姿を現した欧州銀行同盟―ユーロを支える新しい金融規制監督制度 岩田 健治

eu

概要

2013年7月10日、欧州委員会は単一破綻処理メカニズム(SRM)に関する規則案を出し、単一銀行監督メカニズム(SSM)と並ぶ欧州銀行同盟の二つの主要な柱が出そろった。銀行同盟は、ユーロ圏内の政府債務危機と金融システム危機との間の悪循環を断つための欧州連合(EU)の新しい制度である。EUの金融規制監督制度は、いまや単一市場のみならず単一通貨ユーロに不可欠な制度へと飛躍を遂げつつある。

「真のEMU」

2010年のギリシャ政府債務危機以降、南欧諸国を襲った波状的な政府債務危機は、ユーロを支える制度のデザインの欠陥を白日の下にさらした。そこでEUは、単一通貨を支える国家的な役割を自らがどのように果たすべきかについて抜本的に見直 してきた。その過程で、従来の欧州経済通貨同盟(EMU)では見過ごされていた課題に次々と光が当てられた。そうした動きは、2012年5月以降「真の (Genuine)EMU」という政策体系となって提起され、同年12月には、ヴァンロンプイ欧州理事会議長らEUトップによる文書「真のEMUに向けて」が出された。この文書を踏まえ、EMU強化のための大胆な取り組みが開始された。ユーロ域内各国のマクロ経済政策や財政を拘束する経済財政同盟や政治同盟だ。

なぜいま「銀行同盟」なのか?

だが本来の「真のEMU」には通貨同盟で想定されていなかった新たな要素が付け加わった。銀行同盟(Banking Union)である。やや分かりづらい概念だが、EU金融規制監督制度というのが実態に近い。

しかし、EU金融規制監督制度に関しては、既に2008年のリーマンショック後に抜本的な見直しがされ、修復作業が実施されているのではないのか……と思う人もいるだろう。確かに、最初のマニフェストは2009年2月に出された「ドラロジェール報告」であった。その後のEU域内の金融規制監督改革は、全てこの報告書が示した31の提言に忠実に沿う形で比較的タイムリーに実施されてきたのである。規制面では「影の銀行制度」関連分野における穴を新たなEU指令によって埋め、預金保険や破綻処理などの危機対応策も強化した。また監督面では、欧州システミックリスク理事会(ESRB)と欧州銀行監督機構(EBA)からなる欧州金融監督制度(ESFS)を2011年に稼働させている。従って、2012年5月30日に欧州委員会が「銀行同盟」という聞きなれない提案をしたとき、「屋上屋を架す」(無駄なこと)という第一印象を得た人も多かったのではないだろうか。

単一市場を支える規制監督システムから単一通貨を支える規制監督システムへ

その答えは、2012年5月のスペイン銀行危機にある。スペインの銀行部門は、米国の「影の銀行制度」への関与が低く、2008年のリーマンショックの直撃を受けることはなかった。 しかしその後の実体経済の不況と不動産バブル崩壊により、銀行部門の不良債権はこの間一貫して上昇。2012年5月同国第4位の銀行バンキアの経営危機によって、緊張はピークに達した。そのころ、債務危機に直面していた政府が、銀行救済のために資金を出せば債務危機は深まり、今度は国債を保有する銀行に評価損を発生させる。こうして銀行危機と政府債務危機が悪循環に陥ったのである。

ここにきて、欧州経済を覆う危機は、ドラロジェール報告の枠組みを超えて進んだと見ていいだろう。いまや、金融サービスの単一市場の修復を目標としていたドラロジェール報告では想定されていなかった課題、すなわち単一通貨ユーロを支えるEU金融規制監督制度の構築という課題が、EU金融通貨統合史上初めて課せられることになったのである。ここに銀行同盟の本質がある。

図1  単一市場と単一通貨を支えるEU金融規制監督体制

図1 単一市場と単一通貨を支えるEU金融規制監督体制

出所:欧州委員会、欧州中央銀行(ECB)などの各種資料より筆者作成。
(注) EMU参加国は、2014年1月よりラトビアが加わり18カ国となる。

金融サービスの単一市場に参加するEU28カ国の金融システムを守る屋根が通常の雨風に耐え得るものだとすれば、ユーロ圏17カ国の金融システムを守るためにはより強靭(きょうじん)な屋根が必要というわけだ(図)。他方で、このことは、単一市場を守るEUの金融規制監督体制と、単一通貨ユーロを守る銀行同盟の金融規制監督体制との間の整合性という新しい問題を引き起こすことになる。

