ポーランドの責任ある開発のための戦略-田口雅弘

ポーランド国旗

概要

ポーランドは2017年2月、新しい経済プログラム「ポーランドの責任ある開発のための戦略」を閣議決定した。これは、減速しつつある経済を立て直し、経済を成長軌道に戻すとともに国民の生活水準を向上させ、所得を欧州連合(EU)平均にまで高めようとする中長期戦略である。「戦略」が立案された背景と構想の概要を紹介するとともに、その可能性について分析する。

1. 「中所得国の罠」を脱却するためには

ポーランドの名目国内総生産(GDP)の規模は約1兆8000億ズロチ(約50兆円)(2015年現在)で、これは日本の名目GDPの10分の1より少し多い程度である。欧州では、スウェーデン、ベルギーなどと同規模で、ドイツの7分の1程度である。
1人当たりGDPは約1万2500ドル(2015年現在)で、これは日本の1人当たりGDPの3分の1程度である。欧州では、チェコの約1万7570ドル、ギリシャの1万7989ドルより小さく、ハンガリー、クロアチアなどと同じくらいの規模である。またドイツの3分の1程度である。現在、ポーランドの1人当たりGDPは欧州連合(EU)平均の70%程度で、仮にこのまま順調に成長したとしても、EU平均に達するのは早くても15年かかると予想される。最終的に、台湾と同規模の経済は目標として視野に入るだろう。

ポーランドは1989年の体制転換以降、1998年のロシア財政危機の時期は除いて比較的順調にGDPを拡大させてきたが、ドルベースの1人当たり名目GDPの推移で見ると、2008年をピークに伸び悩んでいる。もちろん、2008年の世界金融危機の影響が大きいが、一方で「中所得国の罠」に陥ったとの議論もある。
「中所得国の罠」とは、新興国において1人当たりGDPが中程度の水準に達したところで成長率が長期にわたって停滞する現象で、多くの発展途上国に見られる。ポーランドでは、2008年に1人当たり名目GDPが1万3886ドルに達したところで伸び悩み、2015年現在でも1万2492ドルと、1万4000ドルの壁のあたりで伸び悩んでいる(図参照)。

【図 ポーランドのGDPの推移(2000~2015年)】

【図 ポーランドのGDPの推移(2000~2015年)】

出所:国際通貨基金(IMF):World Economic Outlook Databaseを基に筆者作成

中所得国の罠の原因は、一般的には、従来の労働集約的な成長パターンがある程度限界に達し、他方、さらなる成長のエンジンとなる要素がタイムリーに生まれてこない状況だと考えられている。具体的には、(1)活発な外国直接投資(FDI)とそれによる貿易拡大や雇用拡大、(2)旧国営企業・国家資産の民営化による一時的な政府・地方自治体収入とその資金を活用した公共事業、(3)体制転換を支える国際金融機関やEUなどからの豊富な資金、などをてことした初期的な成長要因が尽き、一方でイノベーション主導的な生産要因が十分に育っていないことが背景にある。
もう一段の成長を達成し先進国並みの水準に達するには、(1)内包的な成長要素(技術開発力、品質の向上)の開発、(2)投資の効率化、(3)高度人材の育成、(4)産業・輸出構造の高度化・多様化、(5)ブランド力の向上、をいかに達成するかが鍵である。つまり、ポーランド経済は「効率向上主導型」から「イノベーション主導型」への転換が必要であるといえる。

2. 転換を目指す新「戦略」
「ポーランドの責任ある開発のための計画(最終文書は「戦略」)」は、これを取りまとめたシドゥウォ政権のマテウシュ・モラヴィエツキ副首相兼開発大臣兼財務大臣・閣僚評議会経済委員会委員長の名前をとって、モラヴィエツキ・プランとも呼ばれる。2016年2月に開発省が中心になって作成した「計画」案が公表され、1年間の社会討議の後、416ページに及ぶ最終案(「戦略」)が2017年2月に閣議決定された。

「戦略」の特徴は、これまで、外資やEU資金に頼っていた成長のエンジンを、独自の経済・社会成長モデルに切り替え、2030年には所得ベースでEU平均に追い付こうという構想を体系的に打ち出していることである。また、国家の産業政策、発展戦略における積極的な役割を明確に規定している点は、これまでの政策から一歩踏み込んでいるといえる。達成指標を、GDP成長率ではなく、所得・生活水準の向上、貧困の削減、地域の均衡的な発展に置いていることも、これまでの主要都市中心型の発展、トリクルダウン的な発想からの転換といえるだろう。その上で、戦略的部門への集中的投資、旗艦プロジェクトの策定、長期対外経済戦略の明確化、公益企業の支援、基幹インフラ(輸送、エネルギー、環境、通信)への集中投資、など具体的な政策を表明している。第4次産業革命(インダストリー4.0)に乗り遅れまいとする意欲も「戦略」から伝わってくる。

