124.コロナ危機後の欧州グリーンディール(European Green Deal)-レンツK・F

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概要

新EU委員会の中心政策が発表された。1兆ユーロの予算枠が前提である。欧州を最初の気候中立大陸にすることを目標とする欧州グリーンディールという政策である。この政策は、その内容を考えれば、「欧州気候改革」と訳すべきであり、コロナ危機後の経済政策の柱となるだろう。日・EU経済連携協定に基づいて、この分野でも協力ができるよう努力すべきである。

1.欧州グリーンディールは「欧州気候改革」である

新しいEU委員会は、2019年12月に5年間の任期を開始した。史上最初の女性委員長von der Leyen氏(前ドイツ防衛大臣)は、「欧州グリーンディール」(欧州気候改革・European Green Deal)を最優先課題として発表している.1
 この改革は、「欧州を最初の気候中立大陸」にすることを目標にしている。地球温暖化対策は、急務であり、EU議会は12月に「気候非常事態」(climate emergency)を宣言した2。化石燃料を燃やしてCO2を発生させることにより、さまざまな不都合な効果が生じている。2020年1月に、オーストラリアで大規模な山火事が発生したことは、危機的状況の象徴の一つである。

日本も含めて、当該問題を優先課題とする認識が強い。以前から、EUは特にこの分野に力を入れてきた。しかし、今回の欧州気候改革は、はるかに大きな野心と努力を示している。

 2020年1月には、関連予算として1兆ユーロを用意する決定が発表された3。国際的に見ても、例のないほどの規模である。
 日本では、「緑」と聞けば、当然のこととして「気候対策」を思い浮かべるという前提が成立していない。 そのため、訳語を選ぶ場合には、「European」は「欧州」の直訳で表記するが、「Green」は、「気候」を選ぶ。つまり、欧州グリーンディールは「欧州気候改革」となる。また、EU在日代表部は、「欧州グリーンディール」と、日本語訳を考えることなく、カタカナに置き換えている4

「Deal」の意味には、多少の解説が必要である。「取引」よりは「大改革」の意味であり、歴史的に見て、Roosevelt大統領が促進したアメリカでの「New Deal」政策が、その言葉を選ぶ背景にある。当時は世界的不況の対策として、思い切った大改革を実施したが、今回も、問題が大きいために、それに相当する程度の大改革が必要である。
なお、2019年にアメリカの野党政治家が「Green New Deal」の発想を提案したことも、この「Deal」という言葉を選んだ背景にある。次のアメリカ大統領選挙の結果次第であるが、EUでもアメリカでも、気候改革が実施される可能性も生じている。

2.無加害原則

欧州気候改革を発表する際、「害しない主義」を新たに委員会の方針として確定した。今後の委員会の法案などは、当該法案が気候中立目的について有害でないか、検討しなければならない。
 この「害しない主義」は、医学倫理で古代から伝われている考え方である。「無加害原則」(primum non nocere)として知られている。そのため、EU委員会は過去を振り返り、今までの政策に有害なものがなかったのか、検討する課題を抱えることになる。

その際、EU委員会の再生可能エネルギー関連の政策について、改善の余地がある。ドイツでは、再生可能エネルギーの発展の速度が高いレベルにあったが、大幅に低下した。EU委員会の政策がこの芳しくない実績の要因の一つになっていないか、との検討も必要である。

しかし、ドイツでは、2000年の再生可能エネルギー政策の効果で、既に太陽光発電の費用が激減しており、今では日射量の良い場所で1kWh当たり2セント未満の単価を達成した。再生可能エネルギーを実施するための政策の整備は、20年前に始まっていたのである。

現在の問題は、再生可能エネルギーの促進より、混乱を生じさせることなく漸次的に化石燃料を削減することである。その際、EU委員会の政策が障壁となる可能性がある。
EU委員会は独禁法を管轄している。石油業界が「欧州気候改革」に協力して、石油の生産について段階的に減らす長期計画に合意した場合、当該合意が独禁法違反として違法となる。EU独禁法違反の場合、1000億円単位の過料処分が可能である。

