
概要
欧米同様、ロシア経済も少子高齢化を主因とする低成長、低インフレ、不景気といった「日本化:Japanification」の兆候がある。2019年のロシア・ルーブル外国為替相場の動向を分析すると、2020年以降の外為相場は引き続きロシア連邦政府による「脱ドル化」政策や米国の追加制裁といった、市場の外からの影響を受けやすい状況にある。
ディスインフレのロシア
ソ連崩壊直後の1992年1月からロシアはハイパーインフレーションに見舞われ、これ以降2018年までロシア連邦政府およびロシア連邦中央銀行(以下、ロシア銀行)はインフレ抑制を最重要課題の一つとしてきた。ところが、2019年ロシアの消費者物価指数(CPI)上昇率は前年比3.0%と、政策目標である4.0%に届かなかったことが問題になっている。
また、ロシアのマクロ経済指標を左右する国際原油価格が2018年に比べ2019年は低かったことから、2018年のロシアの実質GDP成長率2.5%(確定値)に対し、2019年は1.3%(速報値)と半分程度に落ち込んだ。ロシア連邦政府はGDP成長率年3%台を目標に掲げているものの、ロシア銀行は2014年以降GDP成長率が最大でも2.5%程度で推移するという低成長期に入ったことを認めている。物価上昇率の下落は実質可処分所得が減り、これまで経済成長を引っ張ってきた民間最終消費支出が伸びなくなったことを表していると考えられる。実際、2014年以降、ロシアの1人当たり実質可処分所得は減少し続けている(Bloomberg, August 13, 2019)。また、2019年には付加価値税の基本税率が18%から20%に上がったことで、消費が減ったと見られる。
1.ロシアにおける少子高齢化
日本では1990年代から少子高齢化、すなわち、出生率の低下と、大量の人々が定年退職後も何十年も生き続けるという人類史上かつてない事態を起因とする低成長、低金利、不景気のいわゆる「日本病」が定着し、また、外需依存(GDPに占める輸出の割合の増大、貿易赤字、所得収支の黒字化)により経済の衰退が幾分緩和されるという状態にあると考えられる。こうしたマクロ経済状況を「日本化」と呼んだ場合、欧米のみならずロシアでも日本化が起きつつあると思われる。
出生率が下がると、労働力と貯蓄主体が減り、経済成長率が下がる。また、寿命が長期化していくと、老後への備えのため貯蓄や労働投入量が増え経済成長率を上げることになる。さらに、少子と高齢化が同時に進めば生産年齢人口比率が下がり、一人当たりの所得も下がることにつながる。
ロシアでも出生率の低下と寿命の長期化という少子高齢化が進んでいる。1991年のソ連解体以降、ロシアでは急激な寿命の短縮と少子化が進み、また多くの人々が外国へ移っていった。一方、旧ソ連構成国から移民を受け入れてはいるものの、ロシアの人口は減少傾向にある(国勢調査によると、1989年の1億4,700万人から2010年の1億4,290万人に減少)。
ロシアの場合、1990年代の出生率の大幅な低下によって2020年代前半まで新卒労働者の供給が少なくなる。また、1990年代に平均寿命が急激に縮んだ後、プーチン政権下で今度は大幅に寿命が延びたことで高齢者、年金受給者も増えた(2000年の平均寿命は58.6歳だったが、2013年には65歳を超えた)。年金受給者と実際に働いている人の数は2019年にはほぼ同じになったはずである。
ロシアではさまざまな少子化対策を行ってはいるものの、効果は限定的だと見られる。たとえ合計特殊出生率が現在の1.6から2.1まで上がったとしても、今後20~30年は人口減少が続き、その後も前の世代の人口を維持するだけだからである。
また、労働投入量を増やすためには年金受給年齢の引き上げや特典の見直しが必要であり、2018年10月3日にロシアの年金法は改正され、老齢年金受給年齢が男子60歳、女子55歳から、2019年以降1年に1歳ずつ引き上げられ、2023年には男子65歳、女子60歳になることとなった。
低成長、低金利、不景気が続くいわゆる「日本病」にかかっているのかどうかを示す4つの指標、(1)需給ギャップ、(2)インフレ率、(3)短期政策金利、(4)人口動態について見ると、ユーロ圏は2013年には日本化したとされる。ロシアについても少子高齢化とディスインフレ、短期政策金利の中立性の下限と見られる6%への低下が見られることから、日本化は進行していると思われる。
