105.英国の合意なし離脱(ハードブレジット)に向けたEUの緊急対策-木村ひとみ

eu

概要

英国の欧州連合(EU)離脱を巡っては、合意なし離脱(ハードブレグジット)に備える必要性が高まっているが、これまでEU、英国から出された緊急対応策は最小限にとどまる。交渉期間延長、離脱時期延期、再度の国民投票による残留の可能性もあるが、合意なし離脱が避けられない場合、世界貿易機関(WTO)に残留しEUと早期にカナダ型自由貿易協定(FTA)の締結を目指すオプションが現実的となるだろう。

概説

英国の欧州連合(EU)離脱に関する離脱協定案が大差で否決され、移行期間のない合意なし離脱(ハードブレグジット)に備える必要性が高まったが、これまでEU、英国から出された緊急対応策は最小限にとどまる。今後、2年間の交渉期間の延長、離脱時期の2019年7月までの延期、再度の国民投票による残留の可能性もあるが、合意なし離脱が避けられない場合には、世界貿易機関(WTO)に残留しEUと早期にカナダ型自由貿易協定(FTA)の締結を目指すオプションが現実的となるだろう。

1. はじめに:離脱協定の行方

2019年1月、英国のEU離脱に関する離脱協定案が、賛成202対反対432の大差で否決され、直後に提出されたメイ首相に対する内閣不信任案も賛成306対反対325の僅差で否決された。可決されれば、これを基に策定する法案の英国議会での可決を経て、欧州議会とEU理事会の承認を経た上で正式に2019年3月29日にEU離脱となり、移行期間に入る予定であった。

アイルランドとの厳格な国境管理を回避するため、アイルランドはEU単一市場に残留し、英国は一時的にEU関税同盟に残留するいわゆる「バックストップ」が焦点になっており、超党派議員との協議に基づき、2019年1月末にも代替案の採決が行われたが、これも否決された。なぜなら、EUは離脱協定の再交渉を否定しており、英国議会でも離脱派と残留派が拮抗(きっこう)し、野党も過半数を取れない状況で、移行期間なしで合意なし離脱に向けて突き進む英国の行方を世界が固唾(かたず)を飲んで見守っている。

今後、EUも示唆するように2年間の交渉期間を延長、あるいは2019年7月まで離脱時期を延期し、再度の国民投票が実施される場合には残留の可能性もあるが、合意なし離脱が避けられない場合には、EUに加盟することなくEU単一市場に参加する欧州経済領域(EEA)に英国が再加盟するノルウェー型EEA(ソフトブレグジット)あるいはカナダ型FTAが議論されている。

本稿では、EU、英国双方のこれまでの合意なし離脱に備えた緊急対策計画を紹介し、今後の展望を探る

2. 英国の対応

合意なし離脱の場合、世界の金融センターとしてのシティーの地盤沈下や欧州大陸への本社機能移転の可能性など英国経済の混乱については、早い段階から懸念されていた。最初に英国で緊急時対応計画(コンティンジェンシープラン)の準備について言及されたのは2017年で、EUとの離脱交渉がまとまらない場合にこれを準備するとしていた1)。
その後、2018年10月の合意期限延期の可能性が明らかになった同年8月のEU首脳会談後に、合意なし離脱に備えた文書の一部が公表され、税関手続きの煩雑化、ユーロ建て取引の費用・処理時間の増加、クレジットカード手数料の増額、医薬品の備蓄不足などの問題の発生が想定されるとともに、EU製品の英国への輸入に際してEU規則を採用した場合、英国製品のEUへの輸出についても同等の措置を要求するとした。その後、離脱協定が否決される可能性が高まった同年12月に緊急対策を格上げし、企業にも本格的な備えが要請された2)

3. EUの対応

英国経済混乱の波及を避けたいEUにとっても、合意なし離脱の回避は最大の関心事であり、2018年末のEU首脳会議で離脱協定および政治宣言が正式に承認された際、同時に合意なし離脱への準備を加速する方針が出され、その後、合意なし離脱に向けた緊急時対策計画(“no deal” Contingency Action Plan)が開始された3)。離脱協定の否決を受け、EU市民権の扱いを最優先とする緊急対策の一段の強化が必要となる。

