22.日本はロシア資源をどう使えるか?-本村 眞澄

ロシア国旗

概要

2011年の東日本大震災による原発停止を受け、ロシアは日本への液化天然ガス(LNG)供給を拡大してエネルギー供給国としての信頼性を高めた。 石油に関しても、ロシア産の輸入シェアは日本市場で10%に迫ろうとしており、中東依存度を引き下げる要因となっている。日本のエネルギー安全保障における有力なソースとして、日本はロシアと真剣に向き合う必要がある。

1. 震災後の日本のエネルギーのガスシフトとロシアの対応

2011年3月11日の東日本大震災で、エ ネルギー関係者が固唾(かたず)をのんで見守ったのが東京電力の福島第1原子力発電所の事故の状況であった。震災発生の翌日、事故の把握もままならないと きに、ロシアのプーチン首相(当時)は「日本は隣人であり、友人である。われわれは信頼できるパートナーであることを示さなくてはならない」と述べて、サ ハリン2LNGの日本向け供給を増やすよう指示した。この事故がいかに日本のエネルギー事情に深刻な影響を与えるかを、プーチン氏はモスクワにいながらに して1日で読み切っていたのである。

それから2年、日本はプーチン氏の読み通り原子力依存をほとんど断念せざるを得ず、LNGの輸入急増 でエネルギー供給の窮状をしのいできた。2010年の日本のLNG輸入量は7,000万トンであったが、2012年にはこれが8,731万トンと25%も 伸びている。そして、ロシアからのLNG輸入量も603万トンから831万トンへと大きく伸びた。これはサハリン2LNGの増産によるものである。しかし、日本のガス市場でロシアのシェアは9%から10%に微増したにすぎなかった。

最もシェアを伸ばしたのはカタールである。カタールから の輸入量は2010年のシェア11%、763万トンから、2012年には1,566万トンへと倍増してマレーシアに次ぐ第2位となり、シェアは18%へと 躍進した。ロシアにとって痛恨事だったのは、立ち上がっていたLNG事業がサハリン2の1件のみであり、若干の増産は果たしたものの、カタールのように市 場占有率を飛躍的に拡大させるところまで結び付かなかった点である。

しかし、近隣のエネルギー供給国としてロシアが示した緊急時対応は評価できるものであり、その機動力は日本国民にも強い印象を与えた。ロシアがいかに日本を重要な市場と見ているか、このとき多くの日本人が初めて知ることとなった。

2. 北東アジアの石油事情

石油に関してはどうであろうか? サハリンからの本格的な石油輸出は、2006年10月に始まっている。日本の企業連合が30%参加するサハリン1がチャイボ油田の生産を開始し、デカスト リからの輸出を始めた。日本は、サハリン大陸棚においては1974年から世界に先駆ける形でソ連に資金協力し、石油の探鉱に当たってきた。途中、1980 年代半ばの油価暴落、その後のソ連崩壊という危機を乗り越えて、息の長い協力事業がようやく実を結んだのである。

次いで2008年12 月、三井物産、三菱商事などが参加するサハリン2がサハリン南端のプリゴロドノエまでのパイプライン建設を完了して石油の輸出を開始した(LNGも 2009年3月から同じターミナルで出荷を開始)。そして、2009年の暮れには「東シベリア太平洋石油パイプライン(ESPO)」が始動し、ナホトカの コジミノ・ターミナルからシベリアの原油日量30万バレルの輸出が開始された。わずか数年の間に、北東アジアでは日量10万バレル以上の規模で次々と石油 が供給されるようになったのである(図1参照)。

図1 北東アジアにおける新規の石油パイプラインと輸出原油

図1 北東アジアにおける新規の石油パイプラインと輸出原油

出所:石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)

ロシアが石油・ガスでアジア市場を明確に意識し、その販売のための輸送インフラの建設を促進すると宣言したのが、2004年5月のプーチン大統領の2期目の就任演説においてであった。同年暮れにはESPO計画が承認され、2006年には中国と天然ガス供給で基本合意して、中国向けガス・パイプラインが計画された。

