ロシアを知るには高級レストランから-菅原信夫

ロシア国旗

概要

経済制裁下にもかかわらず、ロシア、特にモスクワ、サンクトペテルブルクではレストランビジネスが堅調であり、ロシア経済の底堅さを物語っています。実は、ロシアで一番進んだ場所が高級レストランであり、そこには今のロシア市場を知るヒントがたくさんあり、訪れてみる価値があります。

私が40年以上にもわたり関わり続けている国、それがロシアです。そのロシアがこのところ、ずいぶんと鳴りを潜めています。国際ニュースを見ていても、ロシアが話題になることは減りました。ロシアの事情として、米国のトランプ政権が親ロシアだという見方もあって、それならロシア側は黙って米国の動きを見ている方が得だから、ということもあるでしょう。また、クリミア半島編入により欧米諸国の経済制裁の対象となった影響で欧米から観光客がさっぱり来なくなり、地域経済最大の収入源である観光業が打撃を受けているということもあるでしょう。最近では、米連邦捜査局(FBI)がトランプ米大統領の2016年の選挙活動にロシアが絡んでいるのではないかと調査しているという発表がFBI長官自身からあって、どこをとっても、ここは静かにしておくに越したことはない、ということでしょうか。

しかし、ロシア国内、特にモスクワやサンクトペテルブルクといった大都市に身を置いてしばし生活をしてみると、外から見る状況とは異なり、今ほど充実した時は過去にもなかったのではないだろうか、という繁栄ぶりです。
何がそんなに繁栄しているのか? レクサスやメルセデスをはじめとする高級車が飛ぶように売れる、高級マンションが次々と開発され販売窓口は契約希望者で満員、一般向けの銀行サービスが縮小される中で、富裕層を狙ったプライベートバンキング(PB)はどんどん充実していき、専用のオフィスが街中に次々オープンするなど、街を歩いていると自然に目にとまる現象がいろいろとあります。でも、本当に変わったのは富裕層向けの高額なサービスや商品よりも、社会的にはその一つ下に位置する中産階級向けのサービスや商品なのです。

その代表的なものが、今回取り上げる高級レストランです。世界の大都市で、モスクワやサンクトペテルブルクほど高級レストランが林立している街を私は知りません。そして、今あるレストランのほとんどは2000年以降開店した新規参入組です。本稿では、そんな高級レストランについて書きたいと思います。
大変ざっくりした話で恐縮ですが、日本のレストラン1軒当たりの投資額が平均1,500万円といわれる中で、ロシアの高級レストランは1店舗当たり1億~2億円かかるという統計があります。日本のざっと10倍です。2006年にモスクワに小さなバーを開いた私の経験から言うと、700万~800万円の投資で店はオープンできますが、これは今回話題にしようとしている高級レストランではありません。ロシアのレストランビジネスの教科書には高級レストランの定義として、(1)都市部の中心にあって、最低でも席数が100席以上ある、(2)駐車場を敷地内あるいは提携パーキングの形で用意している、(3)サービス、メイン、デザート、バーそれぞれにチーフがいて、組織的な動きができる、(4)顧客1人当たりの勘定が5,000ルーブル(日本円で約1万円)を超える。そんな店を高級レストランと位置付けています。

まずは、高級店の業態を見てみたいと思います。モスクワの日本人社会で貴重な潤滑油となってくれている情報誌「モスクワ・ナビ」によると、ウズベキスタン料理やジョージア(グルジア)料理など中央アジア・コーカサス系レストランが24店リストアップされているのに対し、肝心のロシア料理店は13店。ロシアで最大の勢力を誇る飲食業態は、ロシア料理店ではないのです。ですから、街に出てロシア料理店を探すとなると結構大変です。そのほとんどが観光客用となっていて、静かな雰囲気で伝統的なロシア料理を提供してくれるのは「カフェ・プーシキン」など数店にすぎません。

さらに、その「伝統的なロシア料理」なるもの自体が19世紀にフランスから伝わった料理など極めてヨーロッパ色の強いものが多いのです。結論として言えることは、ロシア料理というのは家庭料理を除くとほとんどが西欧の宮廷料理がベースになったもので、ロシアオリジナルは少ない、ということです。ロシア人はこの事実をよく知っていて、外食ではあえて高級ロシア料理店を避けますから、高級ロシア料理店は増えないのです。
2000年代にブームとなった日本食レストランはどうでしょう。「モスクワ・ナビ」を見ると、17店がリストアップされていますが、「いちばんぼし(Ichiban Boshi)」や「丸亀製麺」など支店を何軒か運営しているチェーンもあって、店舗数だともう少し多くなります。ここにリストアップされた日本食レストランは、日本人から見て日本食と確認できる料理を提供する高級店ですが、街を歩くと韓国料理店がすしを出すとか、中華料理屋がラーメンを提供するとか、いろんなバリエーションが出てきています。日本食ブームは去ったといえますが、こういう形でアジア料理のいろいろなところに日本食の影響が残りました。また、フィンランドなどで日本食を食べた経験から言うと、ロシアの日本食は極めてまともな味付けだといえます。世界で日本食を引っ張ってくれる国、それがロシアだろうと思います。
ステーキレストランというのは、ロシアでは非常に新しいタイプのレストランです。名前の通り、ビーフステーキの専門店ですが、昼から営業していて、大衆店から高級店まで網羅しています。多くがチェーン展開しており、モスクワ市内では5系統30店舗ほどが営業中です。2000年前後から新聞広告などへの掲載が始まり、輸入肉を使用したメニューでロシア人に本物のビーフの味を広めたのですが、2015年あたりから第2次ブームが始まり、国産のブラックアンガスの熟成肉を使用した本格的ステーキレストランが街中に展開されるようになりました。

私はロシアの大手輸入業者「ミラトルグ」と一緒に何度か仕事をした経緯から、日本料理店に同社の熟成肉を紹介する仕事をしていたときに、日本航空モスクワ支店より、モスクワ線の機内食改善のためのメニュー変更とモスクワ線に搭載する機内食の採用の話がありました。早速、浜田支店長にロシア産牛肉を使用したステーキをお勧めし、何度か一緒に試食を行いました。それからほぼ1年近くのテストが続きましたが、2016年7月よりビジネスクラスの機内食としてロシアンビーフのステーキが採用されました。

お客さまの評価を伺うと、ロシア産のビーフとは思えないほどおいしいという声が多く、実際、ミラトルグが市内で経営するステーキハウスにまで日本人が大挙押し寄せるという状況でこのプロジェクトは大成功でした。ワインを含めて1人1万ルーブル(約2万円)程度はする高級レストランですが、予約が取れない状態がずっと続いています。

レストランビジネスの堅調は、ロシア経済の底堅さを示すようでわれわれには大変うれしい指標です。国内でのビジネスで十分実力を付けた幾つかのレストランチェーンでは、海外に進出する動きもあり、特に英国、米国あたりにはロシア資本のレストランが増えています。
モスクワに行かれた際には、観光もよいのですが、私としては夜のグルメツアーをよりお薦めしたいのです。その理由は、ロシアで一番進んだ場所が実は高級レストランだからです。店内のデザインから、スタッフの身のこなしとサービスの質、料理のプレゼンテーション、どこをとっても日本の平均を大きく上回っているといえます。ぜひ、新しいロシアを新しいレストランで見つけてみてください。

[執筆者]菅原 信夫(有限会社スガハラアソシエーツ代表取締役)

※この記事は、この記事は、2017年4月6日付けで三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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