31.ロシアの反アルコール政策と消費動向の変化 -小崎 晃義-

ロシア国旗

概要

アルコールの乱用が人口減少の一因であると研究機関などに所属する研究者などから指摘を受けたロシア政府は、アルコール製品の生産と流通の規制を強 化した。だが、人口減少には歯止めがかからず、2009年8月、当時のメドベージェフ大統領はアルコール問題との戦いを宣言した。この政策は消費者の嗜好 (しこう)の変化をもたらし、日本食ブームと相まって日本酒や焼酎のロシア市場への参入のチャンスとなるかもしれない。

1.アルコール問題との戦いと連邦アルコール市場規制庁

ロシアでは、1990年代から研究機関などに所 属する研究者が論文、著書、シンポジウムでの発表、マスコミを通じての意見の表明などで、アルコールと人口問題の因果関係について指摘し、政策対応の必要 性を主張してきた。こうした指摘を受け、2009年8月、当時のメドベージェフ大統領は、ソチで開かれた「アルコールの消費削減に関する対策会議」で「率 直に言えば、アルコール中毒はわが国において国家的災厄の性格を帯びた」と語り、アルコール問題との新たな戦いの開始を宣言した。

ロシア政府によるアルコール規制の中心的役割を担っているのが、2008年12月に創設された連邦アルコール市場規制庁だ。この行政機関は、アルコールに関する 国家政策の立案と実施、アルコール製品の生産と流通に関する法的規制と監督について広範な権限を持つ。例えば、2010年1月1日から実施された、ウオツ カの最低小売価格を500ml当たり89ルーブルとするという規制は、この連邦アルコール市場規制庁の庁令として施行されたものだ。

連邦 アルコール市場規制庁は、アルコール製品の製造と流通に関する違法行為に対して強制措置を取ることもできる。公式ウェブサイト (http://fsrar.ru/)では、違法な製品や定められた品質基準を満たしていない製品を製造する企業や流通業者を公表しており、誰でも閲覧することができる。そして、アルコールに関する違法行為について、ホットラインや電子メールでの一般国民からの情報提供を積極的に促している。また、アルコールの毒性を周知するためのイベント開催やテレビCMなどのPR活動も盛んに行っている。

2.2020年までのアルコール政策『コンセプト』

連邦アルコール市場規制庁が中心となり、さまざまな 社会団体や宗教団体の意見を取り入れて策定されたのが『2020年までのロシア連邦国民のアルコール製品乱用の規模縮小とアルコール中毒予防に関する国家 政策実現のコンセプト』という文書だ(以下、『コンセプト』)。これは2009年12月30日付ロシア政府政令第2128-rとして承認された。

『コンセプト』の目的は「ロシア国民のアルコール製品(ビールや弱アルコール飲料を含む)の消費量を削減することによって、人口状況を改善し、平均寿命を延ばし、死亡率を低下させ、健康的なライフスタイルへの刺激を生み出すこと」である。さらに『コンセプト』は、現在のロシアの状況について、アルコールの乱用が人口減少だけでなく、犯罪や不良行為などの社会の退廃、国民の重大な健康被害、家庭内暴力や親権剥奪、離婚、養育拒否から生み出される孤児の増加など、 さまざまな問題を引き起こす要因となっていると明言している。
 『コンセプト』によれば、第1段階(2010~2012年)では、アルコー ルに関連する死亡率の低下が最優先事項とされ、アルコール製品の1人当たり消費水準を15%削減し、アルコール製品の消費におけるスピリッツ(アルコール 度数の高い蒸留酒)の消費割合を低下させる。第2段階(2013~2020年)では、健康的なライフスタイルの伝統を生み出すプログラムを実施し、非合法 アルコール市場の撲滅、アルコール製品の1人当たり消費水準の55%削減、アルコール性精神疾患を含む純アルコール中毒による死亡率と初期発病率の低下、 アルコール製品の急性中毒に関連する死亡率の低下が達成指標として掲げられている。

