35.EUの新たな製造拠点モロッコ-高﨑 春華

モロッコ国旗

概要

モロッコにおけるルノー・日産アライアンスの自動車生産能力は、2017年にも年40万台レベルに到達する見込みである。1999年以降、モロッコ では自動車産業を中心に欧州連合(EU)系企業からのFDI流入が急増し、EU自動車生産分業体制に組み込まれつつある。世界金融経済危機の影響が比較的 軽微であった同国では、EU地中海政策に呼応した国内経済改革とEUへの制度的接近が追求されている。

1.EU対外政策の新展開

EUの東方拡大以降、地中海地域はEU単一市場の新たなフロンティアとして注目を集めている。歴史的に見た場合、EUの地中海沿岸諸国との関係は、1960年代からの欧州共同体(EC)/EU地中海政策の下で発展してきたが、 1995年に開始された「バルセロナ・プロセス」により新段階を迎えた。新段階の政策の核心は、EUからのFDIを通じて、当該エリアの経済成長の実現と、EU広域経済圏の進展を目指す点にある。1995年以降「バルセロナ・プロセス」において、EUレベルで一貫して実践されてきたのは、連合協定と呼ばれる包括的な自由貿易協定(FTA)の締結を通じた、当該エリアとの貿易・投資関係の拡大である。さらに、EUからのFDI流入を念頭に置いた投資受け入れ国側の産業基盤整備を支援する金融・技術援助スキームの実施である。

2.「バルセロナ・プロセス」に呼応するモロッコの経済発展戦略

2000年代に入ると、こうしたEU側の政策に呼応する形で、マグレブ諸国(モロッコ、チュニジア、アルジェリア)を中心とする南地中海エリアでは、国内経済改革が加速した。地中海諸国の先頭を切って、モロッコでは、EU系企業からの投資誘致に照準を定めた経済発展戦略が実際に展開された。モロッコの経済成長へのキーファクターとなったのは、 フリーゾーン開発・物流拠点形成・投資奨励策の実行である。

1999年、モロッコ政府は経済発展戦略の一環として、タンジェ・フリーゾーン(Tanger Free Zone)の開発を推進した(図1)。モロッコ最北端の都市、タンジールの約20キロメートル西方に位置する同フリーゾーンには、自動車・航空機、電機・ 電子関連の多国籍企業をはじめ、647社が進出している。フリーゾーンへの投資インセンティブは、5年間の法人税免除(20年間では8.75%を上限とする)、所得税・付加価値税・事業免許税などの減免を含めた税制優遇策である。加えて、ハッサン2世基金(Hassan 2 Fund)を設立し、操業時の土地取得経費や工場建設費の補助、人材育成トレーニングに対する補助金を拠出している。実際に、フリーゾーンに進出した自動 車関連企業の多くは、従業員への技術トレーニングに対する補助金制度(1人当たりにつき年間5,275ユーロ)を利用している。

さらに、モロッコ政府は大規模物流拠点となるタンジェ・メッド(Tanger MED)港の開発に着手した。2007年には、大規模なコンテナターミナルが完成し、フランスのCMA CGM、デンマークのA.P.モラー・マースクなどの大手物流企業が次々と進出した。石油・天然ガスの貯蔵施設や自動車輸送専用の船舶ターミナルも建設され、欧州市場への運輸・物流のハブ拠点として本格稼働している。

こうした中、2009年には、産業貿易・新技術省による工業セクター振興策(Pacte National pour l’Emergence Industrielle)が策定された。重点セクターに指定された自動車・航空機産業において、さらなる雇用促進(直接雇用22万人の達成)と人材育 成、輸出増伸、積極的な外資の誘致が追求されている。

図1モロッコ北部地域におけるフリーゾーンの整備

図1モロッコ北部地域におけるフリーゾーンの整備

出所:Tanger Mediterranean Special Agency(TMSA)のHP(http://www.tmsa.ma)、TMSAでのヒアリング(2012年9月25日、同社提供のプレゼンテーション資料)より筆者作成。

3.モロッコへのFDI流入の特徴

ここで、モロッコへのFDI流入の動向を概観してみると、1999年を境に急増していることが分かる。1999年のムハンマド6世の即位以降、政府が主導した積極的な投資促進政策、国公社の民営化、工業セクター振興策などが実を結び、対モロッコFDIは近年急激に伸びている。国別で見てみると、フランスおよびスペインからの投資が圧倒的なシェアを誇っているのに対して、中東欧諸国における製造業部門の発展に大きな役割を果たしたドイツからの投資は少ない(図2)。また、2000年以降、自動車および航空機部品産業を中心と する製造業部門への投資が着実に拡大している(図3)。

図2 モロッコへのFDI 投資国別シェアの推移(単位:100万ディルハム)

図2 モロッコへのFDI 投資国別シェアの推移(単位:100万ディルハム)

