91.「最果ての地」=ヤマルの開発に挑む日本企業-加藤資一

ロシア国旗

概要

北極海に面するロシアのヤマル半島は現地語で「最果ての地」を意味する。それほど厳しい自然環境の中で資源開発を進めるには、数多くの課題を克服していかねばならない。対ロシア経済制裁下にあっても、ヤマルの資源開発に多数の日本企業が協力し、極寒の地におけるプラント建設に挑み着実な成果を上げ、日ロ経済協力を支えている。

はじめに

YAMAL=Ya(世界)+Mal(終わり)=現地語で「最果ての地」という意味である。北緯71度、年間平均気温マイナス11度で冬期気温はマイナス約60度となる北極圏の村が、とても熱くなってきた。この地は北極海資源開発のフロンティアとなりつつある。2017年12月8日、この地をプーチン大統領が訪れた。ここに建設された大型液化天然ガス(LNG)生産プラントの製品出荷を記念する式典に参加するためだ。出資者のトップのみならず、ロシア連邦政府からはエネルギー大臣、経済発展大臣、産業貿易大臣、また国営ガスプロムの社長も駆け付けた。

ヤマル半島には世界の天然ガス埋蔵量の20%超が埋蔵されているといわれており、今後数十年にわたりロシアの主要天然ガス生産地域として、国内エネルギー需要への対応、輸出による外貨獲得の両面で柱になっていくと目されている。同地域における初のLNGプラント建設案件で、ロシアはもとより世界中から高い注目を浴びており、納期達成に関する顧客からのプレッシャーは想像を絶するものであった。

式典でのプーチン大統領のメッセージのポイントは、次の通りである。
1) 本件は北極圏における初のLNG案件
2) ロシアのみならず世界のエネルギー市場にとっても深い意義
3) 北極海航路の利用確率
4) 雇用創出および熟練工の育成
5) 最初は本件に懐疑的な人たちがいたが、リスクをとってプロジェクトを開始し成功に至ったことへの賞賛
6) 残りの生産設備の早期完成の祈願
7) 出資、融資、技術・設備供給などに協力してくれた全ての外国の友人、パートナーへの感謝

(1)ヤマルLNGプロジェクトとは?

このプロジェクトは北極圏資源開発のフロンティアプロジェクトという意味で戦略的案件とロシア政府が位置付けており、政府が本プロジェクト用のインフラ整備面で支援を行った(空港、港湾の建設など)。

プロジェクトを手掛けるのはロシアの民間企業で、主に天然ガスと液体炭化水素の探鉱・生産・精製・販売を手掛けるロシアの独立系のノバテク(NOVATEK)である。フランスの石油大手トタル(Total)や中国石油天然ガス集団(CNPC)がプロジェクト会社のヤマルLNG(Yamal LNG)に出資し運営を行っている。権益はノバテクが50.1%、トタルが20%、CNPCが20%、中国政府のシルクロード基金(Silk Road Fund)が9.9%を保有する。プロジェクトの総投資額は270億ドル(約3兆1000億円)。生産設備は3系列(550万トン/年×3)あり、2017年から順次稼働させて、2019年の年初までに1,650万トンとなる計画である。

本件は2009年9月に計画発表、2013年12月に最終投資決定されたが、資金調達により困難に見舞われた。2014年の欧米などによる対ロシア経済制裁の一環としてノバテクを制裁対象にしたことから、西側諸国の金融機関からの借り入れが事実上不可能になった。最終的には中国の出資者が乗り出して、中国から資金を引き出すことで資金問題を解決するといった一幕もあった。