3.新しいアルコール規制策と国民の評価

2011年7月から「エチルアルコール、アルコールおよびアル コール含有製品の生産と流通に関する国家規制について(1995年11月22日付ロシア連邦法第171-FZ号)」が改訂され、新しいアルコール規制が導入された。ロシアの人々はこれらの規制をどのように評価しているのだろうか。

2011年8月13、14日に全ロシア世論調査センターが実 施したアンケート調査によれば、国民はおおむねこれらの規制を支持している(表1)。特に、子どもや青少年をアルコールから遠ざける対策は、全回答者から 高い支持を得ている(2=94%、5=93%、9=95%)。また、飲酒場所の制限と夜間の販売禁止に対しても多くの回答者が支持している(3=84%、 4=83%、8=89%)。一方、1のビールの販売制限に対してはアルコール飲料を「よく飲む」人々の不満が見て取れる(実施は2013年1月1日から)1

表1. 2011年7月に導入された新政策に対する国民の評価(支持/不支持)

表1. 2011年7月に導入された新政策に対する国民の評価(支持/不支持)

出所:全ロシア世論調査センター。2011年8月13、14日に全国1,600人に対して実施。
 月2、3回、月1回、月1回以下アルコール飲料を飲む人の合計。

ただし、国民の支持と規制の実効性は別問題だ。というのも、上記の調査の1年3カ月後に行われたアンケート調査によると、例えば、4の夜間の販売禁止に関しては、夜中にアルコールを買う必要に迫られた人の21%が実際には買うことができたと回答している。また、3の飲酒場所の制限についても、回答者の60%が公共の場所での飲酒を目撃したと答えている2。 これらの証言から、ロシアの他の規制と同じく、アルコール規制の網の目をすり抜けるのもそれほど難しいことではないようだ。従って「夜間(午後11時~翌 日午前8時)の販売禁止がアルコール消費の削減に効果があるか」との問いに対しては、約半数の回答者が「効果がない」としている。

4.消費動向の変化

(1)アルコール離れ

規制がどの程度効 果的かは疑問が残るが、どうやらロシア国民のアルコール離れは実際に起こっているようだ。全ロシア世論調査センターが2012年11月に行ったアンケート 調査によると、月1回以上アルコール飲料を飲む人の割合は、1996年の48%から2012年の38%にまで低下している。また、まったく飲まないと回答した人の割合は、23%から33%へ増加した(図1)3。このことは、2000年代後半の消費支出に占めるアルコール飲料の割合が一定の低下傾向を示していることからも裏付けられる(図2)。ただし、2011年以降消費支出の割合が下がらないのは、この時期にウオツカとビールの物品税が引き上げられたためと考えられる。

図1. アルコール飲料を飲む頻度

図1. アルコール飲料を飲む頻度

出所:全ロシア世論調査センター(2012年11月17、18日に全国1,600人に対して調査)

3

出所:ロシア国家統計委員会公式ウェブサイト

(2)嗜好の変化

さらに、ここ十数年の間に、ロシア国民のアルコールに対する嗜好も変化した。図3から分かるように、まず2000年代前半に国民1人当たりのビールの消費量が爆発的に増えた。2006年以降は、物品税の引き上げによる価格上昇と金融危機による景気の冷え込みのため頭打ちになった。しかし、ビールをほとんど飲まなかったソ連時代とは、まさに隔世の感がある。この背景には、外資の進出によって、ロシア産ビールが格段においしくなったことがあるだろう(筆者の主観だが)。

 一方、ウオツカの1人当たり消費量は減少しつつあるように見える。ただ、ここで気を付けなければならないのは、このデータはあくまで正規のルートでの販売量だということである。近年よくロシアのマスコミで見られる言葉に「第3シフトのウオツカ」がある。それはウオツカ工場の第1、第2シフトでは正規に物品税が納付された合法ウオツカが製造され、第3シフトでは それを逃れた非合法ウオツカが夜中に製造されているという意味だ。

