
概要
コロナ禍により、世界中の企業が懸念した問題のひとつに「株主総会の開催」がある。日本の3月期決算企業は6月末までに、12月期決算企業が多い欧州連合(EU)の場合、ドイツ企業は8月末まで、フランス企業は6月末までに株主総会を開催する。コロナ禍における株主総会の対応について、EU加盟国であるドイツ・フランスを日本と対比しながら紹介する。
株主総会における感染防止対策においても、時限立法により私権制限をバーチャル型開催で補完した欧州諸国の手法と、お馴染みの「自粛」で対処した日本の手法の差異が際立つことになった。以下、ドイツ、フランスと日本を比較してみよう。
欧州連合(EU)―時限立法によりバーチャルオンリー型株主総会の開催
1. ドイツの場合
ドイツ1では、さまざまな分野の新型コロナウイルス感染症対策関連法のひとつとして「民法等におけるCOVID-19パンデミックの影響を緩和する法律」(Gesetz zur Abmilderung der Folgen der COVID-19-Pandemie im Zivil-, Insolvenz-, und Strafverfahrensrecht, vom 27 März 2020, BGBl. I S.569)が、法案提出後わずか1週間で議会を通過、2020年3月28日に施行された。と同時に、同法第2条により「会社法、協同組合法、協会法、財団法及び住宅所有権法における措置に関する法律(以下、COVID19法)」(Gesetz über Maßnahmen im Gesellschafts-, Genossenschafts-, Vereins-, Stiftungs- und Wohnungseigentumsrecht zur Bekämpfung der Auswirkungen der COVID-19-Pandemie vom 27. März 2020, BGBl. I S.569, 570)が制定された。
このCOVID19法により、株主の物理的な出席を伴わないバーチャルオンリー型株主総会の開催が可能となった。COVID19法は3月1日から遡及的に発効され、2020年に開催される株主総会にのみ適用される時限法である。
ドイツ法は、定款に記載がない限り、株式会社(Aktiengesellschaft)の株主総会をオンラインで開催することを認めていなかった。しかし、COVID19法は、2020年に限り、一定の条件を満たせば、業務執行機関(Vorstand、取締役会)は、株主の物理的出席のないバーチャル型株主総会を招集できることになった。
その一定の条件とは、
- i.株主総会全体のビデオ・音声配信
- ii.株主は電磁的方法で議決権行使できる(郵送による書面投票または電磁的参加)
- iii.株主には電磁的方法で質疑の機会が付与されること
- iv.出席していない株主に株主総会決議に反対する機会が付与されること
- v.経営機関は定款に別段の記載がなくても、電磁的方法による株主または代理人の出席と監督機関(Aufsichtsrat、監査役会)の構成員のビデオ・音声配信による出席を認めること
- vi.経営機関は忠実義務をもって株主の情報請求に対応すべきこと
ドイツ法は、翌事業年度の8カ月以内に株主総会を招集し、決算報告を採択し損益計算書の承認を決議すると定めているが、COVID19法は翌事業年度内に株主総会を招集することを認めた。つまり12月期決算会社は2020年12月31日までに株主総会を開催すればよく、事実上4カ月間延長されたことになる。一方、招集通知は総会会日の遅くとも21日前までに行えばよく、従来の30日前から短縮された。
たとえば、ドイツ銀行(Deutsche Bank AG)は2020年5月20日に、ダイムラー(Daimler AG)は7月8日に、BASF(BASF SE)は6月18日に、それぞれ本店(本社)内で株主の物理的出席を伴わない役員のみ出席する株主総会を開催した。各社とも事前の書面(郵送)またはオンラインによる議決権・質問権等の株主権の行使方法をホームページで告知している。
ただし、ドイツでは、COVID19法が延長されない限り、2021年以降もバーチャルオンリー型株主総会を開催するためには、定款変更を行うか、会社法を改正してCOVID19法の規定を取り込まなくてはならない。もっとも、バーチャル型導入論に弾みがつくことが予想される。
2. フランスの場合
