41.ロシア・ルーブルの動向とその背景について―安木新一郎

ロシア国旗

概要

経済制裁が実施される中、ロシアからの資本流出とルーブル価値の下落が激しくなっている。ロシアでは、資産が米ドル建てから人民元や香港ドル建てに 変わり、米ドルの国際的地位を低下させるとの論調が見られる。しかし実際には、ロシア経済の脱米ドル化や、ましてや米ドルから人民元へのシフトが起きているとはいえないようだ。

1.ロシアによる人民元・香港ドル買い

ウクライナをめぐって対ロシア経済制裁が実施される中、ロシアか らの資本流出とルーブル価値の下落が激しくなっている。こうした状況下にあって、ロシアでは政府や企業が保有する資産が米ドル建てから人民元や香港ドル建てに変わり、また対外決済にも人民元を使用する範囲や金額が増加傾向にあるようだ。このようなロシアの脱米ドル化は米ドルの国際的地位を低下させ、ルーブルや人民元の国際通貨化の要因となるだろうとの論調が見られている。

確かに2013年の中国・ロシアの貿易総額は890億米ドルに達しており、今 後東シベリアからのパイプラインによる原油・ガスの輸出が増加すれば、両国政府が目標とする年間貿易総額1,000億米ドルは容易に達成できそうである。 貿易額が増加すれば人民元建て決済額も増える可能性がある。
 一方、2014年第3四半期のロシア政府・企業による香港ドル買いや、モスクワ取引所における人民元取引の現状について見てみると、ロシア経済の脱米ドル化や、ましてや米ドルから人民元へのシフトが起きているとはいえないようだ。以下にその詳細を述べる。

2.ロシア・マネー、香港を席巻

2014年7月1日から香港金融管理局は、2012年第4四半期以来と なる為替介入を実施した。香港ドルが急激に上昇したことから、許容変動幅(1米ドル=7.75~7.85香港ドル)を守るため香港ドル売り・米ドル買い介入を行ったのである(Reuters, 2 July 2014)。香港金融管理局は7月の1カ月間に83億9000万米ドルの香港ドル売り・米ドル買いを実施した(Bloomberg, 4 August 2014)。

 同年7月26日に香港金融管理局は、株式上場や配当支払い、企業の合併・買収が香港ドル需要を押し上げていると発表した。事実、香港 株の指標とされるハンセン指数は7月の1カ月間に6.8%上昇し、月間ベースで2012年9月以来の大幅な上げを記録したが(Bloomberg, 1 August 2014)、これは、特にロシアから香港へ資金が流入したためとされている。

 例えば、2014年7月31日にロシア大手の 携帯電話サービス会社メガフォンのヴェルミシャン最高財務責任者(CFO)は、欧米の対ロシア制裁強化を受け保有する現金の一部を香港ドルにシフトしたことを明らかにした。メガフォンによると、華為技術(メガフォンの通信設備の主要な供給業者)との決済を簡単にするため、また欧州の銀行との取引で困難が生じるリスクを限定的にするために、資金を中国系の銀行に移したという。メガフォンは第2四半期末に30億ルーブル(約90億円)の銀行預金があったが、現 在の割合は40%が香港ドル、60%がルーブルになっている(Russia Beyond The Headlines, 6 August 2014)。

2014年8月4日にも香港ドルは許容変動幅上限に近づいたため、香港金融管理局は9億2500万米ドルの米ドル買いを実施 した(Bloomberg, 4 August 2014)。外為市場の参加者からは、ロシア政府や企業によるユーロ売り・香港ドル買いの動きが香港ドル高を招いているという声もあった (Reuters, 4 August 2014)。

 主にロシアのマスメディアは、ロシア企業による米ドル売り・香港ドル買いについて報じているが、もしそうであれば香港金融管理局は米ドル買い・香港ドル売りを実施していたのであるから、結果的に米ドル建て資金がロシアから香港に移転しているだけだといえるだろう。

