
概要
再生可能エネルギー利用が30%を超え、太陽光や風力などの変動性再生可能エネルギーは大量導入の時代を迎えた。2017~2019年初めに成立した「クリーンエネルギーパッケージ」は、再生可能エネルギーの「優遇」から「市場統合」へと向かっている。これに基づきEUは、公正な競争条件の下で、再生可能エネルギーを利用するための条件整備に着手。新たなビジネス機会が生まれている。
1. EU加盟国における再生可能エネルギー導入状況
EUの「クリーンエネルギーパッケージ」による環境エネルギー政策の大改革の焦点の一つは、再生可能エネルギーをどう欧州エネルギー市場に統合していくかである。
その前提として、EUでの再生可能エネルギー導入量の推移を見ておきたい。エネルギー全体に占める再生可能エネルギーの割合を見ると、2017年時点ではEU28カ国で17.5%である。主要国を見れば、スウェーデン54.5%、デンマークが35.8%、イタリア18.3%、ドイツ15.5%などとなっている。EUの目標では、EU全体で2020年までに20%にすると定められている。
他方で、電力に占める再生可能エネルギー比率を見れば、EU全体で30.7%、スウェーデン65.9%、デンマーク60.4%、スペイン36.3%、ドイツ34.4%などとなっている(図表1)。スウェーデンの比率が高いのは、大規模水力の割合が高いことが理由である。他方で、デンマークは風力、ドイツは風力と太陽光の比率が高まっている。風力や太陽光が増加してきている背景には、EU全体と加盟国の再生可能エネルギー政策および電力市場改革の相互作用がある。

図表1 EUおよびEU主要国の電力に占める再生可能エネルギー比率の推移
出所:Eurostatから筆者作成
2. 2009年電力指令・2009年再生可能エネルギー指令までの制度の変遷
再生可能エネルギーの黎明期から「クリーンエネルギーパッケージ」に至るまで、再生可能エネルギーの電力市場への統合はどういった経緯をたどってきたのか。それには、電力指令と再生可能エネルギー指令の改正の流れを理解する必要がある。
電力指令の制度の変遷で一貫しているのは、所有権分離も見据えた発送電分離を行い、送配電ネットワーク利用の公平性を重視した点である。1996年電力指令では会計分離の義務付けだけに留まっていた。その後に改正を重ねて、2009年電力指令では所有権分離、ISO(Independent System Operator[独立系統運用機関])型分離、ITO(Independent Transmission Operator「独立送電運用機関」)型分離のいずれかを選択することが明記された。加えて、各国に電力市場の監督機関の設立と独立性を担保させ、2011年3月には欧州全体のエネルギー規制者協力機関ACER(Agency for the Cooperation of Energy Regulators)が設立された。
送配電ネットワークや市場へのアクセスという観点からは、電力指令で電力市場を活性化させるために発電事業者が所有する全電源が送電網への接続を許可する第三者アクセスが強化されている。このように、電力指令での重要な論点は、電力市場と送配電ネットワークの中立性の担保が行われたことである。
他方で、再生可能エネルギー指令で重要な点は、気候変動対策の中核として再生可能エネルギーを利用することである。そのために(1)目標値の設定とその義務化、(2)再生可能エネルギーが優先的に調達される優先給電の担保、(3)市場へのアクセスおよび送電線への物理的接続の面での再生可能エネルギーの優遇が重要な役割を果たした。
その上で、EUの電力市場を理解する際に重要な概念がメリットオーダーである。メリットオーダーとは、一般的に短期限界費用の安い電源から順番に給電(調達)することを指す。メリットオーダーに従えば、限界費用が安い再生可能エネルギーは最初に調達される。これが再生可能エネルギーの導入を後押ししたのである。
このように、(1)電力市場と送配電ネットワークの中立性確保、(2)再生可能エネルギーのネットワークへの接続の促進、(3)限界費用に応じたメリットオーダーの3点が、EUにおける再生可能エネルギーの発展を促してきたのである。
3. クリーンエネルギーパッケージの中の再生可能エネルギー政策
EUは「クリーンエネルギーパッケージ」を発表し、2018年末から2019年初めにかけてエネルギー関連の指令や規則など8つの法令を制定・改定した(図表2)。その中でも再生可能エネルギーと電力市場に関連する、4.エネルギー同盟と気候変動行動のガバナンスに関する規則、2.2018年再生可能エネルギー指令(REDII)、7.域内電力市場に関する規則に絞って検討してみよう。

