117.人民元、ユーロとロシア-蓮見 雄

概要

ロシアは長くドルに依存してきたが、米国が次々と制裁強化を打ち出す中で、ドル依存からの脱却を考えなければならなくなった。それは図らずも、人民元やユーロの国際的役割を強化しようとする中国や欧州連合(EU)の思惑と一致している。

ドル依存のロシア

ソ連崩壊後、ロシアは、国際通貨基金(IMF)の影響下で市場経済化を進め、世界経済に組み込まれていった。この結果、石油、天然ガス、アルミニウムなど資源輸出が拡大したが、国際競争力を欠く国内製造業は壊滅的打撃を受け、ロシアは油価に左右される脆弱な経済構造となった。その後、ロシア経済は回復し始め、IMFは1997年のロシアの金融市場を新興国市場で最高だと賞賛したが、それを支えていたのは外資だった。1996年の非居住者による短期国債・連邦債の伸びは、増加分の55%以上を占め、ロシアの財政は事実上、外資によって決定される状況に陥っていた。

1997年のアジア通貨危機の影響で、1998年にロシアからも外資が撤退し始め、金融危機に陥った。ルーブルの対ドル相場は、1992年から1998年半ばまでに、実質で5分の1に下落した。ルーブルの信頼は地に落ち、資本逃避が蔓延し、ドル現金がロシア国内で流通する「ドル化」が進行した。経済が回復する2000年代に入ってもドル依存は続いた。2001年初のドル建て預金は40%を超え、ドル建て融資は30%台であった。その後、それらは10%台に低下したものの、2008年末の世界的な金融危機で、前者は30%台、後者は20%台となった。
また、資源依存はドル依存を意味する。2000年代、油価高騰によりロシアは膨大な収益を得たが、資源の採掘税と輸出関税が政府歳入の約5割を占めた。つまり、ロシアの国家財政が、ドル建てで取引される資源に依存しているのである。

ウクライナ危機と経済制裁

ロシアは、ウクライナとのガス紛争と欧州連合(EU)におけるエネルギー市場の変化に直面した。2006年、2009年のガス紛争は、欧州向け天然ガスの8割以上がウクライナ経由だったことから、欧州諸国のガス不足をもたらした。EUは、これをエネルギー安全保障の脅威と認識し、エネルギー市場統合を進め、ロシアに従来の契約(油価連動のガス価格、長期契約、転売禁止条項など)の見直しを迫ったため、ロシアは転売禁止条項を撤廃し、値引きに応じざるを得なかった。これは、ロシアに欧州市場依存の是正と輸出先の多角化の必要性を痛感させた。ロシアは、ウクライナを迂回してロシアとドイツを直結するパイプライン(ノルドストリーム1)建設によって欧州市場確保を図りつつ、他方でエネルギー需要の拡大が見込めるアジアを重視する姿勢を鮮明にしていく。2014年、ウクライナ危機を契機として、ロシアはクリミアを併合した。これに対して、欧米諸国はロシアに経済制裁を科した。経済制裁と油価下落とが重なってルーブルは暴落した。ロシアは、管理フロート制を維持することができなくなり、2014年11月から完全な変動相場制に移行した。ルーブルは、2014年初めの1ドル=33ルーブルから2016年初めには86ルーブルまで大幅に下落した。
こうして、ドルを頼りにしてきたロシアは、政府も企業も個人も経済制裁を回避し、ドルに依存しない策を考えざるを得なくなっていったのである。

中ロ間の決済通貨の変化

ここで、ロシアと「人民元の国際化」を目指す中国との思惑が一致する。2014年10月、ロシア中央銀行は、中国人民銀行と1,500億元(約220億ドル)を限度に通貨スワップ協定を締結した。既に中国は、ロシアの輸入の20%、輸出の9%を占める最大の貿易相手国だった。通貨スワップは金融制裁、ルーブル暴落、油価低迷でドル調達が困難になったロシアを救った。
中ロ貿易における決済通貨の構成は急激に変わりつつある(図1)。ロシアの対中国輸出においてドル決済は、2018年に75%を占めていたが、2019年第1四半期には46%を下回った。代わって重要性を増したのがユーロ決済である。その割合は、2018年第1四半期にわずか0.7%であったが、第4四半期には23.5%、2019年第1四半期には37.6%へと急増した。特に中国の石油輸入がユーロ建てで行われている。ロシアの輸入決済では、4分の1が主に人民元からなるその他の通貨となった。ルーブル建て決済は、全体として7%にとどまる。

図1 中ロ間の決済通貨構成の変化(単位:%)

出所:РБК, 2019.07.26.を基に筆者作成

EUは最大の貿易相手であり、ユーロ決済はロシアにとって重要な選択肢である。近年、ロシアのEU向け輸出におけるユーロ建て決済の割合は約40%で、ルーブル建てが約10%、残りの約50%がドル建てである。
こうして、2013~2018年に、ロシアは米ドル建て決済の割合を56.1%(3,880億ドル)まで引き下げ、その後も脱ドル化を進めている。

