ロシア住宅ローン事情-成長のポテンシャルと課題-道上 真有

ロシア国旗

概要

ロシアでは、ルーブルの急落をきっかけに住宅ローンの返済遅延問題が発生した。2016年2月には、住宅ローン返済の見直しを求めて人々が銀行前に殺到し、一部に逮捕者が出るほどの事態となった。この背景には、貸し手と借り手の双方の金融リテラシーの低さがあり、この問題が改善できれば、ロシアの住宅市場の成長が期待できるだろう。
近年、ロシアでは住宅ローンが急成長してきた。だが、ルーブルの急落をきっかけに返済遅延問題が発生した。日本でも報道されたように、2016年2月には、多くの市民が住宅ローン返済の見直しを求めて銀行前に殺到し、一部に逮捕者が出るほどの事態となった。ここでは、特に外貨建て住宅ローンに焦点を当てて、ロシアの住宅ローンの現状と課題について考えてみよう。

ロシアの住宅ローンの拡大と成長見込み

ロシアにおける住宅ローン利用の歴史は短い。返済期間が10年以上の不動産担保型住宅ローンが普及し始めるのは2005年以降のことである。高度経済成長下にあった当時、ロシア政府は、国家優先プロジェクトの一つとして住宅部門改革を取り上げ、その中で住宅ローン促進支援、住宅金融公庫(Агентство Ипотечного Жилищного Кредитования《АИЖК》)を拡充し、2005年以降にロシアで住宅ローンが急増した。今回の住宅ローン返済問題の根底にあるのは、住宅ローンのリスクに慣れていない借り手と貸し手の双方の金融リテラシーの低さである。
ロシアでは、ルーブル建てと外貨建て(主に米ドル建て)の2種類の不動産担保型住宅ローンが、銀行を通じて開発企業や家計に融資されてきた。ルーブル建てと外貨建てでは、金利と借入期間に若干の違いがある。借入期間はルーブル建ての方が外貨建てのものよりも長く、ルーブル建てで最大15年、外貨建ては最大10年のものが多い(表1参照)。ローン金利は外貨建ての方がルーブル建てのローン金利よりも低いのが特徴である(図1参照)。なぜ、ロシアで外貨建ての住宅ローンが急増しているのだろうか。それには、住宅ローンも含めたロシアの国内金融全体の資金循環の弱さとその外資依存が関係している。

図1と表1からも明らかなように、2008~2009年の経済危機後もロシアの住宅ローンの融資残高は拡大してきた。ルーブル建てのローンが圧倒的なシェアを持つ形で拡大し、外貨建てローンはルーブル建てローンの拡大に連動する形で、一定の割合を占めてきた。ロシアにおける住宅ローンの規模を表す尺度の一つとして、ルーブル建てと外貨建てとを合わせた融資残高の国内総生産(GDP)比を見てみよう。これは2012年の3.44%から連続して上昇しており、2015年で過去最大の6%に達している。しかし、2013年以降の融資残高の対GDP比の上昇は、ロシアのGDPそのものの縮小と住宅ローン返済延滞率の上昇によるローン残高の増加も関係しているため、文字通りの意味で住宅ローンの拡大と見なすことはできない。

表1に示した通り、融資件数は2014~2015」年の経済危機後、急速に減少している。ロシアの住宅ローン規模は拡大しつつあるものの、他国との比較ではまだその水準は非常に小さい。しかしながら、今回の経済危機だけにとどまらず今後の景気回復も見通した、より長期的な視野に立てば、ロシアの住宅ローン市場は引き続き成長する余地のある分野であると考えられる。

図1 ロシアの不動産担保型住宅ローン(ルーブル建て、外貨建て)

図1 ロシアの不動産担保型住宅ローン(ルーブル建て、外貨建て)

