21.成長を続けるロシアの映画産業 -井上 徹

ロシア国旗

概要

ロシアの映画産業は一時、壊滅的状況に陥ったが、1998年のロシア財政危機後は回復基調をたどり2000年代を通じて成長し、ロシア国産映画のヒット作も生まれるようになった。ロシアの映画産業は、世界に共通するさまざまな問題を抱えながらも、全体としてはまだ成長過程にある。映画産業の振興に取り組む動きも見られるため、当面は成長が続くと思われる。

はじめに

ロシアを含む旧ソ連の映画は、ソ連時代には世界的巨匠を何人も輩出し、映画史の重要な部分を占 めていた。だが、その存在感はソ連崩壊のころから薄れてしまった。その大きな要因の一つは、市場原理の導入に伴い、製作資金の調達、配給機構、劇場の経営、観客の嗜好(しこう)の変化など、根本的な変化が生じたことにある。このような中で映画産業は壊滅的状況に陥り、1990年代を通じて低迷した。しかし、1998年のロシア財政危機後は回復基調をたどり2000年代を通じて成長し、ロシア国産映画のヒット作も生まれるようになった。2010年代に入って製作面では勢いに欠ける動きとなっているものの、興行面ではリーマンショック後の一時的な落ち込みから回復し、当面は成長が続くものと思われる。

1.産業規模と興行成績

2000年代初めのロシア映画産業の規模は、日本の10分の1程度にしかすぎなかったが、2012年の興行収入は12億4100万ドルと、1,952億円の日本の半分ほどになった(表1参照)。観客動員数は1億7000万人と、日本の1億5000万人より少し多く、興行収入の差は入場料の差を反映していることになる。

ちなみに、平均入場料金は日本が1,258円であるのに対し、ロシアでは7.24ドル(226ルーブル)であった。2009年の5.3ドル(160ルーブル)から毎年上昇しているものの、米国では7.96ドル (2012年)であることを考えると、上昇するとしても8ドル前後までであろう。より多くの観客を動員できるかどうかが、今後の成長の鍵を握る。

表1 独立国家共同体(CIS)圏の映画興行収入の推移(2004~2012年)
2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
全体 興行収入 2.68 3.17 4.12 5.65 8.30 8.36 10.57 11.49 12.41
公開作品数 286 320 293 350 355 323 338 313 373
券売数 7,660 9,180 9,150 10,660 12,390 13,860 16,600 16,214 17,154
うち国産 興行収入 n.a. n.a. 1.06 1.48 2.115 1.76 1.54 11.49 12.41
国産シェア 12.1% 29.7% 25.7% 26.3% 25.5% 23.9% 14.5% 14.5% 15.1%
公開作品数 51 62 59 85 78 78 69 63 74
うち興収トップ10 1 5 3 3 3 5 1 1 0

興行収入(興収)の単位:億ドル、券売数の単位:万枚

出所:http://kinobusiness.com/ のデータより筆者作成

2000年代に興行収入が大きく成長した背景には、原油価格上昇を背景にしたロシア経済の成長がある。映画はもともと不況に強い業種とされているが、1990年代には映画産業の民営化に伴う構造変化、ソ連時代の負の遺産ともいえる上映設備の老朽化による相次ぐ劇場閉鎖など、さまざまな要因から映画産業も厳しい状況にあった。映画館はない、海賊版ビデオの横行で正規版ビデオの商売も難しい、しかも売れるのは旧作ばかりと、映画産業はどこで稼げばよいか分からない状態になってしまった。

それでも、西側諸国の映画産業に学んで新しい映画のビジネスモデルの再構築が行われ、モスクワなどでは複数のスクリーンを備えたシネマコンプレックス(シネコン)型の映画館も登場し始めた。そして、1998年のロシア財政危機をきっかけに映画産業の再編成が進み、映画産業への一定の投資が進むようになった。その結果、新作映画を全国展開する基盤があらためて整ったのである。

2.配給・上映網の整備

現在、ソ連時代に建設された映画館は役目を終えた所が多く、ほとんどの劇場はソ連崩壊後に建設されたといってよい。その多くはシネコン型で、複数のスクリーンを持つ。シネコンの運営は、基本的に配給会社やその系列会社が行っており、主としてモスクワ、一部はサンクトペテルブルクに本社を置く企業の下で、全国的に系列化されている。

表2 シネコン系列トップ5(2013年1月1日現在)
系列名 サイト数 スクリーン数 スクリーン数シェア スクリーンのデジタル比率
シネマ・パーク 29 272 8.7% 76%
フォーミュラ・キノ 34 230 7.3% 67%
カロ・フィルム 29 180 5.7% 65%
キノマクス 27 153 4.9% 39%
リュクソール 17 104 3.3% 70%
ロシア全体 1,060 3,142 100% 65%

出所:NevaFilm, Sinemaskop, no. 1 (41), 2013.

