107.ディーゼルからEVへ-VWの経営戦略-風間信隆

EU

概要

ドイツ・フォルクスワーゲン(VW)グループは2018年4月に最高経営責任者(CEO)に就任したH・ディース氏の下で「TOGETHER-Strategy 2025」において電動車(EV)化を加速している。こうした戦略転換はディーゼル車の排ガス不正発覚や、欧州や中国というVWの主力市場での環境規制強化を契機とするものである。また同時にモビテリティーサービス企業への転換を戦略的重点に置いている。

1.はじめに

フォルクスワーゲン(VW)、アウディ、ポルシェなど、傘下に12ブランドを擁するドイツのVW グループは2018年、過去最高の世界販売1,083万台を記録し、1,053万台のトヨタ自動車を上回り、世界販売台数で3年連続のトップに立つことになった。このうちアウディは前年比3.5%減の181万台となったが、ゴルフやパサートなどを擁するVWブランドは多目的スポーツ車(SUV)の積極的な市場投入により624万台(前年比0.2%増)となった。またグループの世界販売のうち、西欧市場(358万台)と中国市場(420万台)が2大主力市場となっている。

周知のように自動車業界は、第4次産業革命の中で、CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)を巡る技術革新が加速度的に進行しており、米国のGAFA(グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック、アップル)や中国のBAT(百度:Baidu、阿里巴巴集団:Alibaba Group、騰訊控股:Tencent)といった巨大ITプラットフォーマーが自動運転やシェアリングを巡って、あるいは英国ダイソン(Dyson)をはじめ異業種からも電動車(EV)を巡って新規参入が相次ぎ、新興メーカーの米国のテスラ(Tesla)が高級車ブランドで台頭するなど「100年に一度」とも呼ばれる構造的変革期を迎えている。

VWは2015年に発覚したディーゼル車の排ガス不正や欧州や中国という主力市場での環境規制の強化を契機としてEVを柱とするモビリティーサービス企業(e-mobility)への転換を戦略的重点に置くようになっている。本稿はこうしたVWのEVを中心とした戦略の具体的展開を中心として論じることとしたい。

2.VWのディーゼル不正の影響

ドイツはガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、ヴァンケルエンジン(ロータリーエンジン)といった主要な内燃機関を発明した国であり、ドイツの自動車メーカーは、内燃機関に対する強いこだわりを持ってきたことで知られている。VWの競争力の源泉も「走る、曲がる、止まる」といった車の基本特性に「強み」を有し、中でも「燃費低減効果の高い、TSI、TDIエンジン(直噴ターボエンジン:引用者)といったパワートレイン技術1」で高い競争力を獲得してきた。

しかし、2015年9月に米国で発覚した、違法なディフィートデバイス(排出試験時に無効化機能装置を作動させるソフトウエア)を搭載することで窒素酸化物(NOx)の排出を意図的に少なく見せていたというディーゼル不正事件2により、当時の最高経営責任者(CEO)であったヴィンターコルン(M. Winterkorn)氏は辞任し、その後はVWやアウディの執行役員の逮捕・辞任が相次ぐなど大きな混乱を招くことになった。また米国・欧州で1,000万台を超えるリコールに追い込まれ、3年間で3兆5000億円を超えるディーゼル不正引当金を計上せざるを得なかった。しかし、その後の販売動向を見る限り、欧州市場や中国市場では販売の落ち込みは確認されず、そのブランド力は衰えていない。

しかし問題は、VWのディーゼル不正によって、欧州市場でのディーゼル車自体に対するユーザーの不信が広がっていることである。それは、その後のダイムラーやBMWでもディーゼル不正が疑われ、リコールを余儀なくされ、ディーゼル車全体に対する不信感が広がりを見せてきたことも背景としている。欧州市場では、手動変速機(MT)を搭載する乗用車が多く、トルクの大きいディーゼルエンジンの方が変速の頻度が少なくて済み、また燃費も良いので長距離移動でも給油の手間を減らせるディーゼル車は人気で、一時は50%超がディーゼル車であった。しかしその後、ディーゼル車の販売に占める比率は漸減傾向にあり、ディーゼル車への逆風が吹いている。
さらにドイツの連邦行政裁判所(行政訴訟の最高裁に相当)は2018年9月、フランクフルト市に対し、2019年2月以降、欧州連合(EU)の排ガス基準を満たさない旧式ディーゼル車の中心部への乗り入れを禁止するよう命じた。またハンブルクでも既に一部で乗り入れ禁止が導入され、フランクフルトやシュツットガルト、デュッセルドルフなどもそれに続くと報じられている。
1 FOURIN『ドイツVWの世界戦略』2014年、20ページ
2 ジャック・ユーイング著『フォルクスワーゲンの闇』日経BP、2017年

