ロシア自動車産業サプライチェーンの現状と課題-富山 栄子

ロシア国旗

概要

資企業誘致政策はロシアの自動車産業を発展させたが、自動車産業サプライチェーンには多くの課題がある。サプライヤーの国産化に掛かる技術提携費に対する支援やエンジニアなどの人材育成策を講じる必要がある。また、関税の引き下げやビジネス環境の整備、外国の大手メーカーと部品企業とのマッチン グ、商談会の実施など、ロシア政府による支援が望まれる。

ロシア政府によるロシア自動車産業の発展のための外資企業誘致政策は一定の効果を上げた。しかし、ロシア自動車産業サプライチェーンは多くの課題を抱えている。サプライヤーの国産化に掛かる技術提携費に対する支援やエンジニアなどの人材育成策を講じる必要がある。また、関税の引き下げ、土地、ガス・ 電気などのビジネス環境の整備、外国の大手メーカーと部品企業とのマッチング、商談会の実施など、ロシア政府による支援が望まれる。

1.自動車産業の主な産業集積

ロシアでは、いわゆる産業クラスター政策によって、サンクトペテルブルク、モスクワ/カルーガ、サマラ/タタルスタンの3地域に自動車産業が集積している。サンクトペテルブルク周辺には、欧米、日本、韓国の計6社の外資系自動車関連企業が進出している。これは州政府による投資誘致環境の整備、物流面での優位性によるところが大きい。また、起業家精神に富み異業種から自動車部 品製造に参入している中小企業も存在する。カルーガの企業集積を可能にしたのは、州政府の投資誘致環境の整備により、フォルクスワーゲン(VW)やPSA プジョー・シトロエンなどの外資系企業を誘致できたことが大きい。カルーガの企業集積には、コンチネンタル、マグナ・インターナショナル、フォルシア、リ アなど欧米系部品メガサプライヤーが27社参入している。

サマラの企業集積は、ロシアの自動車最大手アフトワズを中心とした企業城下町で ある。ここにはアフトワズのサプライチェーンが形成されている。従って、ブラウンフィールドによる参入が可能である。ただ、ここでは国営企業体質による非効率性は否めず、部品製造技術力、不十分な品質管理・生産管理能力などの問題もある。

図1 ロシア欧州地域における自動車メーカーの進出状況

図1 ロシア欧州地域における自動車メーカーの進出状況

出所:各種報道、資料を基に筆者作成

2.ロシア政府による外資系企業の誘致政策

シア政府は、自動車産業の発展のために外資系企業を誘致する目的で工業アセンブリ措置を導入してきた。旧工業アセンブリ措置は30%、新工業アセンブリ措置は60%の現地調達率が義務付けられている。これにより、外資系自動車メーカーのロシアへの進出が進み、外資系のコンチネンタル、ボッシュなどのメガサプライヤーがロシアに工場を設立し、部品の製造・供給を行っている。

図2 ロシア欧州地域における欧米韓日系部品メーカーの進出状況

図2 ロシア欧州地域における欧米韓日系部品メーカーの進出状況



 Sungwoo Hitech RUS, SeJong Rus, NVH Rus, DooWon Rus, Daewon Rus, Dong Hee Rus, Shin Young Rus, Yura, HanilTube

出所:各種報道、資料を基に筆者作成

日系企業の現地調達については、ルノー・日産自動車連合とアフトワズが2018年までに現地調達率60%、三菱自動車工業は2015年までに現地調達率30%を確保する方針である。また、トヨタ自動車は2014年11月、サンクトペテルブルク工場で車体プレス工場とプラスチック部品の製造工場を稼働させ、新型カムリの製造を開始、2015年8月にはロボット溶接ラインを導入した。トヨタ モーター マニュファクチャリング ロシア(TMMR)の生産工場敷地内にあるトヨタ紡織から供給されるシートとドアトリムを合わせると、現地調達率は30%に達している1。しかし、いずれのメーカーもロシア地場企業の部品の製造技術力や量産のための品質管理・生産管理能力などが不十分であり、大半の部品は世界各国から調達している。

1Toyota продолжает модернизировать свой российский завод(Autostat29.05.15),
Коммерсантъ,№77 от 05.05.2015

