113.ロシアにタックスヘイブンが誕生~プーチンはロシアの大富豪を救えるか-安木新一郎

ロシア国旗

概要

2018年8月、ロシア国内に2か所のオフショア(タックスヘイブン)が設けられた。1つは西の端カリーニングラード州オクチャブリスキー島という欧州連合(EU)に囲まれた飛び地、もう1つが極東の沿海地方ウラジオストク市の沖に浮かぶルースキー島だ。経済制裁に苦しむロシアの大富豪は、国内オフショアに資金を移しつつある。

はじめに

2018年のロシアの実質国内総生産(GDP)成長率はプラス2.3%となった。2016年以降、経済制裁下にあるにもかかわらずプラス成長が続いている。他方、2018年は国際原油価格が上昇傾向にあったが、下の図を見ると、ロシア・ルーブル外国為替相場はルーブル安傾向にあり、特に米財務省による追加制裁が同年4月6日、米国務省による新たな経済制裁が同年8月8日に発表された直後は急激なルーブル安に振れたことがわかる。

また、ルーブル安が進んだ2018年9月と12月には政策金利をそれぞれ0.25%引き上げて、ルーブル安と輸入物価の上昇を抑え込もうとした。とはいえ結果的に2018年1年間の消費者物価指数(CPI)上昇率はプラス4.3%と目標値である4%を上回った。プーチン政権は苦境に立たされている。

資源依存経済のロシアがより成長するには製造業を復活させることが必要だが、経済制裁下で海外からの投資受け入れとそれにともなう技術移転は難しい。加えて、これまでロシアでは、資本逃避が常態化し、毎年何百億ドルもの資金がタックスヘイブンに流出していた。

そこで、海外から資金を流入させる苦肉の策として、ロシア政府は過去の資本逃避分の還流策を実行し始めた。その1つが2018年8月ロシアに2か所設置された国内オフショア(タックスヘイブン)CAP(Специальный Административный Район、特別行政区)である。

1. スイスフランの動きとロシア

2018年はビットコインをはじめとするデジタル暗号通貨(仮想通貨)のバブルがはじけたものの、2008年のいわゆるリーマンショックのような衝撃的な出来事はなかった。他方、外国為替相場を見ると、2018年1年間に主要10通貨のうち、米ドルに対して高くなったのは日本円だけで、ユーロ、英ポンド、豪ドル、北欧3国の通貨などは安くなった。景気後退期には安全資産とみなされる日本円や金、そしてスイスフランが買われるが、結果的に2018年のスイスフランは対ドルで安くなってしまった(Bloomberg, January 1, 2019)。

スイスフランは、2015年1月に対ユーロ上限撤廃を突如発表して相場が暴騰した(Reuters, January 15, 2015)。2018年上半期には対ユーロ安が進み、1.2スイスフラン/ユーロという2015年1月の暴騰直前の値まで安くなった。欧州中央銀行(ECB)が債券購入プログラムを終了させ貨幣供給量を減らそうとする一方、スイス中央銀行は中銀金利を過去最低のマイナス0.75%のまま変えないのでスイスフランは対ユーロで安くなり、それにつられて対米ドル、対円でも安くなる。それ故「有事のスイスフラン買い」はなくなったのではないかという観測さえ飛び交った(Reuters, April 20, 2018)。

図 ルーブルの対ユーロ、スイスフラン、米ドル名目公定外国為替相場(2018年1月10日~12月31日)


注:上からユーロ、スイスフラン、米ドル

出所:ロシア中央銀行のデータより筆者作成

これまでスイスフランが買われてきた理由として、ロシアからの資本逃避先がスイスの銀行だったからという点が指摘されている。ロシアの富裕層が保有している海外資産は8,000億ドルに上ると見られており、2018年11月にはデンマークのダンスケ銀行のエストニアの支店を通じてロシアから8年間に2,000億ユーロの資金洗浄目的の送金があったことが暴露された(Reuters, November 19, 2018)。

一方、2017年にロシアから海外へ流出した資金の14%はスイス向けであり、米国向けの約3倍だったという試算もある(Reuters, April 20, 2018)。2018年上半期のスイスフラン安は、同年5月初めに導入されたロシア企業や経営者を対象とする米追加制裁の回避のために、スイスから資産を引き揚げていることも一因だったとみられている。

また、2016年にロシアは脱税摘発に向けた経済協力開発機構(OECD)の「金融口座に関する自動情報交換」イニシアチブに加わり、2018年1月からスイスを含む参加国間の情報交換が始まった。同年に入ってからのロシアへの資金流入のうち約5分の1はスイスから流入した個人資産であり、資金の流れに関する情報交換の開始により、ロシアの富裕層はスイスを資本逃避のための安全地帯だと考えなくなった可能性がある(Reuters, April 20, 2018)。

