EUの「選択と集中」と官民協力による投資プラン-蓮見 雄

EU

ユンカー氏率いる欧州委員会は、10の優先課題に集中し、他の政策領域は加盟国に委ねる「選択と集中」に着手すると同時に、総額3,150億ユーロの新たな投資プランを打ち出した。これは、単なる景気対策ではなく、EUの優先的な投資プロジェクトに民間資本を誘い官民協力によってビジネス環境を改善しようとする試みである。

1. EU新体制の優先課題

2014年11月1日、元ルクセンブルク首相のユンカー新欧州委員長率いる欧州委員会が発足した。経済停滞、英国のEU離脱問題が象徴する欧州統合への懐疑、ウクライナ危機への対処を含む外交問題など課題は山積している。

これらの難題に取り組むために、欧州委員会は、次のような10項目の優先課題を示した。(1)雇用、経済成長、投資促進、(2)単一デジタル市場、(3)未来を見据えた、気候変動対策を含むしなやかで柔軟なエネルギー同盟、(4)産業基盤の強化を通じた、より統合された、より公正な域内市場、(5)より統合された、より公正な経済通貨同盟、(6)合理的でバランスの取れた米国との自由貿易協定、(7)相互信頼に基づいた司法・基本的人権の領域、(8)新しい移民政策、(9)より強力なグローバルアクター、(10)より民主的に変化するEU。

一見すると、新機軸に乏しいかに見えるが、そうではない。新体制の特徴は、一言でいえば「選択と集中」にある。これらの優先課題は、欧州議会でユンカー氏が次期欧州委員長として承認された7月15日に表明された政治指針1に示されていたものであるが、そこでユンカー氏は、次のように述べている。

「私のなすべきことは10の優先課題に集中することである。他の政策領域は加盟国に委ねる。加盟国は、補完性原則2と比例性原則3に基づいて、国家、地域、あるいは地方レベルで効果的な政策対応を行うための、より大きな正当性、より良い備えがある。」「私は、大きなことに関してはもっと大きく野心的だが、小さなことについてはもっと小さく控えめなEUを望む。」

優先課題に取り組むべく立案された2015年の作業プログラムは、次のような三つの予定を明らかにしている。第一に、2010年に316にまで膨張していた作業プログラムを、優先課題の実現に関わる23にまで絞り込む。第二に、79の領域のEU法令を目的に照らして再点検し、規制の重荷を軽減する。第三に(1)優先課題にふさわしくない、(2)交渉が停滞している、(3)現状では成果が期待できない80の欧州委員会提案について、6カ月以内に合意できない場合、撤回または新たな提案に差し替える。
 以上から分かるように、EU新体制の最も大きな特徴は「選択と集中」の方針に基づいて欧州委員会が取り組むべき課題を厳選すると同時に、補完性原則と比例性原則に立ち返り、加盟国の役割と政策を進める手段の適切性を再確認し、加盟国の協力を仰ぎながら「危機後の欧州の橋を再建」し「欧州市民の信頼を取り戻す」ことなのである。


1 Jean-Claude Juncker, A New Start for Europe:My Agenda for Jobs, Growth, Fairness and Democratic Change-Political Guidelines for the next European Commission, Opening Statement in the European Parliament Plenary Session, 15 July 2014.
2 意思決定はできるだけ市民に近いレベルで行われるべきであり、EUでよりよく達成できる場合にのみEUが権限を行使する。
3 EUの目的と手段のバランス。EUは、目的達成に必要な範囲以上の手段を行使しない。

2. 投機から公共投資へ:即効性のある中小企業対策とビジネス環境改善につながる長期インフラ投資

前ポーランド首相のトゥスク新欧州理事会常任議長の下で初めて開催された2014年12月18日の欧州理事会では、EUの投資問題とウクライナ問題という二つの課題を中心に協議がなされた。特筆すべきは、ユンカー欧州委員長の提案に基づき、欧州委員会と欧州投資銀行(EIB)の協力の下に新たに欧州戦略投資基金(European Fund for Strategic Investments:EFSI)を創設し、2015~2017年に総額3,150億ユーロ(約46兆円)の投資を行う方針が確認されたことである。

この背景には、2007年以来、EUの投資が15%近く低下しているという事実がある。図1から明らかな通り、その落ち込みの60%以上はスペイン、イタリア、ギリシャなど南欧諸国によるもので、英国とフランスを加えると75%以上に達する。しかも、その77%が住宅ブームの崩壊に伴う不動産投資の減少によるものである。2013年の投資水準は国内総生産(GDP)の19.3%だが、これは長期の平均値(バブル期を除く)より2%低く、つまり持続可能な水準を下回っている。

図1 EUの投資の減少

図1 EUの投資の減少

出所:European Commission, Factsheet1 Why does the EU need an investment plan?, 2014.

