ロシア進出と現地での事業活動における経営課題(1)進出形態-菅原 信夫

ロシア国旗

概要

日本企業がロシアに進出する際に直面する進出形態について、筆者がアドバイザーとして扱ったケースを中心に検討する。膨大な行政手続きや国際的緊張に伴う労働許可などの規制強化などを考えれば、計画通りビジネスを進めるには、駐在員事務所の開設より、ロシア法によって守られる現地法人の方が望ましいだろう。

はじめに

簡単な自己紹介からリポートを始めさせていただきたい。筆者はモスクワで、日本企業のロシア進出を支援するビジネスアドバイザリー業務を2005年ごろから手掛けている。日本企業がロシア市場に目を向けて本格的に進出を考えるようになったのは、石油価格が値上がりし始めた2003年あたりからだが、市場調査などを細々と行っていた当社にもロシア進出を支援する話が幾つか舞い込み、2005年ごろからは、この仕事を主たる業務としている。

今回から4回にわたり、筆者がアドバイザーとして扱ったケースを中心に、ロシア進出とその後の現地での事業活動における経営課題を紹介し、ロシア進出を考えている企業の参考に供したいと思う。1回目の本稿では、特に小規模の企業がロシアに進出する際に迷うことが多いと思われる進出形態について、駐在員事務所、現地法人という代表的な形態を例に取り、考えてみたい。

モスクワでは、各国に進出した日本企業による「日本商工会」の役割を「ジャパンクラブ」という組織が担っている。登録上の本拠地は東京にあり、国内法によるNPO(特定非営利活動法人)として登録されている。ロシアでは日本のNPO法人のモスクワ駐在員事務所というステータスで事務所が登録されている。

ロシアにおける駐在員事務所というステータスは、その収入が東京本社からの送金に限定される。従って、東京にメンバーを持たないジャパンクラブにおいては、在 モスクワメンバー企業からの年会費を東京の口座に集め、これをモスクワに送金し、それを活動資金とする。駐在員事務所ステータスの場合、モスクワでの収入を伴う諸活動は営利行為と考えられており、法的に禁止されているため、ジャパンクラブは他国にある「日本商工会」が行っている営利行為ができない。これは商工会活動において大きな障壁であり、収入が会費のみに限定されるため、会費が高額になるという問題がある。

香港などアジアにある商工会には、和食レストランを経営しているケースが複数ある。モスクワ・ジャパンクラブにとってこれは夢のまた夢としても、ジャパンクラブでロシアの税理士、弁護士と団体契約を行い、メンバー各社に紹介し、格安な固定料金で利用してもらうなどというメンバー支援活動もできない上、有料セミナーのような啓蒙(けいもう)活動も税務上は営利活動とみられるため、実現不可能である。

 「ジャパンクラブ」という公的な組織を例に挙げて話をしたが、営利行為と非営利行為の線引きは、企業でもよく問題になる。収入のあるなしだけではなく、駐在員事務所による活動が直接、商行為の引き金になるかどうかも判定に使われる。例えば、駐在員事務所がロシアの広告代理店に同社の広告を発注し、その広告の効果として販売量が増加したというようなケースである。ロシアにおいて日本企業は多くの場合、販売については現地販売代理店経由とし、広告はその代理店が発注すると思われがちだが、契約上、販売支援活動は日本企業側の経費で行われる仕事とされ、駐在員事務所を通して広告が発注されることも多い。

従来は、駐在員事務所の活動に対する税務署の監視もそれほど厳しくなく、欧米系企業の駐在員事務所では、販売行為と断定できるような活動も見ることができた。しかし、2015年1月より、駐在員事務所の登録申請、閉鎖申請など一連の管理業務が税務署に一本化され、それとともに駐在員事務所活動の適正確認も厳格化された。

最近、当社のクライアントが駐 在員事務所を閉鎖することとなり、税務署に事務所閉鎖申請を提出した。一定の時間を経て、銀行口座経由の資金の動きも止まったところで口座を閉鎖し、最終的な決算書を提出したが、税務署は、口座閉鎖前3カ月の帳簿を要求。そして、この帳簿にある資金の動きを詳しく問い合わせてきた。ここで、先ほど挙げた広告代理店への広告代金の支払いなどが問題になる。もっとも、今回の場合、問題が指摘されても追加徴税の対象になるというだけの話であって、閉鎖事務に影響することではない。しかし、これが活動期中の適正確認で問題になると、事務所ステータスの維持存続が危なくなることもあるため注意が必要だ。

当社のクライアントの場合、駐在員事務所の閉鎖申請を提出してから、文書による質問状が数回届き、そのたびに説明書を提出。結局、税務署との事務的手続きに4カ月を費やした。さらに、税務署からの閉鎖確認書をもって関係する役所にそれぞれ登録抹消の作業を行うため、事務所閉鎖作業にはほぼ6カ月という長い期間を要することになる。この国の行政は、ある意味で非常に厳密な連関が図られていて、その連関表に基づいて申請者が一つ一つ処理していくため、膨大な労力と時間がかかる。駐在員事務所は設立が簡単だと喜んでいると、最後にとんでもないことになる。

