なぜポーランドはプラス成長を続けるのか -家本博一

poland

概要

ポーランドでは、外国投資、多国籍企業の進出による生産・流通・技術の成長エンジンの創出、金融市場の整備・拡充、建設需要、耐久消費財需要などが一体となって経済成長が進んだ。これが可能となったのは、連立政権ながらも歴代の政権が、ほぼ一貫して対外開放型、外資活用型、政府主導型の成長戦略を採用してきたからである。

ポーランドでは、外国投資の増加、多国籍企業の進出を契機とする生産・流通・技術の成長エンジンの創出、金融市場の整備・拡充、国内建設需要、耐久消費財需要、国境を越える労働移動などが一体となって経済成長が進んだ。これが可能となったは、歴代の連立政権が、下院議員選挙結果で政党の組み合わせを変えながらも、ほぼ一貫して対外開放型、外資活用型、政府主導型の成長戦略を採用してきたからである。

中東欧諸国の四つの成長動因

欧州連合(EU)加盟を実現したポーランド(2004年5月)を含めた中東 欧8カ国では、その大半が加盟以前に比べて成長率が高まるという新たな状況を迎えた。これに関して、一部の専門家の間では、米国、日本、EU各国などの先 進国に加えて、ロシア、中国、トルコ、中東の国々(特に、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE))といった新興国との産業・貿易関係の拡大が主要な 成長動因であったとの指摘がなされた。

しかし、私見では、こうした対外要因が及ぼした成長へのプラス効果以上に、以下のような四つの要因(主に国内要因)が一体となって、ポーランドなど中東欧地域内に強力な内発的成長を生み出した。

(1) 生産・流通費用と製品の品質の両面で、多国籍製造大企業からそれまで経験したことがないほどの高い水準を求められた完成品、部品などへの需要が中東欧各国内で増加した。
(2) 高失業率地域にもかかわらず、労働集約的な生産工程に対応し得る強い労働意欲と低い賃金水準を兼ね備えた、比較的若い労働者が安定的に多数供給された。
(3) 多国籍製造大企業が採用する高度な生産・加工技術が先進国から継続的に移転され、しかも、こうした技術が比較的短期間のうちに習得された。
(4) 多国籍製造大企業が長年培ってきた熟練・技能形成方式が移転され、その成果が生産・流通の現場で発揮された。

換言すれば、EUという巨大経済圏の中で、モノとサービスの生産と消費、技術や技能の移転と吸収が、先進地域である西欧と新興地域である中東欧との間で相互補完的に展開され、EU域内にそれまで見られなかった新たな域内循環が創出されたのである。こうした状況が、EU加盟を間近に控えた中 東欧各国の成長戦略を作り上げる結果となった。

ポーランド経済における好循環の形成

特にポーランドは、数々の世界的な経済危機を経た2009年でさえプラス成長を続け、今後も堅実な成長を遂げると予想されている(図参照)。以下、その理由について説明していこう。

1990 年代末以降、(1)多国籍製造大企業の進出が相次いだため、個人用乗用車向けの組み立て部品製造、家庭用電気機器および同組み立て部品製造、非鉄金属の加 工、食品加工などの各部門において欧州での生産基地としての地位を確立するとともに、(2)金融、不動産、商業、貿易、情報通信、建設といった各分野への 多国籍大企業の進出と外国投資(直接・間接)の急増によって、経常収支の赤字の補填(ほてん)が可能となっただけでなく、成長加速による税収増、成長期待 を反映した為替レートの上昇などによって、財政赤字幅の縮小や輸入費用の低減といった好循環が生み出された。

また、こうした状況に呼応し て、EU主要国を本拠とする商業銀行や専門銀行などは、次々とポーランドなど中東欧を本拠とする商業銀行や専門銀行を買収・統合しながら、資金供給の増加 (=融資の拡大)をてことした金融事業の拡充に取り組んだため、ポーランドなど中東欧地域には、EU経済圏を主な舞台として生産・流通面と資金・金融面の 両面で好循環が生み出され、成長を加速するモノ、サービス、カネの新たな連関が創出された。