図表2 クリーンエネルギーパッケージによって改正された8法令
出所:筆者作成
●2018年再生可能エネルギー指令(REDII)
REDIIで強調されていることは「費用効率的」で「市場志向の欧州アプローチ」という点である。REDIIには多くのポイントがあるが、3点に絞りたい。まず(1)EU全体で2030年までに再生可能エネルギーを少なくとも32%(対全エネルギー)にする目標が定められた。また(2)冷暖房部門や輸送部門における再生可能エネルギー導入目標も加えられた。
もう1つ重要なのが、(3)コスト効率的で市場ベースのファイナンス支援スキームの原則である。固定価格買取制度(FIT)からフィード・イン・プレミアム(FIP)や入札制度への移行が2014~2020年の環境・エネルギー関連の国家補助金に関するガイドラインに盛り込まれていたが、これが改めて指令に明記された。つまり、再生可能エネルギーの導入補助政策を段階的に廃止し、再生可能エネルギーを電力市場に統合していく方向性が示されている。
●域内電力市場に関する規則
この規則の目的は2009年電力指令を抜本的に改定し、近年の欧州電力市場の変遷とクリーンエネルギーへの移行を踏まえた上で、電力のクロスボーダー取引を行う市場のあり方と国境を越える送電システムを再定義することにある。そのため、(1)再給電などを含む系統安定化の規定や、(2)欧州エネルギー規制者協力機関ACERや欧州電力事業者ネットワークENTSO-Eの役割なども、本規則に統合されている。このように論点は多いが、(3)再生可能エネルギーという文脈では優先給電の規模の縮小に着目したい。経済的優先順位、すなわちメリットオーダーではないものを優先給電と本規則では定義し、再生可能エネルギーに対する優先給電が与えられるケースを既存の施設および400kW未満の発電施設または規制当局が承認する革新的実証事業に限定している。
4. 「再生可能エネルギーの市場統合」から見る政策の変化
EUの再生可能エネルギー政策を歴史的に見れば、クリーンエネルギーパッケージ制定前後で大きく方向性が変化していることが分かる。それは、再生可能エネルギーを「優遇」する方向から、再生可能エネルギーを「市場へ統合」するという方向へと移っている点である。
2009年までの電力指令および再生可能エネルギー指令の改正は、再生可能エネルギーをどう増やしていくかに重きがあった。そのためにEUは気候変動対策と環境統合原則の観点から再生可能エネルギーに対してさまざまな優先規定を設けて、また欧州各国も固定価格買取制度のような導入補助政策を行ってきた。それらの政策の効果もあり、太陽光と風力という変動性再生可能エネルギー(VRE)が増加し、再生可能エネルギーはEU全体で30%以上を占める電源となった。
他方で、この10年間で再生可能エネルギーを取り巻く政策環境は大きく変化した。ポスト2020の環境エネルギー分野を考えれば、(1)気候変動による異常気象の深刻化とパリ協定発効、(2)VREの導入量の増加、(3)国境を越えるエネルギー市場取引の増加、(4)EU全体のエネルギーインフラの拡大の必要性、(5)失業と経済停滞への対応と新産業育成といった課題を解決する必要がある。クリーンエネルギーパッケージによる大改正は、それらの政策課題の解決に本格的に着手することを示している。つまり再生可能エネルギーが30%を超えたEUは「再生可能エネルギーの市場統合」、すなわち欧州全体のエネルギーインフラの拡大を含めて、「主力電源となった再生可能エネルギー」をどう物理的に接続し、市場でどう使っていくかという新たな段階に来たと見るべきだろう。
クリーンエネルギーパッケージは、パリ協定以降の気候変動政策や変動型再生可能エネルギーの拡大への対応を行うとともに、リスボン条約194条(エネルギー市場機能の確保、エネルギー供給の安全保障、エネルギー効率性の改善および再生可能エネルギー促進、エネルギーネットワークの相互接続の促進)を加速化させるものである。同時に、本パッケージは、これまで優先規定で保護されてきた再生可能エネルギーの、更なる拡大と市場への実装を具体的かつ着実に進めようとするものである。それは、再生可能エネルギー事業が、ビジネスとして成立する時代の到来を告げている。
[執筆者]道満 治彦(立教大学経済学部助教)
(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2020年2月25日付で掲載されたものです)
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205