らに、2016年1月から、外国人の労働許可制度が大きく変更され、労働許可を当局に申請するに当たり、新しい要件が追加された。特に問題視されるのは、労働許可取得に際し要求されるロシア語総 合力試験の合格証である。2015年12月7日に発表された日本経済団体連合会(経団連)日本ロシア経済委員会による「日ロ経済関係の基本的な考え方」によると、本件について次のように記載されている。

「その一方で、2015年1月より、HQS(高度な専門性を有する専門家)以外の駐在員の労働許可取得にロシア語による、ロシア社会、ロシア史、ロシア法等の試験合格が義務化され、駐在員の交代や増員を検討する企業にとって負担が増大している。人の移動の自由を通じた経済関係の拡充に向けて、両国政府は査証の相互免除を目指すとともに、駐在員の出入国・就労に係る手続きを緩和すべきである。」

労働許可取得の条件や現在の状況については、稿をあらためて説明するが、過去との大きな違いは、上記の経団連の文章にもあるように、労働許可が現地法人の駐 在員や現地雇用者だけでなく、駐在員事務所の駐在員にも必要になった、言葉を変えると、ロシアに駐在する全駐在員(高度熟練度専門家[HQSステータス]を除く)が労働許可を取得する義務が法律で規定された、ということだろう。

ロシアがなぜ今の時期に外国人労働者の管理を厳しくするのかという点について、これまで多くの議論があった。しかし、どの説においても触れられているのは、独立国家共同体(CIS)諸国からの移民の無制限な流入から国土を防衛する必要性である。移民への労働許可管理が強化される2015年1月1日を前にして祖国に帰国したCIS諸国からの移民は27万人を数えたという。2016年1月1日以降は入国後、雇用主の協力の下で登録を行い、ロシア政府の許可を得てから労務に従事することになる(注:関税同盟加盟国からの移民労働者には、労働許可制度というシステムとは別の登録制度が適用される)。

今次のロシア・トルコ紛争において、ロシアはトルコに対する第1次経済制裁パッケージにトルコ人への労働許可証発行の一時停止という措置を含めた。このため、ロシア国内でプロジェクトに従事する9万人ともいわれるトルコ人労働者は、2015年末をもって労働許可を取り消され、帰国せざるを得なくなる。その後、発表は訂正され、下記の英文のように、トルコ企業により、ロシアでのプロジェクトのために採用されたトルコ人が対象となっている。

“b) the prohibition or restriction for organizations under the jurisdiction of the Republic of Turkey on the implementation of (provision) of certain types of work (services) in the territory of the Russian Federation on a list established by the Government of the Russian Federation;”

出所:http://www.zerohedge.com/news/2015-11-28/russia-retaliates-putin-reveals-sanctions-against-turkey

1990年代、建設プロジェクトというとトルコ企業がさらっていくのが当たり前の時代が続いたが、そのころから、トルコの建設会社は現場労働のため多数の自国民をロシアに連れてきていた。減りはしたものの、今でもトルコ企業というと、必ずといってよいほど自国民が大勢働いているというイメージだ。そして、このトルコ人労働者に労働許可が出ないということは、彼らは帰国する以外ないということで、建設スケジュールの順守はおろか、建築物の品質さえ守れなくなる。ロシアはその際に高額の違約金を徴収することにより、トルコを二重に苦しめる意図があると思われる。

ともかく、労働許可は国際紛争の際にも、ロシアにとって武器になることが上述したことからも分かるだろう。ロシアはウクライナ東部紛争から、クリミア、シリア、トルコと紛争を広げ、あらゆる方面であらゆる敵と対峙(たいじ)するハリネズミのような国家になりつつある。そのような中で自国防衛の観点から、労働許可制度は非常に重要になりつつある。

現在の状況を見ていると、外国人労働者への管理はますます強化されていくものと思われる。この場合、駐在員事務所というステータスは、その外国人労働者が直接的に勤務する事務所であり、国と国の対立状況などによっては、閉鎖という事態もあり得ないことではない。事実、英国の公的機関であるブリティッシュ・カウンシルは2007年、ロシア政府から2008年1月までにモスクワとサンクトペテルブルク以外の施設を閉鎖するよう命令を受けた。その理由として、ロシア側は継続的営利活動を確認したからであるとし、英国は「リトビネンコ事件」(英国に亡命していたロシア連邦保安局の元中佐が殺害された事件)の報復と発表している。現在、各国モスクワ駐在員は、トルコ企業の駐在員事務所がどうなるか、関心を持って見守っている。

ロシアへの進出形態については、現在の国際的緊張が継続する限り、駐在員事務所開設は様子見とすべきだろう。その点、現地法人はロシア企業として法律で守られるため、計画通りの進出が可能と思われる。

[執筆者]菅原 信夫(スガハラアソシエーツ代表取締役兼ロシア法人「Business Eurasia」代表取締役)

※この記事は、2016年1月22日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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