フランスもドイツと同様に2020年3月末に時限法で、バーチャルオンリー型株主総会の開催を認め、会計監査や決算承認の期限の延期を認めている。フランス2では、「Covid-19 感染拡大に対する緊急法2020年3月23日付け法律2020-290号」(Loi N°2020-290 du 23 mars d’urgence pour faire face à l’épidémie de covid-19)が成立し、
- 「総会のような参集と決議を行う、私法上の法人の集会および合議体の関連規則の簡素化と制定」(同法I項2号f)
- 「決算、監査その他関連書類の公告・承認およびその期限、とりわけ配当や利益分配に関連する規則の制定と簡素化」(同法I項2号g)
の規定により、政府にオルドナンス(Ordonnance)を制定する権限が付与された。
オルドナンスとは、政府が制定する行政立法で法律(Loi)と同等の効果をもつ。これにより、フランス政府は、2020年3月25日、衛生緊急事態(Crise Sanitaire)における例外的かつ時限的措置として、いくつかのオルドナンスを発している。
このうち、オルドナンス2020-321号は、Covid-19感染拡大による私法上の法人の経営機関および総会の参集および決議に関する時限的な措置(2020年3月12日から7月31日、11月30日まで延長可)として、その会議体の構成員の物理的な出席を伴わず、電話会議または音声ビデオ会議で開催することができるとした。
フランス会社法では、株式会社(Société Anonyme)は定款に定めのない限り本店で株主総会を開催することが求められている。非上場会社は定款をもって、株主の本人確認を行ったうえで電話会議または音声ビデオ会議の形式で株主総会を開催できるが、上場会社にはこれを認めていなかった。今回の措置では、定款の規定にかかわらず、上場・非上場会社は、株主の臨席を伴わない意味での非公開(à huis clos)の株主総会が開催可能となる。これには、会計監査人(Commissaires Aux Comptes)および従業員代表も物理的な出席をしない。
金融市場庁(機関)もその声明で具体的な指針を示した。たとえば、会社に対し、議決権の遠隔的行使として、事前に電磁的方法(諸般の事情で郵送よりネット利用を推奨)で議決権行使を行いうる環境を株主に提供することを求めた。一方、株主の質問権や議題提出権は期日までに事前に提出された場合に限られ、株主は総会当日に質問や動議はできず、ネット上で開示されていない書類の閲覧権も電子メールによる請求に限られる。株主総会の模様は、ストリーミングやあらゆる手段で音声またはビデオ中継が会社のホームページからすべての株主に配信されることが求められた。もっとも、前述のように株主が当日に質問や動議ができないところからみると、これらの配信は双方向型ではない。
一方、オルドナンス2020-318号は会計監査や決算承認の期限を3カ月延長することを認めており、経済財務省は「Covid-19 危機下の株主総会招集と決算承認期限の対応」を発表し、会社形態と決算期ごとの決算承認の延長期限を図式化した。12月期決算の株式会社は、本来2020年6月末期限のところ9月末までが延長期限となるが、配当の期限は延長されないので、大手企業の多くは9月を待たずに株主総会を開催し決算承認を行っている。
たとえば、ソシエテ・ジェネラル銀行(Société Générale SA)は2020年5月19日に、エールフランスKLM(Air France-KLM SA)は5月26日に、ルノー(Renault SA)は6月19日に、ほぼ例年通りの日程で株主総会を開催した。ヨーロッパ会社であるLVMHグループ(LVMH Moët Hennessy Louis-Vuitton SE)は4月16日開催予定を6月30日に延期している。
フランス企業の株主は、総会への臨席が叶わず、議決権行使は事前投票であり、質問権や動議、書類の閲覧権も電磁的方法による事前の提出や請求となった。コロナ禍は時限立法により株主の経営関与の権利を結果的に縮減したといえる。
日本―感染予防対策と自粛による株主総会の実施―バーチャル化は進まず
さて、株主総会への株主の物理的出席は「三密」の形成を意味する。日本の対応3を整理すると、経団連は2020年4月28日、「新型コロナウイルス感染症の拡大を踏まえた定時株主総会の臨時的な招集通知モデルのお知らせ」により、
- Aモデル(来場する株主数を一定程度限定することを想定)
- Bモデル(株主の来場を原則ご遠慮いただくことを想定)
のふたつの招集通知文例を提示した。
5月22日経済産業省も、「株主の皆様へのお願い―定時株主総会における感染拡大防止策について―」として、
i.株主総会が例年通りの開催時期や方法で開催されないことがあること
