127.プーチンの巨大石油会社―ロスネフチ―篠原建仁

ロシア国旗

概要

ロシア最大の石油生産量を有し、プーチン氏の側近中の側近であるセーチン氏が率いる巨大国営石油会社ロスネフチ。プーチン氏やロシア政府の意向を受けて極東などの地域開発まで手掛けているが、石油需要減少や継続する対露制裁、プーチン氏の大統領としての任期満了といった問題が控える中、今後セーチン氏がどのような舵取りをしていくのかが注目される。

2020年3月6日、ウィーンで開催された石油輸出国機構(OPEC)加盟国とロシアなどの他の主要産油国で構成するOPECプラス協議の席上、新型コロナウィルス感染拡大による景気失速懸念で下落する原油価格を支えるべく、サウジアラビアは減産量の拡大を迫ったがロシアは拒否。その直後、サウジアラビアを含むOPEC加盟国の一部が増産に転じたことで原油価格は急落し、過去20年で底値に近い水準まで落ち込んだ。
ロシアがサウジアラビアの減産量拡大の提案を拒否した背景について、一部メディアは、3月6日の協議直前に、ロシアの国営石油会社ロスネフチCEOのセーチン氏が大統領であるプーチン氏に、サウジアラビアの提案した減産量拡大に賛成しない旨を伝え、プーチン氏もセーチン氏に同意していたと報じた。

日本ではあまりなじみのない、「ロスネフチ」とはどのような会社なのか、プーチン氏にも直接意見を言えるセーチン氏とはどのような人物なのか。ロスネフチとセーチン氏を見ていくと、そこに現在のロシアの「縮図」を垣間見ることができる。

以下、ロスネフチの3つの特徴、すなわち世界有数の石油生産量、セーチン氏、そして地域開発への積極的な関与を見ていくとともに、ロスネフチの今後を占ってみたい。既に、筆者はロスネフチの歴史や事業の概要、セーチン氏の人物像などについて包括的に論じている1が、本稿では拙著に記載できなかった、ロスネフチの2020年3月以降の最新動向について解説する。

1.世界有数の石油生産量

ロスネフチは、ロシア政府が株式の約4割と黄金株を保有する、ロシア最大の石油会社である。「ネフチ」はロシア語で石油を意味し、そのまま訳せば「ロシア石油」となる。ロシア国内、特に西シベリアを中心に石油・天然ガスの開発・生産を行うほか、石油の精製や生産した石油・天然ガスの国内外への販売などを手掛けている(表1および図1参照)。

表1 ロスネフチの概要(2019年時点)

出所:諸資料に基づき筆者作成

図1 ロスネフチの主要事業

出所:諸資料に基づき筆者作成。なお、本地図の地域区分はロスネフチによるものであり、行政区分などとは異なる。

ロシア有数の大企業であり、首都モスクワに本社を置き、ロシア国内だけでも約33万人を雇用して、国内のみならず国外25カ国で石油・天然ガス関連事業を展開している。2019年の売上高は円換算で約14.7兆円と、日本企業で同年の売上高第3位を誇る本田技研工業(約15.9兆円)に近い規模を持つ。
2019年の同社の石油生産量は、ロシア最大の日量467.4万バレル。2019年のロシア全体の石油の総生産量の約41%、世界の石油総生産量の約5%に相当し、民間最大の石油会社でロシア国内第2位の生産量を有するルクオイルの生産量の2倍以上という、圧倒的な存在である。この生産規模は、2018年の日本の石油消費量の約1.2倍、世界有数の産油国イラク一国の生産量にほぼ匹敵する。世界の上場石油会社の中でも、最大の石油生産量を誇るサウジアラビア国営のサウジアラムコに次ぐ2位で、米国のオイルメジャーの雄・エクソンモービルの約2倍の石油を生産している。

生産した石油の約半分を輸出しており、2018年時点でロシア全体の輸出量の約半分を占める。輸出量全体の約3割を占める中国が、最大の輸出先である。国家歳入の約4割を石油・天然ガス関連税収に、輸出総額の約4割を石油と天然ガスの輸出が占めるなど、石油・天然ガスへの依存度が高いロシアにとって、石油の全生産量の約4割、全輸出量の約半分を占めるロスネフチの存在は、極めて大きい。

