新世代の日本・EU間の経済連携協定(EPA)-中西優美子

EU

概要

2017年12月に日本と欧州連合(EU)は経済連携協定(EPA)の交渉を終了した。このEPAは、単に関税の引き下げや撤廃を規律するのではなく、知的財産、環境や労働者保護なども規定する、新世代の自由貿易協定(FTA)と位置付けられている。2018年4月に欧州委員会は、EU理事会に対しEPA締結に関する決定の提案を行った。日本・EUは早期発効を目指している。

2017年12月に日本と欧州連合(EU)は2013年4月に開始された経済連携協定(Economic Partnership Agreement:EPA)の交渉を終了した。このEPAは、単に関税の引き下げや撤廃を規律するのではなく、知的財産、環境や労働者保護なども規定する、新世代(New Generation)の自由貿易協定(FTA)と位置付けられている。2018年4月に欧州委員会は、EU理事会に対しEPA締結に関する決定の提案を行った。日本・EUは早期発効を目指している。

欧州委員会は、2018年4月18日に日本・EU間のEPA条文案およびEU・シンガポール間のFTA条文案と投資保護協定(Mixed Agreement)案を理事会に対しそれらの署名・締結のために提案した1。EUとシンガポール間のFTAにつき、2017年5月16日にEU司法裁判所(CJEU)はEUと構成国間の権限配分につき、意見2/15を提示した2。それによると、EUは、非直接投資(ポートフォリオ投資)と投資家対国家紛争解決(Investor-to-State Dispute Settlement:ISDS)の規定を除いて、排他的権限3を有すると判示された。この裁判所意見を受け、欧州委員会は、構成国が一部権限を維持している投資保護の部分をEPA交渉から切り離すことにした。よって、EPA案(第8章)には投資自由化の規定は存在するが、投資保護は盛り込まれていない。
EUと日本は、別途に投資保護協定を締結するために交渉を続けている。また、上述した裁判所意見を受け、EUとシンガポールは、EUが単独で締結できるFTA(EU only Agreement)とEUと構成国が一緒に締結する投資保護協定の両方の協定を締結する道を選択した。日本とEUの間でも同じような形で二つの協定が締結されることになると考えられる。EPAの方は、投資保護の切り離しによりEU構成国の批准が不要となるため、迅速な発効が期待できる。

もっとも、投資保護協定については、EU側はISDSに代わる投資裁判所の設立を求めているのに対して、日本側はそれを不要という立場を取っている。このため、折り合いをつけることが難航すると予想される。なお、2018年4月、日本・EUは、並行して交渉されていた政治的協定である、戦略的パートナーシップ協定(SPA)についても交渉を終了した。

EPAの特徴として挙げられるのは、EUの価値(Values)や基準が盛り込まれていることである。まず、EU側の要望として地理的表示(Geographical indications:GI)の保護があった。日本では、これに対処するために交渉中に地理的表示保護制度が設定された4。EPA案の第14章は「知的財産」に充てられている。同第B節第3項にはGIが規定され、EU各国および日本の地域特産品が保護を受けることになっている。例えば、フランスのボルドーワイン、ドイツのリューベッカー・マジパンやイタリアのゴルゴンゾーラのチーズ、日本については山梨ワイン、三輪素麺や神戸ビーフなど食べ物と飲み物に分けてリストアップされている。

た、EPA案には「貿易と持続可能な発展(sustainable development)」のための章(第16章)が含まれている。EUにおいては「持続可能な発展」が鍵概念となっている。同概念は、EU条約の前文、目的規定(EU条約第3条第5項)、対外関係における目的規定(EU条約第21条第2項(f))および環境統合原則(principle of Environmental Integration)(EU運営条約第11条)5においても定められている。特に環境統合原則から通商政策においても環境保護が考慮に入れられなければならないことが引き出される。

EPA案の第16.2条は、国際貿易の発展が現在および将来世代の福祉のために持続可能な発展に寄与するように行われなければならないと規定している。また同条において、持続可能な発展の概念は、経済、環境のみならず社会的な側面(労働者の保護という側面)でも捉えられている。さらに同条には、規制する権利(right to regulate)が規定されている。規制する権利とは、持続可能な発展の政策および優先事項を決定し、国(EU)内の環境および労働者保護のレベルを設定し、関連する法規を採択したり改正したりする権利を意味する。これは、欧州の非政府組織(NGO)などが、EUが第三国とFTAを締結することによって高水準の保護基準が下げられることを危惧し、そのような権利の保障を求め、条文として明文化されたものである。
EPA案において、EUおよび日本がそのような権利を有することが確認され、また、双方が高水準の環境と労働者保護を保障するように努めることが規定されている。さらにEUの環境原則の一つとして、予防原則が挙げられるが(EU運営条約第191条)、EPA案第16.9条に予防的アプローチを考慮しなければならないことが規定されている。

さらにEUにおいては、動物を感覚ある生物として位置付け、動物の福祉(animal welfare)に配慮した措置を取らなければならないことになっている(EU運営条約第13条)6。EUの措置として、鶏のケージサイズ、畜産動物の殺傷時の麻酔、住環境、運搬されるときの状況などについて細かな基準が定められている。また、動物に苦痛を与えないようにするという観点から、化粧品の動物実験が禁止され(資生堂など日本の化粧品メーカーにも大きな影響を与えた)、アザラシの毛皮の輸入も禁止されている。

EPA案の第18章「規制実行および規制協力(Good Regulatory and Regulatory Cooperation)」の第B節は「動物福祉」と題され、家畜動物に関する事項について相互恩恵のために協力すること、また、情報や経験の交換のためのワーキンググループを立ち上げることが規定されている(第18.17条)。この規定は、動物福祉という考え方が根付いていない日本において、その考え方を浸透させるための手段と捉えられる。

EUは、日本以外にもこれまで韓国、カナダ、シンガポール、ベトナム、メキシコなどとFTAを締結したり、あるいは交渉中である。これらのFTAには共通項があり7、EUの価値や基準が反映されている。EUは、FTAを通じてEUの価値や基準を10年先、20年先を見据えて世界に浸透させようという長期的な戦略に基づいて行動している。


1COM(2018)192
2 CJEU, Opinion 2/15, ECLI:EU:C:2017:376; 中西優美子「EUとシンガポール間の自由貿易協定(FTA)に関するEUの権限」国際商事法務 Vol. 45, No. 9(2017年)1348-1354ページ
3 排他的権限分野においては、EUのみが権限を有し、立法したり、協定を締結することができる(EU運営条約第2条1項)
4 「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(地理的表示法)が2014年に制定され、2015年6月から施行された
5 環境統合原則とは、環境保護が環境政策以外のEUの政策においても配慮されなければならないという原則を意味する。中西優美子「第3章 EUにおける環境統合原則」庄司克宏編『EU環境法』慶應義塾大学出版会(2009年)115-150ページ
6 中西優美子「第6章 EUにおける動物福祉措置の意義と国際的な影響」同編『EU環境法の最前線』法律文化社(2016年)86-122ページ
7 Yumiko Nakanishi,‘Characteristics of EU Free Trade Agreements in a Legal Context: A Japanese Perspective,European Yearbook of International Economic Law 2017, Springer,pp. 457-474

[執筆者]中西 優美子(一橋大学大学院法学研究科教授)

※この記事は、2018年5月10日付けで三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。


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