サンクトペテルブルクにおける日系企業のビジネスの現状と今後の可能性-宮川 嵩浩

ロシア国旗

概要

北のベネチアとも称されるロシア第2の都市、サンクトペテルブルク。この地には、日系企業を含む外資系企業が集まり、今や自動車産業の集積地かつ物流の拠点となっている。加えて、上下水道分野、小売・サービス業など、新たなビジネスの可能性が広がり始めており、モスクワと並ぶ注目の市場である。

ロシア北西部、フィンランド湾に面した場所に位置する、ロシア第2の都市サンクトペテルブルク。都市別人口規模ではモスクワ、ロンドンに次ぎ欧州第3位の約523万人(2016年1月1日時点)。北緯は60度で、人口が100万人を超える都市としては世界で最も北に位置する。

街中には多くの運河が敷かれていることから、北のベネチアとも呼ばれる。エルミタージュ美術館をはじめ、18世紀に栄華を極めたロシア帝国時代の芸術や文化が至る所に残っており、夏の観光シーズンを中心に年間650万人の観光客が国内外から訪れる。サンクトペテルブルク=ロシア文化の首都、観光都市というイメージをお持ちの方も多いのではないだろうか。

ただ、実際にはそれだけではない。港に近くロジスティクス上の利便性が高い生産拠点として、あるいはモスクワ周辺に次ぐ市場規模のマーケットとして、日系企業を含む外資系企業がビジネスを展開している都市でもある。サンクトペテルブルク市の域内総生産(GRP)(2014年)はロシアの連邦構成主体別で第4位で、主要産業は卸売・小売業や製造業、不動産業、輸送・通信業。中でも卸売・小売業および製造業が占める割合は対GRP比でそれぞれ21.5%、19.9%となっている。また、サンクトペテルブルクを州都とするレニングラード州における主要産業は製造業や輸送・通信業、卸売・小売業で、製造業が占める割合は対GRP比で27.2%となっている(下表参照)。