以上の点に注目しながら、銀行同盟を構成する主要な構成要素について現状と課題を見ていきたい。

SSMとは

SSMは銀行同盟の重要な柱の一つである。2012年9月に欧州委員会が提案し、同年12月の欧州理事会で基本合意がなされている。2014年後半には本格運用が始まることになっている。

SSM は、ユーロ圏参加国およびユーロ圏以外で銀行同盟への参加を希望するEU構成国の銀行に対し、ECBが一元的な監督を行う制度である。SSMが実現すれば、債務危機に直面した政府への緊急支援のために創設された欧州安定メカニズム(ESM)が、銀行に直接資金注入することも可能となる。

SSMの対象となるのは、ユーロ域内にある約6,000行(2012年末現在)の銀行全てである。ユーロ圏外の構成国も希望すればECBとの緊密な協力の下で SSMに参加できるので、対象銀行はさらに増える。しかし、それらの銀行の中で、ECB自らが直接監督するのは、(1)300億ユーロ以上の資産を有する銀行、(2)その資産がSSM参加国国内総生産(GDP)の20%を超える銀行(ただし総資産が50億ユーロに満たない銀行を除く)、(3)各国当局が自国経済への影響を勘案し重要と見なす銀行などである。ユーロ圏内で該当する銀行は150~200行程度(全体の約2.5―3.3%)とみられる。それ以外の銀行に対する監督は、ECBが定めるガイドラインに従って各国の金融監督当局が実施することになる。こうした制度デザインは、自国当局による監督を手放 したくないドイツの立場を反映しているようだが、そもそもECBが有する人的資源の制約という理由も大きい。

ドラロジェール報告に沿って 2011年1月に創設されたEBAとの関係が微妙である。EBAは、単一ルールブックをSSMおよびSSM不参加の各国金融監督当局を通じて、EU構成国全体に適用する役割を引き続き果たすとされている。銀行のストレステストなどもEBAが引き続き実施する。

SRMと破綻処理基金

2008年のリーマンショック直後の数カ月間で、EU構成国は主要銀行に対して大 規模な資本注入に踏み切った。同年から2010年までに欧州委員会が承認した銀行部門への資本注入などの補助は4兆5000億ユーロ、EUのGDPの 37%に達する。こうした経緯から、納税者負担をできる限り最小化し(ベイルイン)、債権者を含む負担を通じて、効率的に破綻金融機関を処理するメカニズ ムが必要になった。そのため、2012年6月「銀行再生および破綻処理指令(案)」が出され、2013年秋には採択される見通しとなっている。

しかし、上述のユーロ圏政府債務危機と銀行危機の間の悪循環を断つために、破綻処理メカニズムの一層の強化が求められることになった。上述の「真のEMUに向けて」では「破綻処理メカニズムの調和」という従来の対応に加え、適切な原資を備えた単一の破綻処理メカニズムが銀行同盟の柱の一つとして掲げられている。2013年7月10日には、欧州委員会がSRMと単一破綻処理基金(SRF)の枠組みの下「銀行などの統一的破綻処理ルールを定める規則(案)」を出した。

上述の破綻処理指令が、各国の監督当局と破綻処理基金を基礎に、それらの域内調和を目指すことで単一市場を強化する内容であったのに対し、SRMは明確に単一通貨ユーロのための制度となっている。そのためSSMと同様、各国の破綻処理機構ではなくECBがその実施に責任を持つ制度となっている。その対象もユーロ圏内の約6,000行をはじめとするSSM参加の全銀行に及ぶ。

要するにSSMとSRMとが表裏一体となって、平時の健全性監督と、そうした監督にもかかわらず破綻が生じた際の危機時処理とを、それぞれ担うことになる(手続きは下表を参照)。