3.ロシアで外資系自動車メーカーの現地調達率が低い理由

ロシアで、外資系自動車メーカーの現地調達率が低い理由は何か

第一に、複数の日系企業によると、部品メーカーがロシアに進出するには最低10万台、できれば20万台の需要が必要であるが、それだけの需要が確保できな い。外資系メーカーにとっては、品質基準を満たすために材料やコア部品の多くを輸入せざるを得ないため、ロシアで製造すると自国内で製造するコストより 20%程度高くなるという。また、欧米・日系部品サプライヤーは、十分な二次、三次サプライヤーを連れてきていないため、二次、三次サプライヤーの進出や育成が、ロシアではほとんど進んでいない。さらに、部品の材料に関連する化学産業もあまり育っていない。加えて、物流コストが高く、自動車メーカーの集積地も距離的に離れているため、それぞれの集積地に鋼材、樹脂材料、フロントガラスなどを供給する物流コストが高くつく。そのような問題を解決するために、拠点間を結ぶインフラネットワークの整備が望まれる。

第二に、部品の品質が良いとはいえない。旧ソ連時代のロシアの自動車産業は垂直統合型で、部品は全て国営自動車メーカー内部で内製されてきた2。アフトワズでは歯車を削る切削工具、電気プラグ、工場で使う扇風機までも自社内で生産していたという3。そして現在でも、ロシアの国内自動車メーカーの内製比率は高く、設備も古い。

第三に、素材の品質についても良いとはいえず、部品サプライヤーの研究開発(R&D)能力が弱い。これは、これまでロシアが自動車用の鋼材やプラスチックの開発を十分に行ってこなかったという背景がある。

第四に、外資系部品サプライヤーの多くは東欧に拠点を持っており、ロシアに進出する必要がない。部品サプライヤーが海外進出するとなれば、多額の設備投資が必要である。このため、限られた経営資源の中で、海外拠点に優先順位をつけて進出することになる。ロシアで自動車の販売台数が確実に増加していくのかどう か、予測することは難しい4


2 ソ連東欧貿易会(現ロシアNIS貿易会)編(1988年)『ソ連・東欧諸国の自動車産業』
3 保坂不二夫・杉浦史和(2014年)「日系自動車企業のロシア進出:日産自動車のロシア・アフトワズ参加を例として」(池本修一・田中宏編著『欧州新興市場国への日系企業の進出』第14章307~328ページ)
4 複数の自動車メーカー、部品メーカーへのヒアリングによる

4.ロシアへ日系部品サプライヤーの進出が進まない理由

日系の自動車メーカーも、現地調達率を上げるために日系の部品メーカーにロシアへの進出を要請しているが、一向に進まない。ロシア政府が2005年に導入した旧工業アセンブリ措置では、条件となる生産能力規模は年間2万5000台、現地部品調達率は30%であった。現地調達率30%というのはそれほど高い水準というわけではないが、自動車 メーカーはSKD (Semi Knock Down)組み立て生産を行ったため、現地製部品採用の増加にはつながらなかった。輸入する部品の割合を価格ベースで10%減少させれば減免になったため、海外拠点から部品を輸入しSKD組み立て生産で現地部品調達率の削減ができたのである。そこで、ロシア政府は2011年に新工業アセンブリ措置を導入し、部品輸入関税優遇の条件となる生産能力を年間30~35万台、現地部品調達率を60%にするなど基準を厳格化した。さらに、新たに現地製エンジンおよび(あるいは)トランスミッシヨンの搭載規程も設けた。ルノー・日産自動車連合/アフトワズ、ゼネラルモーターズ(GM)、フォルクスワーゲン(VW)、 フォード・ソラーズの4連合が新工業アセンブリ措置を活用した。

ロシアでの部品の国内生産に対しては、必要な資材や部品の輸入関税を優遇する制度(「政令566号」と呼ばれている)が2006年に導入された。この部品国内生産優遇策は、完成車向け優遇策と同様に2011年に改定された。そして、大統領あるいは首相が承認すれば、従来の工業アセンブリに関する協定の新規締結や既存の協定の延長が可能になった。2011年初頭時点で工業アセンブリ措置の適用を受けた上で現地生産を行っている外資系の部品メーカーには、ボッシュ、コンチネンタル、トヨタ紡織、タカタなどがある。これらの部品メーカーは、工業アセンブリ措置に関する協定をロシア政府との間で締結している。

