33.ロシアの宇宙ビジネス-小泉 悠-

ロシア国旗

要旨

ソ連崩壊後、ロシアは比較的安価な打ち上げ費用と実績に裏付けられた高い信頼性を武器に、宇宙ビジネスに乗り出した。しかしロシアの宇宙ビジネスは、独自のマーケティング・営業力の弱さや電子技術の遅れなどから、国際競争力を維持できるかどうかという岐路に立っている。その将来には、民力の活用と官民連携が重要だろう。

ソ連時代からロシアは米国と並ぶ宇宙大国であったが、ソ連崩壊後、宇宙関連の国家予算が大幅に低下したことを受け、宇宙ビジネスに乗り出した。

ロシアの宇宙ビジネスにおいて大きな比重を占めているのが、打ち上げサービスである。2013年を例に挙げると、軍事衛星の打ち上げや国際宇宙ステーション (ISS)へのアクセス、科学衛星の打ち上げといった国家的ミッションを含めて35回のロケットの打ち上げを実施したが(米国の19回、中国の15回を上 回り世界1位)、このうち16回が外国向けの打ち上げサービスであり、小型衛星のマイクロサットやキューブサットを含めて合計42機の人工衛星を打ち上げた。

ロシアの打ち上げサービスが国際的な人気を集めているのは、打ち上げ費用が比較的安価であることや、長年の実績に裏付けられた高い信頼性を持つことが大きい。費用面でいえば中国も大きな優位性を有するが、安全保障上の理由から米国は自国製部品を搭載した衛星を中国のロケットで打ち上げることを認めておらず、コストを重視するカスタマーの多くがロシアの打ち上げサービスに集中しているとみられる。これらの打ち上げサービスは、大きく分けて次のような枠組みで実施されている。

International Launch Services(ILS)
「プロトンM 」ロケットによる打ち上げサービス。米国・ロシアの合弁事業(ロシアのクルニチェフ社が株式の80%を保有)
スターセム
「ソユーズFG」および「ソユーズ2」ロケットによる打ち上げサービス。欧州・ロシアの合弁事業(ロシア宇宙局が25%、ロシアのプログレス社が株式の25%を保有)
Sea Launch
「ゼニット-3SL」ロケットによる打ち上げサービス。米国・ロシアの合弁事業(現在はロシアのエネルギア社が株式の95%を保有)
ユーロコット(Eurockot)
SS-19ICBM を転用した「ロコット」ロケットによる打ち上げサービス。ドイツ・ロシアの合弁企業(ロシアのクルニチェフ社が株式の49%を保有)
コスモトラス
SS-18重ICBMを転用した「ドニエプル」ロケットによる打ち上げサービス。ロシア・ウクライナの合弁事業(ロシアが株式の50%を保有)

以上のように、ロシアが展開している外国向け衛星打ち上げサービスは、いずれも諸外国との合弁事業という形式になっている。また、スターセムについては2013年2月をもってバイコヌール宇宙基地における「ソユーズ」ロケットの商業打ち上げを終了し、南米のフランス領ギアナにあるクールー 宇宙センター(アリアンスペース社所有)へと射場を移している。さらに「ゼニット-3」ロケットをバイコヌール宇宙基地から打ち上げる「バイテレク」計画 についてもロシアとカザフスタンの間で交渉が行われている。打ち上げサービス以外の宇宙ビジネスとしては、ハードウエアの供与がある。例えばロシアのエネルゴマッシュ社は米国の主力打ち上げロケット「アトラスV」用第1段エンジンとしてRD-180を販売しており、韓国の「ナロ」ロケットも第1段にロシア製のRD-151エンジンを採用している。

このようにロシアの宇宙ビジネスはすでに幅広い展開を見せているが、今後を考えると、幾つかの課題も指摘できよう。

第一に、国際的な打ち上げサービスの大部分が西側諸国との合弁であり、独自のマーケティング・営業力が弱体なことが挙げられる。特に2014年2月以降、ウクライナ情勢をめぐってロシアと西側諸国の関係は悪化しており、米国のオバマ政権はISSを除くロシアとの宇宙協力を凍結すると宣言した。しかもロシアは 「プロトンM 」「ゼニット-3SL」「ドニエプル」といった各種打ち上げロケットのコンポーネントやメンテナンスのかなりの部分をウクライナに依存しており、このままウクライナをめぐる緊張が継続した場合、さまざまな面でロシアの宇宙ビジネスは大きな打撃を受けることが予想される。