【サンクトペテルブルク市・レニングラード州概観】

【サンクトペテルブルク市・レニングラード州概観】

出所:連邦国家統計局の統計に基づき日本貿易振興機構(ジェトロ)作成

サンクトペテルブルクへの日系企業進出動向

サンクトペテルブルク市およびレニングラード州に拠点を有する日系企業から構成されるサンクトペテルブルク日本商工会(事務局:ジェトロ・サンクトペテルブルク事務所)の会員企業数は58社・団体(2016年9月末時点)。会員企業の主な業種は、自動車・自動車部品や物流の他、電気・精密機器、商社、金融・保険などである。中でも自動車・自動車部品関連では、トヨタ自動車、日産自動車、トヨタ紡織、カルソニックカンセイ、セヴェルスタリ・SMC・フセボロシュスク(三井物産・セヴェルスタリ合弁、鋼材加工)などが生産拠点を有する。また、JTI(たばこ)や東芝パワーマシーン変圧器社(東芝・パワーマシーン合弁、電力用変圧器)も生産を行っている。
 サンクトペテルブルクに対する日系企業の主な見方として「自動車産業の集積地」および「物流の拠点」の二つが挙げられる。
まず「自動車産業の集積地」という見方についてである。サンクトペテルブルク市(トヨタ自動車、日産自動車、現代自動車)およびレニングラード州(フォード)における乗用車生産台数(2015年)は32万台で、ロシア全体の26.2%を占める。地域別生産台数(2015年)では、ロシアの自動車最大手アフトワズの工場があるサマラ州の39万台に続いて2番目に多い。サンクトペテルブルク市およびレニングラード州には外資系自動車メーカーの進出に合わせて外資系自動車部品メーカーの進出も進んでおり、その数は約25社。例えば現代自動車の場合、同社の工場が立地するサンクトペテルブルク周辺に系列のサプライヤー約10社が進出している。
 自動車専門調査会社アフトスタトによると、在サンクトペテルブルクのメーカー別乗用車生産台数(2015年)は、現代自動車が22万9500台、日産自動車が約3万3600台、トヨタ自動車が3万2882台。同年3月にロシア事業の見直しを発表したゼネラルモーターズ(GM)は、同年7月に同工場の稼働を停止している。なお、トヨタ自動車は工場の生産能力を現行の5万台程度から10万台程度に増強、2016年8月からRAV4の生産を開始している。
 2015年のロシアの新車(乗用車および小型商用車(LCV))販売台数は前年比35.7%減の160万台、乗用車生産台数は同27.1%減の121万台と、販売・生産ともに厳しい状況が続いている。加えて、昨今の通貨ルーブル安などを背景に、以前にも増して、自動車メーカーおよび部品メーカーにとってコスト面を含めた生産体制の最適化の観点から、現地調達率向上が課題となっている。
 続いて「物流の拠点」という見方についてである。現在、モスクワやサンクトペテルブルクなどロシア西部でビジネスを展開する日系企業の多くがサンクトペテルブルク市あるいはレニングラード州の港経由で貨物を輸入している。サンクトペテルブルクには、ロシア海港におけるコンテナ貨物取扱量第1位のサンクトペテルブルク港、レニングラード州には貨物取扱量第2位のウスチ・ルーガ港の他、ヴィボルグ港、ヴィソーツク港、プリモルスク港がある。前述の港は2015年のロシア海港の貨物取扱量全体の約3分の1(2億1803万トン)、コンテナ貨物取扱量全体の約45%(180万TEU・20フィートコンテナ換算)を占めるなど、ロシアの物流における重要拠点となっている。日系企業では、伊勢湾海運、近鉄エクスプレス、東洋トランス、日本通運、郵船ロジスティクス、バンテックなどがサンクトペテルブルク市およびレニングラード州に拠点を設置している。
 急速な通貨ルーブル安を背景に輸出貨物増加、輸入貨物減少の状況が進行する中、例えば、主な輸出品である石油製品取扱量がサンクトペテルブルク港で大幅に減少する一方、ウスチ・ルーガ港やプリモルスク港で増加している。一方、これまでウスチ・ルーガ港経由で輸入されていたコンテナ貨物や完成車がサンクトペテルブルク港経由での輸入に集約されるなど、前述の港では主要取扱貨物の差異化が図られつつある。
 このような状況下において、2016年1月末には、サンクトペテルブルク市西部で2011年から建設が進められていた深水港・ブロンカ港のコンテナターミナルが営業を開始。貨物取扱量が減少傾向にある中で、サンクトペテルブルク周辺の港の勢力図にさらに変化が生じることが予想される。

