黒海地域のビジネス環境の改善とEUの影響圏の拡大-蓮見 雄

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概要

黒海経済協力機構(BSEC)諸国のビジネス環境は徐々に改善してきたが、その背景にはEUの影響圏の拡大がある。日本が「分野別対話パートナー」として実現可能な分野からBSEC諸国との経済関係の強化を図り、同時に日・EU間経済連携協定の交渉に臨むことは、この地域のビジネス環境を改善するだけでなく、日本企業のビジネスチャンスを広げる。

◇黒海経済協力機構(BSEC=Organization of Black Sea Economic Cooperation)

2013年2月21日、第4回「日・黒海地域対話」が開催された。筆者は3年前の第3回の対話で報告し、今回は開発戦略に関するコメンテーターとして参加した。ここでの議論を念頭にBSECのビジネス環境の改善について考えてみよう。対話のパートナーであるBSECは日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、1992年にトルコの主導で発足し、99年に経済協力機構としてWTOに登録され、2012年に創立20周年を迎えた。加盟国は、アルバニア、アルメニア、アゼルバイジャン、ブルガリア、グルジア、ギリシャ、モルドバ、ルーマニア、ロシア、セルビア、トルコ、ウクライナの12カ国である。BSECは、(1)域内ビジネス環境の改善、(2)起業イニシアチブの促進、(3)協調による域内経済の効率化を目的とし、農業、金融、犯罪対策、文化、税関、緊急支援、教育、エネルギー、環境保護、統計、保健、IT、グッド・ガバナンス、科学技術、中小企業支援、観光、貿易、運輸の分野で活動している。BSECには、オブザーバーとして、13カ国(米国、欧州諸国、地中海諸国など)に加え、エネルギー憲章事務局やEUの欧州委員会が参加している。日本は、2010年以降、BSECの「分野別対話パートナー」という地位を認められ協力している。

◇黒海貿易開発銀行(BSTDB)

1994年に黒海貿易開発銀行設立が合意され、99年に操業を開始した。授権資本金30億SDR(約35億ユーロ)、発行済資本20億SDR(約24億ユーロ)で、各国の出資比率(2011年12月31日時点)は、ロシア、トルコ、ギリシャ各16.5%、ルーマニア14%、ブルガリア、ウクライナが各13.5%で大半を占め、アゼルバイジャン5%、アルバニア2%、アルメニア1%、グルジア、モルドバ各0.5%である(残りの0.5%は未配分)。BSTDBの04年3月の時点でのムーディーズによる格付けはBaa2であったが、10年9月にはA3となり、11年6月にはスタンダード&プアーズでAを獲得した(注1)。これは、「凍結された紛争」と呼ばれる未承認国家(グルジアの南オセチアとアブハジア、アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ、モルドバのトランスニストリア)が存在し、2008年にはグルジアとロシアの戦争が生じたにもかかわらず、黒海地域全体のビジネス環境の改善が進んでいると評価されていることを示している。

◇BSECの経済動向と評価(注2)

BSECの実質GDP成長率は、1995-99年平均では0.7%にすぎなかったが、2000-04年平均では5.7%、06年には7.7%に達した。世界金融経済危機の影響から09年には-6.4%と落ち込んだが、翌年には4.3%に回復している。12年は2.5%に留まるとみられるが、BSECにとって最大の貿易相手であるヨーロッパ市場の低迷の影響が大きい。

BSECへの外国直接投資は、2008年には1,600億ドルに迫る勢いであったが09年に半減した。しかし、その後は回復を見せている。11年、外国直接投資は、GDP比では2.5%と2000年代前半の平均に留まる水準だが、691億ドルから889億ドルへと2010年比で29%増加した。

域内貿易比率から見る限りでは、BSECは経済圏としてまとまっているとは言えない。BSECの域内貿易は、対GDP比で2008年に9.2%に達したが、09年には7%に低下した。この間、域内貿易の割合も18.3%から16.5%に落ちた。しかし、同程度の域内貿易比率であっても、バルト海経済圏がビジネス環境の改善と国際競争力の強化に成功している実例(注3)を考えると、BSECの協力枠組を過小評価してはならないだろう。

◇BSEC諸国のビジネス環境の改善

この10年あまり、ギリシャを例外として、格付会社によるBSEC諸国の評価は全般的に改善している(表1)。

表1 BSEC諸国の格付けの改善

表1 BSEC諸国の格付けの改善

出所:注2の文献, p.23.