「戦略」ではまず、ポーランドが中所得国の罠に陥る要因を挙げている。それらは、研究開発(R&D)投資がGDPの1%程度にすぎないこと、ポーランドで世界企業といえる企業が6社しかないこと、中小企業でイノベーションを展開している企業が全体の13%しかないこと(EU平均は31%)、もともと労働人口比率が低い上にこのまま対策を取らないと20年後には労働年齢人口が現在の700万人から560万人に減少すること、今後税収の減少が予想されること、行政機能が非効率であること、などである。
「戦略」は、次の五つを、安定成長の重点領域として設定している。

☆再工業化 ポーランドはEUの生産基地として成長してきており、技術基盤が整えば、国際競争力を高めることができる。
☆企業のイノベーション開発 ポーランドは、欧州のイノベーションランキングで23位と遅れており、企業のR&Dに対する意欲も低い。そのため、教育の充実、経済システムの改善、需要の掘り起こしなど、広範囲にわたって改革が必要である。
☆中小企業の育成 340万件の中小・零細企業では、民間就業者の70%が働き、GDPの3分の2を生み出している。しかしながら、全体的に小規模の事業所が多く、資金不足で技術革新などが生まれにくい構造になっている。従って、事業の統合促進、法整備、行政的支援などを組み合わせ、この領域の活性化と効率化を実現していく必要がある。
☆開発資金の捻出 ポーランドは、他の先進・中堅諸国と比較して圧倒的に投資力が弱い。また、貯蓄率も低い。従って、貯蓄率を高める工夫、年金資金の流動化、ポーランド開発基金の設立、金融市場の活性化、国有財産の活用などを進める必要がある。
☆海外進出 これまで、低価格が輸出拡大の原動力になっていた。こうした要因が限界に達したため、今後は技術力の向上、ブランド力の向上、輸出品・輸出先の戦略的重点化、政府主導のプロモーションなどが重要になってくる。
この他、所得格差是正、地域格差是正、法・制度整備、電子政府の実現、EU資金の効率的活用などが重点項目として挙げられている。これらは、約180の旗艦プロジェクトで具体化される予定である。
最終的に「戦略」は、2020年にはEU平均所得の76~80%の水準へ、また2030年にはEU平均に達することを目標としている。

3. 「戦略」の課題

「戦略」は、中長期的経済社会政策を体系的に構想した点で極めて重要な指針であるといえる。また同時に、政権与党である「法と正義」(PiS)の方針を実現するための包括的な政策パッケージでもある。すなわち、国家のイニシアチブを高め、国内の成長要因を引き出し、自律的な安定成長を確立するとともに、地域的に平等な発展と社会的弱者に優しい社会の実現に向けたロードマップを描いたものである。

しかしながら、問題点も多く指摘できる。「選択的な部門に集中的に投資する」とあるが、これまで外資や民間企業の自由な発展を原動力としてきた中で、集中的な投資を行う部門を誰がどのように選択していくのかは難しい課題である。経済社会インフラを中心に投資していく場合は、その膨大な資金の裏付けが必要になる。2022年よりEU資金は期待できず、また家計の貯蓄率の増大は絵に描いた餅に終わる可能性が高い。ポーランド開発基金を設立するといっても、その規模は全体の投資の5%程度である。投資をGDPの25%に引き上げるためには、結局は年金受給年齢の引き上げなど、国民にしわ寄せする形で資金を確保していくしかなくなるのではなかろうか。

さらに、R&D投資拡大やインダストリー4.0の推進など、意欲的な政策がちりばめられているが、R&D投資拡大を促進する企業文化をどのように育てるのか(R&D投資をGDPの1.7%まで引き上げる目標)、また規模・資金的に脆弱(ぜいじゃく)な中小・零細企業におけるIoT(Internet of Things:モノのインターネット)導入は可能なのかなど、課題は山積みである。

全体的に見て、EU資金や外資頼みだった成長路線から、国内の成長要因を育てる政策に転換しようとする姿勢は高く評価できる。また、それを行わずしてイノベーション力を高め中所得国の罠から抜け出すことはできない。しかしながら、目標とする数値や資金調達のめどはかなり楽観的である。厳しい見方をすれば、当面は「法と正義」の支持層である地方や農村部の住民に対して、所得の拡大、格差の是正などの展望を描くことによって支持を引き止める効果はあるものの、小粒の経済刺激策の寄せ集めで終わってしまう懸念もある。

とはいえ、成長戦略の根本的な転換を目指す新「戦略」が打ち出されたことは評価すべきであろう。残る課題は「戦略」が絵に描いた餅にならないよう、それを実現するための具体策を積み重ねていくことができるかどうかである。

[執筆者]田口 雅弘(岡山大学大学院社会文化科学研究科教授)

※この記事は、2017年6月6日付けで三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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