126.コロナ危機後を模索するロシア―治療薬の開発に注力-中澤孝之

概要

ロシアは、米国、ブラジルに次いで新型コロナウイルス感染者が多く、2カ月にわたってロックダウンが続いていた。しかし、2020年6月9日、モスクワでも外出禁止令が解除され、経済活動が再開された。コロナ危機による経済的落ち込みは、当初の予想よりは小さく、ロシアは、経済復興と治療薬の開発に注力し始めている。

落ち着きを取り戻しつつあるロシア

ロシアでも日本同様、「コロナ戦争」、つまり新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大との戦いは、やや落ち着いてきた模様である。モスクワはじめ各地の経済活動も再開されつつある。

ロシアのコロナ対策本部の2020年6月10日の発表によれば、ロシア全体で、過去24時間で新たなコロナ感染者数は8,404人で累計49万3657人となった。死者は216人増えて、6,358人が確認された。新たな死者数としては5月25日以来、最少となった。同じく24時間の治癒による退院者は1万386人で、治癒者累計数は25万2783人。ロシアにおけるPCR検査実施回数は1,300万件を超えたという。

なお、世界保健機関(WHO)のマーガレット・ハリス報道官は6月5日、ジュネーブで行われたブリーフィングで、ロシアはプラトー期(ピーク後の横ばい状態)に入ったと発表、「現在ロシアはプラトーを示している」と述べ、「ロシアは多くの検査を実施しており、これは素晴らしいことだ」と指摘した。

世界で感染者が米国、ブラジルに次いで3番目に多いロシアの中でも、モスクワ市は感染者の約4割、死者の約半数を占め、全土で最も厳しい水準の行動規制が続いていた。5月上旬には1日の新規感染者が6,000人を超えることもあったが、同月下旬以降は回復者の数が新規感染者を上回る日が増えた。

モスクワで外出禁止令解除

首都モスクワに限って見ると6月9日、新型コロナウイルス対策として3月末に導入された外出禁止措置が解除された。当初は6月14日までの予定だったが、前倒しされた。
セルゲイ・ソビャニン市長は厳格な行動制限を維持する立場であったが、プーチン大統領の続投を最長2036年まで可能とする憲法改正案の是非を問う全国投票を7月1日に控え、政権側が市民の不満解消のため、市長に早期解除を促したのではないかとの見方も出ている。

モスクワ市民は約70日ぶりに行動の自由を回復したが、現在も連日約2,000人規模の新規感染者や50人台の死者が確認されている。今後も引き続き、公共施設や交通機関ではマスクや手袋の着用が義務づけられている。
さて、モスクワからの報道では、市の中心部である観光名所の「赤の広場」は依然として閑散としており、6月24日の対独戦勝75周年記念式典に向けて設営された観覧席が目立っているという。
6月9日からは市内の美容院の営業が許可された。16日からは入場者数を制限したうえで、博物館や動物園の営業、スポーツ行事の開催が許可される見通しだ。飲食店も16日からは、屋外席での営業、23日からは通常営業と、2段階で制限が解除されることになっている。
モスクワ市議会のレムチュコフ議長は「6月9日から自己隔離態勢と電子通行証制度が撤廃され、同時に散歩を認める日程の割り振りも撤廃される。カフェは16日からオープンする」と述べた。
なお、ミシュスチン首相は6月9日、外国で暮らす病気の家族の世話、ならびに仕事や留学のためのロシア人の出国および外国人のロシアへの入国に関する一連の制限を撤廃する指示書に署名した。

経済的打撃と対策

一方で、ロシアにおける行政システムの非効率性が指摘されている。ロシア会計検査院のクドリン長官は6月9日タス通信とのインタビューで、コロナ感染症拡大に伴う経済危機に際して、多くの人々や企業が時宜に適った援助を受けられず、国内の行政システムが、「手際が悪く、非効率的なこと」が露呈したとの認識を示した。長官はさらに、「決定された事項が全て実施されておらず、あまりに官僚主義が多すぎる」と指摘。「多くの人々が失業者として登録できず、児童扶養手当を受け取れず、小規模企業が国の産業分類システムに対応していないため、支援を受けられない」などと述べた。さらに同長官は、政府が行政手続きの簡素化に取り組んでいると承知しているが、「システムの改善があまりに遅くしか進んでいない」と、問題点を強調した。