しかしながら、ロシア企業はユーロ売り・香港ドル買いを行っており、香港ドル買いは米ドル高ユーロ安要因となっていた。また、香港ドルは米ドルとのペッグ (連動)制を取っているのだから、香港ドル建て資金は実質的に米ドル建てであり、脱米ドル化しているとはいえないのが現状である。

3.ノリリスク・ニッケルの香港ドル買い

ノリリスク・ニッケルの最高経営責任者(CEO)兼共同所有者であるウラジミル・ポターニン氏は、2014年9月に行われたロイター・ロシア投資サミットの席上、ノリリスク・ニッケルはロシア銀行から20億米ドル相当のパラジウムを購入したいと考えているという発言があった(Reuters, 24 September 2014)。

ノリリスク・ ニッケルはニッケルやパラジウムの需要が2015年に逼迫(ひっぱく)し、国際価格が上昇すると予想している。ノリリスク・ニッケルウェブサイトによれば 同社は2013年時点での世界におけるパラジウム生産の41%、ニッケル生産の14%を占めている。パラジウムは自動車の排ガス浄化装置の触媒や装身具と して、ニッケルはステンレス鋼生産に使われる。パラジウム購入の代金として、ノリリスク・ニッケル保有のプラチナや現金を使用する予定。ポターニン氏は、 パラジウム購入の決定はロシア銀行次第であり、また、購入用の資金調達のためバンクオブアメリカ・メリルリンチと交渉中であることを明らかにした。

これに加え、ポターニン氏は東シベリア・ザバイカル地方のブイストリンスコエ銅鉱山の開発のため、グレンコアなどと投資計画についての交渉中であり、同開発 の資金10億米ドルのうちすでに5億米ドルを投資し、2017年第3四半期から操業開始予定であると述べた。ブイストリンスコエ銅鉱山は中国とロシアの国境から300キロメートルしか離れておらず、中国が主な市場になると思われる。

ノリリスク・ニッケルにとって、世界有数の製鉄業者を持つ中国は、ニッケルの3分の1の輸出先であり、これに加え銅鉱山開発が進めばノリリスク・ニッケルにとって中国市場の重要度はますます上がることになる。

こうした中で、ノリリスク・ニッケルは資金の一部を香港ドルに両替したとの情報があるようだ。香港ドル建て資金の保有は、預金の多様化によるリスクの軽減が目的で、将来的にはアジア市場での現地通貨建て取引に必要だからだという(Russia Beyond The Headlines, 6 August 2014)。

ただし、前述のように、ノリリスク・ニッケルは欧米などの商社・銀行からの資金調達を前提とした投資計画を維持しており、経済制裁の影響はあまりないとしている。

4.モスクワでの人民元取引

欧米による対ロシア経済制裁によって、ロシアの大企業が香港ドル建て預金を増やしている事例を挙げた。次に、ロシアにおける人民元取引の拡大について述べていく。

 例えば2014年7月31日に、欧州連合(EU)がロシアの大手国有銀行であるスベルバンク、VTBグループ、ガスプロムバンクを制裁対象としたモスクワ取引所での人民元買いは、6億6600万人民元(約120億円)に上っている(Bloomberg, 25 September 2014)。やはり香港ドル同様、人民元もまた制裁のリスクヘッジの手段とされているようである。

 では、モスクワ取引所における人民元取引の規模はどの程度であろうか1。ロシア銀行が公表しているデータ2を見ると、2013年1月の1営業日当たりの平均人民元取引額は1,000万米ドルで、全外貨の取引額557億9000万米ドルのわずか0.02%である。 これが2014年1月では1億4500万米ドルと前年比14.5倍に増加しているものの、それでも全外貨取引619億5600万米ドルの0.23%にすぎない。