3.欧州のディーゼル規制強化

2015年、世界の平均気温上昇幅を2050年までに「2℃未満」に抑えるとともに、目指すべき目標として「1.5℃」と設定する国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)、気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定(パリ協定)が締結された(その後、米国のトランプ政権は離脱を表明)。これによれば、2050年までに世界全体の温室効果ガスの排出量を少なくとも半減させる必要があるといわれている。しかも、EUの排ガス規制基準はますます強化されてきた。現行の「ユーロ6」では1キロメートル(km)走行時に排出される二酸化炭素(CO2)は「130g以内」とされているが、これが2021年の「ユーロ7」では「95g以内」と強化され、さらにEUの欧州委員会は2030年には2021年規制の37.5%の削減(約60g)を決定したと報じられている。こうした動向に、ドイツ自動車工業会(VDA)は危機感を強めており「技術的・経済的現実を無視」し「欧州の成長と雇用を破壊する」ものとして猛反発しているものの、こうした規制の導入は自動車メーカーにとってEV化への大きな契機となったものと思われる。


また、フランス政府は2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止することを発表し、続いて英国やスペインも同じく2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止することを発表している。既にノルウェーでは2017年に新車販売の39%(6万2000台)がEVであり、2025年までに化石燃料による自動車の販売を禁じる政策が打ち出されている3

3 Global EV Outlook 2018 参照URL:https://www.iea.org/gevo2018/(最終参照年月日:2019年2月22日)

4.中国のNEV促進政策

既に中国政府は、環境政策としても、自国の自動車産業育成政策としてもバッテリー駆動電気自動車(BEV)と混合動力電気自動車(PHEV)を中心とする新エネルギー車(New Energy Vehicle:NEV)をさまざま政策によって支援してきたことで知られており、2017年のNEV販売台数は77万7000台を記録し、3年連続世界一となっている。こうしたNEV市場の拡大は、1)中央と地方政府による多額の国産 NEVを優先とした補助金政策、2)新規乗用車購入時のナンバー発給制限、そして3)都市中心部への乗り入れ規制という政策を背景としている4

同時に2019年から実施されるNEV規制は、年間の生産・輸入台数が3万台以上の完成車メーカーにNEV(BEV、PHEV、燃料電池車(FCV))の生産・輸入を一定の割合で義務付けるものである。各自動車メーカーは自動車を生産・輸入する際に、生産・輸入台数に応じて一定のNEVの生産・輸入も必要となった。もし目標に達しない場合は、罰金や罰則を受けるか、あるいは他社からのクレジットを購入しなければならない。VWにとってその主力市場である中国市場におけるEV推進の動向がEVへの戦略的シフトを迫ることにもなっている。


4 森山 博之「中国の新エネルギー自動車の政策動向」旭リサーチセンター、2018年2月。https://www.asahi-kasei.co.jp/arc/service/pdf/1023.pdf(最終参照年月日:2019年2月22日)

5. VWの電動化への取り組み:TOGETHER-Strategy 2025戦略

VWが現在進めている「TOGETHER-Strategy 2025」戦略は、2015年秋にマティアス・ミュラー(Matthias Müller)前執行役会長によって策定されたものであるが、2018年4月にVWグループCEOに就任したヘルベルト・ディース(Herbert Diess)氏の下で一層e-mobility戦略が加速している。

