
概要
経済制裁に油価急落が加わりルーブルは急落、ロシア経済の先行きは不透明である。しかし、世界銀行のDoing Business(DB)ランキングを見ると、ロシアは2012年の120位から2019年には28位に上昇している。では、現在、ロシアのビジネス環境における問題とは何か。少数株主の保護や裁判所の独立性などについて解説する。
1. ロシアのビジネス環境改善の取り組み
世界銀行の専門家によれば、過去7年間でロシアは120位から28位にランキングを上げた(図1)。これは主に「ロシア連邦における投資環境改善のための国家企業家イニシアチブ」というプロジェクトの実施によって達成された。このプロジェクトは、2012年5月12日にロシア連邦プーチン大統領がDBランキングについて2018年まで20位を達成すると目標を設定した「長期国家経済政策に関する法令」1に署名した後、開発し実施されるようになった。
DBランキングで、まだロシアは2018年に31位にとどまっていたが、これを達成するためには、次のようなさまざまな政策が行われた。

図1 Doing Businessにおけるロシアの評価の変化(順位)
注:各年度は、前年度の評価。例えば、2019年は2018年の順位。
注:2009年~2013年における186カ国、2014年~2019年における190カ国対象
出所:世界銀行の情報を基に筆者作成
戦略イニシアチブ庁(ASI)の主導で、496件の法令が採択され、54件が廃止された2。さらに、国家投資基準が策定され、「ロシア連邦構成の投資環境国家ランキング」などが導入された。
また、2012年にASIは、ロシアの企業者団体「ビジネス・ロシア(Business Russia)」と共同で、中央政府、地方自治体行政機関、ビジネス業界の相互関係に関する15件の基本要件からなる地域投資基準を開発した(表1を参照)。

表1 地域投資基準の要件
出所:Инвестиционный портал Дальневосточного Федерального Округа https://invest.minvr.ru/ru/pages/45.を基に筆者作成
2012年の初めに、この基本要件が、ロシアの11の地方に試験的に導入され、この試みは一定の成果を収めた。その結果、この地域投資基準の導入は85の連邦構成主体の義務となった。基準の導入・実施のプロセスを担当するのは、地域投資基準の導入に責任を負っているロシアの連邦構成主体の官庁・政府機関、設計事務所(проектные офисы)、ASI、ASIが設置した専門家グループである。
ASIは、「ロシア連邦構成主体の投資環境国家ランキング」というロシア連邦構成主体の投資環境評価を2014年に試験的に公表し、2015年以降は、毎年、発表するようになった。このランキングは、世界銀行のSubnational Doing Business3よりいくつかの利点がある。それは、毎年算出され、すべての連邦構成主体をカバーしており、より広範囲の指標を把握しているので、ロシアの規制の特徴をはるかによく反映しているからである。このプロジェクトの重要な結果は、包括的なモニタリング・システムを作り出したことだと考えられる。これにより、地域行政府の官庁は他の地域で達成された結果と比較し、ベストプラクティスを見つけて導入することができるようになった。
「ロシア連邦構成主体の投資環境国家ランキング」は、Doing Businessと同様に、ビジネスを行う際の技術的な諸条件を特徴付ける一連の具体的な指標に焦点を当てている。このアプローチは、通常、地域行政府にはビジネスを行うための適正な諸条件を作り出すのに十分な能力を持たないため、非常に具体的な重要業績評価指標(KPI)とその達成方法に関する詳細な指示が必要であることを前提としている(РБК, 14.11.2018)。
さらに、「National Entrepreneurship Initiative」という枠組みで、投資環境改善のロードマップが開発され、導入された(表2)。これには、世界銀行のDoing Business年間格付け、ならびにOECD PMR4と「New Business Density」という起業家活動の指標がベンチマークとして選択されている5。
2018年、ロシアはDBランキングの「トップ20」に加わるという所期の目標を達成できず、代わりに2019年1月17日、2024年までの新たな「ビジネス環境の変革」計画(以下、計画)が承認された。この計画は、次のような12の分野で投資環境を改善することを目的としている。
1.公共インフラサービス・ネットワークへの技術的な接続
2.都市計画
3.財産権の登録と地籍評価
4.税関行政
5.国際貿易および輸出振興
6.中小企業の調達への参加
7.中小企業への融資
8.法人登録
9.人的資本と労働生産性
10.コーポレートガバナンス
11.税務行政
12.規制・監督業務(Распоряжение Правительства РФ от 17.01.2019 N 20-р)
同計画文書によると、合計約130の措置が想定され、その実施の有効性を評価するために、政府は2024年までの目標を設定した。これは、例えば、電子文書管理の導入により、商品の輸入・輸出の際、現在の米国ドル588/580から米国ドル250/250まで費用を削減することである。さらに、DBランキングの「納税」という指標・分野では、すべての地域に免税制度を拡大することにより、第53位から第30位へ改善する予定である。また
ガス供給ネットワークへの技術的接続期間を短縮すること(現在の170日から2020年の135日まで)、などである。
2019年9月、ビジネスに課せられる要件の数を減らすために、メドヴェージェフ首相(当時)は、「規制ギロチン」と呼ばれている改革の枠組みで、ソ連およびロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の法律(20,419件)を2020年初めに中止する法令を署名した(Ведомости, 11.09.2019)。