 2014年については、1営業日平均の人民元取引額が最も大きかったのが1月で、最低は4月の2,400万米ドル、最新の8月は8,500万米ドルとなっている。人民元取引額が比較的多かったのは1、2、8月で、この3カ月以外は低調である。

 2014 年4~6月は米ドル安・ルーブル高傾向の期間であり、この期間では人民元取引は比較的少ない。一方、1~2月および7月以降の米ドル高・ルーブル安傾向の期間では人民元取引が活発化しているのである。すなわち、ルーブル安傾向が顕著であった2014年1、2、8月ではルーブルが売られ、そのほんの一部が人 民元買いに回ったとみるのが適切であろう。

 また、モスクワ取引所における人民元売買に占めるルーブルと米ドルの割合を見ると、月ごとに変動があるものの、おおむね米ドルがルーブルを上回っている(図1)。このことから、人民元とルーブルが直接取引される割合が増加していることもないのである。

図1 1営業日当たりの平均人民元売買に占めるルーブルおよび米ドルの金額の割合

図1 1営業日当たりの平均人民元売買に占めるルーブルおよび米ドルの金額の割合

出所:ロシア銀行公表データを基に筆者作成

5.今後の展望:政府主導の人民元取引

ロシア経済発展省の予測では、2014年1年間の純資本流出額は 1,000億米ドルとなり、その影響で国内総生産(GDP)成長率も0.6%にとどまる(Reuters, 27 March 2014)。欧米による対ロシア経済制裁による景気の先行き不安に加え、国際原油価格の下落により、2014年1月1日に1米ドル32ルーブル台だったのが、10月には1米ドル40ルーブルにまでルーブル安が進んでいる(図2)3。ロシア銀行によると、資本流出のうち3分の2はロシアの企業・個人によるルーブル売り外貨買いが占めているようだ。

 ルーブル価値が下落傾向にあるのだから、外貨を買う動きが強まるのは当然で、そうした外貨の一つに人民元や香港ドルがあるにすぎず、その割合はわずかである。し かも、欧米による経済制裁の下でロシアの企業は香港ドル建て預金を増やしたが、その直後に許容幅いっぱいまで香港ドルは下落した(Reuters, 30 September 2014)。米ドルペッグ制を取っているとはいえ、香港ドル特有のリスクがあることが示されたことになった。

 さて 今後ロシアにおける人民元取引は拡大していくのだろうか。2014年10月13日にロシア銀行と中国人民銀行はスワップ枠1,500億人民元(約244億 米ドル)の通貨スワップ協定を締結した。また非公式ながら、ガスプロムの中国向けパイプライン「シベリアの力」によるガス輸出の決済に人民元を用いる可能 性があるとも報じられている。加えて北極圏での液化天然ガス(LNG)開発、ロシア中央・ウラル間の高速鉄道計画など、中国企業による対ロシア投資も増加 傾向にある。こうした中、中国・ロシア間の決済での人民元使用は、中央銀行間や大型開発案件によるものが中心になると考えられている。

図2 ルーブル/米ドル公定レートの動態、2014年1月1日~10月15日

出所:ロシア銀行ウェブサイト


1モスクワ取引所における人民元取引に関する先行研究としては「Яpoвoй, B. B. и Mишинa, B. Ю.(2013)Биpжeвoй pынoк《юaнь/pyбль》:нacтoящee и пepcпeктивы, Дeньги и Kpeдит, 5/2013, cтp.43-45」がある。
2数値はロシア銀行ウェブサイト(http://www.cbr.ru)の統計データを基に筆者が算出した。
32014年上半期のルーブル相場の動態については、安木新一郎(2014)「ウクライナ紛争下のロシア・ルーブル為替相場」(『ロシア・ユーラシアの経済と社会』、第986号(2014年10月号))pp.36-43を参照。

[執筆者]安木 新一郎(大阪国際大学国際コミュニケーション学科准教授)

※この記事は、2014年12月2日で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205

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