116. ロシアのジャパニーズウイスキー事情-菅原信夫

概要


ロシアではジャパニーズウイスキーに注目が集まっている。経済制裁下で、国民の懐具合は厳しさを増しているが、中級価格で希少価値があるため売り上げが伸びている。今後、原産地表示規制が進めば一時的に売り上げが減少する可能性はある。しかし、将来増産が期待されるジャパニーズウイスキーの輸出市場整備へのワンステップと考えれば悪いことではない。

2019年9月中旬、欧州出張の折、往復ともに中継点としてモスクワで数日を過ごした。今年はこれで計3回、延べ20日間ほどを同地で過ごしたことになる。街を歩いているだけで、いろいろと気づくことがある。中には筆者固有の感想もあれば、最近意見を交わす方々で共有できる感想もある。その中で、本稿では、多くの知人が指摘している現象「モスクワで見るジャパニーズウイスキー」について触れてみたいと思う。
先日、旧知のロシア貿易関係者から面白い話を聞いた。在日ロシア連邦通商代表部から、ジャパニーズウイスキーの対ロ輸出に力を貸して欲しいという依頼だったという。筆者は民間企業レベルでの、日本製酒類の対ロ輸出に関わっているが、いよいよロシア政府直轄の公的機関までがジャパニーズウイスキーを探し始めたということに、軽いショックを受けた。
というのも、昨今、ロシアにおける日本の存在感は急激に低下しているからである。まず、モスクワを歩いていて感じるのは、日本車の減少である。輸出統計を見る限り、2017年、2018年、そして本年と、毎月1万台強が対ロ輸出されていて、それほどの落ち込みは見られない。にもかかわらず、どうしたことか、日本車の姿をモスクワ市内で見かけることが減っているのだ。今回の出張の主目的地であったウイーンでは、街中を走るタクシーのほとんどがトヨタ・プリウスであった。これはこれで新鮮な驚きであったが、モスクワでこれほどまでに日本車が減っているのを目の当たりにしたことも大きなショックであった。
「スシ」の看板を掲げるジャパニーズレストランも大きくその数を減らしている。今から10年ほど前、気の利いたレストランは、フレンチであろうがイタリアンであろうが、メニューに「スシ」を取り入れた店が多かった。和食専門店を含め、「スシ」はダイエットに励む女性を中心に、それなりに人気があった。それが完全に消えてしまったというほどではないが、往時の勢いは衰えてしまった。モスクワ市とその近郊にフランチャイジング形式でレストランチェーンを拡大している外食最大手のRosinter Restaurants(ロスインターレストランツ)でも、約80店舗のうち、「プラネタ・スシ」単独店は1店舗のみ。あとはイタリアンの「イルパティオ」かバーガーショップ「TGIフライデーズ」との併設になっている。4、5年前までは20店舗以上のスシ単独店を展開していた同じチェーンとは思えない。
それぞれの現象には、それなりの理由があるだろうし、それを推測することで記事の1本も書けそうな気がするが、本稿のテーマはそれではない。これだけ日本の存在感が低下する中、珍しくジャパーズを標榜することで増えているものがあると、モスクワの知人の多くが指摘するもの。「ジャパニーズウイスキー」なのである。
友人たちとの会話をまとめてみると、ジャパニーズウイスキーに関する関心は次のようなポイントに集約される。

  1. ロシア市場で、なぜジャパニーズウイスキーが人気なのか。
  2. ジャパニーズウイスキーとは何なのか、その定義は?
  3. ジャパニーズウイスキー人気が今後の日本製品の輸出に影響を及ぼす可能性とは?

ロシア市場におけるジャパニーズウイスキーの人気

まず、ロシア市場でのジャパニーズウイスキーの歴史を振り返る。筆者が伊藤忠商事の駐在員としてモスクワに常駐していたソ連時代、1980年代後半から、東京丸一商事(その後、豊田通商と合併)を通して、ソ連の公団にサントリーオールド・角瓶の輸出が始まった。貿易、小売りともに国家独占形態であったため、輸出量は少なく、小売りもモスクワにあった外国人用外貨専門店「ベリョースカ」で例外的に販売されるか、モスクワ唯一の日本料理店「桜」で提供されるか、といった程度であった。ちなみに、当時のベリョースカでのウイスキー販売高ナンバーワンは、ジョニーウオーカー、オールドパーといったブレンディッド・スコッチ・ウイスキーで、後述するシングルモルトの姿は見かけなかった。
また日本のウイスキーは、今でいうところの世界五大ウイスキー(スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本)という認定はされておらず、市場ではスコッチの真似をしたウイスキーという程度の扱いであった。

このムードが一変するのは、2000年代に入り、ロシア経済が急成長してからである。BRICsの一角として、消費財市場の拡大がロシアにおいても顕著になった頃、多くの輸入業者が誕生し、あらゆる商品の高級品がモスクワのブティックに並んだ。洋酒業界でも、サントリーがBRICsのうちロシアとインド市場を狙い、海外事業部にインド・ロシア室を開設して、本社から直接両市場の開拓活動を行った。その後、サントリーはロシア市場に注力し、モスクワの酒類輸入卸である“VELD21”を窓口に、ロシア全国を対象に販売活動を強化した。その結果、ロシアの主要都市に販売ネットワークを敷くことができ、販売量も増えたのである。

同社に2012年ごろの話を聞くと、サントリーウイスキーの中でもとりわけ高級ラインであるシングルモルトの「山崎12年」「白州12年」「響17年」といった製品が、売り上げを伸ばしたという。モスクワやサンクトペテルブルクだけでなく、地方都市でもである。特に地方都市では、サントリーウイスキー販売高の3分の2を占めるまでになっていたそうだ。