1) グループ内事業を7部門に再編する:量販車事業(VW、シュコダ、セアトなど)、高級車事業(アウディなど)、最高級スポーツカー事業(ポルシェなど)、中国事業などに分けた上で、そのうちコンポーネント事業(VW Group Components)をスピンオフし、さらにマンとスカニアというトラック・商用車事業をトラトン・グループ(TRATON Group)として統合し、2019年1月にその株式を上場させた。
2) 2019年から2023年までの5年間に全体投資額の3分の1に相当する440億ユーロ(約5兆6000億円)(中国事業を除く)を電動化、自動運転さらには自動車のデジタル化の3分野に投資する。うち、電動化だけで3分の2に相当する300億ユーロ(3兆9000億円)を投資する。
3) 新たに量販EV専用車台(MEB)と高級EV専用車台(PPE)を開発し、BEV 50モデルとPHEV 30モデルを市場投入し、2025年までに300万台体制を確立する。その際、バッテリー・コストが車体材料費の20~30%を占めるといわれることもあって、バッテリー技術の能力構築が今後の戦略的重点目標に掲げられている。
4) MEBをベースにして、I.D.シリーズとして27モデルを投入する。MEB専用生産拠点として、まずドイツのツヴィッカウ(2019年)、エムデン、ハノーバー(2022年)を稼働させる計画である。ツヴィッカウ拠点は2020年に販売されるI.D.生産のために12億ユーロを投じ、33万台の生産能力を有し、同拠点がグローバル・マザー工場とされる(同拠点で生産されるI.D.車は1回当たりの充電で550kmの走行が可能で、ほぼディーゼル車並みの価格設定とされる)。また中国事業では150億ユーロ(約1兆8000億円)の電動化投資が計画されており、上海VWの安寧(Anting)、一汽VWの仏山(Foshan)をI.D.生産拠点とする。そのうち、既に上海の安寧工場には2,700億円を投じて年間30万台の生産能力を有する拠点の開設が2020年の稼働を目指し進められている。また第3の合弁パートナーである安徽江淮汽車(JAC)・VWの安徽省合肥市(Hefei)でもEV専用工場を開設する計画が進められている。
5) 「つながるクルマ」(connected car)や自動運転車ではこれまでVWの開発の遅れが指摘されているが、グループ傘下のアウディは既に渋滞中の高速道路を時速60km以下で走行中という限られた環境下でレベル3の条件付き自動運転を実現する「世界初の量産車」をA8で実現している。さらに2018年秋にはFord Motorとの間で商用車だけではなく、e-mobilityを含む戦略提携を進めることで合意している。またサービスとしてのモビリティー(Mobility as a Service)事業として既にイスラエルのオンデマンド・モビリティー事業を展開しているゲット(Gett)に投資しているが、ドイツ国内ではカーシェアリング事業を担う会社として2016年12月「モイア(MOIA)」を設立し、自動車ビジネスの再定義を進めている。
6) かねてVWの最大の弱点はドイツ国内事業拠点のコストの高さであり、とりわけ、VW乗用車ブランドの利益率の低さは大きな課題であるとされてきた。そこで同社の新たな生産戦略では2025年までに2018年比で生産性の30%向上と26億ユーロのコスト削減を目指し、製品志向から生産・工程志向に生産のパラダイム転換を図ることが目指されている。

6. おわりに

以上確認できたように、2015年9月に発覚したディーゼル不正事件はEVへの戦略シフトを促したが、同時に欧州と中国で高まる環境規制の強化をも背景としていた。これによってVWは一気に電動化戦略を加速化することになったが、しかしこれにはなお、バッテリーの性能向上、バッテリーのコスト低減と車両価格の低下、バッテリーの安全性およびバッテリーの充電インフラ整備といったEVの普及を阻む大きな克服すべき課題が残されている。実際、VWはこうした大規模な電動化投資にもかかわらず、従来の内燃機関を載せるMQBプラットフォームが依然として今後も主力となることを見込んでおり、実際に2023年までに投資総額の3分の2の投資は内燃機関の改良や車体の軽量化などの分野に投じられていることも見逃し得ない。
確かにVWのディーゼル不正でディーゼル技術に逆風が強まっているとはいえ、ディーゼルエンジンは今後も大型バスやトラック、長距離ドライブでは主力となるエンジンであり、CO2排出量の少ないエンジンでもある。従来のTSI/TDI直噴ターボエンジンの改良や圧縮天然ガス(CNG)エンジンといった技術革新によって再び内燃機関に脚光が浴びる可能性は否定できない。

[執筆者]風間 信隆(明治大学商学部教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2019年3月28日付で掲載されたものです)


Comments are closed.

Back to Top ↑