欧州市場では金融危機以来、エネルギー需要の伸びは止まったままである。アジア地域が今後の成長の中心であることは言うまでもない。図2には、2000年と2010年のロシアの原油積み出し能力の変化を示した。アジア向けに日量100万バレルの輸出能力が新たに加わっている。「ア ジアシフト」はロシアにおいて着実に進められている。もちろん、ロシアとしても中国という巨大市場を取り込む必要があるが、容易に話のまとまる相手ではないとの懸念も残る。一方、日本は1億人以上が生活する巨大市場で民心が安定し、ビジネスが公正で、これからも繁栄を続けていくことは間違いないと思われ る。ロシアにとって積極的に参入し、長期のビジネスを展開したい、最も価値のある市場といえるだろう。

図2 ロシアの石油輸出能力の進展とパイプライン網

図2 ロシアの石油輸出能力の進展とパイプライン網

出所:JOGMEC
注この10年でアジア・太平洋地域の市場を目指してESPOなどの新規パイプラインが建造され、輸出能力が生まれた。

3.日本のエネルギー安全保障におけるロシアの位置付け

実際、日本市場におけるロシア産原油の位置付けはどのようなものであろうか? 図3に見るように、2006年にわずか1%であるがサハリンの原油が入るようになった。このとき、中東依存度は89%である。ESPO原油の輸入が軌道に 乗り始めた2010年には、ロシア産原油の比率は7%となり、中東依存度は86%まで下がってきた。既にロシア産原油は、日本の市場の中で急速に存在感を高めている。

中東から日本への原油輸入には3週間程度の期間を要するが、ロシアからなら2、3日しかかからない。近距離からの供給という ことで、ホルムズ、マラッカ海峡を通る必要もなく、エネルギー安全保障上の安心感は全く違う。また、寒波の来襲といった短期の需要変動にも対応しやすい。 さらに中東産原油と異なり、原油に「仕向地条項」がなく転売が自由である。ロシアからの原油供給は、このような柔軟性が評価されている。

では、ロシア産原油は安いのか? 逆である。ESPO原油は中質で硫黄分が少ない優良な性状であるため、ドバイ原油よりも1バレル当たり4ドルほど高く取引されている。高くとも活発に売れているという点が重要である。優良な品質、長期にわたる供給安定性、柔軟な取引形態といった諸条件があるため、割高であっても市場で歓迎されているのである。これが、ロシア産原油のアジア市場での価値を物語っている。

中東依存度の高さが日本のエネルギー安全保障のアキレスけんであると誰もが言う。では、具体的にどう対処したらよいのか? インドネシアは2003年から石油純輸入国となり、LNGの輸出量も2012年から急減している。中東以外で有力な産油国を見つけるのは容易でない。今ある最も有効な対処法は「ロシアシフト」であろう。2013年か2014年には原油供給のロシア依存度を10%程度に引き上げ、中東依存度を80%程度に引き下げるのが望ましいと思われる。

図3 日本のロシア産原油の輸入比率の変遷

図3 日本のロシア産原油の輸入比率の変遷

出所:JOGMEC

4. エネルギー供給国としてのロシアの信頼性

こう述べると必ず出てくるのが、もしロシアが資源の供給 停止を行ったらどうする、という質問である。資源国が自国資源の供給を止めればどうなるか。これに関しては、中国のレアアース問題という格好の実例がある。2010年、中国は外交カードとしてレアアースの対日輸出を厳しく制限し、価格の高騰を招いた。このとき、日本はレアアース供給の9割を中国に依存していた。しかし、日本は米国など他の調達先を開拓して急場をしのいだ。2012年、中国のレアアース輸出額は前年より66%減少した。

資源は偏在することはあっても、基本的に世界の他の資源との競争にさらされている。供給停止を行えば、これらの競争相手が直ちに参入してくる。そして一度、供給者としての信用を失うとどうなるかは、過去の事例を見れば明らかである。

そもそも、国際市場の中で資源国の立場は強いものではない。資源は持っているだけでは輸入代替以上の価値はない。顧客に売って、現金に換えて初めて大きな価値が生まれる。「消費国に信用してもらい、長く買ってもらいたい」というのが資源国の基本的な姿勢である。

ロシアは日本市場に高い価値を置いており、東日本大震災の際にも信頼のおける供給者として行動した。近距離にあるソースというものは、安定性で勝り、短期的な動きに対して柔軟に対応できる。ロシア産原油は中東依存度を引き下げ、日本のエネルギー安全保障上の観点からも有効に機能する資源ソースであるといえる。

[執筆者]本村 眞澄(石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)主席研究員)

※この記事は、2013年5月1日付で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205

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