39.生鮮食品の輸入禁止で影響を受けるロシアの食事情 -菅原信夫

ロシア国旗

概要

ロシアから経済制裁の対抗策として発表され、2014年8月7日より実施された生鮮食品の輸入禁止措置が、ロシア人の日常における食生活を困惑させている。生鮮食品というカテゴリーには、食肉、魚介類、青果類、乳製品が含まれる。ロシアの市場におけるこれら生鮮食品をめぐる状況を現地より伝える。
ウクライナ紛争へのロシア介入の物証を認めた欧州連合(EU)、米国が、2017年7月、対ロシア経済制裁を発表したが、この制裁は、一般ロシア人の生活には取り立てて影響を与えるものではなかった。その後、ロシアから経済制裁の対抗策として発表され、同年8月7日より実施された生鮮食品の輸入禁止措置こそが、ロシア人の日常における食生活を困惑させている元凶である。生鮮食品というカテゴリーには、食肉、魚介類、青果類、乳製品が含まれる。ロシアの市場におけるこれら生鮮食品をめぐる状況を、現地より伝える。

スーパーマーケット

秋の深まりとともにスーパーマーケットの棚に並ぶ豊かな果実類。しかし2014年は、ロシア政府による生鮮食品の輸入禁止措置以降、非常に寂しい品ぞろえとなっている。いつもならポーランドなど東欧諸国から入荷するリンゴ類に代わり、遠くチリ産の赤玉とロシア産の王林(おうりん)の2種類だけになってしまい、われわれ日本人が楽しみにしている紅玉(こうぎょく)やゴールデンデリシャスなどはすっかり消えてしまった。その上、1キログラム30ルーブル(100円)程度で買えた高級リンゴは、今や80ルーブル以上と大きく値上げされている。9月になってセルビア産の青玉が登場し、売り場は多少見栄えがするようになったものの、価格は70ルーブルと高い。

日本ではスイカといえば、7、8月の盛夏の象徴だが、ロシアでは秋の到来を告げる農産物である。10月に近づき、すでに市場へ出回っている量は減り始めたが、2014年はどこのスーパーマーケットもスイカの仕入れ量を増やしており、貧弱な売り場をスイカによって少しでも華やかに見せるような構成をしているのが目立った。しかし、ロシアで標準とされる1キログラム10ルーブルというアストラハニ産スイカが2014年は最低でも15ルーブル。こちらもやはり値上がりが目立つ。

ロシア政府によると、生鮮食品の輸入禁止措置は、国内産業の保護と育成のためという側面もあることを強調し、国民には国産食品の購入を促すが、それができるのは秋口までで、厳冬の訪れとともに、国産野菜や果実は減少するのが常である。それだからこそ、輸入野菜や果実によって売り場が何とか構成されるロシアで、冬の売り場はどのような風景になるのだろうか。これまで、スーパーマーケットの店頭から輸入食品が消えてゆくのは、EU諸国によるロシア制裁の一環ではないかと誤解していた多くの消費者も、ぼちぼち自国政府の政策の結果のようだと気付くだろう。2014年の冬が心配である。

一方、食肉、乳製品については大きな変化は見られない。後述する大手スーパーマーケット「アズブカフクーサ」のサドービン社長の説明のように、ロシアの食肉は、高級牛肉はアルゼンチンを中心とする南米、その他は国産というように二分化がかなり進んでいて、豚肉を中心とする欧州各国からの輸入品が輸入禁止対象になっても、売り場はそれほど欠品している感じはしない。ハム、ソーセージといった肉加工品は、2013年の値上がりが顕著だったためか、この夏以来の値上がりはそれほど目立たない。2014年春と比較して、2割ほどの値上がりであろうか。また、ロシアでは加工品も含め肉類はカット販売が多く、客が「300ルーブル分カットして」などと購入金額を指定することが多いため、値上げはそれほど実感しないのが普通だ。

輸入禁止措置の影響が最も大きく感じられるのは鮮魚類であろう。ロシアで一般に販売される鮮魚類は、日本に比較すると種類が少なく、また鮮魚類が食卓に上るロシア人家庭も大変少ない。ただ、その中で例外的に扱い量が多いのがサーモンである。小骨がなく、家庭でも肉類と同じ感覚で調理することが可能なサーモンステーキは人気のメニューである。

サーモンは大きく分けてノルウェー産、チリ産、ロシア欧州部産、ロシア極東産の4種類があるが、ノルウェー産の人気が圧倒的に高く取引量も大きい。このノルウェー産サーモンが輸入禁止措置によって入荷しなくなり、結果的にチリ産が増えている。チリ産のサーモンの味わいは、ロシア極東産と似ている。

一方、ノルウェー産サーモンは北米産に近く、脂肪が乗っており、ステーキにするならこれが一番ふさわしく、ロシア人のサーモン人気はまさにこのノルウェー産によって支えられてきた。ここに、脂肪分の少ないチリ産やロシア極東産を持ち込んでも、なかなか食指は動かない。また、価格も大幅に上昇し、家庭の食事にはそぐわない域に達している。

ちなみに2014年9月15日のロシアのスーパーマーケット・セジモイコンチネントにおけるサーモンの店頭価格は200グラム250ルーブル程度で、牛肉価格のほぼ倍であった。さらに同年9月20日、同じ店頭をのぞくと、鮮魚売り場は取り去られ、魚の缶詰がそのあとに山と積まれていた。
このような状況下、筆者の妻がベラルーシ産サーモンを見つけたということで、早速わが家で試食してみた。250グラム入りの切り身がパックになっていて250ルーブル。商品には、ノルウェー産高級サーモンをベラルーシに輸入して加工の上パック詰めにし、ロシアに提供しているというベラルーシの製造会社の説明が、ロシア語で書かれていた。

