経済制裁下のロシアの世論-鈴木義一

russia

概要

原油価格下落による不況の中で発動された対ロシア経済制裁は、人々の消費活動の縮小という影響をもたらした。耐久消費財ばかりでなく、食費、教育費、医療費などあらゆる分野が節約対象となっている。だが世論調査を見る限り「制裁に関わりなく自らの政策を継続する」べきだとの回答は70%に達している。今のところ経済制裁は、ロシアの政治路線を転換させるという点では効果を上げていない。

消費行動・消費意識の変化

ロシア経済は2016年第4四半期から回復に転じ、2017年は第1四半期が0.5%、同年第2四半期が2.5%、同年第3四半期が1.8%と4期連続でプラス成長となった。しかし、2015年の経済成長率はマイナス2.8%、2016年もマイナス0.2%と低迷した2年であった1。この同年のロシア経済について「原油安・通貨安・制裁の三重苦」という表現がよく用いられた。この中で、原油安と通貨安の影響は明確である。原油価格は同年に前年比47.2%のマイナスと大幅に下落しており、これに伴いルーブルの対ドルレートは急落、これがさらに年率12.9%という物価上昇をもたらした。

生産と投資は縮小し、物価上昇と所得の減少により2015年の家計消費は9.8%のマイナス、2016年は4.5%のマイナスであった。2000年代のロシア経済の成長パターンが、原油価格高騰を背景とした家計消費主導の経済成長であったことを考えると、当然の帰結である。

図 家計消費と消費者の意識(単位:%)

図 家計消費と消費者の意識(単位:%)

出所:Росстат.Использованный валовой внутренний продукт. Квадратные данные. 2 августа 2017 г.(http://www.gks.ru/free_doc/new_site/vvp/kv/tab31.htm)Индекс уверенности потребителя. 5(http://www.gks.ru/)を基に筆者作成

この図は、家計最終消費支出と「消費信頼度指数」(Индекс потребительской уверенности)の変化である。家計最終消費支出は2015年第1四半期からマイナスに転じ、同年第4四半期には対前年同期比で2桁減となっている。消費行動に関係する消費者の景況判断を調査する消費信頼度指数は、すでに2014年第4四半期にマイナス18に下がり、2015年第1四半期にマイナス32まで急落した。いずれも2008年の経済危機に匹敵する悪化である。

消費活動の縮小は、社会意識調査によっても確認することができる。表1に見られるように、変化は2015年に始まっており、同年11月以降の調査でほとんどの支出項目が節約の対象になったことが分かる。「耐久消費財などをより安いものにするか、買うのを諦める」という回答は、2014年に38%だったものが2016年11月には56%まで増加した。食料品などの日常的な出費の節約についても、同時期に37%から58%に増加している。2016年2月以降は、教育費・医療費なども消費抑制の対象になっている。家計は、不況とインフレに対して消費を縮小することで対応している

表1 現在の国内情勢との関係で次のようなことが生じていますか(複数回答可)

表1 現在の国内情勢との関係で次のようなことが生じていますか(複数回答可)

出所:Аналитический центр Юрия Левады («Левада-Центр») Общественное мнение-2016. Ежегодник. М., 2017. –С. 62.を基に筆者作成

しかし原油安と通貨安という二つの要因と区別すると、対ロシア経済制裁は一般の国民の生活に大きな影響を及ぼしているわけではない。経済制裁がロシアのマクロ経済に与えた影響についてはすでに分析が行われているので2、ここではロシアの社会の意識動向を対象に経済制裁の影響を検討してみる。

表2は、欧米諸国の経済制裁に特定してその家計への影響を尋ねた調査である。2014年9月は欧米諸国が金融分野にも制裁措置を拡大した後だが、この時点ではまだ楽観的であった。「欧米諸国のロシアに対する経済制裁であなたとあなたの家族に問題が生じましたか」という質問に対して「とても深刻な問題」「かなり深刻な問題」との回答の合計が16%、「いかなる問題も生じていない」という回答が35%あった。
これが2015年になると「深刻」の合計が増加し、逆に「問題なし」の回答は減少している。ただし、経済制裁は継続しているにもかかわらず2017年4月には再び2014年9月時点と同様の構成に戻っていることから、経済制裁以外の要因が回答に影響していることも考えられる。つまり影響はあるが限定的ということであろう。

