10.欧州の戦略拠点ポーランド -田口雅弘

概要

欧州危機にもかかわらずポーランド経済は比較的安定しており、今や欧州市場の戦略拠点と言っても過言ではない。ポーランド経済の安定性や労働コストの相対的な低さ、多言語対応が可能な人材が多いことなどへの評価から、多国籍企業の欧州戦略としてポーランドへ事業、生産拠点を集中させるケースや、ポーランドへのサービス部門投資の増加などの動きが見られる。

ポーランド経済の全般的状況

欧州危機にもかかわらずポーランド経済は比較的安定しており、今や欧州市場の戦略拠点と言っても過言ではない。ポーランド経済の安定性や労働コストの相対的な低さ、多言語対応が可能な人材が多いことなどへの評価から、多国籍企業の欧州戦略としてポーランドへ事業、生産拠点を集中させるケースや、ポーランドへのサービス部門投資の増加などの動きが見られる。

【図1 ポーランドの個人消費および総固定資産投資の推移(前年同期比:%)】

【図1 ポーランドの個人消費および総固定資産投資の推移(前年同期比:%)】

注:棒グラフ:個人消費、折線グラフ:総固定資産

出所:Instytut Nauk Ekonomicznych Polskiej Akademii Nauk [2012], p.11

全国平均失業率は欧州連合(EU)平均とほぼ同じ10.1%(2011年末、以下同)で、農村部非熟練労働者の失業率は高いものの、大都市圏大卒者の失業率は低く、ワルシャワは3.8%、クラクフは4.9%となっている。現在は、ギリシャ危機の影響で通貨、株価が不安定となり、国債利回りの上昇、輸出減少、EU基金からの支援減少などが懸念される。また、民間設備投資、公共投資の減少、国内需要の落ち込み、不良債権の拡大も景気悪化を促進させる要因である。 通貨ズロチは、全般的には新興諸国通貨と同じ動きをしている(図2)。すなわち、先進諸国からの海外直接投資(FDI)が減少して経済成長、貿易収支に懸念が出てくると、主要先進諸国通貨に対して下落する傾向にある。

しかしながら、ポーランドはEU諸国の債券などをあまり保有しておらず、財政赤字もリーマン・ショック以降一時的に拡大したものの、長期的には縮小が見込まれており、新興諸国の中では比較的良い条件にある。また、ウィーン・イニシアチブ(国際金融機関、欧州銀行間で中東欧において資金回収競争から流動性危機が起こらないよう協調して融資残高を維持することを目的とした合意)は、中東欧の金融機関の安定に貢献した。とはいえ、ポーランド金融機関総資産の6割以上(ちなみにチェコでは9割以上)を占める外資系銀行がギリシャ危機で経営難に陥れば、ポーランド金融界にも大きな影響が及ぶのは避けられないであろう。

【図2 ズロチの対ユーロレート(2007~2012年)】

【図2 ズロチの対ユーロレート(2007~2012年)】

出所:Yahoo! FINANCE

今後のポーランド経済見通し

今年度は建設業などで失業、倒産が増え、インフレが進行するものの(ポーラ ンド科学アカデミー経済研究所の予測)、2012年は2.6%(国際通貨基金(IMF)予測)から2.7%(EU予測)のGDP成長率を達成できる見通しである。国内需要は、不況下ではあるものの、極端な落ち込みは回避できている。貿易は、輸出の約8割がEU地域によって占められており、全体の約4分の1がドイツである。従って、EU諸国の景況がポーランド経済にも大きく影響してくる。ポーランド民間経営者連盟の発表による景況感指数は、2011年当初の約55ポイントから2012年半ばには約40ポイントに低下(50ポイントを基準に加減評価)。多くの企業で、生産調整にとどまらず人員削減などの対応が検討されている。
また、地域経済を活性化するため、国営企業の自治体への移管による自治体の収入に加え、結束基金をはじめとするEUからの資金援助が原動力となってきた。しかしながら、民営化が一通り終わってこの収入源が途絶えてきたこと、リーマン・ショック以降EU基金からの支援が頭打ちになったこと、不況下で政府が再び緊縮財政にかじを切ったことなどが影響して、ここ2年ほどで多くの自治体が財政赤字に転落した。これに伴いインフラなどの地域公共事業も減少しており、購買力全体にも影響を及ぼし始めている。