例外的存在は、エカテリンブルクに本社を置く「プレミア・ザール」である。スクリーン数で上位6位に入る大手だが、65サイト(館)で88スクリーンしかない。つまり、スクリーンが一つしかない非シネコン型劇場を多数運営している旧来型の劇場系列なのである。他に、20世紀フォックスなどの米国資本による系列もあるが、民族系の企業が主力となっている。細かく見ると、民族系とされるものには、旧ソ連アルメニア系資本の企業が少なからずある。

ロシアの場合、国土が広く人口も拡散しているため、映画館のように人が集まらないと成り立たない施設を運営していくのには一定の困難を伴う。それでも全国に1,000館を超える映画館に3,142スクリーンがあり(表2参照)、日本の3,290スクリーン(サイト数約1,000、2012年)とほぼ同規模の展開となっている。客席数を考慮すれば、ロシアの方がおそらく規模が大きいだろう。

また現在、米国発で映画上映のデジタル化が世界的に進められている。ハリウッドは、いずれ上映用にフィルムを出すことをやめ、デジタル素材だけにする姿勢を明確にしている。日本の富士フィルムも撮影・上映プリント用の生フィルムの販売を2013年春に終了する予定で、フィルムを生産するのは、2012年に経営破綻して再建中の米イーストマン・コダック社のみとなる。劇場はいや応なくデジタル化への対応を進めざるを得なくなっており、ロシアでも急速に劇場のデジタル化が進んでいる。表2に示したように、 2013年初めの時点で全国の65%のスクリーンでデジタル化が完了している。これをサイト単位で見ると、全国で83%、トップ10(スクリーンシェア41.4%)に限れば95%のデジタル化率となり、デジタル化への対応がかなり進んでいることが分かる。その意味では、配給・興行面では西側諸国の水準に追い付いていると見ることができよう。

3.映画製作の状況

先に挙げた興行収入の推移を見ると、年間300本以上公開される映画のうちロシアの国産映画は60~80本前後にすぎない。日本の場合、983本公開されたうち邦画が554本(2012年)と半分以上を占めるのに比べ、まだまだ少ないといえる。それでも、2004年に『ナイト・ウォッチNOCHNOI DOZOR』(ティムール・ベクマンベトフ監督)が大ヒットし、ソ連崩壊後は米国映画しかランクインしなかった興行収入トップ10に、初めてロシア国産映画が入った。しかも、その時点でロシア映画史上最高の興行収入を上げての1位だった。

その後、ロシア国産映画がトップ10に入るのが常態化し、年によっては半分の5本を占めたこともある。しかし、リーマンショックの影響で資金の流れが一時止まってから低調となり、2012年には1本も入らなかった(統計によって1本入ったとするものもある)。リーマンショック後、ロシア映画産業にも国がてこ入れすべきだとの声を受けて、プーチン首相(当 時)の肝いりで映画産業振興に関する審議会が設置されて、一定の予算措置も講じられたが、その効果はまだ見えていないようだ。

一つの問題は、やはり国産映画を見たいと思う観客をどう増やすかにあるのではないか。国産映画は、完成しても興行までたどり着かないことが多い。実際に完成している映画は毎年300本前後あるともいわれているが、多くの映画が上映の機会もDVD化の機会も与えられないまま消えていっている。

たとえ運よく劇場公開にこぎ着けたとしても、それで製作資金が回収できるとは限らない。2012年の場合、劇場公開され黒字となった映画は16本しかなかったという。国産映画の製作費総額は2億5100万ドルで、興行収入総額1億7000万ドルを大幅に超えてしまっている。近年は、DVDパッケージの売り上げも大幅に低下しているのがロシアに限らず世界的な傾向となっており、劇場で収支が合わなければ、二次利用を含めても黒字化は難しい。そのため、企画の吟味はもちろん、劇場公開まできちんと組織することのできるプロデューサーの育成が必要となっている。

また、製作される映画の9割には国の助成金が出ているといわれ、検閲こそないものの、内容への自主規制があるのではないかとの懸念も出ている。しかしながら、作り手の監督たちの中には、ソ連時代のように国から予算が出て映画作りができる方がよいと考える人も少なからずいるようだ。自己資金で映画を製作することはかなり困難といってよく、資本主義の 下でも監督が作りたい映画が作れるわけではない。そうなると、国の予算であろうと、もらえるものはもらおうという姿勢に流れるのは仕方がないのだろう。

国家予算をつけた映画でも劇場まで届かないことが多々あるため、劇場にスクリーンクオータ(国産映画の上映割り当て)を設定し、外国映画上映税を課税するという法案が提出されたりもしたが、今のところ否決されている。日本でもそうだが、製作側の帳尻を合わせるだけで四苦八苦し、外部資金を調達してきたがために、仮にヒットしたとしても収益は自分の手元に残らないというのが映画製作者の置かれている状況である。

おわりに

ロシアの映画産業は、世界に共通するさまざまな問題を抱えながらも、全体としてはまだ成長過程にあり「伸び代」もあるように見える。また、映画産業の振興に取り組む動きも見られるため、当面は成長が続くと期待される。

参考資料
・ロシアの映画産業統計についてはKINOBUSINESS.COMの年次資料など、映画館の統計についてはNevaFilmの資料を利用した。なお、統計によって違う数字を挙げるものもある。
・日本の映画産業統計については、日本映画製作者連盟の資料による。
・米国の映画産業統計については、Box Office Mojoの資料による。

[執筆者]井上 徹(ロシア映画研究者、ユーラシア研究所運営委員長)

※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2013年4月2日付で掲載されたものです。

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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