ガスプロムと日本-酒井明司

russia

概要
ロシアはアジア・太平洋方面への資源の輸出拡大を目指している。その最大の目的は、自国の東シベリア・極東の開発にあるのだが、特に天然ガスの場合にはその実現に当って国内に様々な問題を抱えている。また、ロシアからのガス資源輸入にリスクがあるとすれば、それは従来言われているような供給遮断の怖れや領土問題との関係よりも、変化しつつある世界のガス市場の状況にロシアが適応して行けるのかどうかの面においてではないか、と考えられる。

1.東シベリア・極東開発とエネルギー資源輸出

2011年3月の東日本大震災がもたらした災害から、原子力発電所の有るべき姿や、その将来の稼動見通しが不透明になっている。そしてこれに代わる発電燃料として日本の天然ガス(以下、「ガス」)への需要が増大している。国産のガスが僅少だから、需要の殆どをLNG(液化天然ガス)の形で輸入しなければならない。その輸入は震災前の2010年で7000万トンであったものが、2011年で7850万トンに増加し、2012年にはさらにこれが増えるものと予想されている(1)。

2011年での主な輸入先はマレーシア、オーストラリア、カタール、インドネシア、ブルネイ、ロシアなどで、ロシアは全体の輸入量の9%を占めた。ロシア政府は震災直後にセチン副首相を通じて、日本へのエネルギー資源供給増加の提案を行っている。石油や石炭の輸出増、将来的な電力の対日供給案、そして当面のロシア産LNGの対日輸出増加や、東シベリアの新たなガス田開発への参加の呼び掛けだった(2)。

このロシアの出方は、日本のみならずアジア・太平洋諸国との繋がりの強化を求める動きから出ているが、背後には自国内の東シベリア・極東地域の開発促進という大きな狙いがある。

ロシアの行政区画の上で全国を8つに分ける管区で見れば、極東管区とシベリア管区(3)を合わせて面積ではロシア全体の丁度2/3を占め、世界第2位の面積大国であるカナダより広い。問題は、その広大な土地が厳しい自然環境の下で人口希薄地帯となってしまっていることで、特に隣国・中国との国境線が長い極東管区では、インドの2倍に近い面積に僅か630万人しか住んでいないという現実がある。

隣接する中国の東北三省は面積でロシア極東管区の8分の1強でしかないところに1億人以上が住み、両者の経済力格差も広がる。ヴラジヴォストークが位する極東管区・沿海地方は人口196万人、地域GDPは2008年で3194億ルーブル(約100億ドル、人口が三分の一以下の鳥取県の半分)でしかないが、隣の中国黒竜江省は人口4000万人超、GDPは2008年に8310億元(約1300億ドル)で、圧倒的な差がついてしまっている。中国に、いずれは極東や東シベリアが経済的に呑み込まれてしまうのではないか ― ロシア人一般やその為政者がこうした警戒心や懸念を持ったとしても当然なのだろう。

しかし、東シベリア・極東の大掛かりな経済浮揚策は長らく放置された後、2000年代に入ってからエネルギー資源の開発とその極東からの輸出という構想でともかく動き出した。

これを追って本格的にロシア政府が東シベリア・極東の経済開発全般に取り組み始めたのは、原油価格高騰の追い風を受け財政面にも余裕が出てきた2006~2007年からで、2007年にはプーチンが2012年のAPEC閣僚会議のヴラジヴォストーク招致に成功し、その後はこの準備も含めて6年間で沿海地方の人口一人当り年間約17万円に相当する資金(6640億ルーブル)がインフラ整備へと注ぎ込まれてきた。

この弾みを一過性に終わらせないため、東シベリア・極東への産業(それもハイレベルな製造業)の誘致にロシアでは大統領以下皆が躍起になっている。これは、メドヴェージェフ前大統領が主唱するロシアの産業の「近代化」要請にも応えるものだ。だが、そう簡単に短期間で他国の企業も集まってはこない。となれば、当面の策としてはこれまでどおり天然資源の輸出に依存するしかない。ソ連時代から始まっていた石油製品(重油、ナフサ等)や石炭の輸出に加えて、1999~2009年の10年余の間に原油輸出が極東の3カ所から始められ(4)、2008年にはLNGの輸出も開始された(5)。

2.ロシアの重心は東に?

