
概要
近年、ロシアから中国への電力輸出量は著しく増え(年間30億キロワット時(kWh)超)、2015年には中国がフィンランドに続く第2位の輸出先となった。500キロボルト(kV)送電線の建設や25年長期輸出契約が輸出拡大の後押しとなったが、輸出価格を巡る対立も続いている。またロシアは、日本や韓国への電力輸出も検討している。先例としてロシア・中国電力貿易の促進要因と問題点を分析する。
1. ロシア極東から中国東北部への電力輸出が著しく増加
2017年現在、ロシア極東のアムール州から中国東北部黒竜江省へ、アムール川を横断する複数の送電線を通じた電力輸出が行われている。
中国向けの電力輸出は1990年代から行われていたが、2012年以降輸出量が急激に伸びた。2013年以降は年間30億キロワット時(kWh)を超える輸出が続いてきた(図2参照)。2015年の中国向け輸出量は32億9000万kWhであり、フィンランド(同年33億8000万kWh)に続く第2位の輸出先となっ1。

図1:ロシア・中国間送電線ルート

ゼヤ垂直発電所(アムール州)-黒滝江省への500kV送電線
出所:連邦送電会社(Federal Grid Company:FSK)資料を基に筆者作成

図2:ロシアから中国への電力輸出量と輸出価格
出所:ロシア税関統計を基に筆者作成
ロシア極東には、アムール川流域を中心に豊富な水力発電のポテンシャルがあるが、極東地域の人口規模は小さく(全体で約630万人。アムール州人口は約80万人)、電力需要も大きくない。極東地域の発電ポテンシャルを有効活用するには、中国を含む近隣諸国への輸出拡大は魅力的な選択肢である。
一方、輸出先の中国黒竜江省は約3,800万人の人口を抱え、電力需要も大きい(2014年930億kWh)。黒竜江省内は石炭火力発電への依存度が高く、大気汚染も深刻な問題となっている。ロシア極東から電力輸入ができれば、電力の安定供給と同時に地域内の化石燃料依存度を下げることができる。このロシア・中国電力貿易は、双方に便益をもたらす可能性のあるプロジェクトである。
2. 電力輸出の拡大の要因:国策による送電線建設と長期輸出契約
1990年代には、ロシアの対中国電力輸出は110キロボルト(kV)の送電線を通じた小規模なものであった。その後、2006年に220kVの送電線が完成するが、2000年代末までロシアの中国向け輸出量は、最大でも年間数億kWh程度にとどまっている。
しかし2011年12月に、アムール州ゼヤ水力発電所(1,330メガワット(MW))から、アムール変電所(500kV)を通じて、アムール川対岸の黒河市へ続く500kV送電線の建設が完了すると状況が変わる。これが輸出量の大幅な増加を可能にした。
500kV送電線の完成は、対中国輸出を本格的に拡大するロシア側の意思の表明でもある。このロシア領内の510キロメートルに及ぶ送電線は、主にFSKが建設した。同社資料によれば、この送電線建設プロジェクトは総額125億ルーブル(2012年のレートで約4億ドル)とされる。もし何らかの要因で輸出がストップすれば、送電線建設コストの回収は見込めない。企業単体で負うにはリスクが大きいプロジェクトである。
この「ゼヤ水力発電所―アムール変電所―ロシア・中国国境」500kV送電線の建設は、連邦目的プログラム「2013年までの極東・ザバイカル地域の発展」(1996年4月15日付ロシア連邦政府決定No.480)に組み込まれている。連邦目的プログラムとは、国により一定の実施期間、財源、課題を定められた中期計画である。
連邦目的プログラムに組み込まれることで、ロシア・中国国境に至る500kV送電線は、特定の企業のビジネスプロジェクトではなく、極東発展政策の優先課題の一つとして位置付けられた。国家政策である以上、単体の企業判断では撤退を決定できない。
さらに2012年2月に、ロシア極東の電力商社「極東電力会社」(VEK)は中国国家電網(SGCC)と25年間の長期電力輸出契約を結び、25年間(2037年まで)で1,000億kWhの電力供給を行うことで合意した。この契約を履行するには年平均40億kWhの輸出が必要になる。同契約に基づく電力輸出は2012年3月から始まり、輸出量は2012年に26億kWh、2013年には35億kWhに達した
ロシア側はアムール州の主力水力発電所を中国向け送電線とつなぎ、供給の意思を示した。中国側は25年間の長期契約を結ぶことで、一定規模の需要を約束した。これが2012年以降の輸出量の拡大につながった。
3. 安定した電力貿易の阻害要因
