ロシア極東開発省のリーダーシップと日本-堀内賢志

ロシア国旗

概要

ロシア極東開発省は、政府主導で大胆な政策を打ち出すことができる反面、「プーチン頼り」という危うさをはらんでいる。日本としても、極東開発協力を本格化するには、より極東地域の現状を考慮した、いわば地元に根差した協力にじっくりと取り組んでいく必要がある。

要旨

2016年に続き、2017年9月、ウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムに日本の首相が参加した。これが日ロ経済関係の飛躍につながるかどうかを見極める上で、ロシア極東開発省のリーダーシップの在り方を検討することが肝要である。極東開発省は、政府主導で大胆な政策を打ち出すことができる反面、「プーチン頼り」という危うさをはらんでいる。日本としても、極東開発協力を本格化するには、より極東地域の現状を考慮した、いわば地元に根差した協力にじっくりと取り組んでいく必要がある。

「東方シフト」の要としての極東開発省

2015年から、ウラジオストクで「東方経済フォーラム」が年次開催されている。プーチン大統領の他、ロシア政府首脳やアジア太平洋を中心とする諸外国の政治・ビジネスの代表者を招き、2016年の第2回からは日本の首相も参加しているこの会議は、極東開発に向けた国際協力を促進すると同時に、国内的にも極東地域開発が国家的な優先課題であることを強く示すものとなっている。

このロシアの「東方シフト」を実現する上で要となる機関が極東開発省である。2012年5月のプーチン氏の大統領復帰とともに創設され、新たな外交戦略の柱となった「東方シフト」と極東地域開発の実現を担う役割を期待されている。他方、プーチン大統領の意欲とは裏腹に、広大・寒冷で人口が少なく未開発の極東地域に国家のリソースをつぎ込むことに対して、政府内では異論が絶えない。

加えて、特定地域の開発を担う連邦省という形態は、部門別の他省庁と権限・管轄領域を巡り必然的に対立する。極東連邦管区大統領全権代表と兼ねる形で極東開発省初代大臣となったイシャーエフ氏は、地元ハバロフスクに省の本拠を置き、省の権限強化の試みを繰り返したことなどで諸省庁とのあつれきを深めた。この時期、プーチン大統領自身にも迷いが見られた。しかしイシャーエフ氏の解任後、2013年9月にアンドレイ・ガルシカ氏が極東開発大臣に、ユーリー・トルトネフ氏が極東連邦管区大統領全権代表に就任して以降、極東地域開発の体制と方針は明確となる。

このため、極東地域の開発体制はプーチン大統領のコントロール下に置かれ、また他の政府機構から一定の独立性を保つ必要がある。まず連邦政府レベルに、メドベージェフ首相を議長とする「極東バイカル地域社会経済発展問題政府委員会」が設置された。この委員会では、第1副議長をトルトネフ極東連邦管区大統領全権代表が、副議長をガルシカ極東開発大臣が務め、主要省庁の大臣、極東バイカル地域の知事、エネルギー・資源・インフラ関連などの政府系企業や銀行の幹部などがメンバーとなった。この委員会の下に、実際的な作業を行う機関として、トルトネフ極東連邦管区大統領全権代表を議長とする「極東バイカル地域投資プロジェクト実施問題小委員会」が設置された。これが極東地域開発に関する事実上の決定機関となった。

極東開発省において策定・選定された事項は、小委員会で決定され、これがメドベージェフ首相率いる政府委員会で最終的な承認を受ける形となる。また、プーチン大統領も、トルトネフ極東連邦管区大統領全権代表やガルシカ極東開発大臣から報告を受けるとともに、さまざまな大統領指令などを通じて極東地域政策に指示を与える。こうして、プーチン大統領、メドベージェフ首相、トルトネフ極東連邦管区大統領全権代表、ガルシカ極東開発大臣をつなぐ政策策定・決定のラインが形成されている。