ロシア市場における日本からの輸入ウイスキーの導入は、他市場とは違い、ブレンドウイスキーとシングルモルトウイスキーが同時に紹介される形で行われた。味の違いをうんぬんする前に、ブレンドウイスキーの高級品がシングルモルトであるという解釈をされ、シングルモルトは贈答用として大変重宝された。今から思えば、ロシア経済の紊乱期(びんらんき)にまさにサントリーはロシア市場上陸を果たしたことになる。

2014年、サントリーは米国のバーボン・ウイスキー・メーカー“Jim Beam(ジムビーム)”を買収し、ロシアにおけるサントリー製品の流通は2016年からその輸入販売元である“Maxxium Russia(マキシアムロシア)”に変わった。この段階で、サントリーはロシアでの直接販売活動から手を引き、市場ではジムビームとの相乗りでマーケティング活動が行われた。
この販売手法は、今となっては大成功だったと言える。というのも、2017年ごろより、サントリーをはじめとする国産ウイスキーメーカーは、日本国内における戦後何度目かのウイスキーブームと、海外のジャパニーズウイスキーへの関心の高まりにより、品不足が顕著となってきたからである。2018年には、ロシアへの輸出に回す量がほとんど確保できず、前出のマキシアムは、バーボン、スコッチ、アイリッシュなどのサントリーウイスキー以外の製品で店頭の棚を守った。

ジャパニーズウイスキーとは何か

サントリーが作り上げたジャパニーズウイスキーのイメージと、その後の欧州スピリッツ品評会におけるサントリーとニッカの受賞実績により、ジャパニーズウイスキーというカテゴリーがロシア市場に根付いた。小売店においても商品があれば売れる状況が作り出された。そこで、モスクワの酒類輸入業者は、ともかく日本から輸入されるウイスキーをジャパニーズウイスキーと称して売ろうと、日本国内のウイスキー製造者に片端から声をかけ、ロシアに輸出することを求めた。その結果、ロシア市場に登場したのが、自身で蒸留を行うのではなく、海外から購入した複数のウイスキーの原酒をブレンドしたり、蒸留アルコールをブレンドしたりして作った、ブレンディッド・ジャパニーズ・ウイスキーである。

日本にはウイスキーの製造方法について、スコッチのような細かな法的ルールはない。酒税法では、原料について、9割までブレンド用アルコールやウオッカなどのスピリッツの使用が認められている。従って、輸入原酒のみをブレンドしたブレンディッド・ジャパニーズ・ウイスキーが、本家のスコッチウイスキーよりも低価格で小売り販売され、ウイスキーの最低価格帯を日本製が占めるという現象が、ロシア市場において起こったのである。実際に、街の酒販店をのぞくと、日本では見たこともないような銘柄のジャパニーズウイスキーにお目にかかった。そして、その製造者は8社を数えた。

ジャパニーズウイスキー人気が及ぼす日本製品への影響

西側による対ロ経済制裁は2014年から継続中で、ロシア国民の収入はこの数年まったくといっていいほど上がっていない。それどころか、年金の支給年齢が男性は65歳に上げられ、国民の懐具合は厳しさを増している。そのような環境だから、贈答用酒類にしても一時代のような高価な輸入品よりも中級価格で、しかし希少価値のあるものが売れるようになっている。ジャパニーズウイスキーは、まさにそんな購入者層を想定して、市場に投入された。

山崎や白州、余市といったプレミアム・ジャパニーズ・ウイスキーのラベルを真似て、英語表記と毛筆漢字で二文字の名称を持つスコッチ原酒ベースのジャパニーズウイスキーの多いことに驚く。味はスコッチをブレンドしたものだから、ロシア人にとっても飲み慣れたウイスキーの味である。それがジャパニーズウイスキーというカテゴリーで、手頃な価格(小売価格2,000ルーブル約3,200円前後)で手に入るのだから、こんなに良いことはない。従来市場に出ていたプレミアム・ジャパニーズ・ウイスキーの山崎12年は小売価格6,800ルーブル(11,000円前後)もしていたからだ。

しかし、輸入品に対する優れた評価眼と、スピリッツ類への鋭い味覚を持つといわれるロシア人が、これらのウイスキーが日本とはなんら関係のない材料で製造されたものと知れば、ほぼ同じ味でさらに安いスコッチウイスキーを求めることは十分想像できる。ウイスキーから、さらには化粧品や衣料品そして耐久消費財・電器製品まで、誤解を受けそうな商品がメード・イン・ジャパンでたくさんロシア市場に出回っているため、連鎖反応が心配になる。

酒類業界では、日本酒やワインに続いてウイスキーでも原産地表記の規制を進めているという。その場合、ブレンディッド・ジャパニーズ・ウイスキーの原材料欄には、英国産スコッチウイスキーが表記されることになろう。このため、一時的にはジャパニーズウイスキーの売り上げが減少するかもしれない。しかし、それは将来増産が期待されるプレミアム・ジャパニーズ・ウイスキーの輸出市場整備へのワンステップとも解釈できるので、決して悪いことではない。また、本欄ではロシア市場を取り上げたが、実際のところジャパニーズウイスキーをめぐる状況は海外市場の多くで共通である。業界、そして行政府の努力が求められている。

[執筆者]菅原 信夫(有限会社スガハラアソシエーツ代表取締役)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2019年10月21日付で掲載されたものです)

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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