
概要
ユーロ圏メガバンクの国際化戦略の違いは、金融危機以降の各社の収益性に大きな相違をもたらしている。本稿では、ドイツ銀行(ドイツ)、BNPパリ バ(フランス)、バンコ・サンタンデール(スペイン)、ウニクレディト(イタリア)の収益構造および地域別収益構造の比較から、各社の戦略の違いを3回にわたって明らかにしていく。この結果は、ユーロ圏メガバンクが「国内回帰」ではなく、むしろ欧州外の市場、特に新興諸国市場の開拓を模索する可能性を示唆している。
3.ユーロ圏メガバンクの地域別収益の動向
前回の「金融危機後のユーロ圏メガバンクの国際化戦略(2)」(2016年3月16日付掲載)で は、ドイツ銀行(ドイツ)、BNPパリバ(フランス)、バンコ・サンタンデール(スペイン)、ウニクレディト(イタリア)各行の収益構造と費用構造を確認し、今後、ユーロ圏メガバンクの利益が回復する可能性について論じた。しかし、ユーロ圏メガバンクの今後の経営戦略、特に国際化戦略を考える上で、各行の地域別収益の違いについて留意する必要がある。
2008年のリーマンショックおよび2010年以降の欧州ソブリン危機の影響により、欧州の銀行が反グローバル化を進めるとの言説が広がった。例えば、2012年初めにウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)日本版は次のように報じている。「2012年の金融市場は二つの相反する勢力の対立によって覆われることがすでに明確になっている。/一つは欧州首脳が『これまで以上に強固な通貨統合』の経過が軌道にあると世界各国に説得しているところの金融システムの遠心力すなわち国際化であり、もう一つは各国間の亀裂をもたらす国内限定化への求心力だ」1。危機以降、EUは銀行同盟の創設をはじめとするさまざまな対策を講じ「真の経済通貨同盟(EMU)」に向けて歩みを進めている2。では、この経営環境の変化に対して、ユーロ圏メガバンクは「国際化」か「国内限定化」か、どちらの道に進もうとしているのだろうか。
1 WSJ日本版(2012年1月10日付)
2 「姿を現した欧州銀行同盟-ユーロを支える新しい金融規制監督制度」(2013年8月5日付掲載)を参照。
(1)ドイツ銀行
ドイツ銀行でまず目立つのは、2008年の「欧州(ドイツを除く)」と「米州」の落ち込みである(図11参照)。言うまでもなく、これはリーマンショックの影響である。また「欧州(ドイツを除く)」でも大きな落ち込みを見せたのは、2006~2007年にはこの項目の60%程度を支えていた英国からの収益が、2008年にマイナスになったためである。
次に特徴的 なのは「国内(ドイツ)」の収益がドイツ銀行を支えていることである。これは、純利息収益の増加と同じく、ドイツ国内での銀行買収、特に2010年のドイツ・ポストバンクの買収(財務諸表への反映は2011年)による影響である。これにより、ドイツ銀行による国内での収益は2006年の25.6%から 2014年には33.9%と約8%上昇した)。
この点に関し、ドイツ銀行が「国内回帰」しているようにも見えるが、ドイツ銀行の収益は 「米州」の収益回復にも支えられており「欧州(ドイツを除く)」の収益も2010年以降は30%前後と無視できないほど大きい。ドイツ国内での収益も低下傾向にあることから、今後、ドイツ銀行の国内収益が海外収益に比べて大幅に増加するとは考えにくい。ドイツ銀行の「国内回帰」とは、海外収益が70%程度 から60%程度へと低下するという、相対的な国内収益の重要性の高まりにすぎないのである。さらに、ドイツ銀行は2015年に打ち出した「ストラテジー2020」において、ドイツ・ポストバンクを売却する方針を公表した。
注1 ドイツ銀行の地域別収益は「金利収益」と「非金利収益」の合計から成る。ただし、地域をまたがって機能する「Corporate Investment」や「Consolidation & Adjustments」などを除いている。
注2 「欧州」は「Europe,Middle East and Africa」であるが、ほぼ欧州からの収益であると考えられるため、単純に「欧州」と記載している。
出所:ドイツ銀行のアニュアルレポートを基に筆者作成
(2)BNPパリバ
BNPパリバの収益のほとんどは、欧州(「国内(フランス)」と「欧州 (フランスを除く)」で占められており、2006~2014年の間に一貫して全体の75%以上を占めている。特に、2008~2009年の「欧州(フランスを除く)」の額は2倍になったが、これは2008年にBNPパリバがフォルティスを買収したことによる。これに伴い「欧州(フランスを除く)」の割合は、2007~2008年に30.9%から42.3%へと大幅に拡大した。これに対し、2006~2012年には「国内(フランス)」が全体に占める割合は48.9%から32.2%へと約17%縮小した3(図12参照)。フランスの総収益の伸び悩みは、停滞する欧州経済への依存による影響が大きいためと考えられる。
3 ただし、2013年以降、区分がフランスを含めて「欧州」とされたため「国内(フランス)」の収益が分類できなくなった。
注1 BNPパリバの地域別収益は「Net interest income」「Net commission income」「Net gain」「Net income from other activities」の合計である。
