法的観点から見た日本・EU間のEPA交渉について-中西優美子

EU

概要

リスボン条約は、日本と欧州連合(EU)の自由貿易協定/経済連携協定(FTA/EPA)交渉に影響を与えている。同条約発効により、知的財産権分野の通商的側面とサービス貿易がEU共通通商政策となり、条約締結に欧州議会の同意が必要となったからである。とりわけEUは米国との協定締結に関して規制する権利を重視しており、このような動きは日本のFTA戦略にも大いに参考となる。

日本と欧州連合(EU)の自由貿易協定/経済連携協定(FTA/EPA)交渉は、2011年3月11日の東日本大震災からおよそ2カ月後、2011年5月28日の第20回EU日定期首脳協議にさかのぼる。同協議の成果である共同プレス声明では、EUから東日本大震災へのお見舞いの言葉が述べられると同時に、絆を深める日本・EU関係を包括的に強化すること、具体的にはFTA締結に向けてのスコーピング作業(交渉範囲の確定作業)を開始することで合意した。

EU・韓国間のFTAは、2007年4月23日にEU理事会がFTAのための交渉を欧州委員会に委任したことにより開始。交渉は約2年半続き、2009年10月15日に締結された。上述した合意は、当時、韓国製品と日本製品が競合する中でEU・韓国間のFTAに基づく関税の優遇措置 を受けた韓国製品に対して、日本製品の輸出が不利になることを恐れ、日本の経済界が同様の協定をEUと締結することを要求していたことを踏まえたものであると捉えられた。

その後、2012年7月、スコーピング作業が首尾よく進み、欧州委員会はEU理事会に対し日本・EU間の交渉のための委任を求めた。第1回の交渉は、2013年4月15~19日までベルギーのブリュッセルで行われ、第2回の交渉は2013年6月24日~7月3日まで東京で 行われた。交渉に当たっては、期限が1年間と設定されていた。1年後、EUは交渉過程を審査し、交渉を続行することを決定。その後、交渉が続けられ、最近では2015年11月30日~12月4日まで第14回会合が東京で開催された。

日本・EU間のEPA交渉を理解する上で重要なポイントとなるのが、リスボン条約である。同条約は、2009年12月1日に発効した。上述したEU・韓国間のFTAは、リスボン条約発効前に締結された。他方、日本とEUの交渉は2011年5月28日、つまりリスボン条約発効後に始まっている。

リスボン条約発効により、共通通商政策が変更された1。新しいEU運営条約207条2に おいては、まず、知的財産権分野の通商的側面およびサービス貿易が共通通商政策の範囲に入ることが明確に規定された。また、対外直接投資の分野において、 EUに新たに権限が付与されることになった。共通通商政策の分野で、EUは排他的権限を付与されている、すなわち、同分野では構成国が権限をEUに既に移譲し、EUのみが条約交渉し、条約を締結することができるという非常に強力な権限がEUに付与されている(EU運営条約3条、2条1項3)。これにより、日本・EU間のEPAでは、投資分野においてもEUが交渉において責任を有することになった。

さらに、EU運営条約207条および同条約218条により、条約締結に当たって欧州議会の同意を必要とするように変更された。つまり、欧州委員会が交渉を終えたとしても、欧州議会が同意しない限り、EUは日本とEPAを締結することができない。加えて、リスボン条約発効により新しく挿入された条文、EU条約 21条に基づき、EUは拘束力のある政治的協定、戦略的パートナーシップ協定を締結することを求めている4。政治的協定とは、民主主義、法の支配、人権と基本的自由の普遍性および不可分性、人間の尊厳の尊重、平等などの原則を基礎とする、共有する価値を確認する協定である。

日本とEUのEPA交渉文書は、環太平洋連携協定(TPP)交渉時と同様に、全く公開されておらず、交渉の場所(東京かブリュッセルか)と日付のみが公表されているにすぎない。これは、EUと米国の環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)とは大きく異なっている。TTIPについては市民団体、欧州議会、各国政府による情報公開への要望が強く、EUのウェブサイトで情報公開が進んでいる。

