世界最大の天然ガス生産地域ヤマル半島の開発と日本 -原田大輔-

ロシア国旗

概説

ロシア北極圏に位置するヤマル半島のガス開発が活発化している。Gazpromが進める欧州市場をターゲットとするボヴァネンコヴァ・ガス田開発と NOVATEKが進める欧州・アジア太平洋市場を狙うヤマル液化天然ガス(LNG)プロジェクトという双璧が現れる中、低廉な天然ガス調達を求められている日本にとってヤマル半島におけるLNGプロジェクトも選択肢となる可能性が出てきた。

ヤマル半島開発:世界最大の天然ガス生産地域

ヤマル半島を含むヤマロネネツ自治管区は、1970 年初頭からソ連による欧州へ天然ガス輸出の成長に伴って急速に生産量を拡大してきた。ソ連解体前後の1990年前後には、実に世界の天然ガス生産量の4 分の1を占め、その後は他の産ガス国での生産量の増加などに伴い世界生産に占める割合は漸次低下してきたものの、現在も世界の生産量の17%を占め最大の 生産地域という地位を保っている。

図1:ヤマロネネツ自治管区における天然ガス生産量と世界シェアの推移

図1:ヤマロネネツ自治管区における天然ガス生産量と世界シェアの推移

2. 双璧:GazpromおよびNOVATEKが推進するプロジェクト

シア国営 Gazpromが進めるボヴァネンコヴァ・ガス田開発は、2008年に同ガス田から既存の欧州向けパイプラインへ接続するボヴァネンコヴォ~ウフタ・パイ プライン(1,240キロメートル)の建設を開始し、2012年10月に試験稼働を実施。また、ロシア第2位の民間天然ガス生産会社NOVATEKがオペ レーターを務めるヤマルLNGプロジェクトも欧州・アジア太平洋における需要拡大をにらんで2011年にフランスのTOTALを、2013年には中国石油 天然ガス集団(CNPC)をそれぞれ鉱区権益20%でパートナーに迎えるとともに、2013年4月にフランスのTechnipおよび日揮連合が同プロジェ クトのEngineering Procurement and Construction(EPC)契約(年産1,650万トン(550万トン×3系列))を受注した。

現時点だけを見れば、 Gazpromのプロジェクトは減退する西シベリアの欧州向けガス生産を補完するものとして、NOVATEKのプロジェクトはマーケティングが依然不透明ながらも2013年内の最終投資決定(FID)を目指し、今後立ち上がると予想される世界のLNGプロジェクトを見据えて欧州・アジア太平洋市場に先鞭 (せんべん)をつけようという点で順調に進んでいるように見える。

表1:ロシアの天然ガス企業Gazprom(業界1位)およびNOVATEK(同2位)の概要

表1:ロシアの天然ガス企業Gazprom(業界1位)およびNOVATEK(同2位)の概要

* ZUBKOV会長の肩書き:Chairman of the Board of Directors MILLER社長の肩書き:Deputy Chairman of the Board of Directors, Chairman of Gazprom’s Management Committee
** Gazpromの各数値はグループベース(Gazpromneft等を含む)。
*** Gazprom確認埋蔵量数値について、左欄はA+B+C1ベース、右欄は国際基準ベース。NOVATEKはSECベース。Gazprom2012年右欄はD&M評価。
**** RUBベース決算を通年USD換算レートで試算。Gazprom単体では2008年7.2BilUSD、2009年19.7BilUSD、2010年12.0BilUSD、2011年29.9BilUSD。
***** Gazpromグループ(Gazpromneft、Gazprom-eneregoholding、Gazprom-neftekhim Salvat等)。他、国内生産施設を加えると43.1万人。
出典:各社年次報告書を基に筆者作成

図2:ヤマル半島とGazpromおよびNOVATEKの各プロジェクトの位置

図2:ヤマル半島とGazpromおよびNOVATEKの各プロジェクトの位置

3.LNG市場は売り手市場から買い手市場へ:勃興するLNGプロジェクト

他方、世界ではロシアだけで なく、今後2020年までにオーストラリア、インドネシア、パプアニューギニア、米国(シェールガス)、カナダ(シェールガス)、そして東アフリカ(モザ ンビーク、タンザニア)にて複数のLNGプロジェクトが現在計画されており、中国や東日本大震災後の需要増加が見込まれる日本を中心とした、アジア太平洋 市場をターゲットとするLNG戦国時代が始まろうとしている。それらのプロジェクトに関わるLNG総量はロシアのLNGプロジェクトを除いても年間1億 7000万トン、日本の年間消費量(8,700万トン、2012年)の2倍に及ぶ規模であり、全てのプロジェクトが成り立つことはあり得ない。