タス通信によれば、ロシア中央銀行(中銀)の広報担当者は6月9日、コロナ感染症の拡大で経済的に打撃を受けた市民と中小企業の支援策をロックダウン(都市封鎖)解除後も維持するとの考えを示した。モスクワ市当局は、前記のように、6月9日からロックダウンおよび外出制限をおおむね解除したが、規制措置が2カ月以上続いたため、市民は収益を失い賃金が減り、中小企業は経営が大きな悪影響を受けたため、中銀は「ロックダウンがいつ終了して、企業が活動を再開しても、市民と中小企業は長期間の支援を必要としている」と指摘。「金融市場の状況を監視し続け、必要に応じて追加支援策を講じる可能性がある」と付け加えた。
またロシア中銀は9日、コロナ感染拡大に伴う経済危機について、ロシア国内経済の景気後退の程度が、経済協力開発機構(OECD)加盟諸国よりも小さくなる可能性があるとの認識を示した。中銀の説明によれば、OECD加盟国はコロナ感染拡大で打撃が最も大きかったサービス産業分野がロシア以上に発達しているため、落ち込みが(ロシアより)大きくなるのだという。

中銀はさらに9日、2020年1-5月の経常収支は289億ドルの黒字で、黒字額は前年同期比34%縮小したと発表した。中銀によれば、「国際市場の逆境が原因で、モノの貿易収支の黒字額が著しく減少したこと」が経常黒字の縮小の主な要因だと説明。「コロナ拡大に伴うロックダウンでサービス輸入が縮小するとともに、外国人投資家の投資に関する所得収支が著しく減少した」と付け加えた。
 一方、ロシア金融大手「ズベルバンク」のヘルマン・グレフ会長は9日、プーチン大統領とビデオ会談し、2020年の国内総生産(GDP)成長率について、同行が4.2%から4.5%程度の減少と、中銀や政府よりも小幅なマイナスに落ち着くと予測していることを明らかにした。グレフ会長は「状況は現在、想定していたよりも、やや改善しているように見える」と説明し、ロシアが欧州や米国よりもコロナ感染拡大に伴う経済危機に、より適切に対応するだろうとの見方を示した。

プーチン大統領はこの会談で、国内の金融システムと主要な金融機関の仕事ぶりを称賛した。大統領は、金融システムと金融機関が「現在の試練に対応すべく困難な時期を迎えている」としながらも、中銀や政府の支援を得て、「概して効率的かつ失敗なく機能しており、裁量の規律性と組織力を示し、顧客に新たなサービスを提供している」と言明。さらに大統領は「とても均衡が取れており、落ち着いていて、やや控えめだが頼りがいのある仕事ぶりだ」と金融システムと金融機関を評価した。

ロシアにおける治療薬開発の加速

次に、新型コロナウイルスの治療に関して、6月に入って報じられたコロナ治療薬(治療法)についての新しい情報を5点ばかり取り上げてみたい。

(1)ロシアのネット通信「スプートニク」(6月1日)によれば、5月30日、ロシアでは初のコロナウイルス治療薬として「アビファビル」が保健省の承認を受けたという。「アビファビル(Avifavir)」は商品名で、日本で開発された「アビガン」をベースに作られた治療薬。国際的には「ファビピラビル」のジェネリック医薬品として知られている。治験の最終段階で330人の患者に投与されたという。
「アビファビル」を合弁事業で開発した政府系ファンド「ロシア直接投資基金(RDIF)」は、「アビファビルはロシアで初となる直接作用型抗ウイルス薬で、臨床試験で有効性を示し、コロナウイルス増殖メカニズムを阻害することが確認されている。本剤は2014年から日本で重症型インフルエンザ治療薬として使用されており、十分に研究されている」と発表した。キリル・ドミトリエフRDIF総裁は「アビファビルはロシアで抗コロナウイルス薬として承認された第1号というだけでなく、世界で最も有望なCOVID-19治療薬となるだろう。ロシア国内で記録的なスピードで開発され、治験をクリアし、ファビピラビル(アビガン)ベースの治療薬として世界で最初に承認を受けた」と説明した。本剤は、ウイルスのリボ核酸に入り込み、ウイルスの増殖を防ぐと「スプートニク」は付け加えた。
なお、「アビガン」をベースにした治療薬治験については3月30日、ロシア科学アカデミーの専門家らはコロナの治療薬として用いることができる3種類の新薬の開発にロシアが成功したとのメディア報道の中で、その一つとして紹介していた。また5月30日には、「ベクトル」社がコロナウイルス・ワクチンの開発に成功したと発表した。同ワクチンは経鼻タイプになるという。6月末には臨床試験を開始し、9月に終了する予定。