図1は、ユーロマネーのカントリーリスク評価(注4)に基づいて、BSECとEU15カ国、および2004年にEU加盟した中東欧・バルト諸国8カ国を比較したものである。1998-2008年、BSECの評価は徐々に改善している。2011年の低評価は、一つにはBSECが依存しているヨーロッパ市場の低迷と関連していると考えられる。ユーロ危機に伴いEU15の評価が下がったこともあり、BSECとEU15のリスク評価のギャップは縮まっている。

図1 BSECのカントリーリスク*とEU15および中東欧・バルトとの格差の変化

図1 BSECのカントリーリスク*とEU15および中東欧・バルトとの格差の変化

注:*ユーロマネー・カントリーリスク

出所:表1に同じ, p.15.

ただし、中東欧・バルト諸国とのギャップは再び拡大している。この背景には、バルト諸国では北欧諸国の影響下にあってビジネス環境の改善が進み、また汎欧州生産ネットワークが拡大する中で中東欧が製造業の拠点として発展し(注5)、たとえばポーランドが「欧州の戦略拠点」と評価されるようになった(注6)、という事情がある。

◇EUの黒海地域に対する影響力

2007年、EUは、ブルガリア、ルーマニアの加盟によって黒海にまで到達し、これまで以上に黒海地域の安定化とビジネス環境に大きな影響を与える存在となった。第1に、同年、EUが公表した政策文書「黒海シナジー-新しい協力イニシアチブ」によれば、黒海地域は「ヨーロッパ、中央アジア、中東の十字路に位置する戦略的地域」であると同時に、「大きな発展の潜在性をもつ拡大しつつある市場であり、エネルギーと交通の要衝」である。EUは、貿易自由化・域内貿易促進、汚職対策、観光協力・港湾整備などを提言するばかりでなく、実際に地域協力の促進に関与するようになった。たとえば、黒海地域諸国10カ国とEUが共同で実施する黒海CBC(国境を越える地域協力)プログラムには1,750万ユーロ、黒海北西岸をカバーするルーマニア・モルドバ・ウクライナのCBCには1億2,600万ユーロのEU予算が配分された。この他、07年に加盟前支援や欧州近隣諸国政策の予算枠で黒海地域7カ国に8億3,700ユーロの支援を約束した。これらは、決して大きな金額ではないが、EUの存在は黒海地域の安定に寄与している(注7)。

第2に、黒海周辺諸国の貿易相手としてEUは圧倒的に大きなシェアを占めている(図2)。

図2 BSEC諸国の貿易地域構造(2011年,%)

図2 BSEC諸国の貿易地域構造(2011年,%)

注:*2010年

出所:Eurostatおよび各国統計に基づき筆者作成。

第3に、黒海周辺諸国は、EUとの関係において次のように「区分(differentiated)」され、程度の差はあれEU域内市場のルールへの適応を迫られている。
1) EU加盟国(ギリシャ、ブルガリア、ルーマニア)
2) EU加盟候補国(トルコ)
3) 4つの共通空間と戦略的パートナーシップ(ロシア)
4) 欧州近隣諸国政策(ENP)
(1) 黒海シナジー(地域全体で分野別に協力を進める緩やかな枠組:ギリシャ、ブルガリア、ルーマニア、モルドバ、ウクライナ、ロシア、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン、トルコ)
(2) 東方パートナーシップ(EUがより積極的な役割を果たす枠組:モルドバ、ウクライナ、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン)