さらにロシアでは、NOVATEKが進めるヤマルLNGプロジェクトだけでなく、Gazpromによるガス輸出独占が緩和される可能性を見越して、今や TNK-BPを買収し、ExxonMobilを抜いて世界最大の生産量を誇る石油会社となったロシア国営Rosneftが、2013年に入ってから極東で のLNGプロジェクトの立ち上げを公言するようになり、ウラジオストクLNGプロジェクトを進めてきたGazpromとの間であつれきを生んでいる。

Rosneft のセーチン社長が2013年に入り既に2回(2月および5月)も日本を訪れた他、NOVATEKのミヘルソン社長が同年3月、Gazpromのミレル社長が同年4月に日本を訪問するなど、過去に見られなかった勢いで日本へのロシアLNGプロジェクトの売り込みが始まっている。ロシア側のこの往訪の背景に は、他のプロジェクトに先駆けて日本のLNG市場を獲得したいという期待があるのはもちろんだが、ロシア側が一枚岩でないことが露呈しており、各社の焦燥感すら感じられる。

図3:ロシアで乱立するLNGプロジェクト

図3:ロシアで乱立するLNGプロジェクト

4.先行するヤマルLNGプロジェクトと課題

乱立するロシアのLNGプロジェクトの中で唯一、EPC契約を締結しているのがNOVATEKのヤマルLNGプロジェクトであり、その意味では他プロジェクトよりも先行しているといえるだろう。さらに2013年6月の中国CNPCのファームインによって300万トンの長期購入に合意しており、マーケティングでも2013年内にさらなる進展が見込まれる。しかし、 同プロジェクトは北極海航路の活用を前提とするものであり、地球温暖化により航行条件は良くなっているものの通年運航は難しいことや、アジア太平洋市場に 近いサハリンを供給源とする他のプロジェクト(GazpromおよびRosneft)に比べ地理的に遠く、北極海では原子力砕氷船の利用が必要となること から輸送コストの面で競争力が阻害されるなど、ヤマル半島というロケーションが抱える潜在的な問題を解決しなくてはならない。

また、現下ではサハリンにおいて以下の三つのプロジェクトが構想されており、全てに日本企業が関与しているという共通点がある。

(1) Gazprom(Shell・三井物産・三菱商事)によるサハリン-2増設(第3トレイン)(2) Gazprom(伊藤忠商事・丸紅など、資源エネルギー庁もバックアップ)によるウラ  ジオストクLNG
(3) Rosneft(ExxonMobil・丸紅など)による極東LNG

しかし、プレーヤーが異なることやGazpromおよびRosneftが互いに競い合っている現状、さらに日本が必要とするLNG需要量(東日本大震災前の 2010年と2012年を比較した場合、原子力発電所がほぼ全て停止した状態で1,700万トン増加)に対して、これらのプロジェクトのLNG総容量 (2,500万トン)は供給過多であり、中国の需要増加が見込まれるとしても、前述した世界で立ち上がるLNGプロジェクトとの競争にさらされることを鑑みれば、全プロジェクトが成立すると考えるのは現実的ではない。

5.日本の取るべき立場

日本としての喫緊の課題は、マクロ的視点では東日本大震災後、上昇している LNG調達コストをいかに低減できるかという点にある。その点で、今後数多くのLNGプロジェクトが立ち上がり「買い手市場」になる、つまりリーズナブルなLNGプロジェクトを選択できる状況が生まれつつあることは好ましい。他方、各プロジェクトの視点から見れば、大規模な投資と長期にわたるコスト回収が求められるLNGプロジェクトに経済性が見いだせるかどうかが重要となる。最大のLNG需要者であり、サハリンだけでなく世界のLNGプロジェクトでス テークホルダーともなっている日本は今後、一見矛盾するように見えるリーズナブルなLNGプロジェクトの選択と経済性の両立を求められる立場に置かれることもあるだろう。

LNG貿易は長期にわたるものであり、足元の価格トレンドだけで判断できるものではない。例えば、ヘンリーハブリンクの 米国産ガス価格が永遠に安いというわけではないのはもちろん(実際、2005年8~9月にハリケーン・カトリーナ、リタがそれぞれメキシコ湾を襲った際には、一時的ながら現在の日本の高価格水準まで上がっている)、JCC(Japan Crude Cocktail)リンクの価格が永遠に高いという根拠もない。従って重要なのは、この選べる好機に際して(1)さまざまなフォーミュラ、(2)さまざまな供給源、(3)さまざまな輸送手段を採用し、天然ガス輸入ポートフォリオを形成することだろう。

注:
※1:参考文献:拙稿「本格化するヤマルLNGプロジェクト-最新の状況とプロジェクト成立に向けた要因分析」(2013年7月JOGMEC石油・天然ガスレビュー)
※2:本稿は著者個人の考えであり、著者が所属する組織の考えを代表するものではありません。

[執筆者]原田 大輔(石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)調査部計画課兼エネルギー資源調査課 課長代理)

※この記事は、2013年10月9日付で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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