図 ポーランドとEU諸国の国内総生産(GDP)成長率変化の比較

図 ポーランドとEU諸国の国内総生産(GDP)成長率変化の比較

注:* European Commission:European Economic Forecast, Spring 2015による予測
出所:Eurostatの資料に基づき筆者作成

国境を越える労働移動の波及効果

また、ポーランドにとっては、EU加盟の実現に加えて「シェンゲン協定」の発効が重なり、多数の労働者が新たな就労機会を求めてEU主要国へ出掛ける状況が生じた。中でも、EU加盟直後から国内労働市場を開放した 英国、アイルランド、スウェーデンの3カ国には、ポーランド人労働者が多く流入したが、これら3カ国を含めたポーランドからの流出民総数は、12カ月以上 の長期流入民に限っても累積で150万人を超える規模に達した。

また、流入先の英国やアイルランドでは、2000年代前半の労働需要急増期にも、平均水準を下回る賃金を提示しても就労を受け入れるポーランド人が多数流入してきたため、賃金の上昇幅が抑えられ、企業や雇用主にとっては好都合な状況が生まれた。さらに、こうした労働者の国際移動は、ポーランド国内の失業率を大きく引き下げただけでなく(2003年19.4%→2008年 7.1%)、国内居住家族への送金の急増によって耐久消費財需要および住宅需要を拡大させるという副次的な乗数効果をもたらした。ポーランド国立銀行経済 研究委員会(KBE)法人・家計・市場部長A.Raczko博士と同副部長A.Nowak博士(面談当時)によれば、2004~2008年では、国内向け の個人送金総額は113億5500万ドル(経常移転総額の28.2%)であり、同じ期間の外国直接投資総額(815億3000万ドル)の13.9%に相当 する。

この時期には(1)ポーランド国内に存しない生産要素に起因する実質所得の伸びが実質平均所得の伸び率を押し上げ、(2)そうした実質所得の伸びによって、耐久・非耐久財消費が名目所得を上回って行われていた。

加えて、EU加盟後の2005~2008年にかけて、銀行貸出総額が大幅な増加を記録した一方で(2005年9.9%→2008年41.8%)、銀行預金総 額も、伸び率こそ貸出総額のそれよりも小さいものの、やはり大幅な増加を記録していた(2005年8.7%→2008年17.8%)。これらの結果は、EU加盟以降、銀行による(貸出・預金)取引総額が大幅な伸びを記録したことを裏付けており、この時期に銀行を仲介した個人(消費者)と法人(民間企業) を結ぶ資金循環がポーランド国内でも本格化したことが分かる。

ポーランド経済の好循環を支えた対外開放政策

こうして、ポーランドでは、EU加盟直後から(1)外国からの直接・間接投資の増加、(2)多国籍大企業の進出を直接の契機とする生産・流通、技術・技能の両面での新たな成長エンジンの創出、(3)これに呼応する金融市場のより一層の整備と金融機関の業務の拡充、(4)社会・産業インフラの整備による国内建設需要の増加、(5)国内での耐久消費財需要および住宅 建設需要の伸びといった複数の要因が一体となって成長動因として働いていた。また、これらの要因が働くことを可能とするため、歴代の連立政権は、政党の組 み合わせが下院議員選挙のたびに変化したとしても、ほぼ一貫して対外開放型、外資活用型、政府主導型の成長戦略を採用し、良好な経済実績を挙げるという結果を示してきた。

商業銀行の民営化における「戦略的な外国投資家への売却(Sell-out to Strategic Foreign Financial Investors:SFFI)」方式の採用は、その一例である。筆者は、1998年1月~2000年12月の3年間、ポーランド国立銀行KBE付属商業 銀行民営化委員会の非常勤(外国人)委員を務めていた。商業銀行の民営化方式に関しては、1990年代中ごろまで採用されてきた新規株式公開 (Initial Public Offering:IPO)方式が、証券市場の活性化が当初の想定通りには進展しないという現実に直面して後景に退けられ、1990年代後半(特に 1998年6~7月に実施されたWielkopolski Bank Kredytowy(WBK)とBank Przemyslowo-Handlowy(BPH)の株式売却)以降、経営の効率化と国際競争力の引き上げを速やかに実現すると考えられたSFFI方式 へ転換されたという民営化方式の大転換は記憶に新しい。