2. 2019年のルーブル/ドル相場の動態
ロシアの外国為替政策については、2014年11月10日から完全フロート制に移行し、以降介入は行われていない。それ以前もドルとユーロの通貨バスケット制を採ってはいたものの介入はあまりなかった。他方で、2014年3月以降のロシアに対する日米欧による経済制裁の追加発表のたびにルーブル安が進んだ。
019年の外国為替相場については、あくまでロシア銀行公定相場ではあるが、ルーブル/ドルの変動幅は最安値が1月15日の67.19ルーブル/ドル、最高値は12月26日の61.72ルーブル/ドルであり、最安値と最高値の差が5.5ルーブルほどしかなく、2019年のルーブル/ドルの変動幅は2018年に比べて3分の1程度という、ドル円と同じく変動幅の小さい年だった。
策金利に関しては、物価上昇率が目標値より低く、また先進国が景気動向に慎重で金融緩和の姿勢を採り続けていることもあって、内外金利差を縮めるためにも利下げが必要となり、2019年にロシア銀行定例会合において5回連続で利下げを行った。なお、2020年1月のCPI上昇率は前年同期比2.4%と、ロシア銀行の予想をかなり下回った(Reuters, February 7, 2020)。
019年6月以降、ロシア銀行は利下げにより貨幣供給量を増やす政策を行ってきたが、実質貨幣供給量の推移を見ると、2019年1月1日45兆6,491.2億ルーブル、6月1日46兆6,203.6億ルーブル、11月1日48兆9,812.0億ルーブルとなっており、利上げ前の1月1日から6月1日までの増加率は2.13%、利上げ後の6月1日から11月1日までの増加率は5.06%と、実質貨幣供給量の増加が見られる。
とはいえ、名目の為替相場は6月の利上げ後はルーブル高、7月はルーブル安、9月はルーブル高、10月は変化なし、というように金利の変化と為替相場に相関が見られない。ルーブル為替相場は国際原油価格の変化率と相関があり、他方で為替相場と金利に関係は見られないことが知られている。

図 名目ルーブル/ドル為替相場、2009年9月1日~2019年12月31日
(単位:ルーブル)
出所:ロシア銀行ホームページ(http://www.cbr.ru/)より筆者作成
油価、脱ドル化政策および経済制裁
2020年2月のロシア銀行定例会合で政策金利が6%となったが、今後もディスインフレへの対応のために貨幣供給量を増やそうとすれば利下げが必要となる。ロシア銀行は短期政策金利6~7%を中立的としており、仮に6%を下回れば、実質的なマイナス金利状態に陥ったとみなすことになるだろう。ただし、政策金利の下落がルーブル外国為替相場に顕著な影響を与えることは短期的にはないと考えられる。
また、ロシア財務省は、原油ガス輸出からの税収を貯めて作った2つの基金の内、準備基金が枯渇したことから2018年にもう一つの国民福祉基金に統合した。翌年の2019年初めには、600億ドル分あった国民福祉基金の内、380億ドルの資金でロシア銀行が持っているズベルバンク(ロシア最大の銀行)の株式を買い入れることで、ロシア銀行に380億ドル分のルーブルを供給した(Reuters, February 12, 2020)。ロシア連邦政府は政策として脱ドル化を進めており、財務省によるドル売りルーブル買いにより、ルーブルは対ドルで高くなる可能性が大であると言える。
一方、世界全体が不景気で油価が下がれば、ルーブル安傾向に戻り、また、イラン、シリア、リビアなどでの対立激化により米国がまたもや追加制裁を実施するとルーブル安が持続することになるだろう。
ナビウリナ総裁率いるロシア銀行が方針を転換し、思い切ったディスインフレ対策や、場合によっては外国為替市場への介入に踏み切ることもあるかもしれない。あるいは2020年1月にミシュスチン内閣が誕生したが、プーチン大統領は方針だけでなく、中銀総裁自体も変えるといったシナリオも考えられる。
なお、本稿の詳細や参考文献については、『ロシア・ユーラシアの社会』誌の拙稿を見ていただきたい。
[執筆者]安木 新一郎(函館大学商学部准教授)
(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2020年3月23日付で掲載されたものです)
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205