これに加えロシアは、過去の違法なあるいは脱法的な資本逃避に対する恩赦や特別債券プログラムを使ったり、引き揚げていない資産に対する処罰を検討したりして、海外資産の本国への還流を促している(Reuters, April 20, 2018)。
こうした過去に国外に流出した外貨が還流してくると、外貨がルーブルに両替されることでルーブル高になる可能性があるのと、他方でルーブル供給量が増え利子率が上昇する可能性もある。ロシア中央銀行は、還流した資金が再び流出しないようにすることと、利子率の上昇を抑制することという、矛盾する2つの課題に直面した。そこで考え出されたのが、国内オフショア、国内タックスヘイブン(租税回避地)である。

2018年8月に定められたロシアの国内オフショア、タックスヘイブンは「特別行政区(CAP)」と呼ばれている。このCAPの所在地は沿海地方のルースキー島と、カリーニングラード州オクチャブリスキー島の2か所である(以下の情報は主にKoммepcaнтъ, 3 августа, 2018г.による)。

ルースキー島での2012年アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議の開催にともない、ウラジオストク市内との間には橋が架けられ、島内には会議場やホテルが建設された。首脳会議終了後、会議場などの一部は極東連邦大学のキャンパスになった。
もう1つがカリーニングラード州オクチャブリスキー島である。カリーニングラード州はもともとドイツ領東プロイセンの一部で、現在はバルト海とリトアニア、ポーランドに囲まれており、ロシアの飛び地となっている。オクチャブリスキー島は2018年サッカーW杯の会場が作られたところである。
上記2か所の共通点は、巨額の費用をかけた建造物のその後の使い道があいまいで、観光開発も進まず、使い勝手の悪い僻地という点にある。とはいえ、ケイマン諸島のようにペーパーカンパニーの郵便箱だけがならんだタックスヘイブンではないようで、実際に事務所や社員が置かれることを想定している。

このCAPには「(資金洗浄に関する)金融活動作業部会」(FATF)あるいは「資金洗浄対策およびテロ資金供与対策の評価に関する専門家委員会」(MONEYVAL)の加盟国に登記されている法人のうち金融機関以外で、2018年1月1日までに創立された法人でなければ入居できない。また、入居した法人は6か月以内にロシア国内で5,000万ルーブル(約7,000万円)を投資しなければならない。さらに、CAP登録法人によるCAPから国外銀行口座への送金はできない。
一方、CAP登録法人のメリットとして、優遇税制を受けられ、配当にかかる税率は0%、資産売却にかかる税率は5%に抑えられる。また、外国籍の船舶は登録すればロシア国旗を掲げて航行できる。
ルースキー島のCAPの最初の入居者はフィンビジョン・ホールディングスで、2019年3月にはドナリンク(アンドレイ・メリニチェンコ傘下)がキプロス1からの資金移転を目的に入居資格を取得した(Koммepcaнтъ, 16 марта, 2019г.)。加えて、2019年4月~6月期にはキプロスから2か所のCAPに合計9社が移転し、7月にはEn+グループ(オレグ・デリパスカ傘下)が移転する予定だとされている(Koммepcaнтъ, 20 декабря, 2018г.)。

なおEn+グループについては、2018年4月6日に米財務省がEn+グループを、デリパスカ本人およびルサールなど他のデリパスカ傘下の7つの企業とともに追加制裁の対象としたが、En+グループは2019年1月27日に制裁対象から外された2。
なお、En+グループとルサールを除くデリパスカ傘下の7社が2019年5月20日にオクチャブリスキー島のCAPに移転した(Koммepcaнтъ, 21 мая, 2019г.)。目下、CAP入居者はキプロスからのものが主であるが、さまざまなタックスヘイブンから資金が流入する可能性もあるだろう。

おわりに

海外からCAPと呼ばれる国内タックスヘイブンに移転した資金は主に株式、不動産、公債の購入に回ることになるだろう。こうした公債発行で得た資金は、これまで以上に費用のかかる北極圏の開発、樺太と大陸との間の架橋、カムチャツカでの液化天然ガス(LNG)積替港の建設、そして軍需産業の育成などに利用されていると予想される。


参考文献:
安木新一郎(2019)「2018年ロシア外国為替相場と国内オフショア(タックス・ヘイブン)について」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』(第1038号)
1 キプロスとロシアの関係については、安木新一郎(2013)「ロシアから見たキプロス債務問題」『国際金融』(1247)、37~41ページを参照。
2 詳細は、金野雄五(2019)「プーチン再選後のロシア経済 注目される「世界5位以内の経済大国化」の行方」『みずほインサイト:欧州』(2019年2月20日)を参照。

[執筆者]安木 新一郎(函館大学准教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2019年6月12日付で掲載されたものです)


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