化石燃料の使用を減らすことが急務だが、独禁法のために、業界の合意を目的達成の手段とすることはできない。

3. コロナ危機と欧州グリーンディール

EU加盟国も、2020年4月現在、コロナ対策で甚大な経済的打撃を受けている。感染対策により、CO2排出も一時的に減少している。OPEC(石油輸出国機構)が史上最大の生産量削減を決定しても、石油の単価は大幅に下落している。

いずれコロナ危機が終息した後に、経済の再生が課題となる。そのため、EUとして、また加盟国として、公的予算を投入する予定である。ドイツの場合、財政赤字が国内総生産(GDP)の0.35%に達すると政府借り入れを禁じる、いわゆる「債務ブレーキ」の例外を認める非常事態宣言が行われ、莫大な追加予算を投入する政策が成立している。

EUで「気候危機が最大の課題」という認識が、コロナ危機以前から成立していたことを前提に、経済再生政策の際も、「気候対策を意識する」ことは、当然浮かぶ発想である。現に、EUの環境担当大臣の多くは、4月9日にこの発想に基づく政策を要請した5

莫大な投資をするなかで、これらは誰の負担になるのだろうか。以前から、ドイツが他加盟国の債務を負担するか否か、多くの議論があった。これは、ドイツで何回も連邦憲法裁判所まで争われた憲法問題でもある。

例えば、ドイツとイタリアを比べてみよう。ドイツの国債に対する利子は、その支払い能力が異なるため、イタリアよりは低い。国債市場では、元本が戻ってこないリスクに比例して、市場で利息が決定される。結果として、ドイツが他国の債務について責任を負うことになる場合、イタリアの国債を購入したものは、購入当時よりも良い条件になる。また、ドイツの議会がイタリアの国債発行について判断ができないため、ドイツの予算について議会が判断できないことにもなる。これは、今までの連邦憲法裁判所の判例を基準にして、民主主義に対する侵害として許されない。

なお、当該侵害は、ドイツ憲法を改正しても、避けることが不可能である。ドイツ憲法は、民主主義の廃止を対象とする憲法改正を禁止しているためである。
緊急の例外が認められていたドイツ憲法の「債務ブレーキ」は、インフレ対策をも目的としている。逆に「非常事態だから」と言って、無制限に新たなユーロを発行して国債を乱発すると、通貨の安定がなくなるおそれがある。

Bitcoinは、逆に今年5月に、新規通貨単位の発行を半減する予定である。つまり、最初から「緊急事態に基づくインフレ政策」は不可能である。ユーロについて、これからどの程度に新規に通貨単位が発行されるかについて、誰も知らない。とにかく、コロナ危機の後の経済再起動、欧州気候改革のために莫大な予算を使うことは、確実に予測できる。

同じインフレのリスクを伴う新規国債乱発政策であったとしても、単に経済の再起動だけであるよりも、既に予定されていた欧州気候改革の実現を確保すべきである。100パーセント再生可能エネルギーへの移行を、この際、大幅に加速する機会でもある、と考えることもできる。

日本でも、莫大な税金を投入して経済の再起動を支援する予定である。せっかく、2019年にEUと日本の経済連携協定が発効したのだから、この課題に向かっても、EUと日本の連携を実現できるように、努力すべきである。

1 European Commission, Communication from the Commission to the European Parliament, the European Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions, The European Green Deal, 11. 12. 2019, COM(2019) 640 final, k-lenz.de/e12
2 European Parliament resolution of 28 November 2019 on the climate and environment emergency, k-lenz.de/e01.
3  Nicolas, Commission’s €1 trillion bet on green deal financing, Euobserver.com, 14.1.2020, k-lenz.de/e13.
4 代表部関連ページk-lenz.de/gd参照.
5 13 European climate and environment ministers, European Green Deal must be central to a resilient recovery after Covid- 19, Climatechangenews.com, 4月9日、k-lenz.name/gd2.

[執筆者]レンツK・F(青山学院大学法学部教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2020年4月27日付で掲載されたものです)

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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