新たな分野でのビジネス展開の可能性

前述のように「自動車産業の集積地」および「物流の拠点」という見方から、サンクトペテルブルク市およびレニングラード州では自動車産業や物流に関連するビジネスを展開する日系企業が多い現状ではあるが、近年、新たな分野で日系企業がビジネスを展開する事例も出てきている。ここからは、日系企業のビジネス展開事例やサンクトペテルブルク市政府、レニングラード州政府関係者との意見交換の内容なども踏まえつつ、新たな分野でのビジネス展開の可能性について考えていく。
 まず、上下水道分野におけるビジネス展開の可能性についてである。2015年には、積水化学工業の管路更生技術がサンクトペテルブルク上下水道公社に採用された。また同年11月には、大阪市建設局、大阪市水道局とサンクトペテルブルク市エネルギーインフラ整備委員会およびサンクトペテルブルク上下水道公社の4者が上下水道分野における技術交流についての覚書を締結、同分野での協力関係を強化する方向性で動いている。サンクトペテルブルク市政府も日本との協力関心分野として、この上下水道分野を優先項目の一つとして挙げている。
 サンクトペテルブルクでは、上下水道行政はサンクトペテルブルク市エネルギーインフラ整備委員会が、実際の上下水道事業の運営は同市傘下のサンクトペテルブルク上下水道公社が担当している。サンクトペテルブルク上下水道公社は、サービス提供人口では国内2番目の規模。下水道普及率は98.5%とロシア全体の平均を上回っている他、国内で唯一、下水汚泥の全量焼却処理を行っている。また、サンクトペテルブルクはフィンランド湾に面していることから、国内ではいち早く1990年代からバルト海地域の海洋環境の保護に関する条約(ヘルシンキ条約)の基準を順守すべく、下水道分野を中心に周辺諸国との協力を進展させてきた。外国企業(主に欧州企業)とのビジネス経験が豊富で、水分野でロシア初の官民パートナーシップ(PPP)を活用した南西下水処理場建設をはじめ、各種機器設備・焼却炉の導入実績がある。
 このように、サンクトペテルブルク上下水道公社はロシア国内でも下水道分野を中心に先進的な取り組みを行っている一方で、汚泥焼却灰の有効活用、リン除去対策、消毒対策、下水道管渠(かんきょ)の老朽化対策、自動水質分析装置の導入などの課題を抱えており、その解決には高い技術が求められる。サンクトペテルブルクを訪れた日本の専門家は「サンクトペテルブルクの上下水道システムの技術レベル、整備レベルは日本と同等であり、日本の大都市と共通する課題が多い。日本の上下水道事業者の持つ経験・技術と課題をマッチングすることで、ビジネスにつなげる余地がありそうだ」という。
 続いて、小売・サービス業における可能性についてである。2015年はサンクトペテルブルクに日本茶専門店・福寿園の欧州初の販売拠点がオープン(4月)、宮城・仙台のラーメン店(サンクトペテルブルク初の本格ラーメン店)がオープン(7月)、ユニクロのサンクトペテルブルク第1号店がオープン(12月)するなど、小売・サービス業での進出事例が目立った。ユニクロは2016年に入ってからも店舗数を増やしており、現時点でサンクトペテルブルク市内に4店舗を展開している。前述の企業関係者に話を聞いたところ、一定の市場規模があること(人口約523万人)、夏の消費が落ち込む時期は観光客需要を見込めること、人件費や賃料といった初期投資費用がモスクワと比べ安価なことなどがサンクトペテルブルクの魅力であるという。最近、サンクトペテルブルク市内にロシア人が経営するたこ焼き屋やたい焼き屋、居酒屋がオープンするなど、これまでにはないユニークな事例も出てきている。
 この他、サービス業という点では、サンクトペテルブルクへの観光客が年々増加傾向にある中、観光関連サービスに対する需要が見込まれる。サンクトペテルブルク市観光発展委員会によると、2015年のサンクトペテルブルクへの観光客は650万人。10年前の2005年比で75.7%増、5年前の2010年比で27.5%増となっている。2015年の観光収入はサンクトペテルブルク市の歳入の10%に達するなど、サンクトペテルブルク市政府も重要な収入源として観光業の発展に力を入れていく方針を打ち出している。なお、2016年にサンクトペテルブルクを訪れる観光客は680万人に達する見込みである。中でもロシア人観光客の増加が見込まれる中、不足しているエコノミークラスのホテル、アミューズメントパークやテーマパークの建設・運営など、観光客を対象とするサービスに需要が出てくるものと思われる。
 ロシアでビジネスというと、首都であり最大のマーケットであるモスクワが注目されがちで、サンクトペテルブルクはまだなじみがない都市かもしれない。しかし、これまで述べてきたように、サンクトペテルブルクでは従来からのビジネスに加え、新たな分野での日系企業の動きも出てくるなど、少しずつではあるがビジネスを展開する日系企業の業種の幅が広がってきている。ロシア第2の都市であるサンクトペテルブルクにもモスクワ同様に新たなビジネスの可能性があるといえよう。

[執筆者]宮川 嵩浩(ジェトロ・サンクトペテルブルク事務所長)

※この記事は、2016年11月17日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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