欧州における女性会社役員のクオータ制導入の動き-上田 廣美

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概要

欧州連合(EU)では2012年以来、上場会社の役員のジェンダー・バランスにクオータ制を導入する指令案の検討が行われている。この指令が成立すれば、上場会社の「女性役員比率33%」の数値目標を達成すべく、EU加盟国は法制度化を義務付けられる。今回はEU指令案の動きと過去の歩みを紹介したい。

2012年11月、欧州連合(EU)の機関である欧州委員会は「上場会社の非業務執行役員におけるジェンダー・バランスと関連措置の促進に関する指令案」(以下、本指令
案)1 を提案し、いわゆる女性役員クオータ制導入の議論が始まった 2  。本指令案の根拠となるEU法の条文は、EU運営条約157条(雇用および労働分野における男女間の機会均等と処遇平等の原則)である。2012年当時は、業務執行役員(executive)と非業務執行役員(non-executive)が区別され、上場会社の非業務執行役員の少ない方の性別(多くの場合は女性)の役員数の最低数値目標を40%とするとされた。非業務執行役員(非業務執行取締役ないし監査役会の構成員)に対しては、会社指揮者の指名や経営政策における影響力が期待される一方、企業の日常的な業務執行における介入を制限できるとする要求もある。そこで、40%の数値目標は、完全同数50%
に満たないものの、企業の役員会(取締役会ないし監査役会など)における男女共同参画に適切な値と考えられた。

その後、パブリックコメントを経て、2015年、EU理事会から修正案が示された。それによると、性別クオータ制の対象を「業務執行役員」にまで拡大し、数値目標は「非業務執行役員の40%、または役員全体の33%」とされ、事実上ハードルが下げられた。指令案のタイトルも「上場会社の役員におけるジェンダー・バランスと関連措置の促進に関する指令案」に改められ、これらは2017年の再修正案3に踏襲された。なお、2018年9月末現在、この再修正案が最新の内容を伝えるもので、指令自体はまだ成立していない。
再修正案の構成は、対象企業の準拠法は本店所在国の法律とし(2条bis)、中小企業の適用除外(3条)を定め、クオータ制については4条で規定している。すなわち、男女バランスの目標として、a.2022年12月31日までに、非業務執行役員の少ない方の性別の構成員が少なくとも40%を占めること、またはb.2022年12月31日までに、業務執行役員を合わせた役員全体で、少ない方の性別の構成員が少なくとも33%を占めること(同条1項)とした上で、前項においていずれかの性別の構成員が50%を超えないこと(同2項)とした。すでに国内的措置を実施している加盟国は、たとえその国内的措置の数値目標が本指令の数値より低くても2024年12月31日までは適用除外となるとした(4条ter)。

再修正案には別表として「少数性別の役員数の数値目標早見表」が添付されているが、業務執行および非業務執行を合わせた全役員数を母数にして比率を40%から33%に下げたことにより、実際に登用されるべき女性役員数は逆に減る場合も生じる。ここに「33%」という数字のパラドックスがある。再修正案は、女性役員比率の進捗(しんちょく)状況4に鑑みて、指令採択の「実現可能性」を模索した妥協の産物ともいえよう。まずは経営に対するより客観的な立場で影響力を有する非業務執行役員への性別クオータ制導入が望ましいとする文脈でこの議論は始まったはずである。再修正案は、こうした男女共同参画を穏便に推進させようとしてきた欧州委員会の立場を覆すことになる。実質的な登用人数が少なくて済むから「全役員」に拡大するという便法では、会社法学上全く説明がつかない。こうしたEU理事会の再修正案に対する評価は、企業・株主、労働団体・フェミニズム団体など立場によって微妙であろう。このあたりが、再修正案がいまだ採択されない原因かもしれない。