極東開発省の具体的な権限などを規定する省規程も、ガルシカ極東開発大臣就任後、多くの権限を追加する形で改訂された。極東地域の開発プログラムだけでなく、他省庁管轄のプログラムや政府系企業の開発計画も、極東地域で実施されるものは全て極東開発省の同意が必要となった。さらに、極東への投資誘致を促す環境整備に関わる権限が追加された他、極東地域市場での競争の発展に関する措置の策定・実現、中小企業の発展に関する権限が追加された。これらは、極東開発大臣がこの独占企業に対して影響力を行使し、もろもろの公共料金の値下げを迫る力となる。

実際、2017年7月から極東地域では企業向けの電気料金をロシア平均レベルに引き下げる制度が始まった。こうして極東地域開発の領域では、他省庁に対して一定の独立性、特権性を保ちながら、政府委員会、小委員会、極東開発省が連邦機関、連邦構成主体機関、政府系企業を統率する体制が形成された。

国家戦略実現のための極東開発省の組織強化

ガルシカ極東開発大臣就任後に打ち出された極東政策の方針は、次のようなものである。
(1)世界経済の成長センターであると同時に極東地域に近接した、アジア太平洋向け輸出、特に未加工の資源輸出ではない、付加価値の高い製品輸出を志向した産業育成を目指す。
(2)また、これを支える輸送・物流インフラの整備、エネルギー・社会インフラの整備が必要であり、それらをいかに限られた財政の下で効率的に実現するかが課題となる。そのために、民間資本、外国資本を誘致できる特区制度を創設する。これが先進社会経済発展区(TOR)とウラジオストク自由港である。
(3)さらに、労働力の確保と極東地域の人口減少への対処がもう一つの柱であり、後述する「極東ヘクタール」という政策が始められている。

こうした政策に合わせ、極東開発省の組織が再編された。新たな政策を担う部局が新設された他、傘下の機関として「極東開発公社」(TOR・自由港の管理会社)、「極東投資誘致・輸出支援エージェンシー」(TOR・自由港をはじめ極東地域への民間投資誘致に向けた広報やコンサルティング業務などを実施)、「極東人的資本開発エージェンシー」(極東地域に進出した企業への専門的人材確保の支援、「極東ヘクタール」に関わる支援措置を実施)が設立された。

これに加え、2011年11月に開発対外経済銀行の子会社として設立された「極東バイカル地域開発基金」が、極東開発省と連動した活動をするようになっている。同基金は、2015年8月に至るまで一つのプロジェクトにも投資できない状態が続いていたが、同基金の取締役会に極東開発省の次官が入ることになり、また2015年7月にトルトネフ極東連邦管区大統領全権代表率いる小委員会が同基金の投資プロジェクトの承認を行うことになった。こうして、トルトネフ極東連邦管区大統領全権代表、ガルシカ極東開発大臣率いる体制に組み込まれることによって、同基金はさまざまなプロジェクトへの投資を開始することができた。2016年2月には、貸出金利をそれまでの年11%から5%へと引き下げることが決定された。

極東開発政策の目玉-TORによる民間投資の誘致

極東開発省の目玉政策の一つであるTORは、2017年8月までに18の区域で設置された。157のレジデント企業が登録され、2万7000人の雇用が生まれ、民間投資額は4,900億ルーブルに達した。TORの対象地区の選定においては、一定の産業集積やインフラが存在し民間投資が見込めることなどが考慮されている。TORの設置区域として目立つのは、やはり(1)極東地域南部の産業集積地に近く(2)日本海に面した港湾や中国との輸送インフラが利用可能であり(3)シベリア鉄道・バム鉄道につながる国際的な物流ルートが利用できる地域である。他方、サハリン州、サハ共和国、チュコト自治管区、カムチャツカ地方などの北部でも設置が進んだ。観光や資源採掘・加工など、各地が有する産業資源を利用した発展を促すものや、食品など地元住民の生活必需品の生産を支援するものなどが含まれる。また、北極海航路において利用される港などもTORに含まれている。

なお、2017年8月に承認されたTOR「クリルィ」は、色丹島の北東部の港、マロクリリスコエ村に設置される。北方領土での日ロ共同経済活動実施に向けた日本の調査団の派遣が始まった直後にこのTOR設置案が小委員会での承認を受けただけに、何らかの政治的な背景がある可能性はある。ただし、従来あったクリル諸島のTOR設置案と比べると、このTORは対象地域がかなり限定されている。