しかし、EFSIは単なる景気対策ではないし、EUが「大きな政府」になろうとしていることを意味するものでもない。EUの政策文書「欧州のための投資プラン」によれば、EFSIは短期的な危機打開を図るにとどまらず(1)「あらゆるレベルで規制を簡素でよりよく予測可能な」ものにし、(2)2015年に本格始動する銀行同盟を前提として、資本市場の分断を克服する「資本市場同盟」の準備を進め、(3)「単一市場における公正な競争の場を強化し、投資障壁を撤廃する」ことによって、投資環境の改善を目指している。そこでEFSIに期待されるのは、EUが優先する長期の投資プロジェクトに民間投資を誘う呼び水としての役割である。事実、総額3,150億ユーロのうち750億ユーロが若者を含む雇用創出や景気対策として即効性が高いと考えられる中小企業向け融資に向けられるが、2,400億ユーロは長期のプロジェクトに投資されることが想定されている。

EUはEFSIに対し、EU予算内のエネルギー・交通・通信のインフラ投資向けのEU予算のコネクティング・ヨーロッパ・ファシリティー(CEF)から33億ユーロ、イノベーション向けのホライズン2020から27億ユーロ、財政予備から20億ユーロの合計80億ユーロによってEFSIに160億ユーロの債務保証を行い、さらにEIBが50億ユーロを拠出する。これによってその3倍の630億ユーロの公的融資が可能となるばかりでなく、投資案件のリスクの一部をEUが負担する融資枠組みが設定されるので、投資家にとっては投資を決断しやすくなる。その結果、2,520億ユーロの民間投資が集まり、官民協力で総額3,150億ユーロの投資が実現するというのである。つまり、1ユーロの基金がレバレッジ効果によって15ユーロの投資になるというわけである(図2)。欧州の金融機関の過度なレバレッジがユーロ危機の一因となったことを思い起こせば、EFSIには批判もある。

図2 EFSI長期投資のケースの想定

図2 EFSI長期投資のケースの想定

出所:European Commission, An Investment Plan for Europe, COM(2014)903final.

しかし重要なことは、何に投資されるかである。EFSIによる投資は(1)産業中心地の交通インフラばかりでなく、とりわけブロードバンドやエネルギーのネットワークにおける欧州的意義を持つ戦略的投資、(2)教育、研究、イノベーション、(3)再生可能エネルギーとエネルギー効率、を支援することが想定されている。これらは、いずれも長期的に見てEUのビジネス環境を改善し、EU経済の長期的な国際競争力強化の前提条件を生み出すものである。例えば、ブロードバンド接続の強化、イノベーション、教育などへの投資の強化は、知識基盤型経済への転換を目指すEUにとって重要なプロジェクトである。ユーロ危機以前の投資の大半が不動産に向かい、多分に投機の様相を帯びていたことを考えると、EFSI創設は「投機から公共投資へ」の転換を目指すものと評価できるかもしれない。

EU新体制の下で行われた最初の欧州理事会において、投資問題と並んで重要議題となった対ロシア関係を含むウクライナ問題を解決していく上でも、EFSIの実現は重要である。EUは2012年時点で、石油・石油製品の86%、天然ガスの66%を輸入に頼り、ロシアがそれぞれの輸入の34、32%を占めているからである。国境を越えるパイプライン網や送電線網を接続し、石油や天然ガスばかりでなく、再生可能エネルギーを自由に取引できる市場の物理的な前提条件となるインフラを整備し「エネルギー同盟」への準備を進めることは、輸入依存を低減しエネルギー供給の安全保障を高める。そればかりでなく、これは2014年10月に承認された「2030年の気候変動対策・エネルギー枠組み」が定めた、再生可能エネルギーを27%に増やし、温室効果ガスを40%削減するという野心的な目標達成にとっても欠かせない。

3. やはり重要な加盟国の連帯

このように、EUが新たに打ち出した投資プランは「大きな政府」による景気対策ではなく、GDPの1%に満たない予算しか持たない欧州委員会という、いわば「小さな政府」が「選択と集中」によって優先課題を定め、それを実現するために必要な長期投資プロジェクトに、限られた資金をてこに民間投資を誘う融資枠組みを設定する試みである。

特に国境を越える交通、通信、エネルギーなどのインフラ整備は、大規模かつ長期にわたる投資が必要であり、民間投資を呼び込まなければ実現が難しいことは早くから認識されていたが、それを実現する方法については、これまで具体性を欠いていた。この点でEFSI創設の試みは評価されてよいだろう。

しかし、EUの投資環境を根本的に好転させるには、EFSIという融資枠組みを設定するだけでは不十分であり、同時に加盟国が経済構造改革を進めることが肝要である。その意味で、欧州委員会の取り組みが成功するには、やはり加盟国間の連帯が不可欠だと思われる。

[執筆者]蓮見 雄(立正大学経済学部教授、ユーラシア研究所事務局長)

※この記事は、2015年1月20日で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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