近時、企業法制では、規制の導入につきソフト・ローによる解決が採られる場合が多い。英国のEU離脱(Brexit)の渦中にある英国でも、取締役会の多様性は、コーポレートガバナンスの文脈で取り組みがなされ、中でも女性の取締役会進出については2011年から毎年デービス報告と呼ばれる女性の取締役会進出に関する報告書が公表されている5。同報告書によると、2011年当時の女性役員比率は、FTSE100社6で12.5%であったが、目標として25%を掲げた結果、2015年の時点で、FTSE100社では26.1%、250社では19.6%を達成し、さらに男性役員のみの会社は前者では0社、後者ではわずか15社に激減したとされている。
しかも英国は、法律によるクオータ制を導入せずに、女性役員比率世界第7位を達成している。こうした成功の原因を同報告書は、(1)明確な目標(2)リーダーシップ(3)あらゆる企業努力(4)調査会社とベストプラクティスコードの設定(5)ポジティブかつビジネス上のメリット(6)弾みの維持(7)宣伝効果(8)女性への期待(9)デービス報告書(10)女性に優しい職場環境の推進を指摘している。しかし、いずれも特異な理由ではないので、法規制に頼らずとも自主規制で解決を図る英国経済界の伝統的な風土が奏功したと思われる。
一方、フランスは「取締役会および監査役会における女性および男性の均衡ならびに職業上の平等に関する2011年法」(以下、2011年法)により、EU加盟国の中でもいち早く民間企業における女性役員登用のクオータ制(40%)を会社法に導入したことで知られている7。金融市場機構(AMF)の2016年報告書によると、女性役員比率は、フランスを代表する企業CAC40社で36.4%、SBF120社で33.8%となり、クオータ制の40%達成にはもう一歩となっており、英国をしのぐ。しかし、このクオータ制導入の経緯は決して安易なものではなく、憲法改正を含む1982年以来の30年間に幾つものステップを踏んだ。
1982年、フランス憲法院は、地方議会の議員や公職における性別クオータ制の導入に関する法律は「選挙人に公示される名簿において、性別を理由とする候補者間の区別を構成する規則は、憲法の原則に違反する」として違憲であるとした。続いて、1999年1月、憲法院は、被選挙人名簿において、男性候補者と女性候補者を同数(パリテ)を規定する改正選挙法典は違憲であるとし「性別を理由として選挙人の間で、また被選挙人の間でいかなる区別なきこと」が繰り返された。
しかし、1999年の憲法改正により、憲法3条の最終項として「法律は選挙による議員職と公職への女性および男性の平等な参画を促進する」が新設されたため、2000年5月、憲法院はついに、比例代表制の候補者名簿において「性別による候補者数の差は1人を超えてはならない」(=男女同数)とする改正法の規定を合憲とするに至った。憲法3条最終項の新設により、比例代表制候補者名簿における男女同数(パリテ)のクオータ制を規定する法律が誕生したのであるが、企業などの取締役会・監査役会の構成はこうした憲法的価値に拘束されないとされた。
国民主権を代表する選挙による議員職や公職と違い、企業などの経営意思決定機関は憲法3条の射程外とされたのである。その後、2008年7月の憲法改正は憲法3条最終項を、より総論的な憲法1条の新設2項に移動し、さらに「職業および社会への職責」の文言を追加した。この憲法改正により、選挙による議員職や公職と同様に、企業などの経営意思決定機関においても男女の平等な参画を促進する法律の制定が可能となり、会社法による性別クオータ制導入の憲法的根拠が整った。そして、議員立法の議員名から俗にコペ=ツィンマーマン法と呼ばれる2011年法が成立し、会社法により、企業における女性役員登用クオータ制がようやく導入されたのである。
一方、わが国における女性役員比率は3.7%にとどまる。今後、EUで本指令が成立9すれば、上場会社における女性役員登用につき、EU域外の諸国に与える影響は決して小さくはなかろう。


1 COM(2012)614 Final,14/11/2012,2012/299(COD)
2 詳細は上田廣美「会社法とジェンダー・バランスの相克-上場会社役員のジェンダー・バランス推進に関するEU指令案をてがかりとして」、EU法研究第4号2018年3月、36ページ以下参照
3 Dossier Interinstitutionnel:2012/0299(COD), 31/05/2017,9496/17
4 前掲・COM(2012)614 Finalによると、2012年の時点で、EU域内の上場有力企業における女性役員比率は平均13.7%、非業務執行役員では平均15%にとどまる。国別のバラつきも多く、業務執行役員では0%という加盟国もあった。
5 « Improving the Gender Balance on British Boards-Women on Boards Davies Review, Five year summary », October 2015
6 ロンドン証券取引所の株式指数を構成する時価総額上位100銘柄。フランスではCAC40、SBF120がある
7 鳥山恭一「取締役会における男女均衡-取締役会および監査役会における女性および男性の均衡ある代表ならびに職業上の平等に関する2011年1月27日の法律第2011-103号」(立法紹介):日仏法学26号(2011年)197-200ページ:商法典L.225-18-1条1項、L.225-69-1条2項
8 2017年時点(朝日新聞2018年8月29日朝刊「(2030 SDGsで変える)トップが語る:5 薗田綾子・クレアン社長」
9 本指令案の動向は、欧州議会のLegislative Observatory « Procedure 2012/0299/COD »の文書番号で随時追尾できる。

[執筆者]上田 廣美(亜細亜大学法学部教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2018年10月23日付で掲載されたものです)


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