なお、ロスネフチの国外における石油生産量は、自社総生産量の1%超にすぎないが、その大半を政治・経済の混乱が続くベネズエラで生産していたことは注目に値する。同国のマドゥーロ政権を支持するロシア政府の意向を受け、国内の混乱により生産が低迷する同国の石油産業を支援していた。しかし、2020年に入り、マドゥーロ政権を支援しているとして米国政府がロスネフチの2つの子会社に相次いで制裁を科した。米国の制裁がロスネフチ本体に及ぶことを回避すべく、2020年3月にロスネフチはロシア政府にベネズエラの全権益を売却し、同国から撤退した。

2.セーチンCEO

プーチン氏(67歳)と同じ、ロシア西部にある同国第2の都市サンクトペテルブルグ出身のセーチン氏(59歳)は、1990年代初頭のサンクトペテルブルグ市役所での勤務以来30年近く、プーチン氏に仕えてきた「側近中の側近」である。2000年にプーチン氏が大統領に就任するとモスクワに移り、大統領を補佐する大統領府の副長官、2004年から2011年にロスネフチの会長に就任し、2008年以降はエネルギー担当副首相の要職も兼務した。2012年以降、ロスネフチのCEOを務めており、2020年5月に更改した政府との契約上、2025年までその地位にある。

セーチン氏の特徴は、(1)プーチン氏との30年近い個人的関係、および(2)ロスネフチを巡るいくつかの「出来事」への関与の可能性であろう。前者に関し、サンクトペテルブルグ市役所から大統領府、副首相、そしてロスネフチ会長・CEOへの要職就任は、常にプーチン氏の引き立てによるものであった。プーチン氏がセーチン氏を評価し、大きな信頼を寄せていることの表れとも言える。自分を常に引き立ててくれたプーチン氏に対し、セーチン氏が強い忠誠心を持っていることも想像に難くない。

プーチン氏が子飼いの部下を、ロシア最大の石油会社のトップに据えていることは、プーチン氏がロスネフチそして石油産業をいかに重視しているかの表れでもある。
後者に関し、2003年の当時ロシア最大の石油会社だったユコスのホドルコフスキー社長逮捕とユコスの解体は、翌2004年にユコスの保有する最大の油田をロスネフチが買収したことで、それまでロシアの中堅石油会社にすぎなかったロスネフチが大きく飛躍するきっかけとなった。2016年のロシアの中堅国営石油会社バシュネフチ民営化は、ロスネフチすなわち国営企業による国営企業の買収という異例な幕切れとなるのみならず、民営化を所管した経済発展省の大臣が、ロスネフチ本社において収賄で逮捕されるという異様な落ちまでついた。何れの出来事についても、セーチン氏が何らかの関与をしたとの噂が常に付きまとい、セーチン氏が「目的実現のために手段を選ばない」人物との評価にも繋がった。

「永遠の上司と部下」-プーチン氏(左)とセーチン氏(右)
2020年5月12日、モスクワ郊外の大統領公邸にて

出典:ロシア政府サイト

3.地域開発への積極的な関与

ロシア政府は、近年、豊富な天然資源を有するも人口が少なく産業などの経済基盤が乏しい極東地域、および地球温暖化による海洋の溶解で、欧州とアジアを既存航路より短い距離で結ぶことが可能な北極海航路と天然資源の豊富な北極圏地域の開発に強い関心を持ち、さまざまな政策を打ち出してきた。
ロスネフチは2010年代以降、ロシア政府のかかる意向を受けて、極東では最大の港湾都市ウラジオストック近郊で既存の造船所群を統合し、ズベズダ(ロシア語で星の意)造船コンプレックスを設立。この事業を通じ、(1)極東での雇用拡大、(2)造船業発展を通じた機械などの関連産業の発展、(3)輸入代替、(4)ロシア大陸棚開発資機材や北極海航路向け船舶の供給源確保、(5)造船業そのものの再生という、言わば「一石五鳥」を狙っている。極東ではズベズダ以外にも、サハリン島近くに米エクソンモービルと、液化天然ガス(LNG)生産プラント新設を検討している。
プーチン氏も強い関心を持つ北極海航路および北極圏開発について、ロスネフチは2019年、北極海に面するタイミル半島とその周辺地域における新規油田開発や、パイプライン・石油積出ターミナル新設を含む総合プロジェクト「ボストークオイル」を発表。北極海沿岸に建設されるターミナルから生産した原油を積み出すことで、北極海航路利用の加速も狙っている。