政府とロシア大統領とロシア企業や外国企業の代表者らとの対話が絶え間なく続けられていることも、ロシアのビジネス環境の改善政策を構築する上で一定の役割を果たしている。 それは、毎年開催されているサンクトペテルブルク国際経済フォーラム(SPIEF)、東方経済フォーラム(EEF)、クラスノヤルスク経済フォーラム(KEF)、ロシア投資フォーラム(RIF)、ガイダルフォーラム(Gaidar Forum)、ヤルタ国際経済フォーラム(YIEF)、モスクワ経済フォーラム(MEF)、「Russia Calling!」投資フォーラム、「ロシアのビジネス環境」フォーラムなどである。
2017年7月18日付け連邦法第165号「連邦法[ロシア連邦への外国投資について]および連邦法[ロシアの国家防衛と国家安全保障にとって戦略的に重要な事業体への外国投資の手続きについて]の第6条の修正について」が、2017年7月30日に施行された。これは、2008年4月29日付け連邦法第57条「ロシアの国家防衛と国家安全保障にとって戦略的に重要な事業体への外国投資の手続きについて」に沿って認可された当局の外国投資に対する規制の範囲を拡大するためである(The AEB Guide to Investing in Russia 2017, p. 6)。この法律は、外国投資に対する障壁を作り出すことを目的としているのではなく、逆に、外国投資家が取引に特別な配慮が必要な場合に、管轄のロシア当局と交渉する機会を提供している。

表2 ロシア連邦における投資環境を改善するためのロードマップ
出所:ロシア政府の公的情報を基に筆者作成6
2. Doing Business評価の問題点とロシアのビジネス環境の特異性
Doing Businessの結果に戻ろう。表3に示すように、過去7年間で最も印象的な結果は、電力事情であり、7年前の183位から7位と改善された。次いで、建設許可は178位から26位に、資金調達は98位から25位に、法人設立は111位から40位に、と大幅に改善された。

表3 世界銀行によるロシアのビジネス環境評価の変化
出所:世界銀行・ビジネス環境の状況の統計を基に筆者作成
ロシアの連邦税務局が、世界銀行による納税の評価に同意していないことを指摘しておきたい。世界銀行によると、2019年時点で、モスクワでは報告書の作成、申告および納税に要する合計時間は159時間7であるのに対して、連邦税務局のRBC新聞の情報によれば、ロシアで税金を計算し支払うことには年間32時間もかからない(РБК, 30.10.2019)。
しかし、Doing Business上のビジネス環境の改善は、ロシア経済のマクロ指標から見る限り、少なくとも今のところは効果を上げていない。確かに、近年、インフレ率はかつての二桁台と比較すれば大幅に低下し、金利の水準も下がっている。しかし、ルーブルの信頼が向上したわけではなく、ルーブルの対ドルレートは大幅に低下したままである。
多くの研究者が指摘しているように、Doing Businessの評価は、ビジネスを行うためのテクニカルな手順の簡単さと法的保護のレベルの評価に基づいている。しかし、それは、従業員の技能の水準、販売市場の規模と成長率、およびマクロ経済の安定性など、投資家にとって重要な指標を考慮していない。
また、Doing Businessの指標には、次のような大きな欠点もある。このランキングの指標が、投資家のために良い条件が創出されている大規模な都市で測定されていることである。ロシアの場合、2018年のロシア連邦構成の投資環境国家ランキングで2位のモスクワと4位のサンクトペテルブルクが、その調査対象であった8。
選挙民とビジネス業界への結果の説明が容易であるため、改革プログラムを開発する際に多くの国の政治家の間で人気を得たDoing Businessが、規制と開発の関係を評価するための一般的なベンチマークとなった。だが、実際には、「経済動向を改善することは、単に法律や政策を改革して経済のDoing Businessランキングを改善するよりも複雑な課題である」9。
外国人投資家と国内投資家の心証に、より大きな影響を与えるのは、ランキングで改善が見られないことではなく、ロシアの裁判所の独立性が不完全であることもあって、少数株主の権利に対する「攻撃」が行われることである。
ロシアのビジネスオンブズマンであるボリス・チトフの次のような発言は、この状況を非常によく説明している。
「ビジネスは盗みを働き、国民を搾取しているというのが、シロヴィキ10の常套句である。もちろん、世論の支持が、そのような行為のある種の道徳的正当性を作り出しているとも言える。もし、我々が国家資本主義ではなく市場経済の発展を望むのであれば、こんなことはできないことも、起業家にこんな対応をすることもできないことは、賢明な指導者たちなら頭ではよくわかっている。わが国の司法制度は不透明で偏っていると言われ、これはひどいものである。おまけに、捜査機関が専門的でないのと同様に、司法も全く専門的ではない。」(КоммерсантЪ, 04.09.2019)
このような疑念は、次の4つの刑事事件によって強まった。2018年に始まったいわゆるカルビー事件11、ロシア連邦保安庁(FSB)による租税特赦の撤回(2019年9月)、ロシア企業「T-Platforms」のCEOおよび創業者の逮捕(2019年3月)、ロシアの最大カーディーラーの一つである「Rolf」の創設者に対する訴訟である。
これは、ロシア連邦保安庁の調査からも確かめられる。これによれば、刑事訴追に直面した200人の企業家のうち、ほぼ85%がロシアでビジネスを行うことを安全ではないと考えている。調査対象の企業家の45.2%に対しては、刑事事件は立件されなかったが、ビジネスは損失を被った(Ведомости, 09.10.2019)。
