
概要
ロシアは資源依存経済であるが、製造業も大きく成長している。近年、製造業で急成長を示しているのは、乗用車などのアセンブリが中心である。ロシアが資源依存から脱却するためには、発展し始めた国内市場向けの機械工業組み立てを基礎に技術革新の裾野を広げ、製造業をアップグレードして世界のサプライ チェーンに入り込まねばならない。
はじめに
ロシアは、オランダ病にかかっているとよくいわれる。2013年4月にソウルで開催された国際 会議(The Pacific Rim Economies:Institutions, Transition and Development(Seoul, South Korea, April 24th-26th, 2013))でも、ロシアの研究者がそのような発言をしていた。確かにロシアは資源依存経済であるため、その限りではこのような表現は的を射ていると感じる向きも多いと思われる。
しかし現代ロシアは、1970年代のオランダ経済の特徴である天然ガス資源採取の爆発的成長や実質為替レートの高騰による製造業の低迷、そして国内総生産(GDP)成長率の停滞というようなオランダ病の兆候を示していない。この点は拙著や拙稿でも問題提起し、詳論したとこ ろである。本稿では、その後の事態の変動も考慮して、筆者の見解をここで再度フォローアップすることによってロシア経済の現在の到達点と問題を示してみた い。
1.ロシアの経済成長と製造業生産
図1は、1995~2012年におけるロシアのGDP実質成長率、鉱 業実質生産、製造業実質生産の動向を油価の推移と並べて示している。1999~2008年の10年間について見ると、鉱業生産(主力は原油・ガス採掘・採取)の爆発的成長というべきものはまったく見られなかった。またその間、製造業もGDPも高成長を遂げていた。製造業生産は、特に2005年以降において 鉱業生産より急速に発展した。2009年のGDPと製造業生産は、2008年後半以降の油価の急落と同年9月のリーマンショックの余波を受けて大幅に下落 したが、その後の油価の回復に伴い、現在では過去のピークである2008年の水準を上回っている。鉱業生産は2009年も微減にとどまったが、成長停滞現象はこれまでと同じである。鉱業生産の2005年以降の低迷にはユコス事件(非国営石油会社ユコスのCEOが脱税容疑で逮捕された事件)が関係していると考えられるが、これについてはここでは立ち入らない。
ロシアのGDPや製造業の成長、すなわち景気循環全体が油価と強い相関関係にあることは事実であり、この限りでロシアは資源依存経済だということは100%正しい。しかし、この事実と製造業・GDPの成長低迷、資源生産急増とは直接結び付かないのである。
出所:Rosstat website、IMFデータより筆者作成
出所:CEIC、図3データを基に作成。乗用車は台数ベース
図2は、製造業の急成長セクターを示している。2002~2007年までは、電子機器・電気製品部門の成長が著しかった。それ以後の超急成長セクターは、外車メーク乗用車生産(外車ブランドのロシア域内での組み立て生産)である。2012年の同生産台数は、筆者推計では132万台で、2005年の水準の8倍 以上に上る(Autostat速報では121万台)。これには、サンクトペテルブルク市における日産自動車・トヨタ自動車やレニングラード州のフォードの 生産も含まれている。製造業の中には石油精製部門も入るが、急成長を示したのはこの部門ではなかったのである。急成長部門はいずれもアセンブリ中心で、外資主導のものとロシア主導のものが混在している。
出所:Autostat「ロシア乗用車年報」各年版、CEIC、筆者推計
図3は、ロシアの乗用車新車市場の推移を示している。2012年の輸入新車台数は、前年比9%増の105万台と推定される。国内乗用車生産台数総数197万 台(外車メーク132万台、ロシアメーク65万台)に輸入新車を加えた302万台がロシアの乗用車市場規模である。これは、同年のドイツの乗用車市場規模 308万台に迫る数字である。ロシアの乗用車市場では、需要全体の急成長によって、輸入代替と輸入振興が同時に進展していることが特徴的である。
2.為替レートと機械工業の輸出入構造
図4は、ロシアの自国通貨ルーブルの価値(米ドル/ルー ブル)と実質実効為替レートの推移を示している。2012年の名目レートは2005年の水準より若干低くなっているが、インフレを考慮した実質レートは、 2005年の水準より30%以上も増価している。実質レート増価が輸入を促進することは、ロシアの場合も同じである。輸出のブレーキになるかというと、主 力輸出品である原油・ガスがドルベースの取引であり、ロシアでは企業・庶民全てが自国通貨と外貨でポートフォリオを形成しているため、実質レート増価が原 油・ガス輸出企業の損失として報じられることはない。
また、ロシア域内生産の電子機器・電気製品や外車はほとんど全て国内市場向けであるため、自国内での国産外国ブランド品と輸入外国ブランド品との競争はあるものの、外国市場で競争力を喪失するわけではない。これが、オランダが陥った状況との根本的相違である。
出所:IMF、CEIC
ロシア政府の課題は、製造業の振興だけではなく、輸出構造を石油・ガス偏重から機械工業輸出の増加にシフトさせることにある。図5は、機械工業製品の輸出と輸入の比率を示している。ロシアの輸出の7割が原油・ガスなどミネラル製品で占められていることは周知のことである。対照的に、輸入の実に半分近くが機械 工業製品(輸送機械も含む)で占められ、このうち6割以上が欧州連合(EU)からの輸入である。経済協力開発機構(OECD)によると、消費財はそのうち の20%にすぎず、大半の65%が生産財(中間財と投資財)の輸入である(残りの15%は分類不明)。
一方、機械工業製品の輸出比率は 5%程度で低迷している。これは、油価高騰により輸出名目規模が2007年当時の政府見込み額より40%以上も拡大していることにもよるが、基本的には機 械工業内における欧州・ロシア間のサプライチェーンが双方向ではないためである。欧州は機械工業完成品・半製品・部品をロシアに供給しているが、ロシアは 石油・ガスのみの供給で、機械工業製品を輸出することがないからである。
出所:Rosstat website、通関データベースより作成
3.結語
本稿において、ロシアの製造業、特に機械工業は高い成長を示しているが、欧州などとの間の機械 工業内サプライチェーンが形成されていないため、輸出構造が依然として資源偏重になっていることを述べた。ロシアは高付加価値の原油・ガスをEUに輸出 し、低付加価値の機械工業製品をEUから輸入している。これは、付加価値率(付加価値貿易)から見ると一見合理的に見えるが、ロシア当局者も認めているよ うに、機械工業は規模の経済を活用できること、そして社会的分業と技術革新の基盤・裾野を形成すること、雇用創出効果があることを考えると、経済発展という観点からは望ましいことではない。国内市場向けの機械工業組み立て生産の発展は第一歩である。製造業をアップグレードし、EU域内における発達したサプ ライチェーンに入り込むことはロシアにとって容易なことではないが、そこまで踏み込まざるを得ない状況にあるといえよう。
参考文献
久保庭眞彰著『ロシア経済の成長と構造』(岩波書店、2011年)
Kuboniwa, M., 2012. Diagnosing the ‘Russian Disease’:Growth and Structure of the Russian Economy. Comparative Economic Studies, 54 (1), 121-148.
[執筆者]久保庭 眞彰(一橋大学経済研究所特任教授、同ロシアセンター主任)
※この記事は、2013年5月29 日付で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205