(2)日本の関与

特筆すべきは、このプロジェクトに複数の日本企業などが極めて重要な役割を果たしていることである。
1) プラント建設:日揮、千代田化工建設
プラント建設大手である日揮は千代田化工建設およびフランスのテクニップFMCと組んでLNG生産設備の設計・調達・建設(EPC)を請け負って、現在遂行中である。日本の2社は世界のLNGプラント建設における双璧であり、今回は永久凍土、ツンドラ、極夜、白夜という極めて厳しい気候条件の遠隔地における建設に挑み、第1系列を完成させ稼働させた。
2) 制御システムおよび安全計装システム供給:横河電機
横河電機の子会社であるヨコガワ・ヨーロッパ・ソリューションズ、は本プロジェクト向けに制御システムと安全計装システムを納入した。同社のロシアでの最大の納入実績はサハリン2で、原油・天然ガス採掘から出荷設備に至るほぼ全工程に計装設備を納入したが、今回はそれを上回る規模のものとなった。
3) ファイナンス:国際協力銀行(JBIC)
JBICは融資金額2億ユーロのプロジェクトファイナンス・ベースのバイヤーズ・クレジット(外国直接融資)の貸し付けを行った。これはLNGプラントのEPCに係る契約資金の一部を融資したもので、2016年5月の日ロ首脳会談で安倍総理大臣がプーチン大統領に提示した8項目の協力プランの具体化につながるものである。
4) LNG輸送サービス:商船三井(MOL)
MOLは、3隻のARC7型の砕氷型LNG船と4隻の通常のLNG船の7隻を投入して、現場からのLNG輸送サービスを行う。ARC7型船は、北極海の氷を割って進むという従来のLNG船にはなかった特別な機能を持った船。夏は北極海を抜けてベーリング海峡からLNGを運び、冬は北極海の氷が厚くなるので欧州を経由する。
5) 気象情報提供サービス:ウェザーニューズ
ウェザーニューズは日本の会社で気象情報提供サービスを行っている。同社は北極海における海氷情報を提供していた。それを基にプラント建設用の設備類、機材類の現場までの輸送計画を立てていた。
6) カムチャツカにおけるLNG積み替えターミナル事業:丸紅、商船三井
これは2017年12月にノバテクと検討に関する覚書が調印された。北極海経由で輸送してきたLNGをカムチャツカ半島にて積み替えて、日本を含むアジアの各地域に持っていくという構想である。コスト高のARC7船から通常のLNG船に積み替えることにより輸送コスト削減を行うという狙いもある。

出所:http://www.novatek.ru/common/tool/stat.php?doc=/common/upload/doc/IR_December_2014_UBS.pdf(石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)提供)

(3)北極圏におけるプラント建設

2013年4月のEPC契約発効から実に57カ月という短期間でヤマルLNGプラント第1系列からの製品出荷を達成したことは、特筆すべきことである。極寒の地におけるプラント建設という非常に厳しい条件を考慮・検討の末、さまざまなチャレンジが行われた。主なものは、モジュール工法の全面適用、アジア各国における複数のモジュールヤードの活用、北極海航路でのモジュール輸送、北極圏の極寒地における建設などである。そのような中で予定通りに第1系列からの製品出荷を達成できたことは、非常に大きな意義を持つ。

モジュール工法とは、建設現場に資材を運び込んで一から組み立てるのではなく、別の場所に備えるヤードで「モジュール」(関連する機能単位に分割された複数の装置からなるプラント設備)にしてから大型船で現地に運ぶ工法である。モジュールの総数は約152基、総重量48万トンを運んだ。
建設現場ではピーク時で1,200人以上の3社のジョイントベンチャー(JV)スタッフ、1万8000人のサブコントラクター(サブコン)の労働者が業務に従事している。日揮にとって北極圏極寒地域での建設は初めてであり、また客先・サブコンに加え、JVパートナーにおいて仕事の進め方に関するスタンスも異なり、スーパーバイザーもほとんどが当社の工事を初めて経験するスタッフである。そのような背景もあり、苦労しながらOne team spiritで、安全に、かつ種々の問題を解決しながら日々の業務にまい進している。

今後も複数のLNGプロジェクトが計画されている北極圏における建設業務の経験は意義が大きい。「ロシア」「極寒地」「モジュール」「JV」といった各要素、あるいはその組み合わせに対応するための礎となる。

(4)将来への期待と課題

既に動き始めたのはヤマルLNGプロジェクトの第2弾ともいえるARCTIC LNG-2案件で、これは8項目の協力案件の一つでもある。ノバテクのミヘルソン最高経営責任者(CEO)は日本との協力を望んでおり、日本企業に対して秋波を送っている。「出資」「融資」「オフテイク(製品引き取り)」「製品輸送」「プラント建設」「プラント建設」「積み替えターミナル事業」とさまざまな分野での参画が考えられる。

日本企業が具体的にどのような形で本件に参画できるか、できないのか、もう少し時間が経過して、日本企業を含めて出資する外国企業が決まってくれば、方向性が見えてくると期待している。ヤマルLNGプロジェクトにおける知見、経験をうまく活用して、次なるビジネスにつながることを願いたい。そのためには、ヤマルLNGプラントが北極圏の厳しい環境下で安定して順調に操業できることが実証され、またLNGの主要輸送ルートとしての北極海航路が開発されることが必要だ。

最後に、中国は北極政策に関する白書を発表し、北極海でも影響力拡大を目指す姿勢を明確にした。北極海を通る航路を「氷上シルクロード」と呼び、開発と利用を進める構想を強調した。一方、日本でも北極圏資源開発、北極海航路など北極に関するシンポジウムが最近頻繁に開催されており、日本における北極に対する関心は高まっているが出遅れ感も否めない。日本政府が北極戦略を強化することを切に望みたい。

付記:本稿に示された見解は著者個人のものであり、所属機関の公的な立場または見解を示すものではない。

[執筆者]加藤 資一(日揮株式会社営業本部本部長スタッフ)

※この記事は、2018年4月5日付けで三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205

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