ロシアの住宅団地再生に日本の経験は生かせるか-道上真有

ロシア国旗

概要

モスクワ市で始まった5階建て集合住宅の大規模リノベーションは、今後ロシア各地で必要となる事業である。しかし、その費用を地方政府予算で賄えるかどうか、連邦政府予算による支援ができるかどうかが課題である。日本の住宅団地再生も参考例の一つとして取り上げられているが、住民の合意形成や民間資金の調達方法も含めた協力が有効となるであろう。

写真 フルシチョフカ (出所:筆者撮影)

はじめに

2016年の日ロ首脳会談で合意された八つの項目からなる経済協力プランは、実現に向けてさまざまな動きが始まっている。さらに2018年は「日本におけるロシア年」「ロシアにおける日本年」で、日本とロシアの交流の発展が期待される年でもある。このことにちなみ、8項目の経済協力プランの中の一つである「都市づくり、快適な住環境整備」に関わるロシアの住宅市場、住宅政策の新しい流れについて紹介し、同分野での日ロ協力の可能性を占いたい。

5階建て集合住宅の大規模リノベーション

モスクワ市では他の都市に先行して、2017年8月からソ連時代に建設された5階建て集合住宅の大規模リノベーションが始まった。ロシア語で5階建て集合住宅とそのリノベーションを意味する言葉は(リノバーツィア・ピチエタージュキреновация пятиэтажки)、2017年のロシアの流行語の一つとなった。モスクワ市の236地区、5,144棟(現在は5,297棟)が建て替え対象リストに選定され、35万戸以上、総額3,000億~4,000億ルーブル(日本円で約5,700億~7,600億円)の大規模建て替え事業である。

計画期間は2017年から2021年までで(完了は2032年まで)、2017~2019年の第1段階の対象地区(59地区)が2017年から住宅の取り壊しと新規高層住宅の建設、ならびにその新居への住み替えを始めた。新規住宅は高層階で建設され、旧住民に配分された後、残りは一般販売される。立地が良い所の地区では、標準から中級タイプに区分される新住居の価格は高値が予想される。

ソ連時代に国有住宅として建設、配分された住宅の建て替えであるだけに、その費用は全額モスクワ市が負担する。この集合住宅の取り壊しと新規住宅への住み替えは、1990年代からモスクワ市で計画されてきたが、着手されたのは2017年になってからである。他の都市でも必要な事業であるが、現在はまだモスクワ市以外では進んでいない。大規模な建て替え事業はその予算規模も莫大であるだけに、地方政府予算では賄えないからである。

この取り壊される住宅は、5階建てのみならず3~5階建てのものも含まれ、ロシアでは別名「フルシチョフカ」とも呼ばれる。かつてソ連の最高指導者であったフルシチョフ氏(任期:1953-1964年)が、当時の住宅不足を解消するために各家庭に1戸の住宅を国が配分することを目標に、大量かつ早く建設可能な集合住宅として考案されたものだ。この集合住宅の建設は、フルシチョフ氏の解任後も続いたが、彼の時代から始まったことから彼の名字を冠する名前で称されている。

ソ連は1955~1970年の間に国民の2分の1以上、1億2700万人にこの住宅(アパート)を配分したといわれる。短期間での大量住宅建設を可能にするため、建設日数を短縮するさまざまな工夫が考案された。エレベーターなしでも居住可能な5階までの低層集合住宅を設計し、コンクリートのプレハブパネル建築を活用したことで、短期間の工期で大量に建設することを可能にした。また1戸当たりの部屋数を絞り込み建設戸数を稼いだ。建設計画の達成度が、台所、トイレ、風呂、玄関、廊下を除いた居住面積高で評価されたため、水回りや衛生スペースが狭く、個室の少ないオープンスペースに客間、寝室、居間の機能を兼ねる設計になっているのが特徴である。

フルシチョフカは当初あくまでも「一時的な住居」という位置付けであったため、耐用年数が短く、損耗の状態に応じて25年から50年とされる。現在すでに耐用年数を超えているものが、今回の取り壊しの対象となる。もともと良質な住宅ではなかったことから、耐用年数に達するはるか以前の段階から、居住空間の狭さや個室の少なさ、隣室との壁の薄さによる騒音や暖房非効率性、配管や設備の故障など、住民からの不満が多い住宅であった。
1992年のロシアの体制転換後、国有住宅は住民に無償私有化され、このタイプの住宅は賃貸市場や中古住宅販売市場の中でも低級クラスとして流通してきた。表1のロシアとモスクワの住宅平均単価のうち、中古住宅の低級クラスがこのタイプの住宅価格である。特に2000年代の高度成長期と時期を合わせて住宅価格が高騰した時には、この住宅は若い世帯がローンを組んで何とか入手可能な住宅として位置付けられてきた。