こうした流れを見て、一部の論者はロシアの重心が東に移動し始めたとまで述べている。そこには、だからロシアも日本との関係をこれまで以上に重視するのではないか、といった期待とも希望ともつかぬ気分が無意識のうちに含まれているようだ。確かに2008年のリーマン・ショック以降は、ロシアが伝統的に相互依存の関係にあったヨーロッパの経済はふらつき、どうにも余り頼れそうにもない。そこで、西に期待が持てないなら東しかない、という雰囲気がロシア人の中で醸し出されてもおかしくはない。

だが、ロシアの狙いはあくまで自国領内東部の経済開発に置かれ、その上での「東にも出て行こう」である。ロシア経済全体の状況や人口分布から見て、近未来でその重心が東に移るとはおよそ考えられない。西シベリアの資源が枯渇し始めているので、資源開発の中心は東シベリアへ移るという見方もあるが、ロシア自身が作成した2030年までの資源生産予測(6)でも東シベリアが西シベリアに取って代わるという見通しは示されていない。地質学の面からも今後西シベリアを上回るような資源量が東シベリアで発見される可能性は指摘されていない。

話をガスに限れば、2002年にガスプロムが東部ロシアでのガス全般の統括・計画立案・実施の任を与えられ、今日に至るまでの約10年の間、生産・輸送・販売の諸計画を政府とともに策定してその一部を実施に移してきた。具体的には:

  1. ガス輸出独占の立場から、先行していた外資案件での経営支配権獲得
  2. ガスの生産と輸送に関わる「東方プログラム」策定(2007年エネルギー省承認)
  3. パイプラインでのガスの輸出に付いての中国との大枠合意(2006年)と韓国との交渉、LNGでの新たな生産基地建設での日本との協働合意

結果は、まだパイプラインでの輸出の話はまとまらず、探鉱後の新たな東シベリア・極東でのガス田開発作業も実際に開始されているのはごく僅かである。10年も経てそれしか進んでいないのか、と評価する向きもあるだろう。だが、カナダに近い面積の国土総合開発計画を10年で立案から実施に移せというのも、これまた無理な注文には違いない。

ガスプロムが東シベリア・極東で直面する最大の問題は、まずここにある。すなわち、国策としての国内地域開発に、企業の立場を維持しながら無理にでも参画しなければならない点である。採算面で有望かどうかの判断と、短期の採算が最優先とは限らない国策遂行との板挟みに遭う。人口希薄な自国域内での需要が限られるから、ガス田開発は輸出先を確保してからでなければ始められない。また、遠隔地での生産活動と輸出先(あるいはLNGの輸出港)とを長距離パイプライン(以下、PL)で結ばなければ販売はできない。

図:東シベリア、西シベリア、サハリンからのパイプラインおよびサハリンからのLNG

図:東シベリア、西シベリア、サハリンからのパイプラインおよびサハリンからのLNG

出所:本村眞澄「拡大する北東アジアのエネルギーフロー」『石油・天然ガスレビュー』2012年, Vol. 46, No.2, p. 15.

PL建設に必要な初期投資額や生産・輸送コストは、普通なら後刻ガスの販売価格に含めて回収するところだが、他の売り手に比べてそれが高くなってしまっては売れない。交渉でもたついて、いつまでも買い手が見つからなければ国土の開発は進まず、で政府は苛立ってくる。

