34.EUの宇宙ビジネス-鈴木 一人

EU

要旨

宇宙開発は欧州連合(EU)統合の対象ではなかったが、米ソに対抗するために、ドイツ、フランスなどが協力し、EUは世界の宇宙ビジネスをリードしてきた。EUは、衛星打ち上げサービスや衛星の開発・製造でも高い競争力を維持している。しかし、米国の政府宇宙事業の民営化や日本、中国、インドなどの 宇宙技術の発展によるライバル出現により、新たな対応を迫られている。

はじめに

宇宙開発は欧州連合(EU)統合の対象ではなかったが、米ソに対抗するために、ドイツ、フランスなどが協力し、EUは世界の宇宙ビジネスをリードしてきた。EUは、衛星打ち上げサービスや衛星の開発・製造でも高い競争力を維持している。しかし、米国の政府宇宙事業の民営化や日本、中国、インドなどの宇宙技術の発展によるライバル出現により、新たな対応を迫られている。

1.協力してグローバル市場をリードしてきたEUの宇宙ビジネス

宇宙ビジネスというと、圧倒的な技術力と実績を持つ米国がグローバル市場を席巻しているかのようなイメージがあるが、現実はそうではない。グローバル市場で長い間リーダーとしての地位を確立してきたのは、EUの宇宙ビジネスである。

宇宙開発は、第2次世界大戦後、とりわけ米ソ冷戦の文脈の中で発展してきた。中でも相手国の上空を撃墜されることなく偵察し、世界中に展開する軍や政府施設との連絡を取るための通信、そして軍事的に機微な情報を収集する気象衛星など、宇宙技術の発展は、政府による軍事的な要請から進められることとなった。そ のため、米国やソ連(当時)の宇宙開発は過度に官需に依存したものであった。その中で発展した技術が、次第に民間にスピンオフしていくことで、宇宙ビジネスの市場が生まれるようになったが、官需によって十分な顧客を確保できたため、米国の宇宙ビジネスはなかなか発展しなかった。

他方、EUでは事情が大きく異なっていた。EUは経済統合から始まったが、軍事安全保障に関連する分野においては、加盟国の権限が強く残されていた。従って、軍事的な目的から発展した宇宙技術も加盟国の領域とされ、 EUとして統合する対象にはならなかった。よって、フランスやドイツなど、欧州各国が個別に宇宙開発を行っても、宇宙競争の中で急激に技術開発を進める米ソに対抗することはできなかった。そのため、加盟国がEUの枠外で協力し、最終的な決定権限を握りながらも、協力して宇宙開発を進めるという方策が取られたのである。

また、米ソと比較すると EU各国ごとの官需の規模は圧倒的に小さく、官需への依存による宇宙産業の維持は困難であるという事情もあった。よって、EUは民需により商業的な顧客を確保し、宇宙ビジネスに乗り出すという手段を取らざるを得なかった。その結果、EUの宇宙ビジネスの方が、結果として米国よりも高い競争力を得ることになったのである。

2.EUの宇宙ビジネスの競争力

EUの宇宙ビジネスで突出して大きなシェアを占めるのは、衛星打ち上げサービス、すなわちロケット分野である。フランスが中心となり、欧州各国が協力して開発したアリアンロケットは、世界の商業打ち上げ市場の半数以上のシェ アを持ち、廉価で知られるロシアのロケットよりも高い競争力を誇っている。

これは、アリアンロケットが開発された当初から、官需ではなく 民需に依存して成長してきたことによるものである。また、打ち上げサービス専業のマーケティング会社である、アリアンスペース社を設立し、グローバルな通信事業者などへ売り込みを行ってきた結果でもある。その他に、米国が1980年代にスペースシャトル計画を推進するため、全ての衛星をコストの高いスペースシャトルで打ち上げるという選択をしたため、より廉価で安定したサービスを提供するアリアンロケットが選ばれたことも幸いした。

また、衛星分野でもEUの宇宙ビジネスは高い競争力を誇っている。欧州各国は、1国単位で見れば面積が狭く、宇宙システムを使った通信や放送を必要としない。しかし、国境を越えた欧州大陸全体を結び付けるためには、既存の地上系のシステムの調和よりも、宇宙システムを通じたコミュニケーションや放送手段の方が有効であった。そのため、欧州通信衛星機構(ユーテルサット)、欧州放送連合(EBU:European Broadcasting Union)、欧州気象衛星機関(ユーメットサット)などを設立し、欧州全域をカバーするサービスを提供するようになった。これがユーザーと連携した衛星開発として発展し、官需・軍需を中心とする米国の衛星と肩を並べ、衛星の開発および製造能力を高める結果をもたらしたのである。

