提案書を提出することとなる。また現在、パクシュ(Paks)原発において4基を稼働させているハンガリーは、2012年中に入札招聘(しょうへい)書を発送、2013年中の建設受注企業決定を目指しており、候補には、ロスアトム傘下で原発の設計・エンジニアリン グ・建設を担うアトムストロイエクスポルト(ASE)も含まれており、契約受注に意欲を高めている。2011年12月には、ポーランドの新規原発建設にロ スアトムが入札すると同国の現地紙が報じた。

今後の原子力導入予定国

今後の原子力導入予定国

もっとも、こうした動きとは異なる対応を見せる国もある。2011年10月、ブルガリア国営 電力会社(NEK)は、ASEと結んでいたベレネ(Belene)原発の建設契約の有効期限を2012年3月末まで延長する旨、発表した。2008年1月 に正式に締結されたこの契約は、建設価格や資金調達面での問題、福島原発事故の影響などから再三にわたり延長されてきた。最終的な判断は、欧州全域で進行 中のストレス・テストの結果を分析した後に下される予定である。

一方、ロシアによる隣国のウクライナおよびベラルーシへの進出も活発化している。ロシア産石油やガスの供給をめぐり注目を浴びることの多い両国であるが、原子力の分野においてもロシアと深い関係にある。ロシアは2009年以降、国内総発電量の半分を原子力が占めるウクライナとの間で原子力協力を積極的に推進しており、数十億ドル規模の契約が交わされた。2011年6月には両 国政府がフメリニツキー(Khmelnitsky)原発への融資協定を締結し、ロシア政府系金融が融資を担当することとなった。今後、ロシアのズベルバンクからの数十億ドルに上る融資を通じ、同原発の建設が進む予定である。

ベラルーシについてはプーチン首相がルカシェンコ大統領と会談し、自国の原発の安全性に自信を示しつつ、ベラルーシ国内での原発建設について合意。2011年10月にASEと契約合意文書に調印し、リトアニアとの国境近 くに原発2基をターンキー契約で建設する計画となっており、2017~2018年の稼働開始を目指している。なお、ベラルーシ産業銀行は2012年2月、本件に関するロシア政府からの輸出融資について、ロシア開発対外経済銀行(VEB)が銀行間協定を締結したことを明らかにした。両行はベラルーシ・ロシア 両国政府の代理機関の役割を担っており、100億ドルの融資が25年返済で提供されるとみられる。

なお、2011年8月、ロスアトムは新たにロスアトム・オーバーシーズ(Rosatom Overseas:RO)を設置した。ROは、プラント建設から核燃料加工・供給に至るロシアの原子力技術全般の海外進出促進を目的としたものだ。 2012年3月初旬、東京都内で講演した同社のカリーニン臨時社長は、ロスアトムの新規原発参入国の建設プロジェクトに積極的に参加することを強調した。また、第3国における原発建設プロジェクトについて、海外メーカーと共同進出する意欲を示し、日本の原発メーカーとの協力の重要性を訴えた。ロシアは、 2009年に締結された日ロ原子力協定を2011年1月にすでに批准しており、日本側の手続き完了を待つばかりである。同協定が発効された場合、ロスアトムとの協力の下、日本の原子力メーカーの海外進出が加速する可能性も出てきた。

3.解決すべき課題

もっとも、直面する課題も多い。第一に、ロシアの原子力技術の水準に係るものである。1986年のチェルノブイリ原発事故を契機に、ロシアの原子力技術については日本や欧米の技術に比して、依然として水準が低いあるいは安全性に問題があるとする見方もある。特に、福島原発事故から約3カ月後の2011年6月、ノルウェーを拠点とする国際的な環境NGOであるベローナ(Bellona)は、福島原発事故を受け、ロシア政府が実施したとされる調査報告書をホームページ上で公開した。メドヴェージェフ大統領が議長を務める国家評議会に対し、同月提出されたものとみられる同報告書では、洪水や火事、地震などの自然災害および人災に対し、ロシア国内の原発において30ケースに上る著しい不備が見つかったことが指摘されている。政府およびロスアトムはこの報告書の存在を否定しているものの、実態は明らかではなく、透明性の確保と向上が今後の課題となろう。この他、米国の科学誌「Bulletin of the Atomic Scientists」は、延長が決まったロシア国内の原発について批判的な見解を示している。2011年9月、キリエンコ総裁は、アップグレードを行う ことによってソ連時代に建設された原発16基の運転期間を最低15年間延長する旨を発表した。同総裁は、これまで30年間とされてきた運転期間は短過ぎるとした上で、既存原発のアップグレードは新規原発建設よりも低コストで実現できると説明した。しかし、対象となった原発にはチェルノブイリ原発と同型の物も含まれている他、かなり前に建設された原発の部分的な改修は大事故につながりかねないとの懸念もある。また、アップグレードに伴う周辺の環境に与える影響のアセスメントが行われないとみられ、大きなリスクを抱えることになると思われる。

第二に、原子力導入国の事情もある。ロシアに限定されることではないが、原子力プラントの輸出を通じ、核拡散やテロの標的となる可能性もあろう。また、実際に原発を運転するためには、複雑な法的・制度的 枠組みの構築、安全を確保するための物質的・人的整備、高い技術を持つ人的資源の確保などが必要である。2011年9月に開催された国際原子力機関(IAEA)定例理事会においてキリエンコ総裁は、法や規制に関するロシア人専門家を原発導入国に派遣し教育を行う原発建設協力モデル(build- speak-operate)を提唱したが、実際に法や枠組みが根付くには時間と投資を要するとみられる。

また、原発の導入を通じて、当該国を含む地域の緊張が高まる可能性もある。目下、政府による反対派勢力の弾圧が深刻化し、国際社会から批判を浴びているシリアが原発の導入を目指す背景には、中東での存在感の向上を狙うロシアとの間で広範な関係強化を進めることで、米国・イスラエルに対抗するという意図があるとの見方が大勢を占める。イランについても、同国の核開発プログラムが周辺の中東各国による原発導入の推進力になっているとの指摘もあり、こうした一国の政治的動向が、同国の所在する地域のその後の情勢に少なからぬ影響を与える可能性は否定できない。

結びに

特にエネルギー需要が急増している新興諸国における資源確保やエネルギー源の多様化の観点から、今後も世界の原子力発電の需要は拡大を続け、ロシア原子力産業の国内外での活動は一層進むとみられる。しかし、国内外における問題を棚上げしたままロシアが「原子力ビジネス」を続けるとすれば、新たなリスクが生じることも予想される。その一方、2012年4月には、キリエンコ総裁が訪日する予定となっている。その際、福島原発の事故処理についての協議が行われる他、日ロ原子力協定の発効後の活動について討議することが予想されており、ロシアと日本の原 発メーカーとの協力が加速する可能性もあるだろう。

[執筆者]一ノ渡 忠之(明治大学兼任講師)

(※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2012年4月5日付で掲載されたものです)


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