2005年の世界保健機関(WHO)の推計によると、非合法アルコール製品(大部分がウオツカだと思われる)を含めた実際のアルコール消費量は純アルコール換算で正規品の1.4倍に相当する4。また、ロシア会計検査院は、2011年に実際に消費されたアルコール製品の30%が非合法なものと主張している。2013~2015年にかけて平均で35%の物品税の引き上げが予定されているが、このままでは、この割合はさらに上昇するだろう。
 

図3. 1人当たりアルコール消費(小売販売)

図3. 1人当たりアルコール消費(小売販売)

出所:連邦および地域アルコール市場調査センター(http://www.cifrra.info/articles/163/1656/

5.健康志向と日本産アルコール飲料

残念ながら『コンセプト』の第1段階の目標である「アルコール製品の1人当たり消費水準の15%削減」は、純アルコール換算で見ると公式統計でも達成されなかった。2012年は2009年比で1.1%増加した5。 おそらく非合法アルコールを含めた実際の消費量でも同じかそれ以上の増加だろう。だから、これをもってアルコール規制策はまったく効果がないという意見も あるが、筆者は必ずしもそうとは言えないと思う。なぜなら、前述の通り、実際にアルコール離れのトレンドは広がりつつあり、その他の好ましい変化も報告されているからだ。例えば、WHO欧州事務局の2013年の報告書『Health Behaviour in School-aged Children(HBSC)』によれば、近年、ロシアのティーンエージャーのアルコール消費が著しく減った6。また、ロシア国家統計局のデータでも、男性の急性アルコール中毒による死亡率が低下しつつある。

筆者は、これらの好ましい変化はアルコール規制と幾つかの他の要因の相乗効果によるものと考えている。その他の要因とは、まず第1に「世代交代」だ。 1990年代のアルコール状況最悪期に思春期を過ごした世代は、親の世代のソ連式飲み方(酔いつぶれるまでウオツカで何度も乾杯する)を「かっこいい」とは思っていない。第2に「意識の変化」である。特に表1のアンケート中の「時々飲む」層は、健康的なライフスタイルに憧れているため、健康を損なわないような飲み方をしたいという意識が強まってきていると思われる。このような変化を規制が後押ししたのではないだろうか。
 『コンセプト』が掲げる2020年までの目標達成の鍵を握るのは「第3シフトのウオツカ」に代表される非合法アルコール製品との戦いだろう。特に重要なのは、表1の「週数回 飲む」層の安い非合法ウオツカへの誘惑と入手経路を断ち切ることだ。皮肉なことに、プーチン大統領が進めている関税同盟や統一経済圏によって、カザフスタンなどから非合法アルコール製品がロシアに流れ込みやすくなっていると言われている。この問題は行政の汚職や腐敗と深く関係しており、その撲滅は一筋縄ではいかないだろう。

このように多くの規制に縛られ、さまざまな問題を抱えるロシアのアルコール市場に、日本産のアルコール飲料が参入する 機会はあるだろうか。近年のロシアにおける日本食ブームが健康的なイメージを伴っているように、日本酒や焼酎、日本産ウイスキーなどは、アルコール飲料の 多様化と高品質化に関心を持つ「時々飲む」層にもっと受け入れられるのではないだろうか。もちろん、そのためには厳しい広告規制の下での「健康的なライフ スタイル」をイメージさせるブランディング戦略が必要であることは言うまでもない。


注釈
1 全ロシア世論調査センターが2011年8月13、14日に実施した調査。http://wciom.ru/index.php?id=268&uid=112019
2 全ロシア世論調査センターが2012年11月17、18日に実施した調査。http://wciom.ru/index.php?id=268&uid=113413
3 同上
4 ”Global Status Report on Alcohol and Health 2011″, World Health Organization  P.276
5 ロシア国家統計局の公式ウェブサイトから筆者が計算。
http://www.gks.ru/wps/wcm/connect/rosstat_main/rosstat/ru/statistics/enterprise/retail/#
6 WHO欧州事務局の公式ウェブサイト。
http://www.euro.who.int/en/health-topics/Life-stages/child-and-adolescent-health/adolescent-health/health-behaviour-in-school-aged-children-hbsc2.-who-collaborative-cross-national-study-of-children-aged-1115


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