中小企業経営者に対するアンケート調査によると、ポーランドでの事業の障壁として、法令の未成熟、規定が分かりにくい、法令の解釈が分かれる、法令間での矛盾がある、などの点が指摘されている。ポーランドにおいては、法令の整備が経営の質を上げると考える経営者が多い。また役所についても、部署や人によって言うことが違う、専門性に欠けている、などの点を問題視する声が少なくない。この他、社会保障の掛け金が高過ぎること、取引相手の未払いなどが事業にとって大きな問題となっているといわれている。

FDIと外国企業の動向

ポーランドへのFDIは堅調で、2008年の100億8500万ユーロから、2010年には66億8600万ユーロに落ち込んだものの、2011年10月時点では推定約90億ユーロに回復してきている。投資を行う主要国は年度によって変化しており、2010年はドイツ、オランダ、米国などに続きイギリス、韓国などからのFDIが多かったが、最近(2011年)は中国、日本、インドからの投資も増えている。

貿易、FDIをめぐる全般的な傾向としては、次の四つの点を指摘できる。1点目は、日本とEUの自由貿易協定(FTA)交渉についてである。2012年4月17日、日本の経団連代表とポーランドのパブラク副首相がワルシャワで会談し、自動車、農業、サービス、シェール・ガス採掘を含むエネルギー分野での協力推進に合意した。日本企業は、先にFTAでEUと合意した韓国との競争で苦戦を強いられている。EUとのFTA合意は死活問題であるが、ポーランド側は、日本・EUのFTA合意によって日本からポーランドへのFDIが減少する(日本からの輸出が増え直接投資が減少する)のではないかと懸念する。これに対し日本側は、そのような懸念はないとしており、ポーランド側でも理解は深まってきているようである。

2点目は、中国の台頭である。2012年4月25日、中国の温家宝首相は、ワルシャワでコモロフスキ大統領と会談した。中国企業とは、高速道路の建設など一部にトラブルも見られたが、それでもポーランド側は大きく歓迎の姿勢を示した。コモロフスキ大統領は「ポーランドは中国の上層部との交流を深めて、各分野での実務協力を強化していきたい」と強調し、中国への期待を示している。外資系企業の中にも、中国、韓国企業をライバルとして見るのではなく、協調関係を 模索するところが増えてきた。

3点目は、多国籍企業の欧州戦略である。EU経済全体の不透明感が増す中、事業を整理する企業が増えてきている。その際、ドイツ、フランス、スペインなどの事業所を閉鎖し、ポーランドに事業、生産拠点を集中させるケースが見られるが、ベルリンからの距離、市場 規模、労働コストの相対的な低さと調達が容易であること、マクロ経済的な安定性などの面からポーランドが評価されているためと考えられる。最近では、ゼネラル・モーターズ(GM)傘下で経営再建中の独オペルが、主力小型車「アストラ」の次期モデルのドイツでの生産を取りやめ、イギリスとポーランドの2工場で生産すると発表している。

4点目は、投資分野の変化である。投資分野は、家電、自動車などの製造業と並んで、シェアード・サービス・センター(SSC)やビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)などのサービス部門が増加しており、次第にソフト産業がポーランドへの投資で重要な役割を担うようになってきている。具体的には、人事給与管理、データの入出力の処理などのバックオフィス業務のアウトソーシング、顧客サービス、コールセン ターなどのフロントオフィス業務の代行、ソフトウエアのプログラミング、企業のIT化支援、R&D関連の企業・研究所の設立などである。こうした背景には、高等教育を受けた人材が豊富であること、多言語対応が可能な人材が多いことなどが挙げられる。

ここでは、一般的に使用されているFTA(自由貿易協定)と表記する。しかし、その交渉の内実は貿易にとどまらず、投資保護や規制の統一など多岐にわたっており、EPA(経済連携協定)交渉と考えるべきであろう。

参考文献:

・日本貿易振興機構(JETRO)ワルシャワ事務所資料

・Instytut Nauk Ekonomicznych Polskiej Akademii Nauk [2012]. Gospodarka Polski. Prognozy i Opinie. Warszawa: INE PAN.

・TNS OBOP [2012]. Problemy polskich przedsiębiorców. Raport z badania. Warszawa’ pkt.pl.

※本レポートを作成するに当たって、日本貿易振興機構(JETRO)ワルシャワ事務所の志牟田剛所長より貴重な情報を提供していただいた。この場を借りて感謝の意を表したい。

[執筆者]田口 雅弘(岡山大学大学院社会文化科学研究科・教授)

※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2012年6月7日付で掲載されたものです

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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