米国債大量売却と外貨準備の見直し

2018年4月の米国の追加制裁で、ルーブル相場は20%下落した。米国の制裁法案が次々と提出される中で、防衛策としてロシア中央銀行は、外貨準備の見直しをせざるを得なくなった。ロシアは長期米国債を売却し、その保有量は、同年3月時点の1,000億ドルから同年5月末には149億ドルまで急減した(Financial Times, 2019.01.11.)。2017年6月30日から2018年6月30日の間に、ロシア中央銀行は1,000億ドルを金、ユーロ、人民元に変更した。この結果、2017年6月30日時点で外貨準備の46%を占めていたドルは、1年後には22%に低下した。対照的に、ユーロは25%から32%に、人民元は0.1%から14.7%へと激増した(図2)。この構成は、2019年3月末時点でもほぼ同様である。ゴールドマン・サックスによれば、ロシアは人民元建て外貨準備の約70%を保有するに至っている(Bloomberg, 2019.10.15)。

図2 ロシアの外貨準備構成の変化(単位:%)


注:未決済分を含む。

出所:Обзор деятельности Банка России по управлению активами в иностранных валютах и золоте, №1, 2019, стр. 12. を基に筆者作成

ロシアの金・外貨準備の地理的配置(図3)からもユーロと人民元が大きいことがわかる。同時に、ロシアは、米国金融システムのリスクを回避しようとしている。米国財務省証券と米国銀行預金は448億ドルだが、米国以外で発行されている米ドル建て債券や米国以外の銀行のドル預金・コルレス口座が702億ドルに達する。また、円建ては190億ドルにとどまるが、日本には497億ドルが振り向けられている。

【図3 ロシアの金・外貨準備の配置(2019年3月31日時点)】(単位:10億ドル)

出所:А. Долженко, «В долларах не копят», Эсперт, №42 (1138), 2019.10.14.を基に筆者作成

Bloomberg(2019.10.15)の試算によれば、こうした外貨準備の切り替えは、米ドル資産を保持していた場合に比べると、2018年3月~2019年3月までの1年間でロシアに77億ドル相当の損失をもたらした。

石油取引の脱ドル化

ウクライナ危機後、中ロのエネルギー協力が急速に進んだ。2017年に世界最大の石油輸入国となった中国は、2018年3月、上海国際エネルギー取引センター(INE)で人民元建ての石油先物取引を開始した。上海市場はわずか1年で330億バレルを取引し、ドバイを超えて、ニューヨークやロンドンに次ぐ第3の規模に成長した。
ロシアは、中国の石油輸入の約15%を占める最大の供給者である。2015年にガスプロムネフチが東シベリア太平洋石油パイプライン(ESPO)の大慶支線を通じた中国への石油輸出を人民元建てにし、その後も石油の人民元建て輸出は増加している。次いでサウジアラビアが中国の石油輸入の約13%を占めるが、2019年、サウジアラムコは中国と100億ドルの石油精製施設建設契約に調印しており、中国は人民元決済を持ちかけている。
第3の供給国アンゴラ(約12%)は、2015年から人民元を第2の通貨として受け入れている。イランは米国の経済制裁を回避するために、2018年11月以降、石油の人民元決済を容認している。米国と敵対しているベネズエラも、2017年から人民元決済を受け入れている。これらは二国間取引にとどまり、人民元は多国間で決済に利用されてはいない。しかし、INEの発展は、人民元建て石油取引を安定化させ、人民元決済の多角化を促進する役割を果たすかもしれない。加えて、INEに先立ち、2017年7月に香港で人民元建ての金先物取引が立ち上げられた。これにより、人民元を金に交換することが可能となり、人民元保有のリスクヘッジができる。
また2018年末以降、EUはエネルギー貿易のユーロ決済を推奨しており1、2019年10月、ロスネフチは初めてユーロ建ての原油輸出を行った。このように、中ロ間にとどまらず、世界のエネルギー市場において脱ドル化の動きが顕在化している。
多極化時代への適応としての脱ドル化の試み上記のように、ロシアは人民元とユーロに頼りながら、脱ドル化を試みている。とはいえ、世界の金融市場におけるドルの支配的地位を考えれば、貿易決済や外貨準備の一部をユーロや人民元に変更するだけで脱ドル化ができるわけではない。しかし、ロシアは欧州とアジアの狭間に位置し、多極化する世界に適応していかざるを得ない。ロシアが目指しているのは、決済通貨の多角化によって多極化の時代に適応しようとしていることだ、と見た方がいいだろう。少なくともこの点に関しては、日本もロシアから学ぶことがあるかもしれない。

1 蓮見雄『ユーロ:「基軸通貨」の夢でなく「多極化」への適応』(世界経済評論IMPACT、No.1280)

参考文献:蓮見雄『多極化時代において脱ドルを模索するロシア』、馬田啓一・浦田秀次郎・木村福成・渡邊頼純編著『揺らぐ世界経済秩序と日本』(文眞堂、2019年)

[執筆者]蓮見 雄(立教大学経済学部教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2019年10月28日付で掲載されたものです)

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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