出所:ロシア中央銀行の資料を基に筆者作成

表1 ロシアの住宅ローンの融資件数と満期期間、対GDP比

表1 ロシアの住宅ローンの融資件数と満期期間、対GDP比

出所:ロシア中央銀行、ロシア連邦国家統計局の資料を基に筆者作成

ロシアの外貨建て住宅ローン返済遅延問題

ロシアの住宅ローンは、まだ発展途上にあるため、国内外の経済危機による影響を受けやすい。今回の危機によって、2013年末に1ドル=32.73ルーブルだったルーブルの対ドル為替レートが、2014年末で56.26ルーブル、2015年末で72.88ルーブルにまで下がった。これは、それまで外貨建てで住宅ローンを組んでいた家計の返済負担を急増させた。これに耐えきれなくなった家計が毎月のローン返済を滞らせ、2015年ごろからローン返済計画の見直しを求める家計とそれを拒否する銀行との間で、紛争が頻発するようになっていったのである。以前からルーブル建てよりも高かった外貨建て住宅ローンの返済延滞率は、2015年に前年比約2倍へと急上昇した。今回の危機の深刻さは、ルーブル安と原油安の影響に加え、対ロシア経済制裁がいつまで続くか、依然として先が見えないところにある。
ウニクレディトによれば、年金利8%、借入期間15年、10万ドルのローンを借りている家計の毎月の返済額は、950ドルとなる1。この返済額は、2015年1月26日のレートで約6万500ルーブルに相当し、ロシア連邦平均の1人当たり平均貨幣所得(月額)が2015年で3万306ルーブルであることから考えれば(モスクワ市平均で6万1586ルーブル、モスクワ州で3万8518ルーブル、サンクトペテルブルク市で3万7550ルーブル)、毎月のローン返済がたちまち困難になることが分かる。

平均借入額は1,090万ルーブル(モスクワでは1,900万ルーブル)で、ルーブル建てより6.4倍金額が多いことも外貨建てローンの返済遅延がルーブル建てよりも多く発生させる要因となっている。ロシア中央銀行によれば、2014年11月1日時点で住宅ローン融資額の総額は3兆4000億ルーブル、そのうち外貨建てローン融資額は1,170億ルーブル(3.5%)、返済遅延総額が170億ルーブルで、延滞率は12.7%から14.2%に拡大した。住宅金融公庫によると、外貨建てローンの返済遅延者2万5000人のうち、90日以上の返済遅延者は約4,600人に上る。

2014年12月時点では、モスクワ市の外貨建て住宅ローンの返済遅延率が13.5%、サンクトペテルブルク市で9%、モスクワ州で18.5%に達した。ロシア全体では2014年に12.5%、2015年に20%、2016年第1四半期で25%を超えるまでに遅延率が上昇し、深刻な事態となっている。ただし、この問題はモスクワ市とペテルブルク市という大都市に集中して見られる現象である。

ロシアの住宅ローン利用の実態

この背景には、ロシア特有の住宅ローン利用と所得の関係がある。ロシアの住宅ローン融資審査の際には、家計の所得計算に副業収入も加味して審査がなされる。外貨建て住宅ローンはルーブル建てより金利が安いとはいえ、借入期間は短く為替レートの変動リスクを被る点で家計にとってもリスクが高い。日本のマスコミでも報道されたように、高いリスクを十分説明しないまま外貨建て住宅ローンが拡大した背景には、外資からの投資資金を基に融資を拡大したい銀行側の思惑がある。

また、副業収入を含めればリスクが取れると判断する銀行側の慣行もあるようだ2。正規の所得ではローンに手が届かない家計でも、ローンの返済を賄えるだけの副業収入があれば、外貨建て住宅ローンが貸し出されるようになってきたようである。しかし、経済危機によって副業収入が大幅に減少し、それまで副業収入をあてにした、いわば無理をして外貨建て住宅ローンを借り入れていた借り手側の所得の減少も、ローン返済遅延率の上昇を引き起こしている。今回のロシアの住宅ローン返済遅延問題は、貸し手と借り手の双方の、ロシア特有の所得実態を背景にした金融リテラシーがもたらした問題であると考えられる。
とはいえ、この危機は、ロシアの銀行と家計の双方が住宅ローンにはリスクがつきものであることを学習するきっかけになるかもしれない。今回の問題は、住宅ローン制度に不慣れな中で、他の地域に先駆けて住宅ローンを利用しているモスクワなどの家計が初めて体験する住宅ローンのリスクでもある。為替レートの変化によって生じた返済遅延や破綻の経験は、ロシアの人々にとって過酷な一面もあるが、債務者と債権者が負わなければならない当然のリスクである。貸し手と借り手の双方が、この経験を基に金融リテラシーをさらに向上させ、やがて全土にその知識が広がっていけば、ロシアの住宅市場の成長が期待できるだろう。

1Kommersant, 2015年1月26日付同資料による。
2Kommernsant FM, 2016年3月3日付のインタビュー記事参照。


参考文献:
道上真有「経済危機下ロシアの外貨建住宅ローン問題:利用者の問題を中心に」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』2016年8月号

[執筆者]道上 真有(新潟大学経済学部准教授)

※この記事は、この記事は、2016年7月22日付けで三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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