ロシアのポケット仲裁-吉田 一康

ロシア国旗

概要

ロシアでは、ある企業グループが常設仲裁裁判所を設立して仲裁を行う「ポケット仲裁」という事例が増え、公正性の点で懸念がある。ポケット仲裁でなされた仲裁判断については、当事者による仲裁人の公正性の侵害の立証を条件として無効とする形式がほぼ確立されているが、紛争解決方法については留意し、 可能であればポケット仲裁は避けた方がよいと思われる。

1ポケット仲裁とは

ロシアでは、ある企業グループなどが常設仲裁裁判所を設立して、そのグループ企業 との取引から発生する紛争について、当該常設仲裁裁判所で仲裁人を選任して仲裁裁判を行う事例が増え、公正性の観点から問題となっている。当該グループ企 業と取引した相手方にしてみれば、グループ企業、常設仲裁裁判所、仲裁人が、そのグループ企業の親会社や持株会社などの同じ命令系統に属していることか ら、公正な仲裁判断を行うことができるのかという懸念がある。このような仲裁は、ロシアでは「ポケット仲裁」と呼ばれている。限られた状況の中で仲裁裁判 が行われることを、ポケットの中で行われる仲裁裁判と例えたものである。

なお、本稿では、仲裁の便宜を図ることを目的として仲裁規則や仲裁審理の場所、仲裁人リストの提供を行う機関を「常設仲裁裁判所」と呼び、常設仲裁裁判所において、個々の紛争解決のために行われる仲裁を「仲裁裁判」と呼ぶ。

ポケット仲裁と似た方式の仲裁裁判は、ソ連時代に行われていた。当時、西側諸国の企業にとって、ソ連の国営企業と国際取引をして紛争が発生した場合、紛争解決に関する最大の懸念は、ソ連の国営企業が、モスクワの常設仲裁裁判所である全ソ連商業会議所付属の国際商事仲裁委員会(Foreign Trade Arbitration Commission:1932年にソ連中央執行委員会および人民委員会令によって設立された全ソ連商業会議所付属の常設国際商事仲裁裁判所。以下、 FTAC)での仲裁裁判を、ほとんど義務的に求めてくることであった1。FTACで行われる仲裁裁判では、当事者が、FTACが準備したソ連人からなる仲裁人リストから仲裁人を選任しなければならなかった。

西側企業にしてみれば、全ソ連商業会議所、ソ連の国営企業およびソ連の仲裁人が、同じ共産党の命令系統に属し、共通の利益を追求しているように感じられ、仲裁人が公正な仲裁判断を行うことができるかという点で懸念があった。しかし現実には、FTACでの仲裁裁判については、例外的なわずかな事件を除き、仲裁 人が公平な仲裁判断を行っていたとの評価を得ている2。このようなシステムは、ソ連が崩壊し、ロシアで1993年に国際商事仲裁法が制定され、ロシア企業がモスクワの常設仲裁裁判所で仲裁裁判を行うことが義務でなくなったことにより終了したが、現代のロシアで、特に国内仲裁においてポケット仲裁として再び活用されている。

ロシアの裁判所のポケット仲裁についての判決は、当初、当事者の一方と常設仲裁裁判所の概観的な関係の不公正さに注目した判断であったが、ソ連時代の FTACでの仲裁裁判に対する評価と同様に、仲裁人が公平な仲裁裁判を行っていたかを重視するものに変わってきている。以下で述べるのは、ポケット仲裁に関する裁判所の判決の変遷である。


1 A.S. Komarov, International Commercial Arbitration in Russia as a Means of Resolving International Economic Disputes, 22(1) Review of Central and East European Law 19(1996)
2 Stanford B., King-Smith, Communist Foreign Trade Arbitration, 10(1) Harvard International Law Journal 34 at 100(1969);William E. Butler, Arbitration in the Soviet Union 6(Oceana Publications, 1989)