コンティンジェンシープランについてはコミュニケーションの形で3回にわたって発出されており、合意期限が延期され、離脱交渉の進捗(しんちょく)が懸念された2018年7月に一つ目のコミュニケーション4)が公表された。同年11月に公表された二つ目のコミュニケーション5)では、2019年末まで適用される緊急措置として八つの立法が準備された。金融サービスについては、EU離脱によりいずれかの加盟国で免許を取得すれば域内で営業できる、金融機関向けの単一パスポート制度が維持できなくなることから、欧州大陸に拠点を移す金融機関の動きが加速した6)

2018年12月に公表された三つ目のコミュニケーション7)では、金融、航空、税関、気候変動政策など大きな混乱が予想される分野で、2019年3月30日以降に適用される14の具体的対応が示されている。ただし、これらは英国のEU離脱の悪影響を緩和するものでも、準備不足を補完するものでも、EU加盟国としての恩恵や離脱協定に基づく移行期間の内容を再確認するものでもないとされている。

また、市民権の保護については加盟国に寛容な対策を求め、相互のビザを不要とするEU規則が提案されており、既にフランスやドイツなどでは立法や対策が講じられている。
最も悪影響が懸念される金融部門8)については、デリバティブの中央清算機関のクリアリングの混乱を防ぐため12カ月間限定で、また、現在英国のオペレーターを使用するEUオペレーターの中央預金サービスの混乱を防ぐため24カ月間限定で、一時的かつ条件付きの決定を行っている。また、英国からEU27加盟国の相手方に契約が譲渡される場合、12カ月間限定で店頭取引のデリバティブ契約の更改を促進する二つの規則が公表された。

交通部門では、EU・英国間の航空部門の運航中断を回避するため、12カ月間に限り航空サービスに関する条項を維持し、9カ月間に限り特定の航空安全ライセンスの有効性を延長する二つの規則が採択された。これらの措置はあくまで基本的な接続を確保するものであり、単一欧州空域の加盟国に付与される恩恵を複製するものではなく、EU航空キャリアーに同等の権利を付与し、公正な競争条件を確保する英国に適用されるものである。また、欧州委員会は英国がEUの道路運送業者に同等の権利を付与し、公正な競争条件を確保する場合、英国業者にも9カ月間に限り、EUへの物品輸送を認める規則を採択した。

物の関税・輸出については、関連するEU規則が適用される。欧州委員会は、英国のEU離脱前あるいはEU関税同盟に入る前に、期限の条項に英国近海を含める規則を採択した。また、EU全域で軍用・民生用どちらにも使用できるデュアルユース品目を輸出できる国のリストに英国を追加する規則を採択した。加盟国は間接税について、EU関税コードおよび関連規則を適用するための措置を講じる必要がある。

EU気候政策については、EU排出量取引制度(EU ETS)の円滑な運用を確保するため、英国の無償割当、有償割当(オークション)、国際排出枠取引を2019年1月1日から一時的に停止することを決定した。また、2020年末まで英国企業がEU ETS市場にアクセスするのに必要な適切な年間割当を行うとし、将来の年間割当調整のためEU ETSおよび英国排出枠取引市場の参加企業が両者を区別して報告するための規制を導入するとされた。
この他、アイルランドとの平和と和解のためのPEACEプログラムについても2020年末まで継続する規則を提案し、2020年以降は次期多年度財政枠組み(Multiannual Financial Framework:MFF)の提案に基づき平和と和解のための支援を継続、強化するとした。

4. 今後の展望

最後に、残されたシナリオについて考えてみたい。ノルウェー型のアプローチ(ソフトブレグジット)については、移行期間中の離脱協定に関する英国・EU間の法的紛争を解決する独立仲裁機関として共同委員会(Joint Committee)の設立が急がれるが、これはEEA共同委員会を模した制度になっており、EU単一市場へのアクセスおよびそれに関わる支出が求められる中で欧州司法裁判所(ECJ)の司法管轄を受け入れることになり、メイ首相も反対している。2020年末までの移行期間を経たEU離脱後も共同委員会が継続される場合には、ECJに最終的な裁定を求める離脱協定の該当条文が見直される可能性が高く、ECJに最終的な裁定を求める(EEAに基づく)欧州自由貿易連合(EFTA)裁判所の在り方については支持が得られにくい9)