ここには幾つかのトリックが隠されている。まず、内陸にあるベラルーシで海産物であるサーモンが漁獲できるはずはない。また、ベラルーシで大量のサーモンが消費されるという話も聞いたことがない。一方、ノルウェー産サーモンは世界各国、特に中国、ロシアからの引き合いが多く、新規顧客に割り振るほどの量はないという。結局、ベラルーシの企業は、本来ロシア向けだったサーモンに自国を迂回(うかい)させ、ロシアに再輸出する、という便法を思い付いたものと考えられる。

さらなるトリックは、ベラルーシの企業での加工内容である。大量にひとまとめにして到着したであろう魚肉に食塩を振り、一定のサイズ、重量にカットしてパックする、それだけである。日干しも含め、一切の熱処理はされていないと思われる。これでノルウェー産サーモンはベラルーシ産サーモン加工品となり、ロシアに輸出される。ちなみに、ロシア、カザフスタン、ベラルーシ間には関税同盟が形成されていて、2010年以降、この3国間での貨物の移動には共通関税という概念が導入され、税関検査も省略できる。
こうして、ノルウェー産サーモンは本来の仕向け地であるロシアのスーパーマーケットの棚に、合法的に並ぶことになったのだ。そして、ミンスク-モスクワをつなぐルートM1を走るトラックは増加の一途をたどり、キエフ-モスクワ間のM3を大きくしのぐことになる。

流通業、飲食店


先ほど、スーパーマーケットの店頭で鮮魚類の販売がなくなりつつある、ということを紹介したが、これに関連して新聞で報道された記事をお伝えしたい1。

2014年7月、ロシアの鮮魚輸入業者が倒産した。ピーク時の売り上げが70億ルーブル(210億円)というから、ロシアでも中堅企業といえるだろう。この企業が、ノルウェーやスペイン、アイスランドなどの魚介類輸出業者、およびロシア国内販売先との債権処理にまつわる21件の係争案件を抱え、社長は行方不明になっている、という記事だ。直接的な倒産の原因はロシア政府の輸入禁止措置であると考えられる。同企業は南米産、南アフリカ産などの代替措置を講じたものの、売り上げは日ごとに落ち、販売先からは契約キャンセルが連続したという。これでは余力ある鮮魚輸入企業といえども、厳しい状況だろう。筆者が2014年9月初めに面談したモスクワの大手スーパーマーケット・アズブカフクーサのサドービン社長は、輸入禁止措置後の同社の動きに関して、次のように述べていた。

販売商品の産地をポップに明記し、輸入禁止対象国の物を扱っていないことを、消費者、役所側両方に明示し、アズブカフクーサの順法性を強調した販売活動を全店で展開した。

特に生鮮食品において、代替商品の調達を急ぎ、従来取引していなかった業者でも商品によっては直ちに契約を行い、売り場の欠品を極力避けるようにした。
消費者に商品の値上がりが極力波及しないよう、可能な限り納入業者との間で販売価格を調整した。売り場では随時割引セールを実施し、客に値上がりを感じさせないような方策を取った。

サドービン社長は、日本留学中に見た紀ノ國屋をモデルにスーパーマーケットを始めた。そのサドービン社長が率いるアズブカフクーサは、店内の清潔感から商品の展示方法に至るまで、日本的なところが好評で、ロシアに住む日本人にも人気がある。そこに、いつもとは違い、まるで素人が育てたかのような不ぞろいな大きさと形のロシア産リンゴが並ぶと、やはり違和感は否定できない。

ところが、9月上旬にアズブカフクーサの基幹店をのぞくと、そこには本来輸入が禁止されたはずのフランス産チーズやバターなどがしっかりと売り場に並んでいた。新規の輸入は禁止されたが、すでにロシア国内で在庫管理されている商品の流通は自由であるため、そのような在庫品を取引業者から急きょ集めてきたと、後日事情を聞いた。レストランについては、驚くべき現象が起こっている。日本食レストランの閉店が続いているのだ。モスクワでは、高級官僚の利用も多かったある高級日本食レストランが2014年8月いっぱいで営業を終了した。さらにサンクトペテルブルクから首都圏に進出した日本食レストラングループが、モスクワ地区の全店舗を閉店、売却し、サンクトペテルブルクの10店舗も閉店するというニュースがあった2。閉店理由はすし用食材を中心とする原材料の高騰で、サーモンは30%も価格が上昇し、客数が減る一方の状況では費用アップを吸収できなかったからだという。

他の日本食レストランについても、経営が危機的な段階となっている店が幾つかあると聞いている。メニューにイタリア料理やハンバーガーを加えて何とか客足の減少を防ごうとする店や、デザートメニューを充実させて食事目的以外の客層を取り込もうとするなど、どの店も生き残りに知恵を絞っている。ロシアの生鮮食品輸入禁止措置が、回り回って日本食レストランを閉店に追い込むことになるとは、何たる皮肉であろうか。


1 Vedomosti 2014年9月15日号
2 The Moscow Times 2014年9月16日号

[執筆者]菅原 信夫(スガハラアソシエーツ代表取締役)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2014年10月1日付で掲載されたものです)

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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