言うまでもなく、加盟国はEU域内市場のルールに従わねばならず、加盟候補国にとって加盟条件となる。ENPは、各国の実情に合わせたより緩やかな協力枠組であり、EUは民主主義とともに「開発を通じた安全保障」を重視している。特に東方パートナーシップの対象国となっているウクライナとの間では2011年に「深く包括的な自由貿易協定(DCFTA=Deep Comprehensive Free Trade Agreement)」を含む連合協定が妥結しており、モルドバ、アルメニア、グルジアとも同様の交渉が進められている。また、アルバニア、ウクライナ、モルドバは、エネルギー分野のEU法の受け入れを前提とするエネルギー共同体条約に参加している。EUとロシアの間では、共通経済空間に関する協議とエネルギー対話が10年以上にわたり粘り強く続けられてきた。2012年9月には、ガスプロムがEUの競争法に違反したとして欧州委員会が調査開始を表明、ロシア側は強く反発し、両者の話し合いは2011年に設置されたEU・ロシアガスアドバイザー評議会(EU-Russia Gas Advisory Council)を中心に継続されることになったが、ロシア自身もEUエネルギー市場のルールの変化に合わせて国内のエネルギー市場改革を考えざるを得なくなっている。

◇EUの新通商戦略と黒海地域のビジネス環境の一層の改善

BSEC諸国のビジネス環境は徐々に改善しているが、その背景には近隣諸国の安定化を目指すEUの存在がある。同時に、EUの通商政策の大転換を見落としてはならない。WTOドーハラウンドの停滞を背景に、2006年、EUは、新通商戦略「グローバル・ヨーロッパ」を打ち出し、特にアジア市場を重視し、非関税障壁の撤廃、知財、サービス、さらには持続可能な(sustainable)開発を重視した「深く包括的な自由貿易協定」を推進する方針を示した。EU・韓国FTAは、その成果である。さらに、EUは、2010年、「貿易・成長・世界問題」と題する新たな通商戦略を打ち出した。EUの成長戦略である「EU2020戦略の中核としての通商政策」という副題がつけられていることからも、この新戦略の重要性を窺い知ることができる。新通商戦略は、(1)FTAの推進、(2)途上国に対する特恵関税(GSP)の改訂と人権、環境、グッド・ガバナンス、労働基準などの関連付け、(3)米国、中国、ロシア、日本、インド、ブラジルとの戦略的パートナーシップの強化、(4)雇用、開発、ビジネスチャンス拡大のための公共調達市場の開放と積極的対外投資、(5)知財保護や資源・エネルギーの確保、貿易障壁の調査における欧州委員会の主導的役割、を提起している。日・EU間経済連携協定(EPA)交渉(注8)やEU・米国の大西洋貿易パートナーシップ交渉の開始は、いずれもこうしたEUの新通商戦略の一環である。

第4回「日・黒海地域対話」において強調されたのは、日本がエネルギー・環境や観光など可能な分野からBSEC諸国との経済関係を強化していくことであった。同時に、日本が日・EU間EPA交渉に取り組んでいくことは、長期的に見て、BSEC諸国のビジネス環境を改善するばかりでなく、日本企業のビジネスチャンスの拡大にもつながると期待される。


1.BSTDB, Doing Business with BSTDB2012
2.以下、Black Sea Region: The Quest for Economic Growth and Financial Stability, Black Sea Trade & Development Bank, Annual Report 2011による。
3.詳細は、蓮見雄編『拡大するEUとバルト経済圏の胎動』(2009年、昭和堂)およびバルト開発フォーラムを参照。
4. 詳細は、http://www.euromoneycountryrisk.com/
5.細矢浩志「進化する中東欧の自動車産業」(ユーラシア研究所レポート)を参照。
6.田口雅弘「欧州の戦略拠点ポーランド」(ユーラシア研究所レポート)を参照。
7.Commission on the Black Sea,Reinvigorating Black Sea Cooperation: A Policy Discussion Policy Report Ⅲ, 2010,p.16.
8庄司克宏、関根豪政「TPP交渉と日EU間経済連携協定」(ユーラシア研究所レポート)を参照。

[執筆者]蓮見 雄(立正大学経済学部教授、ユーラシア研究所事務局長)

※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2013年3月5日付で掲載されたものです。


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