ウラジオストク自由港では2017年8月までに276のレジデント企業が登録され、約2万9000の雇用が生まれ、民間投資額は3,253億ルーブルに達した。日本海に面した港湾や空港、鉄道を通じて、国内諸地域とアジア太平洋諸国を結ぶ国際的・国内的な物流のハブとなる位置にあり、特に中国からロシアの港湾に至る二つの物流ルートの整備が重視されている。自由港の重要な目的は、輸送・物流インフラの整備とサービス向上によるトランジット貨物取扱量の増加、国際的・国内的な輸送コストの低減を通じた輸出入拡大による地域産業の活性化を図ることにある。

ウラジオストク自由港では2017年8月までに276のレジデント企業が登録され、約2万9000の雇用が生まれ、民間投資額は3,253億ルーブルに達した。日本海に面した港湾や空港、鉄道を通じて、国内諸地域とアジア太平洋諸国を結ぶ国際的・国内的な物流のハブとなる位置にあり、特に中国からロシアの港湾に至る二つの物流ルートの整備が重視されている。自由港の重要な目的は、輸送・物流インフラの整備とサービス向上によるトランジット貨物取扱量の増加、国際的・国内的な輸送コストの低減を通じた輸出入拡大による地域産業の活性化を図ることにある。

民間企業プロジェクト支援策

こうした特区制度とは別に、極東バイカル地域における民間投資プロジェクトの中から、連邦予算の財政的支援やその他の行政的支援を行うものを選定する制度があり、前述のように極東バイカル地域開発基金の投資プロジェクトもここに組み込まれた。同基金は、中小企業向けの低利融資制度の設置、オンライン投資システム「ヴォスホート」の運用、また「極東高度技術発展導入基金」の設立など、極東開発省の政策と密接に連動した取り組みを進めている。さらに、極東投資誘致・輸出支援エージェンシーは、日本の国際協力銀行(JBIC)と設立した「極東地域先進経済特区投資促進プラットフォーム」をはじめ、アジア太平洋諸国との間での投資促進の枠組み作りを進めている。

労働力確保と「極東ヘクタール」政策

極東開発省の政策のもう一つの柱が、こうした開発政策を支える労働力確保の問題であり、その背景にある極東地域の人口の流出・減少問題への対応である。極東開発省がまとめた「2025年までの極東人口政策のコンセプト」は、2020年までに極東地域の人口を620万人に安定させ、2025年までに650万人にまで増やすという目標を掲げた。政策の柱は、出生率向上、死亡率低下と期待寿命の伸長、人口流出の抑制、定住者の誘致と地域社会への適応・統合の促進、在外同胞の移住支援、若者の定着の条件・誘因の創出と他地域の若い専門家の誘致である。これを実現するために、子どものいる家庭への補助や税の減免措置、医療や専門教育・高等教育の拡充、住宅支援、就労支援などの居住・生活環境の改善、就労の促進、輸送インフラ・社会インフラの充実など具体的な政策が挙げられている。

この面で極東開発省が打ち出した政策が「極東ヘクタール」である。これは、極東地域で活用されていない国有地もしくは自治体所有地を、全ロシア国民を対象に無償で利用してもらうというものである。2016年6月から極東地域の九つの自治体で試験的に開始された。同年10月から極東地域の住民を対象に、翌2017年2月からはロシアの他地域の住民も対象に本格的に開始された。与えられる土地は1人につき1ヘクタール以内であり、利用契約が結ばれてから5年後までに土地が適切に利用されていれば、土地の所有権または49年間の貸借権を得ることが可能となる。この申請のためのポータルサイトが開設されており、電子申請が可能である。2017年8月までに申請数は10万を超え、すでに2万7664の土地区画に利用許可が与えられている。