出所:1992~1998年のデータは、Haut Commissariat au Plan, Annuaire Statistique du Maroc 1997, 2000, Royaume du Maroc, diverses editionsを基に筆者作成。1999~2013年のデータは、Royaume du Maroc Office des Changes, Balance des Paiements 1999-2013, diverses editionsを基に筆者作成。※1992~1998年のデータに限り証券投資を含む。2013年のデータは暫定値である。1ユーロ=11.1ディルハム(2014年7月現在)。

図3 モロッコへのFDI 産業別シェアの推移(単位:100万ディルハム)

図3 モロッコへのFDI 産業別シェアの推移(単位:100万ディルハム)

出所:図2に同じ。

4.モロッコにおける自動車産業の展開とEU系企業の対応

次に、市場レベルでの対応を概観する。2006年以降、欧州系企業のモロッコへの進出が本格化している。とりわけ、製造業においては、ルノー・日産アライアンス(以下、ルノー・日産)によるタンジールでの新工場建設プロジェクトが呼び水となり、EU系自動車関連企業による製造拠点形成が急展開している。
2008年1月、ル ノー・日産は、タンジールのメルーサ・フリーゾーンに敷地面積300ヘクタール、年産40万台規模に及ぶ新たなプラントの設立を発表した。総投資額11億 ユーロにも及ぶ本プロジェクト推進により、タンジール工場は地中海・アフリカエリアにおける同社最大級の自動車生産施設となった。
2012 年、第1ラインで低価格戦略車のダチア・ロガン(Logan)をベースとする2モデルの生産が開始された。多目的車(MPV)タイプのロッジ (Lodgy)と商用ミニバンのドッカー(Dokker)である。2013年に2本目の生産ラインが稼働し、累計生産台数は10万台を突破した。 2015~2016年計画では40万台への増産を目標としている。同工場の輸出比率は9割となっており、完成車はフランスとスペインを中心にEU全域へ輸 出される。今後、日産も本格的にタンジールでの生産に参入する予定で、既に同施設内では日産モデル専用の生産ラインスペースも確保されている。

ルノーはモロッコへの立地選択に際して(1)EUへの地理的な近接性、(2)労働および輸送コストの優位性、(3)投資振興策の活用、(4)国内市場の成長 ポテンシャルを特に重視した。タンジール・プロジェクトには、ルノー・日産の世界戦略が明確に反映されている。それは、グローバルレベルでの競争優位を実現するための新興市場の開拓と、新興市場向け低価格車の開発である。すなわち、低価格のダチアブランドを主力とするタンジール工場は、西欧諸国ではもはや 困難な低価格戦略車の有力な生産・輸出拠点として、欧州の自動車生産分業ネットワークにおける新たな役割を担いつつある。

モロッコへのサ プライヤー進出も加速している。2012年には、モロッコに拠点を形成する自動車関連企業の約300社のうち、タンジェ・フリーゾーンに進出している Tier1サプライヤーは18社、Tier2サプライヤーは22社となった(TMSA提供の資料による)。サプライヤーはメルーサやタンジェのフリーゾーンを拠点に、ルノー・日産のタンジール工場やEU域内の各自動車メーカーへの部品供給を開始している。国別で見た場合、モロッコへ進出したTier1サプライヤーには、フランス、スペインのメーカーが多い。また、分野別で見た場合にはワイヤハーネスおよびシート分野での進出が目立つ。代表的な外資サプライ ヤーとして、Valeo(フランス)、Ficosa(スペイン)などが挙げられる。他方で、現地サプライヤーはTier2、Tier3として外資メーカー に部品を供給しているものの、外資メーカーに匹敵する製造規模の企業はまだ存在していない。
労働コストや欧州への物流コストは、エジプ ト、ルーマニアなど他の近隣諸国に比して優位であることから、中東欧からモロッコへ生産を移管するEU系企業は増加しつつある。また、ワイヤハーネス分野 など、典型的な労働集約型の生産を特徴とする部品分野での生産拠点形成に加えて、半導体回路の設計や研究開発(R&D)センターの設立などが相次いでおり、高付加価値分野の拠点が徐々に増えつつある。しかし、モロッコが年産50万台レベルの自動車輸出国となるためには、裾野産業の強化は不可欠であり、高 付加価値部品生産の現地化が求められる。今後は、現地メーカーが生産する製品の品質維持に加えて、サプライチェーン強化のため、エンジニアをはじめとする 現地人材の育成がモロッコ自動車産業の課題となる。

結びに代えて

以上により、自らの「EU化」を不可欠の要素とする経済発展プロセスをたどり始めた一部の地中海諸国に向けて、EUの自動車生産分業ネットワークが伸展を開始しつつあることが明らかになった。とりわけ、タンジール・プロジェクトを典型例とする自動車分野での大規模生産拠点形成は、受け入れ国の経済発展の求心力となりつつある。EU南岸に接続するフロンティア市場開拓の担い手は、EU系企業である。EU系企業の新たな競争基盤を提供する「生産ネットワーク」に関連した自動車分野においては、こうした積極的な展開がEU単一市場の活性化を促しつつある。

[執筆者]高﨑 春華(大東文化大学経済学部 助教)

※この記事は、2014年8月5日付で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205

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