経済産業省のウェブサイトの情報によると、EU は日本の総輸出入額の10%(中国、米国に続き第3位)を占める重要な貿易相手国であり、投資に関しても、EUは日本にとって米国に次ぐ第2位の投資先である。また、EUは日本への投資国として第1位となっている。日本側の主な関心事項としては、(1)EU市場における鉱工業品の関税撤廃、(2)規制の透明性の確保・運用改善、(3)投資・サービスが挙げられている。他方、EU側の主な関心事項として、(1)自動車、医薬品、医療機器、食品添加物などの非 関税措置、(2)公共調達、(3)EU側から輸出の多い品目の関税撤廃、(4)地理的表示(Geographical Indication:GI)が挙げられている5

EUが求めているGIとは、例えば、カマンベールチーズ(フランス)やパルマハム(イタリア)など、地域で生まれた伝統と特性を有する農林水産物・食品のうち、品質などの特性が産地と結び付いており、その結び付きを特定できるような名称(GI)を知的財産として保護するものである。日本はEUが交渉を進める中で、その保護の重要性を認識し「特定農林水産物などの名称の保護に関する法律(地理的表示法)を2014年6月に成立した。この意味で、既にEUとの交渉が日本および日本法に大きな影響を与えている。

EUは、カナダと包括的な経済・貿易協定(CETA)の交渉を2014年9月に終了し、 現在、TTIPについて米国と交渉中である。他方、日本は、米国、オーストラリア、カナダを含む11カ国とTPPについて2015年10月に大筋合意に 至った。これらのメガFTA交渉は並行して行われ、相互に影響を与えている。特に規定の対象として注目されるのが、EUが新たな権限を付与された対外直接投資である。これらのFTA(案)は、詳細な投資章を協定に含んでいる、あるいは投資が重要な交渉対象となっている。

これまで、投資協定においては途上国に対し先進国が投資する際のルールが決められていた。しかし、上述したメガFTAは先進国同士の交渉であり、これまでの投資協定あるいは FTAの投資章とは異なり、規制する権利(the right to regulate)が重視されている。とりわけEUは市民団体や消費者が、米国と協定を締結することで環境、公衆衛生、公衆道徳、消費者保護、社会的保護、文化の多様性などが悪影響を受けることを恐れ、規制する権利を協定の中に取り入れるよう働きかけを行っている。このような動きは、2000年以降、積極的になってきた日本のFTA戦略にとっても大いに参考となる。


1 中西優美子『EU法』(新世社、2012年)320ページ。
2 EU運営条約207条「1.共通通商政策は、特に関税率の変更、物品およびサービスの貿易に関する関税および貿易協定の締結、知的財産の商業的側面、対外直接投資、…に関して、統一的な諸原則に基礎をおく。…」。
3 EU運営条約2条「1.両条約が特定分野において排他的権限を連合に付与する場合には、連合のみが立法を行い、拘束力ある法行為を採択することができる。…」。
4 中西優美子「EU対外政策における政治原則の発展―EU諸条約の諸改正をてがかりに」安江則子編『EUとグローバル・ガバナンス―国際秩序形成におけるヨーロッパ的価値』(法律文化社、2013年)
5 http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/epa/epa/eu/index.html.

参考文献
Yumiko Nakanishi, “Political Principles in Article 21 TEU and Constitutionalism”, Hitotsubashi Journal of Law and Politics, Vol. 42, 2014.
Yumiko Nakanishi, “Economic Partnership Agreement between Japan and the European Union and Legal Issues-A Focus on Investment-“, Hitotsubashi Journal of Law and Politics, Vol. 44, 2016.

[執筆者]中西 優美子(一橋大学大学院法学研究科教授)

※この記事は、2016年2月3日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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