SRMによる破綻処理手続き

① SSMを担うECBが、銀行同盟に参加する銀行が破綻に直面していることを警告。
② ECBの代表から成る単一破綻処理委員会(Single Resolution Board)、欧州委員会、当該銀行が本店・子会社・支店等を有する諸国の監督当局が、当該銀行の破綻処理の方法の選択や欧州破綻処理基金の利用などに関する準備をおこなう。
③ その上で、欧州委員会が、破綻処理開始の有無とその時期を決定し、処理方法と基金の利用について確定する。
④ 破綻処理委員会の監督のもと、各国当局が破綻処理計画を実施に移す。
⑤ 破綻処理委員会は、処理のプロセス全体を監視し、各国の破綻処理当局がその決定に従わない場合、自ら処理を進める。
⑥ 単一破綻処理委員会の管理のもとに単一破綻処理基金が設立され、再生計画のもとにある銀行への中期的金融支援を行う。

SRMが利用する破綻処理基金はどのように集められるのか。まず破綻処理基金の規模は、銀行同盟に参加する銀行に預けられた預金総額の1% (近年のデータから算出すると550億~600億ユーロ)で、これを10年かけて積み立てる。従って、銀行同盟参加国の銀行は、総額55億~60億ユーロを毎年積み立てることになる。各行が積み立てる額は、その負債構造やリスクテークの状況に応じて異なるが、負債の大部分が預金からなる伝統的スタイルの銀 行の負担は相対的に軽くなる計算となっている。

銀行再生破綻処理指令とSRMは、共に2015年からの実施を目指し、欧州議会や閣僚理事会での審議に入ることとなる。その際の課題として、フィナンシャル・タイムズ紙は2点指摘している。

第一は、ドイツ政府が自国民負担のリスクを持ち出して反対しているが、これは今回の提案を詳細検討すれば杞憂(きゆう)であると判断できる点である。第二は、現行の基本条約には破綻処理を行うEU当局の権限について規定がないため、欧州委員会が銀行破綻を判断した場合に想定される債権者からの委員会訴訟に対して、SRMは法的に脆弱(ぜいじゃく)な状態に置かれているという点である(同紙2013年7月12日号)。

調和化された預金保険制度

EUの預金保険制度は、二つのステップを経て深化してきた。最初に、EUレベルでの預金保険法制が整えられたのは1994年の預金保険指令によってである。「最低限調和」という原則にのっとり、EU構成国は最低2万ユーロの補償を するよう定めたが、それ以上の補償水準の設定も可能であった。しかし、リーマンショック時に保護水準の異なる国の銀行間で預金の付け替えが発生したため、 2009年3月には保護額を一律10万ユーロに統一した。その後2010年7月の修正指令案では、破綻時の迅速な払い戻し、基金のあるべき規模、事前積立を中心とする積立方式、資金不足時の他国基金からの借入などが検討されてきた。

上述のSRMとは異なり、預金保険制度はユーロ圏レベルでの制度の構築や基金の創設は目標とされておらず、引き続き破綻金融機関の本拠が所在する構成国の預金保険機構がこれに当たることになっている。ただし、 SRMの破綻処理基金が、一定の条件に従い資金を融資することは認められる。

このEU預金保険制度と上述のSRMとが相まって、米国連邦預金保険公社(FDIC)に相当する欧州規模の制度が初めて構築されることになる。ただし実際の破綻処理を各国当局が実施するSRMの方が、より分権的な構造となっている。

結びにかえて

J.Mケインズは「貨幣論」の冒頭で「貨幣は国家の創造物である」というドイツの貨幣理論家クナップの学説を引き合いにし、貨幣が計算貨幣という本来の役割を果たす際の国家の役割の重要性を強調している。欧州単一通貨ユーロは、EUがEMUという国家としての役割を担うことで、この世に生まれ出ることができた。しかしユーロ圏政府債務危機は、ユーロを支える「国家」がいかにあるべきかを問うている。いまや銀行同盟を不可欠の要素とする「真のEMU」、これがEUからの回答であった。政府債務危機が一服したため「真のEMU」へ向けた動きも停滞 しているように見られがちだが、銀行同盟の完成に向けた作業は着実に進展している。

[執筆者]岩田 健治(九州大学 大学院経済学研究院教授)

※この記事は、2013年8月5日付で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


Comments are closed.

Back to Top ↑