表2 欧米諸国のロシアに対する経済制裁であなたとあなたの家族に問題が生じましたか

表2 欧米諸国のロシアに対する経済制裁であなたとあなたの家族に問題が生じましたか

出所:Левада-Центр. Санкции и контрсанкции. 15 мая 2017 г.(https://www.levada.ru/2017/05/15/sanktsii-i-kontrsanktsii-3/)を基に筆者作成

政治意識の動向

続いて、対ロシア経済制裁がロシアの政治意識に与えた影響を検討してみたい。2017年6月の世論調査によると、経済制裁に関わりなくロシアは自らの政策を継続すべきとの回答は70%に達した。一方、妥協を模索し、譲歩すべきだとの回答は19%である。表3に見られるように、この関係は2014年以降ほとんど変化がない。

実は国民生活にとって、ロシアによる欧米諸国への対抗措置の影響の方が大きかったが「ロシアへの経済制裁に対抗して欧州連合(EU)と米国の食料・農産品の輸入を禁止するというロシア指導部の措置についてどう思いますか」と質問した2017年4月の調査でも「明確に肯定的」が25%、「どちらかというと肯定的」が40%に達しており、これも2014年8月以降大きな変化はない。

表3 欧米の経済制裁に対してロシアはどのように行動すべきだと思いますか

表3 欧米の経済制裁に対してロシアはどのように行動すべきだと思いますか

出所:Левада-Центр. Общественное мнение-2016. –С. 217.; Галанина А. Санкции без последствий//Известия. 15 июня 2017 г.(https://iz.ru/606180/angelina-galanina/prodlenie-sanktcii-ne-pugaet-rossiian/)を基に筆者作成

もちろん、ロシアの国際的孤立を不安に思う世論があるのは事実で、これを軽視すべきではない。「ウクライナ問題におけるロシア政府の立場との関係で生じたロシアの国際的孤立を不安に思いますか」という調査項目を見ると、2016年8月の時点で不安に思うという回答は40%(「とても不安」6%と「かなり不安」34%の合計)、不安でないという回答は58%(「あまり不安でない」38%と「全く不安でない」20%の合計)で拮抗(きっこう)している。

しかし、プーチン政権の政策全体は支持を得ており、2017年8月の調査結果では、57%が「全体としてわが国は正しい方向に向かっている」と回答し、「正しくない道を進んでいる」と回答したのは29%であった。プーチン大統領の支持率は83%、不支持率は15%で、2014年以降8割を超える支持率を維持している。

経済制裁というものが、経済的打撃を与えるという外圧によって対象国の政治路線の転換を迫るものだとすると、ロシアの政権と世論との関わりで見るならば現在のところその効果はない。また、経済制裁による経済状況の悪化は、制裁対象国の国民の間に制裁実施国への反発とナショナリズムを強め、少なくとも短期的には対象国の政権がそれを利用するという構図になりやすい。現在のロシアでは、外圧が政権への国民の支持に帰結するという関係になっている。

プーチン大統領は2017年12月6日、満を持して2018年3月の大統領選挙への出馬を表明した3。これで大統領選挙の結果はすでに決まったようなものだが、選挙に至る過程では何らかの政治的事件が起こり得る。ただ、対ロシア経済制裁がその要因になりそうにないのは間違いない。

1 Федеральная служба государственной статистики (Росстат). Валовой внутренний продукт. Квартальные данные. 12 декабря 2017 г. . データの出所は特に断りがない場合は、鈴木義一「経済制裁下のロシア社会」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』2017年10月号(第1021号)に注記されている。
2 久保庭眞彰「対ロシア経済制裁は効いたのか?」(MUFG BizBuddy 2017年11月9日付掲載 
3 Коммерсант. №228. 7 декабря 2017(『日本経済新聞』電子版2017年12月7日付23:00)

[執筆者]鈴木 義一(東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授)

※この記事は、2018年1月31日付けで三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


Comments are closed.

Back to Top ↑