ii.PC等による事前の議決権行使を積極的に利用すること
iii.三密を回避し、健康への影響を考慮して、株主は来場を原則として控えること
の異例の呼びかけを行った。
東京証券取引所の2020年5月の調査によると、3月期決算会社の定時株主総会は2020年6月第4週に82.4%が集中し、基準日変更を行わず6月末に開催しようとする企業の努力が見えてくる。実際に上場企業11社4の招集通知を例にみると、経団連Aモデルを採用して、「健康状態にかかわらず来場は極力に控えること」を求めたうえで、来場株主には「マスク着用・検温・手指消毒による感染予防」を要請し、協力しない株主の退場を求める例が多い。開催会場には例年使用のホテルやホールを利用する例と自社会議室に縮小する例があるが、いずれも席数を限定し満席時の入場を制限している。入場につき当日抽選が1例、株主総会の模様を同時中継するハイブリッド参加型が1例あった。一方、欧州のように、株主の物理的出席を伴わず役員のみ出席で開催となるBモデルの例はみられない。
要するに、従来型の開催方式で感染予防対策を十分とったうえで、株主に物理的な会場への当日出席の「自粛」を要請する形式で6月末に株主総会を開催した上場会社がほとんどであり、当日に会場に足を運んだ株主も9割減と伝えられている。我が国の場合、コロナ禍が株主総会のハイブリッド型も含めたバーチャル化を進展させることはなかったようである。
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1 泉眞樹子「【ドイツ】新型コロナウイルス感染症対策関連法」(外国の立法No.283-
2(2020.5)、国立国会図書館調査及び立法考査局)、石川智也「完全バーチャル型株主
総会をドイツが急きょ解禁 コロナウイルス対策で」(法と経済のジャーナル
、2020/4/8)、「国内外における新型コロナウイルスの影響まとめ(速報・その
7)」(NO&T Client Alert 2020年4月16日号、長島・大野・常松法律事務所
)、McDermott Will & Emery (https://www.mwe.com/insights/covid19-new-regulations-
for-companies-holding-general-meetings-in-germany/), “Germany Introduces Online-Only
Shareholders’Meetings in Response to COVID-19”, Sullivan & Cromwell
LLP(https://www.sullcrom.com/files/upload/SC-Publication-Germany-Introduces-Online-
Only-Shareholders-Meetings-in-Response-to-COVID-19.pdf), Daimler AG, Deutsche
Bank AG, BASF SE各社HP。
2 “Covid-19, Tenir son AG et respecter les délais comptables”
https://www.tresor.economie.gouv.fr/, https://www.legifrance.gouv.fr/, https://www.amf-
france.org/fr, P.Merle/A.Fauchon, “Droit commercial Sociétés commerciales”, 23e ed.
Dalloz p.603.,Société Générale SA, Air France-KLM SA, Renault SA, LVMH SE各社HP, 菅
悠人「新型コロナウイルス対策でフランスが会社法関連の緊急立法」(法と経済のジャー
ナル、2020/4/20)。
3 経産省・法務省・金融庁・経団連・東京証券取引所の各HPによる。
4 三井住友フィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、東京瓦斯、日
本郵船、日本製鉄、TOTO、三菱ケミカルホールディングス、日産化学、大陽日酸、トピ
ー工業、日油。。
[執筆者]ー工業、日油。[執筆者]上田廣美(亜細亜大学法学部教授)
(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2020年7月13日付で掲載されたものです)
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205