さらに、ロシア連邦政府が、ビジネスへの圧力を軽減するために取り組んでいることを宣言しているにもかかわらず、国家および地方自治体の規制の種類が増加していることは注意を要する。このような規定の種類は2014年に203件であったが、2018年には221件となった12。この管理は、30を超える連邦政府機関と約1,500の地方行政機関によって行われている。さらに、国内では毎年50万件以上の監査が行われている(Ведомости, 23.10.2019)。
このような結果は、主に2008年4月29日付け連邦法第57号「国防および国家安全保障のための戦略的重要企業への外国投資の手続きについて」の施行によって説明できるだろう。この法律には、安全保障・防衛、原子力産業、天然資源、地球物理学的および水文学的プロセス、暗号化デバイスに関連する活動、メディア、独占といった分野で戦略的に重要な45の活動のリストが含まれている。外国投資家が戦略的に重要な企業の過半数株式を保有する場合、これらの分野への外国投資は禁止されている。あるいは、そのような取引がロシア連邦反独占局 の事前承認を必要とする(The AEB Guide to Investing in Russia 2017, p. 34)。
投資・ビジネス環境には、経済成長の低迷、実質所得の低下と若干の回復、人口問題、インフレ、高金利、不安定な為替レート、付加価値税率の引き上げ(18%から20%へ)などマクロ経済指標だけでなく、制裁リスク、輸入代替政策、世界経済の不安定性も影響を及ぼしている。
さらに、政府が提案するビジネス環境改善計画とその措置は、ビジネス環境の構造的変化やビジネス条件の劇的な変化を意味するものではない。例えば、これらには、定期的な監査の際の要件項目数の削減、一方的な国家介入からのビジネス保護などを目的とした措置は含まれていない。それにもかかわらず、ロシアの中央政府は、これらの問題を認識し、経済成長と外資の流入を加速することを目的として、さまざまな措置を取っている。
そのため、ロシア連邦政府は、ロシア経済発展省、ロシア内務省、ロシア連邦保安庁、国家親衛隊に、2019年12月中旬まで企業による法執行と司法制度への信頼を高める提案を中央政府に提出するよう指示した。なお、その際に、関連する連邦行政機関、ロシア検察当局、企業家の権利に関するロシア連邦大統領付属全権代表、ロシア連邦最高検察庁、ロシア連邦最高裁判所の協力を得ることが求められた(Finanz.ru, 29.10.2019)。
このように、Doing Businessランキングにおけるロシアの地位は大幅に改善したにもかかわらず、少数株主の保護、裁判所の独立性および専門性といった伝統的にロシアが抱えている制度上の問題は未解決のままである。ロシア連邦政府は、これまでも、また現在も、主に純粋にテクニカルな指標の改善に傾注している。
同時に、ロシア政府は、ビジネス業界の代表者らとの対話を密接に行い、ビジネス環境の改善を優先した結果、これらの障壁を除去するための取り組みに力を与えたと言えるかもしれない。
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1 Президент России http://kremlin.ru/events/president/news/15232.
2 Агентство Стратегических Инициатив https://asi.ru/investclimate/
3 各国別の投資環境レポートが刊行されている。https://www.doingbusiness.org/en/reports/subnational-reports
4 製品市場規制指標。OECDが、各国の製品市場における規制をスコア化して評価したもの。
5 Агентство Стратегических Инициатив https://asi.ru/investclimate/ .
6 Правительство России http://government.ru/roadmaps/ (アクセス日: 2019年10月28日).
7 Doing Business https://www.doingbusiness.org/en/data/exploreeconomies/russia#DB_tax (アクセス日: 2019年10月28日).
8 Agency for strategic initiatives https://asi.ru/eng/investclimate/rating/.
9 Merry, S. E., Davis, K. E., & Kingsbury, B. eds. 2015. The quiet power of indicators: measuring governance, corruption, and rule of law. New York: Cambridge University Press, p.93, p.301.
10 治安・国防関係省庁の職員とその出身のことを意味する。
11 2019年2月、ロシアの成長企業に積極的な投資を続けてきた米国人投資家マイケル・カルビー氏が詐欺容疑で逮捕された事件。
12 Аналитический доклад 2019 НИУ ВШЭ // Апрельская международная научная конференция по проблемам развития экономики и общества https://conf.hse.ru/mirror/pubs/share/263119916.
付記:本稿は、筆者個人の見解であり、所属機関の見解を示すものではない。
[執筆者]Kaiumov Azat(野村総合研究所モスクワ支店アソシエイト・コンサルタント)
(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2020年7月21日付で掲載されたものです)
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205