東シベリアで原油の生産を開始し、ガスより一足先に太平洋岸への輸送とそこからの輸出を始めた石油企業は、事業を採算に乗せるためには政府の税減免措置が必要だと訴え、何とかそれを獲得した。しかし、それは一面では麻薬のようなものであり、企業のコスト削減への意欲を削いで減免措置を恒常化しかねない。それを懸念するロシア財務省は、減免措置の撤回や適用制限で押し戻そうとする。今の財務省の幹部や中堅には、ソ連崩壊の前後に国の内外で当時全盛だった新古典派経済学を学んだ向きが多い。だから、経済での国家による補助金・援助などは邪道だ、と叩き込まれている。そして、原油生産・販売への課税(資源採取税、輸出税)はロシアの政府歳入を支える最大の柱であり、いつまた2008年のリーマン・ショックのような国際経済危機がやってくるかも分からない状態では、財布を預かる側はおいそれと税減免に応じるわけには行かなくなる。東シベリア・極東で置かれた立場はガスプロムも石油企業と変わらず、同じような財政当局との揉み合いを始めざるを得なくなっている。

3.アジア市場のガス価格

こうして、ガスプロムが政府に背中をつつかれているとすれば、正面には輸入価格の相場が存在しないアジアの市場という難問が待ち構えている。本来ならば、アジアでこれまで最大のガス需要国・輸入国だった日本のLNG輸入価格(原油価格に連動する長期契約ベース)が基準値になってもおかしくなかったのだが、原油価格がそれまでの傾向から外れて2003年から高水準に向かい、LNG価格もそれに引っ張られていく。その結果、米国(需給関係できまるガス価格)や欧州(PLによる供給価格)での価格からかけ離れて高いものになってしまった。

こうした状況は、一方では原油の値動きから来る問題であるが、他方では米国発の「シェールガス革命」によっても助長されている。簡単にいえば、技術進歩のおかげで米国でのシェールガスの生産コストが劇的に低下し生産量が増えたために、米国内のガス価格もそれに連れて大いに低下した。そして、米国がガス(LNG)の輸入をほとんど必要としなくなったことから、多くの短期契約ベースのLNG生産者(特にカタール)が米国から欧州に輸出先を転換し、欧州市場の価格水準も引き下げるようになった(7)。

今年の4月の時点で、日本が輸入するLNGの価格は米国の国内価格の約8倍、欧州のそれと比べても2倍弱になっている。日本の輸入契約そのものが好い加減に決められてきたわけでは決してない(8)。だが、ここまで差が開いてしまうと、これは何とかすべきという動きが出てきても不思議ではない。近い将来に新大陸からアジアに向けての安値のLNGが輸出される可能性も出てきており、アジア市場でのガスの価格相場も変わっていくかもしれない。

一方、中国はこうした動きを注意深く見守っている。彼等はLNGとは別に、中央アジアからの比較的安価なPLによるガスを既に輸入している。他方では2017年以降にカタールを抜いて世界最大のLNG輸出国になる可能性を持つオーストラリアのからの買い付けにも手を打っている。その上で、おそらく将来のアジアのガス価格は最大の消費国となる自国での相場が中心になるべきとも考えているだろう。ガスの消費量ではすでに日本を追い抜いている。そしてこれから10年も経ない2020年でその消費量は今の3倍に近い3350億m³にも達すると予測されているのだ(9)。

だから、ロシアからのPLによる中国へのガス輸出の話は、価格をめぐって過去7年近くも話がまとまらない。高コストのガスを出すのだから、価格は欧州向け並になってくれねばロシアは元が取れない。だが中国にとって、それを簡単に受け入れる訳には行かない。単に商売の上での損か得かの問題ではなく、これはアジアのこれからのガス価格基準値を決める問題でもあるのだ。

4.日本はガスプロムとどう付き合えるか?

ガスプロムの東方進出もどうやら決して楽なものではないようだ。そのガスプロムと日本はどう付き合っていくべきなのだろうか。

すでにサハリン-2からのLNGを日本は輸入している。これは日本に最も近いLNGの供給源でもある。距離の近さは輸送に必要とされるLNG船の数を、たとえば中東から輸入する場合に比べて大幅に減らすことが可能となる。そしてサハリンやロシアの極東との間には、幸いにしてホルムズ海峡もマラッカ海峡も存在しない。