また、デンソー、TRW Automotiveなどロシア国内で生産を行っていないメーカーも適用を申請した。この他、メモランダムは締結したものの、協定を締結するまでには至ら なかった企業も多数存在した。その結果、自動車メーカーが部品を輸入すると、新工業アセンブリ措置が適用されるために関税はゼロになる。一方、新工業アセンブリ措置が適用されない部品メーカーがその構成部品を輸入すると、関税を支払う必要がある。つまり、自動車メーカーが部品メーカーから完成品を輸入すれば関税がゼロになるが、部品メーカーが現地生産を行うために構成部品を輸入すると関税を支払わなければならず、現地生産の方が部品の価格がかえって高くなるのである。従って、部品メーカーはロシアで現地生産せずに、輸入する方が有利になる。

5. WTO加盟の問題とその影響

さらに、ロシアの世界貿易機関(WTO)への加盟が部品サプライヤーの現地進出促進の妨げとなっている。ロシア政府はWTO加盟交渉の結果、現地調達義務を緩和し、部品・原材料の輸入関税率の減免期間を短縮することを約束。「現地生産の諸経費」に現地生産のための光熱費や人件費、税金、CMなどの販売促進費なども含め、実際の部品の現地調達率については、旧工業アセンブリ措置のそれよりも5%引き上げ35%とするという要求を受け入れた。その結果、関税の減免期間は短縮され、部品の現地調達率は新工業アセンブリ措置の60%から35%に引き下げられた。乗用車(新車)の輸入関税率はWTO加盟直後に30%から25%に引き下げられ、移行期間の7年を経て、最終的には 15%にまで引き下げられることになっている。輸入関税率が15%にまで引き下げられれば、ロシアで見られる傾向である多品種少量販売に対応しやすい輸入車の優位性がさらに強まり、外資系メーカーの現地工場は苦戦を強いられることになるとの指摘もある5

コンサルティング会社のローランド・ベルガーによると、ロシア政府がこのまま何ら対策を講じなければ、ロシアにおいてサプライヤーの現地化が進まず、現地調達率も増加せず、自動車産業は空洞化する危険にさらされる可能性がある。その理由は、政令166号による現地生産を行うメーカーへの優遇措置期間が短縮化され、ロシアのWTO加盟による輸入関税の減少などにより、ロシアで現地生産することの優位性が失われるためである6

このように分析されるのは、以下の理由による。2013年の段階で、乗用車の輸入関税は25%(スポーツ用多目的車(SUV)は23%)で、現地生産の場 合、政令166号により、関税は0~1%に減免されていたため、その差は25%であった。ところが、ロシアのWTO加盟により、2020年には乗用車の輸 入関税は13~15%(SUVは12~15%)、現地生産は政令166号の減免期間終了のため、7%になる。輸入と現地生産の差は8%である。わずか8% の差であれば、ロシアでサプライヤーを現地化して現地調達率を増加させるよりも、関税を支払ってロシアへの輸出を選ぶ自動車メーカーが増加することが予測 されるからである。


5 坂口泉「ロシアの自動車産業の近代化」(溝端佐登史編著(2013年)『ロシア近代化の政治経済学』9章217ページ)
6 Russia at the crossroads:Roland Berger(2014)

おわりに

ロシア自動車産業では工業アセンブリ措置によって、外資企業の参入は進んだが、裾野産業の発展や国際競争力の強化につながっていない。ロシア政府には、自動車産業の裾野産業を育成するために、2018年以降を見据えた一貫性のある政策が求 められる。特に、ロシアにおける二次、三次サプライヤーシステムの国産化のために掛かる技術提携費に対する経済的な支援や、エンジニアを含む人材育成などの政策を講じる必要がある。さらに、関税の引き下げ、土地優遇、ガス・電気、税制などのビジネス環境の整備、外国の大手メーカーと部品企業とのマッチング、商談会の実施など、ロシア政府による支援が望まれよう。

付記:本稿は「ロシア自動車産業政策と自動車部品サプライチェーンの現状と課題」(富山栄子):ERINA REPORT, AUGUST 2015, No.125, 35~46ページに加筆・修正したものである。

[執筆者]富山 栄子(事業創造大学院大学教授)

※この記事は、2015年12月8日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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