危機下のロシアにおける日系企業のリスクとチャンス

ロシア国旗

概要

ロシア経済悪化により、現地日系企業の景況感はリーマンショック後の2009年後半の水準まで落ち込んでおり、一部撤退も見られた。他方、厳しい事業環境の中、農業、医療、都市環境など日本企業のノウハウや技術を生かせる分野でのビジネス案件が生まれている。今やロシアの投資環境におけるリスクは、不安定な為替動向、同じく不安定な政治・社会情勢であり、中長期的な事業計画を立てるのを困難にしている。そのような中、ロシアは引き続き投資環境の改善に取り組んでおり、近年、世界銀行のビジネス環境ランキングでも順位を大幅に上げている。また、ロシア 側のアプローチや体制も以前と比べると改善している。

景況感は悪化、農業、医療など新分野でビジネス形成

2015年のロシアの経済成長率はマイナス 3.7%と、2008年秋のリーマンショック後の2009年以来となるマイナス成長を記録した。企業による投資活動が落ち込んだことに加え、これまで経済のけん引役を果たしてきた個人消費も1割を超える下落率を記録したためだ。2014年8月から発動した欧米などからの食品禁輸措置、同年11月以降の原油 価格急落を受けたルーブル安などにより、2015年に入り物価が急上昇し、実質所得の下落が個人消費に悪影響をもたらした。

2015年の 日本・ロシア間の貿易額を日本側の統計(円建て)で見ると、輸出が前年比36.4%減、輸入が同27.3%減となった。輸出は主要品目である乗用車が半減、自動車部品、産業機械、タイヤなども軒並み減少した。輸入の減少については、資源価格下落の影響が大きい。最大のシェアを占める原油・粗油は数量ベースで同5.3%増となったが、金額ベースでは同35.4%減となった。

日本貿易振興機構(ジェトロ)がロシア進出日系企業に対して年に数回実施している「在ロシア日系企業景況感調査」によると、2015年9月時点の景況DI(注)は マイナス35と、2010年以降で最も低い数値となった(図1)。現地での自動車販売の減少に伴う自動車および同部品生産に影響が出ている他、国内購買力 の落ち込みやルーブル安による利益率低下が背景だ。2016年1月の景況DIはマイナス27と幾分持ち直したが、取引先の資金繰りが悪化している他、同年の連邦政府予算削減により公共案件の受注機会も減る見通しで、引き続き厳しい情勢にある。

ジェトロが2013年から年に1度行っている 「ロシア進出日系企業実態調査」では、2015年度調査(2015年10~11月実施)で初めて、今後1~2年で事業を「拡大」すると回答した比率が5割 を切った(図2)。他地域の調査と比較すると、マレーシア

図1 自社の景況DIと2カ月後の景況見通しDIの推移

図1 自社の景況DIと2カ月後の景況見通しDIの推移


回答数全体に占める「良い」の回答比率から、「悪い」の回答比率を差し引いたもの。

出所:ジェトロ「在ロシア日系企業景況感調査」(2016年1月)

図2 今後1~2年の事業展開の方向性

図2 今後1~2年の事業展開の方向性

出所:ジェトロ「ロシア進出日系企業実態調査」各年版

(44.6%)、タイ(49.0%)、チリ(45.9%)、アルゼンチン(45.2%)、南アフ リカ共和国(45.8%)とほぼ同水準だ。日系企業の中には撤退する事例も出たが、いずれも経済・事業環境の悪化が背景にある。

他方、2015年の日本からロシアへの直接投資額(フロー、日銀統計)は前年比45.2%増の440億円と、ピークの2012年(607億円)に及ばない水準ながら2014年から持ち直した。厳しい経済環境の中でも進出案件が見られた。2013年4月にウリヤノフスクに乗用車用ラジアルタイヤ工場の建設を発表したブリヂストンは、2014年から建設を開始し、2016年半ばに開設の見込みだ。また、マツダは2015年9月、現地提携先と、現在のウラジオストクで の自動車組み立てに加え、エンジン工場設立に向けた検討開始に関する覚書を締結した。

自動車分野以外でも、2013年4月の安倍首相のロシア訪問を機に対話が進んだ農業、医療、都市環境分野で実を結びつつある。日揮は現地企業と合弁で、ハバロフスクで温室を建設、2016年3月からキュウ リの出荷を始めた。この他、東芝メディカルシステムズとメディカルエクセレンスジャパンは2015年9月、モスクワに循環器病画像診断技術育成センターを 開設した。飯田グループホールディングスは2014年に沿海地方の現地木材関連会社と合弁企業を設立した他、2016年初めに同社に資本参加した。今後現 地で木材を加工し、住宅も供給する考えだ。

2.不安定な為替動向・政治情勢の中、投資環境は着実に改善

ここ1~2年でロシアの投資環境におけるリスクとして「不安定な為替」が最大の要素となった。「ロシア進出日系企業実態調査」(2015年度)によると、84.8%の企業がこれを指摘した(図3)。2013年度の調査では48.4%であったが、その後のルーブル安で大きなリスク要素として位置付けられるようになった。2番目に挙がった 「不安定な政治・社会情勢」も2013年と比べて上昇したリスク要素だ(2014年度:37.1%→2015年度:69.6%)。為替とそれに伴う市場価 格、需要の変動が中期的な事業計画を困難にしており、回答企業からは、不況が今後数年続く場合、方針転換(事業縮小、投資凍結)を含め慎重な判断が必要になるとの指摘があった。

また、ウクライナ情勢をめぐる西側諸国との対立から、欧米産食品の禁輸措置導入や外国製品に頼らない輸入代替政策の推進を始めるなど、ロシアが「内向き」になっていることが懸念される。「ロシア進出日系企業実態調査」(2015年度)によると、現地生産企業は売り上げ増加につながったとの回答もあったが、非製造業企業は、国産品への転換による売り上げ減少、地場企業との競争激化の影響があったようだ。このような直接的な影響だけでなく「内向き」な政策はロシア経済にゆがみをもたらし、潜在成長力を損なう恐れがある。ある日系企業は、品質があまり良いとはいえない低価格の現地品優遇策の動きが、今後の現地展開や投資検討の障壁になると危惧し

図3 投資環境面でのリスク(複数回答)

図3 投資環境面でのリスク(複数回答)

出所:ジェトロ「ロシア進出日系企業実態調査」(2015年度)

ている。


 他方、全般的な投資環境は改善している。世界銀行が取りまとめる投資環境ランキング「Doing Business」2016年版(2015年11月発表)で189カ国・地域中、ロシアは51位となった。5年ほど前までの順位は100位以下だったことを考えると、大幅な改善だ。分野別に見ると、通関では170位と課題が残る分野もあるが、日系企業の中には、51位という順位を「一般的な国の投資環境になった」と評価する向きもある。

ここ数年は経済の落ち込みやルーブルの大幅下落で事業環境は悪化しているものの、過去10年程度の期間で見れば、インフラが整った工業団地がモスクワ、サンクトペテルブルク周辺だけでなく主要工業都市に整備されており、一部の日系企業も入居している。また、 自治体の多くには企業誘致のための開発公社が置かれ、英語による情報量も増えてきた。加えて、連邦政府・各地方政府関係者が足しげく日本を訪問し、投資環境をアピールするようになり、ロシアとの距離感は縮まっているといえよう。

[執筆者]浅元 薫哉(日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部欧州ロシアCIS課課長代理)

※この記事は、2016年4月5日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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