ロシアからの資源輸入での問題では、大方のケースでまず供給遮断リスクが指摘されるようだ。これは2006年と2009年にウクライナとの間に生じた問題とその余波を教訓とすべし、という論に依拠している。だが、ウクライナへの供給停止問題はウクライナによる代金未払いや、価格問題で両者間の供給契約(自動的にガス価格を計算できる価格算定式を採用していなかった)が失効してしまったことから発生している。かつ、これはLNG取引とは異なり、売り手と買い手がそう簡単には離れられないPLでの輸出入だった(10)。

次に、一部では日ロ間の領土問題との関係が唱えられる。供給遮断による恫喝や、資源を必要とする日本の弱みでロシアが外交上の強気に出てくることで、日本の交渉がやりにくくなると言う懸念である。供給遮断は、日本が買ったものの代金を支払う限り、普通の状態では起こらない可能性の方が高い。また、ロシアに対する非資源国家の日本の立場の弱さは、調達先を多岐化するという方向で相当程度は緩和可能だろう。

こうしたロシアの政治的意図への懸念を全く否定してしまうつもりはないが、これからのガスの取引ではそれ以前に考えねばならない問題がある。それは、これからのアジアのガスの市場で価格がどう決まって行くのか、そしてそれが、もし新たなガス源の登場で今よりも低い価格に落ち着いていくならば、ロシアはこのアジア市場に進んで出てくる勇気を維持できるのか、という点である。

換言すれば、今の長期契約条件に基づく石油価格連動のLNG市場が、ガスの需給によって価格が決まるスポット契約が主流となる市場に向かって行く(それが実際にそうなるかどうかは別として)という予想が広がるのなら、ロシアはそれに立ち向かえるのか、という問題になる(11)。

ロシアのガスは他国に比べて生産コストが割高にならざるを得ない。そのハンディを背負ってでも市場の世界に入っていくという気がなければ、またそれを短期間で決断できなければ、ロシアからのガス供給可能性は不確定・不安定な状況に置かれざるを得ない。実はそれがロシアからの資源輸入で最も大きな問題とリスクになるのでは、と思うものである。

注:
(1)大雑把にはLNG1トンは、1世帯当たりの電力や都市ガスの消費量の2~2.5年分に相当する。現在の日本の最大輸入設備能力は年間9000万トン弱。
(2)この他にもロシアの対欧州ガス輸出とカタールの対欧LNG輸出とを交換(スワップ取引)することで対日供給を増やす案が出された。
(3)極東管区:9州・地方・共和国・自治州・自治管区、面積6,215,900km2 人口約630万人 。シベリア管区:12州・地方・共和国、面積5,114,800km2、人口約2100万人。通常東シベリアと呼ばれる地域は全て含まれるが、西シベリアと呼ばれるチュメニ州は含まれていない。
(4) 1999年 サハリン-2からの原油輸出開始、2006年 サハリン-1からの原油輸出開始、、2009年 ESPO原油の輸出開始。
(5) サハリン-2からのLNG輸出開始。
(6)2009年11月政府承認の「2030年までのロシア連邦のエネルギー戦略」
(7)このため、ロシアの欧州方面への輸出価格(石油製品に連動)が割高になり、従来の買い手から価格算定式の変更を一斉に求められ、ガスプロムは苦境に陥っている。
(8)2005年には米国と日本のガスの価格はほぼ同じだった。
(9)2011年6月”World Energy Outlook 2011 Are we entering a golden age of gas ?” /IEA
(10)詳細は拙著『ロシアと世界金融危機』2009年/東洋書店 参照。
(11)2012年4月のプーチン首相による下院議会への演説で、シェールガス革命のロシアへの影響懸念が初めて公式に言及された。また、経済発展省は同じ4月に発表した同省の2030年までの経済予測の中で、ガスの輸出が2011年の1968億m³から2030年の3130億m³に拡大するとしながら、ガス市場の変化で2030年までに800~900億m³のロシアのガスへの需要減が発生する可能性に付いても触れている。

[執筆者]酒井明司(三菱商事(株) 天然ガス事業第二本部 新規プロジェクト開発ユニット シニアアドバイザー)

付記:本稿は、著者個人の考えであり、著者が勤務する組織の考えを代表するものではない。

(※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2012年5月10日付で掲載されたものです)


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