SFFIは、一面では、戦略的な外国投資家と目される先進国を本拠とする銀行、生 保・損保、年金基金、投資ファンドなどにポーランドの民間商業銀行の経営とその統合・再編を全面的に委ねるという「危険性」を伴うものではあったが、他面 では、国内自己資本が絶対的に不足し、国際競争力が劣位にある中で銀行経営の効率化を推進しなければならない国有財産省、財務省、国立銀行の3者にとって は、戦略的な外国投資家として、どの国の、どの金融機関を選定するのかという決定権限を自らの管理下に置くことによって、銀行の民営化過程に多大な影響を及ぼすことができるという「利点」があった。

この結果、民間最大の商業銀行であるBank Pekaoは、1999年にイタリアを本拠とする大手銀行ウニクレディトに売却されたものの、国内最大の商業銀行であるPKO Bank Polskiは「適切かつ戦略的な外国投資家を見いだすことができなかった」との理由から、財務省が全株式を保有する国営商業銀行のまま据え置かれることとなった。こうして、ポーランドの金融当局は、その後、国内最大の商業銀行の店舗・営業網・関連会社網(例えば、個人・法人を対象とする各種のノンバンク 系ローン会社)などを活用して、不動産(住宅)対象のローン、消費者対象のローン、企業対象のローンなど各種の貸し出し(融資)について、貸し出し(融資)の上限額や金利などを定めることによって、貸し付け業務に関わる指標の多くを間接的に「誘導」することが可能となった。

EU経済との連関の強化とポーランドの役割

このように、ポーランドでは、EU加盟後の数年間、EU経済 圏への参画を柱とする成長戦略が功を奏して成長の加速に結び付いていた。しかし、その一方で、ポーランドは2000年代後半になっても依然として国民1人当たりGDPがEU平均の60%前後と、西欧地域に比べて発展(所得)水準が低いままであったため、国際競争力の一層の向上と社会・産業インフラの一層の拡充による成長のさらなる加速を目指してEU経済圏との産業・金融連関を過去に例がないほどに強化することとなった。
 ところが皮肉にも、これが主因となって「サブプライム・ローン問題」(2007年)、「リーマン・ショック(世界金融危機)」(2008~2009年)、そして「ギリシャ危 機」(2009年10月)を直接の契機とする「欧州債務危機」といった一連の世界的な規模での経済・金融危機に際して、EU経済圏を起点とする激動の渦に否応なしに巻き込まれる結果となった。

とはいえ、それは、ポーランド経済がEU経済に深く組み込まれ、翻って危機下のEU経済を支える役割を果たしてきたことを意味している。従って、EU経済の将来を占う上でも、今後もポーランド経済の動向を注視していく必要がある。

参考文献:
家本博一(2013)「中東欧の体制転換とEUの拡大-中東欧がたどってきた20年間」(市川顕、稲垣文 昭、奥田敦編著『体制転換とガバナンス』、P25-65)
家本博一(2013)「EU加盟前後におけるポーランド経済の変動」(久保広正/吉井昌彦編著『EU統合の深化とユーロ危機・拡大』、第6章)
家本博一(2014)「ポーランド経済変動と直接投資―1990年代初め~2010年代初め―」(池本修一/田中宏編著『欧州新興市場国への日系企業の進出』、第5章)
ミャチスワフ・W・ソハ、田口雅弘(2011)「世界金融危機下のポーランド経済」(『ロシア・ユーラシアの経済と社会』、ユーラシア研究所、2011年2月号(第942号)、P18-30)

[執筆者]家本 博一(名古屋学院大学教授)

※この記事は、2015年8月6日で三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


Comments are closed.

Back to Top ↑