このように、ロスネフチは石油会社でありながらプーチン氏やロシア政府の意向を受け、地域の総合的な開発を担う、巨大な地域開発公社の役割も果たしている。ガスプロムを含む他の国営企業にはない、ロスネフチだけに見られる特徴である。

ロスネフチはどこへ向かうのか

プーチン氏の側近中の側近が率い、ロシアの石油輸出の中核を担いつつ国外でも事業を展開し、極東や北極圏開発を政府に代わって推進する巨大国営企業ロスネフチ。それは、ロシアにおける政治と経済の近い関係、資源輸出依存型経済、経済発展の新たな可能性を極東や北極圏に見出そうとするプーチン氏やロシア政府の意向など、最近のロシアの政治・経済の特徴を表しており、現代ロシアの「縮図」と言っても過言ではない。

将来に目を転じると、(1)主要輸出先である欧州における石油需要の減少、(2)2014年のクリミア併合により欧米諸国がロスネフチに科した制裁の長期化、および(3)2024年に訪れるプーチン氏の通算4期目の任期満了という3つの問題が、ロスネフチの前途に影を投げかけている。

欧州における石油需要減少に関し、ロスネフチは中国やインドといった今後も経済成長が見込めるアジア地域への進出を強化してきた。しかし欧州のみならず世界全体で、気候変動への対応や再生可能エネルギーの増加、更に新型コロナウィルス感染拡大による経済活動縮小により、石油需要の低迷は長期化する見通しである。再生可能エネルギーや発電・売電といった事業にも積極的に参入し事業を多角化する欧米石油メジャー企業と異なり、ロスネフチを含むロシアの石油企業は、ほとんど事業が多角化できていない。ロスネフチも今後、石油需要の長期的な減少へ対応せざるを得なくなるだろう。

欧米諸国がロスネフチに科した制裁は、輸出規制および金融制裁を通じ、ロスネフチが新たな石油の埋蔵量発見を期待していたロシア大陸棚や陸上シェール層開発を、事実上不可能にしている。制裁解除の目途が立たない中、ロスネフチは前出の北極圏「ボストークオイル」プロジェクトなどを除くと、国内での新たな埋蔵量の発見は難しいかもしれない。十分な追加埋蔵量が見つけられなければ、ロスネフチの石油生産量はやがて減少に転じる。

プーチン氏は2020年7月1日、自身が2024年以降も大統領の座に就く可能性を含む改正憲法案を国民投票にかけ、国民の過半数の支持を得ることで、引き続き政権を担当する意欲を示している。しかし、経済の低迷や新型コロナウィルス対策への対応のまずさ等から、プーチン氏の支持率は2020年4月に過去最低を記録した。改正憲法案が国民投票で承認されたとしても、大統領直轄官庁、シロヴィキ(治安・国防関係省庁職員およびOB)、サンクトペテルブルグ閥(セーチン氏やガスプロムのミレル社長、メドヴェージェフ前首相を含む)3グループの支持という微妙なバランスの上に立つプーチン氏の求心力が低下すれば、これらのグループ間あるいはグループ内部で権力闘争が勃発し、セーチン氏が巻き込まれる可能性も否定できない。
これからの時代では、技術が日進月歩で進む一方、国内外の政治経済情勢のみならず、今回のコロナ禍のような想定外の要因が、事業と事業環境へ大きな影響を与えることも予想しなければならない。企業トップに必要とされるのは先見性や変化への柔軟性に加え、リーダーシップそして決断力であろう。セーチン氏がこの激しく変化する世界の中で、ロスネフチをどのように率いて何を実現していくのか、引き続き注目していきたい。


1 『ロスネフチ-プーチンの巨大石油会社』(群像社ユーラシア文庫15)

※本稿は、全て筆者個人の意見・見解であり、筆者の所属するインペックスソリューションズ株式会社の見解などを示すものではない。

[執筆者]篠原建仁(インペックスソリューションズ株式会社企画調査部 上席研究員)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2020年7月6日付で掲載されたものです)

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205


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