このように、EEAが基本的にEU法の適用を前提としているのに対し、EUがモデルとしているEU・カナダ包括的自由貿易協定(CETA)は当事国の対等な関係という意味でより示唆的であり、ここではCETA共同委員会が任命した裁判官により構成される投資裁判所が紛争解決を行うことになる。WTOに残留し、EUと早期にカナダ型FTAを締結するオプションがより現実的といえる。

このように離脱の行方は予断を許さない状況であるが、企業としては、最悪の事態として合意なし離脱に備えつつも、これを回避しようとする英国およびEU双方の歩み寄りを見極めつつ、法的な変更に備えておく1年となろう。


注:
1 木村ひとみ「イギリスのEU離脱(Brexit)をめぐるEU・イギリス法上の課題」EU法研究第4号(2018年)97-125ページ
2 Department for Exiting the European Union, How to prepare if the UK leaves the EU with no deal, 2018; 木村ひとみ「イギリスのEU離脱(Brexit)をめぐるEU・イギリス法上の課題(2)―離脱交渉の第二段階を中心に―」EU法研究第5号(2018年)110-142ページ。AFPBB News(2018年8月24日付)
3 European Commission, Preparedness notices, Notices from the European Commission departments on how Brexit would change law and policy in their areas of work(2018); 松澤幸太郎「英国の欧州連合(EU)離脱に係るEU発出のステークホルダー向け注意喚起の概要」筑波法政75巻15-97ページ
4 EUROPEAN COMMISSION, Preparing for the withdrawal of the United Kingdom from the European Union on 30 March 2019, COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE EUROPEAN COUNCIL, THE COUNCIL, THE EUROPEAN CENTRAL BANK, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE, THE COMMITTEE OF THE REGIONS AND THE EUROPEAN INVESTMENT BANK, Brussels, 19.7.2018 COM(2018)556 final
5 EUROPEAN COMMISSION, Preparing for the withdrawal of the United Kingdom from the European Union on 30 March 2019: a Contingency Action Plan, COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE EUROPEAN COUNCIL, THE COUNCIL, THE EUROPEAN CENTRAL BANK, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE, THE COMMITTEE OF THE REGIONS AND THE EUROPEAN INVESTMENT BANK, Strasbourg, 13.11.2018, COM(2018)880 final
6 木村、前掲注1
7 European Commission, Brexit: European Commission implements “no-deal” Contingency Action Plan in specific sectors, Press release, Brussels, 19 December 2018; EUROPEAN COMMISSION, Preparing for the withdrawal of the United Kingdom from the European Union on 30 March 2019: Implementing the Commission’s Contingency Action Plan, COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE EUROPEAN COUNCIL, THE COUNCIL, THE EUROPEAN CENTRAL BANK, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE, THE COMMITTEE OF THE REGIONS AND THE EUROPEAN INVESTMENT BANK, Brussels, 19.12.2018 COM(2018)890 final
8 EU離脱後の英国金融機関については、(1)EFTAに残留して単一パスポート制度を維持(ノルウェー型)(2)EFTAに残留せず、単一パスポートを含む二国間合意なし(カナダ・スイス型)(3)第三国としての同等性評価の維持、三つのシナリオのうち望ましいカナダ型についてもEU域内での子会社の設立が必要となり、受入国の監督当局の対象となるため、カナダ型をモデルにした独自の包括的協定の締結が望ましいという見解がある。太田端希子「Brexit後の英国金融機関とEUの関係」須網隆夫+21世紀政策研究所編『英国のEU離脱とEUの未来』(日本評論社、2018年)167-181ページ
9 木村、前掲注2

[執筆者]木村 ひとみ(大妻女子大学社会情報学部准教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2019年2月12日付で掲載されたものです)


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