1992年のロシアの体制転換後、国有住宅は住民に無償私有化され、このタイプの住宅は賃貸市場や中古住宅販売市場の中でも低級クラスとして流通してきた。表1のロシアとモスクワの住宅平均単価のうち、中古住宅の低級クラスがこのタイプの住宅価格である。特に2000年代の高度成長期と時期を合わせて住宅価格が高騰した時には、この住宅は若い世帯がローンを組んで何とか入手可能な住宅として位置付けられてきた。

表1 ロシアとモスクワの住宅平均単価(単位:ルーブル/平方メートル)

注:ロシアにおいては、中古価格が新築価格を上回ることも少なくない。「モスクワ住宅市場の20年」(2011年12月7日付掲載)を参照

出所:ロシア連邦国家統計局(ウェブサイト)の資料を基に筆者作成

ロシア版住宅団地再生の課題とは

今回、建て替え対象リストに選定された住宅の住民に対して、取り壊しと新住居への住み替えを希望するか、住民投票が実施された。住民の3分の2以上の賛成が得られた住宅にのみ、モスクワ市が建て替えを実施する。新住居は旧居住地の隣接地域が原則であるが、必ずしもそうならない場合もある。住民投票は2017年5月15日から同年7月15日の期間に実施され、必要な住民合意数が得られた棟数は9割強に上る。

1992年のロシアの体制転換後、住民への国有住宅の無償私有化が可能となってから、最初の1年目で7割の住宅が私有化され、現在までに総住宅ストックに占める私有のシェアは9割近くに達している。この住宅の更新、維持費用は私有化した住民が負担することになった。財政赤字削減が課題であった当時のロシア政府にとって、国有住宅の無償私有化期限の延長を繰り返すことは(現在は無期限延長)、その費用負担を個人に転嫁することができるため、理にかなった住宅政策であった。このため、一部の住民は自身でローンを組むなどしてすでにリフォームを済ませた住居もある。

また、私有化された後にこの住宅は市場にも流通したため、ローンを組んでこのタイプの住宅を購入し、さらにお金をかけてリフォームした世帯もある。このような住民を中心に、今回の住宅建て替え事業の住民投票に当たっては、一部の住民による建て替え事業の反対運動が起きた。その主な理由は次のようなものである。(1)今回の建て替え事業で居住する棟の建て替えが決まった場合、それまでに抱えていたリフォームや購入のための住宅ローンは補助されない。せっかくリフォームないしは購入した旧住宅が取り壊されても、ローンの支払いは残り続ける、(2)新住居の立地が旧居住区よりも離れた地域に立地するケースもある。新規住宅周辺の交通や環境によっては、旧居住区よりも不便な地域に位置する場合、そのことによる不利益は補填(ほてん)されないからである。

現在モスクワで先行している3~5階て集合住宅の大規模リノベーションは、わずか2カ月の住民投票で事業が開始された。日本の住宅団地再生のケースと比べると、全体計画の完了とされる2032年でさえも非常に短い。例えば東京の六本木ヒルズでは、開発構想から合意形成の後に完成するまで17年かかっている。ロシアのプロジェクトは計画が後ろ倒しになることが多いが、わずか1地区でも17年かかる日本と比べ、モスクワは236地区の再開発を一斉に開始し2032年までに完了しようと計画している。

ソ連時代に大量建設された集合住宅のリノベーションは、ロシア各地で需要があるが、モスクワやサンクトペテルブルクを除けば、連邦政府や地方政府予算による費用捻出は難しい。日本の住宅団地再生のノウハウは、建て替え方法や住民の合意形成の在り方から民間資本による資金調達方法も含めて、ロシアに幅広く活用可能であると考えられる。

参考文献
モスクワ市大規模リノベーション公式ウェブサイト(https://www.mos.ru/city/projects/renovation/)

[執筆者]道上 真有(新潟大学経済学部准教授)

※この記事は、2018年3月14日付けで三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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