注2 「米州」のうち中南米は2012年以降差し引かれ「Other country」に含まれるようになったため、その分「米州」の数値が小さくなっている。
出所:BNPパリバのアニュアルレポートを基に筆者作成
(3)バンコ・サンタンデール
次に、バンコ・サンタンデールの地域別収益を見ていこう。極めて特徴的なのは「米州」の急激な増加である。しかも、ドイツ銀行とは異なり、2008年には落ち込むどころか上昇傾向を示している。これは「米州」のほとんどが中南米諸国の収益であるためである。これに対し「国内(スペイン)」の収益は安定しており、「欧州(スペインを除く)」の収益は2010年以降減少傾向にある。このような収益の変化を反映し、バンコ・サンタンデールの地域別収益比率は大きく変化した(図13参照)。「国内(スペイン)」の比率は 2006年の28.8%からさらに減少し、2014年には14.8%へとほぼ半減した。これに対し「米州」の占める割合は、2006年の34.9%から2014年には61.6%へと急拡大した。比較的安定したバンコ・サンタンデールの経営状況は、中南米依存の収益構造への転換によって支えられてきたのである。しかし、2012年以降、バンコ・サンタンデールの主要進出国であるブラジルの景気低迷により「米州」の収益は減少している。バンコ・サンタンデールはここ数年、ブラジルでの貸し出しを制限し始めている4。
4 WSJ, UniCredit, Banco Santander and Standard Chartered Bank: Three Banks That Can’t Get A Break, 7 January 2016
注1 バンコ・サンタンデールの地域別収益は、純収益から営業費用を除いた額である。
注2 「国内(スペイン)」は「Santander Branch Network」と「Banesto」の合計として計算している。また「Santander Consumer」には一部スペインが含まれるが「欧州(スペインを除く)」として計算した。
出所:
バンコ・サンタンデールのアニュアルレポートを基に筆者作成
(4)ウニクレディト
ウニクレディトの地域別収益構造は極端に欧州に依存する傾向にあり、本国である「国内(イタリア)」と「欧州(イタリアを除く)」によって一貫して97%以上を占めている(図14参照)。ウニクレディトは「欧州(イタリアを除く)」の内訳を詳細に提示している(図15参照)。これを見ると、ウニクレディトの欧州での収益の大半は「中東欧」により占められていることが分かる。さらに、欧州のどの地域でも収益が悪化している。このように、ウニクレディトが他のユーロ圏メガバンクよりも収益を悪化させた理由は、停滞傾向にある欧州市場への依存度が、BNPパリバ以上に大きかったことにある。
注 ウニクレディトの地域別収益は「純利息収益」「純手数料収益」「その他収益」から成る。
出所:ウニクレディトのアニュアルレポートを基に筆者作成
出所:ウニクレディトのアニュアルレポートを基に筆者作成
おわりに-ユーロ圏メガバンクの国際化動向
以上、3回にわたって、ユーロ圏メガバンクの中から ドイツ銀行(ドイツ)、BNPパリバ(フランス)、バンコ・サンタンデール(スペイン)、ウニクレディト(イタリア)の4行の収益構造や地域別収益構造を比較してきた。ユーロ圏メガバンクの地域別収益セグメントは、ユーロ圏メガバンクの国際化の方向性によって、金融危機以降の収益が決定付けられたことを示 している。
ドイツ銀行は米英へ進出し、投資銀行業務により収益を上げてきた。2008年のリーマンショックが大きな損失をもたらしたものの、その後の回復も米英での収益回復に支えられている。ドイツ銀行の国内回帰は部分的なものにとどまっており、むしろドイツ・ポストバンクの売却を決めるなど、国内業務の効率化を図る方向に向かっている。
BNPパリバとウニクレディトは、収益の大部分を自国を含む欧州諸国に依存している。 特にウニクレディトは、欧州債務危機の影響を直接受けたイタリアの銀行であり、他のユーロ圏メガバンクに比べて収益を大幅に悪化させている。これに対し、バンコ・サンタンデールは、米英における投資銀行業務や停滞する欧州経済にはほとんど依存しておらず、そのような影響が非常に小さい中南米のリテール市場で安定した収益を上げてきた。ただし、バンコ・サンタンデールの主要進出先であるブラジルの経済の停滞により、中南米の収益は悪化しており、今後もこの傾向が続く恐れがある。
以上のように、ユーロ圏メガバンクの収益状況は、金融危機前にそれらの銀行が選択した国際化戦略の方向性によって大きく異なっている。今後、ユーロ圏メガバンクは収益の悪化に対応するために新たな戦略を練る必要があるだろう。一部の論者は「国内回帰」の戦略を主張するが、国内の収益が芳しくないことに鑑みれば、むしろユーロ圏メガバンクは欧州外の市場も視野に入れながら、新興諸国市場の開拓を模索すると予想される。
[執筆者]蓮見 雄(立正大学経済学部教授)、石田 周(立教大学大学院博士後期課程)
※この記事は、2016年3月28日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205