対外依存に関していえばカザフスタンとの関係にも触れておく必要がある。ロシアはソ連崩壊後もカザフスタンのバイコヌール宇宙基地を主力射場として使用してきたが、年間の租借料が1億1500万ドルにも上る上、最近では「プロトンM」ロケットの燃料の有害性などをめぐり、ロシアとカザフスタンの間で対立が生じていた。

こうした問題に対してロシアは、宇宙アクセスの自律性を高めることで対応しようとしている。今後は「プロトンM 」の後継として部品の国産率を100%とした新型ロケット「アンガラ」シリーズを導入するとともに(1号機は2014年6月にも打ち上げ予定)、主力射場として極東のアムール州に新宇宙基地「ヴォストーチュヌィ」を建設中である。ただ、打ち上げシェアの獲得には依然として米欧の政府や航空宇宙企業との良好な関係が不可欠であることに変わりはない。

第二に、現在の国際競争力を今後も維持することができるかどうかだ。米国では宇宙ベンチャー企業スペースX社が低コストの打ち上げロケット「ファルコン9」を登場させており、その他にも低コスト打ち上げロケット計画が各国で進んでいる。また、米国防高等研究計画局 (DARPA)の「XS-1」や英国リアクション・エンジンズ社の「スカイロン」のように、2020年代をめどに再使用型宇宙輸送システムを実現しようとする動きもある。こうした中でロシアが今後とも価格上の競争力を維持できるかどうかが今後のポイントとなろう。特にこれから運用の始まる「アンガラ」シリーズがどれだけの価格優位性を発揮し得るかが注目される。

また、競争力に関しては信頼性の問題も見逃せない。これまでロシアは「ソユーズ」シリーズや「プロトン」シリーズの高い信頼性によって競争力を担保してきたが、近年「プロトンM 」で失敗が相次ぎ、その信頼性が揺らぎつつある。 2000年代にはほぼ無事故であった「プロトンM 」が、2010年代に入ってからすでに3回も失敗(うち1回は部分的に成功)しているのである。

その背景として指摘されるのが、人材の不足や質の低下、非効率な開発・生産体制といった宇宙産業の構造的問題だ。こうした中で2013年末、ロシア政府は、宇宙産業の大胆な再編案を発表した。宇宙産業の再編については2012年夏ごろから取り沙汰されており、ロシア宇宙局を国営企業化して宇宙産業をその下に 統合する案などが検討されていた。

しかし、最終的には宇宙局の国営企業化は見送られ、代わりに国営企業「統一ロケット宇宙会社 (ORKK)」が設立された。ORKKはロシア政府が100%出資する国営企業であり、その業務内容は、政府およびその他の主体が発注した軍事用、軍民両用、科学研究用、社会・経済的用途のロケットおよび宇宙機器の開発、製造、試験、納入、近代化改修、運用、保守整備、修理といった全サイクルにわたる。このため、ORKK傘下には既存のロケットや弾道ミサイルのメーカー、衛星メーカー、関連機器メーカーといった宇宙関連企業がほぼ全て収められることとなった。一方、宇宙局は宇宙政策の立案の他、打ち上げや管制などの地上施設の運用など、より狭義の宇宙機関としての機能に専念することとなる。なお、各社を ORKKへと統合する作業には1年ほどの時間が必要とされており、早ければ2014年中にも完了する見込みである。

第三の課題としては、 ロシアが宇宙輸送サービスの提供国からペイロード(可搬重量)の販売・運用国へ転換できるかどうかという問題である。現状では、ロシアは電子技術の遅れから、人工衛星の販売やその関連サービスへの参入に関して欧米に大きく後れを取っているが、宇宙ビジネスにおいて最も市場価格が大きいのがこの分野である。 この点についてはロシアも「このままではただのトラックドライバーで終わってしまう」との危機感を募らせており、最近公表された中期宇宙計画では、まず外国製のコンポーネントを利用した衛星で市場参入を進め、徐々に国産化率を向上させていくことを目標としている。

前述のORKKは衛星関連 企業の大部分も傘下に収めており、この意味でもORKKの今後が注目される。また、ロシアでも小規模ながらベンチャー企業が衛星打ち上げや関連サービスに 進出する動きを見せており、前述の中期宇宙計画でも「民力の活用と官民連携」を重視している。これまで国家主導で行われてきたロシアの宇宙開発に民間が新しい活力を吹き込めるのかどうかがもう一つの注目点となろう。

[執筆者] 小泉 悠(未来工学研究所)

※この記事は、2014年5月13日で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


Comments are closed.

Back to Top ↑