(2)ロシア国営原子力企業「ロスアトム」の研究機関である「レイプンスキー物理エネルギー研究所」の専門家が、紫外線で肺を消毒するというユニークなコロナウイルス感染症治療法を開発したことを同研究所所長が「ストラナー・ロスアトム」紙のインタビューで明らかにした。「スプートニク」(6月2日)が報じた。
紫外線による体内の消毒はごく最近まで不可能であったが、同研究所専門家はそれを可能にする方法を生み出したのだという。
現在、研究チームは、吸入時に活性を保ち、肺で直接紫外線を放出する分子とガス成分の選択を行っている。また所長は、この方法はCOVID-19だけでなく、結核や腫瘍、他の疾患の治療にも役立つと期待していると述べた。

(3)ロシア科学アカデミーのウラジーミル・チェホーニン副総裁が明らかにしたところによれば、サンクトペテルブルクの研究者らは、ヨーグルトのような状態で身体に投与されるワクチンを開発しているという。彼らは、プロバイオティック表面のSタンパク質(新型コロナウイルスはこのタンパク質を介して身体の細胞に侵入する)の遺伝子操作によって開発を進めている。研究者らによれば、こうした方法によって免疫原性のバクテリアが培養される。チェホーニン副総裁は「このバクテリアは乳酸性製品(ヨーグルト)のような状態で投与することになる」と説明。「現在、このワクチンの前臨床試験が行われている」と付け加えた。
6月3日の「スプートニク」によると、ロシアでは47種の新型コロナウイルス用ワクチンが開発されており、そのうち8種がWHOに登録されているという。ロシアの研究者らは、コロナに感染することなく、研究開発を進めるため、非公式に未承認の「新型コロナウイルス用ワクチン」を自分自身に投与していると「スプートニク」は報じた。

(4)モスクワのスクリフォソフスキー救急医療研究所は、新型コロナウイルスの治療法として、高気圧酸素治療を実験的に取り入れているとモスクワ市の公式サイトが伝えた。公式サイトによれば、コロナ患者25人がこの治療法を既に100回以上受けているという。この治療法をロシアの医療機関が行うのは初めて、と「スプートニク」は6月5日に報じた。
 高気圧酸素治療法とは、高気圧下で酸素を血漿に浸透させることで、血中酸素飽和度を100%まで上げるという理論に基づく。この方法は、酸素マスクを使用するよりも、効果的だという。この治療は、小型の潜水艇のような特別な密封カプセルで行われる。この治療法だと、患者はカプセルの中で横になり高濃度の酸素を吸うだけでいいのだそうだ。
この治療法を行うことで、高圧条件下で体内に上限最大量の酸素を体内に取り入れることができる。血液に取り込まれた酸素は、血流に乗って身体のさまざまな個所、特に酸素を今すぐ必要としている部分に届けられる。この方法によって、神経、筋肉、骨、軟骨などほとんど全ての組織の再生プロセスが開始するという。
医師らはこの治療法によって健康状態が全面的に改善、息切れの軽減、血液中の酸素量が増加すると指摘している。
救急医療研究所所長で、新型コロナウイルス感染症拡大防止委員会のセルゲイ・ペトリコフ氏は、この治療法の導入について「患者に人工呼吸器を装着させるのを防ぐというのが目的だ。患者には他の治療法とともに高気圧酸素治療も行っている」と述べた。ペトリコフ氏によると、高気圧での酸素吸入は、体内の抗ウイルス・抗菌作用を高めるとともに、薬の副作用を軽減させる。これらの効果は患者の回復に貢献できるという。

(5)ロシアの保健・社会開発省は新型コロナウイルス治療用の新薬「レビリマブ」を登録したと「スプートニク」(6月9日)が報じた。「レビリマブ」はサイトカインストームが増加し、重症化した際の治療に効果があるという。
サイトカインストームとは、ウイルス感染時の身体の過剰な炎症反応のこと。ストームは身体の組織や器官、特に肺に損傷を引き起こし、また、重症化や死亡の原因になる。
Biocad社(シベリアのノボシビルスクに拠点)が製造する「レビリマブ」は当初、関節リウマチの治療用に開発されたが、サイトカインストームを伴う新型コロナウイルスの重症化の治療用として早急に国家認定が行われたという。その投与は病院内に限定され、年齢と既往症などによっては使用が禁止される。

[執筆者]中澤 孝之(日本対外文化協会理事)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2020年6月22日付で掲載されたものです)

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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