2.ポケット仲裁についての判例

A事件3では、2012年3月22日、ロシア連邦最高商事裁判所(以下、最高商事裁判所)は、ロシアの大手石油会社が常設仲裁裁判所を設立した法人であると同時に、その常設仲裁裁判所で行われた仲裁裁判における当事者の一方の親会社でもあった。そのため、このような仲裁裁判では公正な審理はできないとして、仲裁判断 の強制執行のための執行承認書の交付を認めなかった。

なお、ロシアでは、仲裁判断の執行については商事訴訟法第30章第2節(第236~240条)が適用され、商事裁判所に執行承認書の交付を申請しなければならない4。これは、日本法上の執行文の付与の申し立てに該当する。さらに、最高商事裁判所は、当事者が裁判でポケット仲裁について言及していない場合であっても、常設仲裁裁判所の公正性は、ロシア法の基本原理の問題であることから、商事裁判所は、その公正性について判断できるとした。
当事者の一方と常設仲裁裁判所の概観的な関係の不公正さに注目し、当事者の立証も不要とする上記の判断は、憲法裁判所で訂正されることになる。

B 事件では、2013年7月16日、最高商事裁判所は、A事件と同様に、常設仲裁裁判所が当該紛争の当事者の1人を発起人とする組織によって設立されていることから、執行承認書の交付を認めなかった。これに対し、強制執行の申立人は、ポケット仲裁でなされた仲裁判断について、強制執行のための執行承認書の交 付が拒否された場合、それがロシア法の基本原理を侵害しているか否かは、憲法条項と国際商事仲裁法の問題であるとして憲法裁判所に申し立てを行った。

憲法裁判所は、本件で最高商事裁判所は、個々の事案で紛争に参加している当事者全員の事情について必要なバランスを図っておらず、公正性の要求に応える判決ではないとした。管轄裁判所は、常設仲裁裁判所の構成などについての個々の紛争審理において、公正性の原則の侵害の立証を条件として、その権限内で、現行の規定によって常設仲裁裁判所の仲裁判断の取り消し決定(強制執行のための執行承認書の発行の拒否)を審理すべきであるとした。ただし、紛争の当事者と常設仲裁裁判所との組織的な権利関係を考慮することを除外するわけではないとした5。つまり、裁判所は、主として仲裁裁判の仲裁人の公正性に焦点を当てるべきであり、常設仲裁裁判所の公正性を強調すべきではないとしたことになる6

本判決は、最高商事裁判所を合併した最高裁判所において7、C事件で引用され、最高裁判所は、仲裁人が具体的にどのように公正性を侵害し、当事者の親会社の常設仲裁裁判所の仲裁裁判において、どのように当事者の権利が侵害されたのかが立証されていないことから、執行承認書の交付を認めた。

ポケット仲裁でなされた仲裁判断について、裁判所は個々の審理で、当事者による仲裁人の公正性の侵害の立証を条件として無効とする形式をほぼ確立し、法の安定性が保たれているが、ロシアにおける紛争解決方法については留意した上で、可能であればポケット仲裁は避けた方がよいと思われる。


3 一連の事件に関する判例の詳細については、以下を参照。吉田一康「ロシアの国際商事仲裁制度の問題点・留意点について」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』2015年9月号
4 ロシアでの強制執行の詳細については、以下を参照。吉田一康「ロシアの国際商事仲裁について」JCAジャーナル2014年9月号
5 Id. Section 4.2.
6 Ivan Philippov, The Problem of‘Pocket Arbitration Courts’in Russia:Finally Resolved?, CIS Arbitration Forum
http://www.cisarbitration.com/2015/04/07/the-problem-of-pocket-arbitration-courts-in-russia-finally-resolved/(2015年8月参照)
7 2014年8月6日、憲法および裁判所システムに関する法律などが改正され、商事裁判所の第三審で終審機関である最高商事裁判所が廃止となり、通常裁判所の最高裁判所に合併された。

[執筆者]吉田 一康(上武大学ビジネス情報学部准教授)

※この記事は、2015年9月16日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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