土地の利用方法は特に限定されておらず、極東地域の各連邦構成主体は住宅建設支援、農業支援、起業したての企業家への支援、失業者の起業支援、中小ビジネス支援などの支援メニューをそろえている。実際の土地の利用方法は、個人の住宅建設が4割を占め、以下、農業が23%、園芸・菜園が約15%、レクリエーションのプロジェクトが約14%、企業活動は約9%となっており、私的な利用がかなりの部分を占めるようである。また、申請者や取得者の大半はすでに極東地域に住む人々である。当面は、他地域からの移住者の誘致よりも人口流出を止めることを優先しているようである。

開発プログラムの策定と強化

極東地域の長期的開発計画を作成することは、極東開発省の重要な任務である。イシャーエフ前大臣の下で2025年までの国家プログラム「極東バイカル地域社会経済発展」が策定されたが、これは12年間で連邦財政から3兆8169億ルーブルという膨大な拠出を要求するものとなった。ガルシカ極東開発大臣の下で改訂されたプログラムは2016年8月に承認され、ここでは同じ期間における連邦予算からの資金拠出は5118億4000万ルーブルと、前バージョンのわずか13%にまで削減された。TORや自由港、投資プロジェクトに関連した投資に絞り込まれ、また企業からの資金供給を主体とした「官民パートナーシップ」のプロジェクトが多く含まれていることが新しい特徴である。

しかも、2017年3月に同国家プログラムが改訂され、2016~2019年度分の連邦財政からの拠出額が大幅に削減された。プーチン大統領やメドベージェフ首相の反対により削減幅は圧縮されたものの、元々の財務省による予算案はさらに大幅な削減を要求するものだった。この予算削減圧力は、極東開発省の仕事に対する評価の低さを反映したものであった。

他方、2017年からは極東開発省の管轄でない他の国家プログラムも、極東地域に関連したものである場合は、そこに「極東セクション」を設けることが義務化された。つまり、プログラムの中に「極東地域の先進的発展」のための目的や課題、連邦予算や地方予算、政府系企業の予算による施策、その実効性の評価のための指標が組み込まれる。その指標はロシア平均を超えるレベルのものが設定されなければならず、その箇所に関しては極東開発省の同意が必要となる。さらに、エネルギーやインフラなどの公共部門を担う主要な政府系企業に対しても、企業の発展プログラムの中に同様の極東開発プランを盛り込むことが政府によって指示された。こうした形で、極東開発の領域における極東開発省の権限の強化が進められている。

地元に根を下ろした極東開発協力を

このように、プーチン戦略に基づき特権性を持った形で極東開発の体制が整備され、また極東開発省のリーダーシップが強化されている。極東開発におけるさまざまな税制などの優遇措置の導入や規制緩和の導入、「極東ヘクタール」のような大胆な政策が分野の垣根を越えて横断的に実施できるのは、極東開発省のリーダーシップがこうした特権性に支えられるからである。しかし逆に言えば、極東地域政策は結局のところ「プーチン頼り」という危うさをはらんでいる。国家プログラムの予算削減は、極東開発省と他省庁や地元極東地域との間に強いあつれきが存在することを示している。

極東開発省の政策は、非資源セクターの輸出促進による極東地域の急速な発展という当初の意気込みがやや緩和され、資源輸出の支援や輸入代替の促進、北方住民の支援など、より地域の現実に即した現実的、漸進的なものへと修正されている面がある。また、単純に経済的なものに限らない、さまざまな戦略的思惑が反映されているようである。

極東開発省の政策は、極東に根を持たない、外資系企業での業務や投資誘致の経験を持つ若いスタッフの下で策定されており、相応の合理性を持つとはいえ、やはり地元の現実とはずれがある。また実際の運営に対応できていないという指摘も多い。その意味で、日本側も、極東開発協力を現実的に進めていくためには、地元政治経済の状況を熟知し、行政的なノウハウを有し、地元の発展に向けたインセンティブをより強く持つ連邦構成主体行政府の役割にも留意しながら、いわば地元に根を下ろした協力にじっくりと取り組んでいく必要があるだろう。

[執筆者]堀内 賢志(静岡県立大学国際関係学部准教授)

(※この記事は、三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2017年10月3日付で掲載されたものです)


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