地球観測 衛星においても、米国に先駆けて商業化を進めたのはEUであった。スポット衛星はフランスを中心に開発し、運用されているが、これは当初から政府による衛星利用だけでなく、商業的に衛星画像を一般販売することで衛星の開発および製造などに掛かったコストを回収するという目的があった。このため、当時政府や研究者向けにしか画像提供をしていなかった米国に比べ、EUはより早期からメディアや民間企業、さらには外国政府に画像を売り込むチャネルを確立したのである。

さらに、EUは小型衛星ビジネスでもリーダー的役割を果たしている。英国の大学発ベンチャー企業であるサリー・サテライト・テクノロジー社(SSTL)は、サッチャー政権の下、大学への補助金が減らされたため、その研究費を捻出すべくベンチャー企業を立ち上げ、衛星を外国に販売するようになった。また、母体であるサリー大学に入学する留学生のネットワークを活用して、発展途上国の宇宙開発の政策決定に影響力を及ぼし、かつ廉価な小型衛星を途上国に売り込むというビジネスモデルを確立した。

3.EUの宇宙ビジネスが直面する課題

しかし、このように国際的な競争力を持つEUの宇宙ビジネスも、近年さまざまな問題に直面している。その最たるものが、米国の政府宇宙事業の民営化だ。財政的な制約および大統領府と議会の対立から、米国の宇宙予算は急激に縮小し、スペースシャトルの退役や月面基地計画などのキャンセルが相次ぎ、米国の政府宇宙事業は後退し続けている。そのため、米国航空宇宙局(NASA)や国防総省はこれまで政府が行っていた事業を民間企業にアウトソースすることで予算の縮減に対応しようとしており、その中から強力な競争力を 持った企業が出現している。中でもEUのライバルとなるのが、スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(SpaceX)社といわれる企業である。

SpaceX 社はインターネット決済サービスのPayPal社を創設し、電気自動車のテスラモーターズ社を設立したイーロン・マスクが立ち上げたベンチャー企業である。同社は、既存のロケットよりも圧倒的に低い価格設定で、衛星や国際宇宙ステーションへ補給船を打ち上げるサービスを提供している。この SpaceX社 の低価格攻勢の前に、商業打ち上げ市場で圧倒的なシェアを誇っていたEUのアリアンロケットも、そのシェアを失いつつある。そのため、新たなロケット(アリアン6)を開発し、SpaceX社に対抗しようとしているが、その将来性についてはフランスとドイツの間で意見が分かれるなど、EUが一枚岩になっておらず、先行きは不透明である。

衛星分野においても、EUの企業は激しい競争にさらされている。日本をはじめ、中国やインドなど、高い技術を持ち、かつEUの企業よりも低価格で衛星を提供する国が出現し始めたからだ。また、EUが開拓した小型衛星市場により、これまで高い技術がなければ開発できなかった衛星がより造りやすくなった。その結果、技術先進国だけでなく、南アフリカ共和国や東南アジア諸国でも自ら衛星を開発できるようになったのである。これに対抗するため、EUは産業再編を繰り返し、フランスとイタリアを中心とするタレス・アレニア・スペース社と、英国・フランス・ドイツを中心とするエアバス・ディフェンス&スペース(旧EADSアストリウム)社の2社に集約して研究開発能力を高め、製造拠点の絞り込みを行っている。現に2009年、小型衛星の一大勢力であったSSTLもEADSアストリウム社(当時)に吸収された。

地球観測衛星の分野では、米国はこれまで防衛技術として非公開としてきた、高度かつ細密な地球観測画像について民間企業による販売を認めるなど、政策を変更した。その結果、EU企業が支配的であった地 球観測画像市場の構造は変化し、米国の企業が大きなシェアを占めるようになってきた。この流れを打開するため、EUの企業はこれまでフランスやドイツがバラバラに行っていた画像販売事業を統合、EUのチャンピオン企業として Infoterra社という企業を設立し、米国の攻勢に対抗しようとしている。

このように、宇宙ビジネスの分野ではパイオニア的な役割を果たしてきたEUであるが、近年はさまざまな苦境に立たされている。こうしたグローバルな宇宙ビジネス市場におけるEUの活動は、宇宙基本法を設立し、宇宙活動の産業化・商業化を進める日本にとって、大いに参考になるところがあるだろう。

[執筆者]鈴木 一人(北海道大学大学院法学研究科

※この記事は、2014年6月2日で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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