しかし、長期契約が前提とする年平均40億kWhの輸出量は、2016年時点でいまだ達成できておらず、輸出量は伸び悩んでいる。その要因には価格レベル、電源の不足が挙げられる。ロシア極東の電力価格に比べて中国の輸入価格が低く、ロシアにとって輸出拡大のインセンティブがない、との指摘がある。上述のVEKとSGCCの長期輸出契約では25年間で1,000億kWhという輸出量だけ設定されている。プレスに公表された情報によれば、価格は輸出先の黒竜江省における卸売電力価格のレベルを考慮して、定期的に見直されることになっている。
2013~2015年に5.1セント/kWhのレベルで推移していた中国向け輸出価格は3、2016年には4.6セント/kWhの水準に低下している(同時期のアムール州の住民向け価格は同約5セント)。それに伴うように、VEKは対中国輸出量を前年同期比17.7%減らし、2016年前半の輸出量は12億1000万kWhにとどまった(2016年7月26日付tayga.info)。その結果、2016年の対中国輸出量は約28億2000万kWh(図2参照)となった。
ロシア・中国電力貿易の歴史を見ると、2007年に1度ロシアから中国への電力輸出は停止している。多くの記事や論文が、輸出停止の要因として輸出価格交渉の決裂を挙げている。今後も中国側の輸入価格が低下すれば、ロシアからの電力輸出の減少につながり、長期契約に定めた25年間で1,000億kWhの電力供給が未達に終わる可能性もある。
また、今後中国向けの輸出を増やすには、活用できる電源が不足することも懸念される。ロシア極東全体で見ると発電所の設備使用率は低く、オーバーキャパシティーの傾向が指摘される。しかし、中国と隣接した地域(極東南部)に関していえば「これ以上輸出量を増やす余力はない」との指摘もある。
アムール州内に建設中の水力発電所(ニジネブレヤ)の中国・ロシア共同運用や、石炭火力発電所(エルコベツカヤ)共同建設を進める計画もあるが、発電所の稼働開始までには数年かかる見通しである。
4. ロシア・中国電力貿易から読み取る教訓:価格ファクターの重要性
ロシアは500kV送電線建設を国家プロジェクトとして承認することで、ロシア・中国間送電連系の発展を保証した。ロシアにおいて国際送電線のような大規模なプロジェクトは、国のプログラムに位置付けられ、財源が確保されることが実現の担保となる。中国は、25年間の長期輸出契約を結ぶことで長期の需要を約束した。これが2012年以降のロシアからの輸出量増加の後押しになった。
ロシア・中国電力貿易のケースでは、送電線の技術的トラブルや、政治的威嚇のために供給がストップするような事態は生じていない。しかし、価格を巡る問題が今後の電力貿易の阻害要因となり得る。輸出価格を黒竜江省の卸売価格に連動させる契約は、中国から見ればロシアからの一方的な価格引き上げを防ぐリスクヘッジとなっている。しかしロシア側は、輸出価格の低迷を受けて、2016年に前年比で供給量を減らした。中国との電力貿易で十分な利益が見込めない現状を背景に、ロシアがより有利な取引条件を探って韓国や日本の市場を求める可能性もある。
日本を含む、北東アジア諸国間の今後の電力連携を考える場合、このロシア・中国電力貿易における促進要因と問題点を先例として検討する必要がある。特に、供給側・需要側双方に便益をもたらす価格設定、フェアな価格形成を促す市場メカニズムの構築が鍵になる。
注
1 参考までに2015年のアムール州全体の発電量が120億kWhであり、その約4分の1が中国向け輸出に使われたことになる。規模を想像するため日本国内の例を挙げれば島根県の2014年の電力消費量が約52億kWhである(経済産業省資源エネルギー庁「都道府県別エネルギー消費調査」)。
2 James Henderson & Tatiana Mitrova “Energy Relations between Russia and China: Playing Chess with the Dragon” Oxford Institute for Energy Studies. 2016. P.72.
3 中国国家電力監督管理委員会「電力監督管理年次報告」によれば、2013~2014年の黒竜江省における住民向け小売価格は7.8セント/kWhとされる。
※本稿は、全て筆者個人の意見・見解であり、筆者の所属機関の見解を示すものではない。
[執筆者]尾松 亮(公益財団法人自然エネルギー財団上級研究員)
※この記事は、2017年2月8日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205